ちゃぽん、と湯船に浸かる音がする。

俺は溫かなお湯で満たされた浴槽に肩まで浸かっていた。

一人暮らしを始めてからは浴槽を洗うのが面倒でいつもはシャワーで済ませていたのだが、まさかこうしてお風呂の準備まで済ませていてくれたとは。久々の浴にも心も溫まるような覚があった。

立ち昇る湯気の中で思わず聲がれる。こうして湯船に浸かっているだけで今日起こったんな事が、ユキとの再會が、まるで夢だったようにも思えてきた。

「でも夢じゃない。夢じゃなくて良かった」

俺がこうしてお風呂にっている今も、ユキはせっせと食の後片付けをしているだろう。彼は俺に恩返しをしたいと言っていたが、それを言葉だけじゃなく行で示そうとしている。

小學生の頃に包帯を巻いていたユキ。彼と一緒に仲良くした事が、こんなふうに繋がっていくだなんて。包帯の下があんな可らしいだとは思っていなくて、そしてユキと同じ屋の下で暮らす事になるなんて正直かなり驚いている。

明日からはマンションだけじゃなく、高校でも顔を合わせる事になる。同じクラスなので授業中は常に一緒で、俺は部活にるつもりはないから、ユキが部活にらなければ登下校も一緒になるはずだ。

俺は今の置かれている狀況に驚きつつも、それが幸せな事であると噛みしめる。ずっと仲良くしていたユキと、これからまた一緒に居られるんだ。

こうしてお風呂にったのは正解だったな。落ち著く事も出來たし、明日からの幸せな日常が頭の中に浮かんでくる。何だかわくわくした気分になってきた。

風呂から上がったら後は部屋に戻ってゆっくりしようと思っていたら、所の方で音が聞こえてくる。母さんはもう帰って居ない、となればユキが所に來たんだろうけど……一何をしているんだ？

「ユキ？　まだってるぞ」

「あ、お構いなく」

扉越しに聞こえるユキの聲。

一何をしているのかとすりガラスの向こうに目と耳を凝らす。

ガラスの向こうでユキが自分のに手をばす姿が見えていた。するすると服がげていく音が聞こえて、向こう側で一何をしているのか理解する。彼は服をいでいた。まだ風呂場に俺が居る狀況で、それなのに浴室の扉へと手をかける。

「ユ、ユキ！？」

思わず聲を上げる。でももう遅かった。

開いていく扉、そして俺はその景を見てしまう。

そのはき通るように白かった。引き締まった、それでいてたわわに実った大きなと、くびれた腰つきが、的な魅力を存分に引き出している。

扉の向こうにはユキが立っていた。俺がかろうじて理を保てていたのは、彼が一糸まとわぬ姿ではなく、下著まではいでいなかったからだ。

ユキは俺に盡くしたいと言っていたけど、そんな彼が風呂場にまで突撃してくるとは思ってもいなかった。

「えへ、おじゃましますね」

彼は後ろ手に扉を閉めて浴室の中へとってくる。

その表にあるのは恥心ではなく楽しそうな笑みだった。浴室にの異と二人きりだというのに、ユキが全く恥ずかしがる様子を見せない理由は何故だ、全く分からない。

「ど、どうしてってきた……？」

「晴くんのお背中を流そうと思って。あたしがいじめられて泥水をかけられたりした時、泣いているあたしに著替えを用意してくれたり、を綺麗に洗ってくれたりしましたよね。その時のお禮です」

「た、確かにあの時は服が泥だらけになって……著替えを貸したり、綺麗にしてあげた事はあったけど、それはまだ小學生の頃の話で……」

「あれ、だめでした？」

「い、今はもう高校生だし……ユキは何にもじてないかもしれないけど、俺は男だし、お前はの子だし、そしたら々とやばい事にりかねないだろ……？」

「うーん、晴くんの言う『やばい事』になってもあたしは構いませんけど」

いやいや待て待て。いくら小學生の時に仲が良かったとは言え、再會した初日に俺の言うやばい事になってしまうのは流石にまずい。親公認の同棲生活だとしても常識的にも良くないし、このままでは俺が調子に乗ってやらかす可能だって大いにある。

そう思いながら俺は下著姿のユキに背を向けた。

「晴くん？」

「が冷めないうちに服を來て部屋に戻ってろ。風呂場から出たらちゃんと言うから」

「そんな事言わないで……お願いします、背中だけ……」

切なげなユキの聲が浴室に響いた。

湯船の中で膝を抱えたまま、俺は混する思考を必死に落ち著かせようとする。けれど落ち著きを取り戻して冷靜になればなるほど、俺の考えは良くない方へと進んでいた。

本能という名の悪魔が囁く。

良く考えてみろ。全校生徒を惹き付ける程のが下著姿で隣にいて、そんな彼に背中を流してもらえるという最高のシチュエーション。それをこのまま拒否するなんていくらなんでももったいなさすぎ無いか？　背中を洗い流してもらうだけ。そう、それだけなんだ。それ以上の事を我慢さえすれば良いのだ、と。

頭の中で響いた悪魔の囁きに俺は頷いて、ゆっくりとユキの方へと振り返っていた。

「そ、そこまで言うなら……背中だけ流してもらおう、かな」

俺のその言葉にさっきまでの切なげな様子は何処へやら。

彼は満面の笑みで答えた。

「はい。晴くんの為に一杯頑張りますね」

俺は大切な部分を見られないように湯船から上がって、風呂場に置かれた小さな椅子に腰をかける。鏡越しにボディーソープを泡立てるユキの姿が映っていた。

「それじゃあ綺麗にします」

その聲と一緒にふわふわとしたらかな泡が背中にれる。

どきどきと高鳴っていく心臓の鼓。それが聞こえてしまわないかと不安に思いながら、彼の小さな手のが離れていくまで、俺は浴室の床を見つめながらじっとしていた。

ユキは今どんな顔をしているんだろう。

小學生の頃と同じように思っているから、俺の背中を洗う事に何もじてなくて、今もにこにこと笑みを浮かべながら、ただ背中を綺麗にする事を楽しんでいるだけなんじゃないかと気になってくる。

だから俺はこっそりと彼の様子を鏡越しに見ようとして顔を上げ――そのまま固まった。

鏡に映るユキの頬は真っ赤に染まり、からは弱々しく吐息がこぼれている。小さく肩を震わせる彼を見てが破裂しそうになった。ユキは何にもじていない、そんなわけがなかった。

浴室にってきた時も何食わぬ顔をしていたのは、ずっと照れていたのを隠していただけだった。彼はしっかりと俺を異として認識して、恥ずかしがっているはずなのに、それを隠しながら俺の背中を洗ってくれている。

包帯の下のユキは――何処にでもいる思春期真っ只中の普通のの子だった。

そしてユキは俺の背中をシャワーで綺麗に洗い流して「それじゃあ、えと、晴くんがお風呂から上がるの待ってますね……」と一言添えて浴室から出ていった。

彼が去った後も、俺は椅子の上からけなかった。

俺は天井を見上げる――背中にはさっきまでのがまだ殘っていた。