Side：魔師の雙子

僕ら雙子は平民の両親から生まれた。

五歳の洗禮式の時に、二人とも魔力量が飛び抜けて高いことが判明したその日、僕らは魔師協會に引き取られると決まった。

一定以上の魔力量を有する子は、有無を言わさず親元から離され、教會で力の制を學んで魔師として育すると國の法律で決まっているらしい。

とはいえ、こんなにい時からその素質を発現するのは非常に珍しいらしく、教會が用意してくれた宿舎には同い年の子などおらず、だいたい十六、十七歳の子がほとんどだったので、僕らはそこでも非常に異質で浮いた存在だった。

まだ五歳だった僕らは、いくら栄譽なことだと言われても、親と引き離されて他人ばかりの場所で生活させられるのが辛くてしょうがなかった。

夜、寂しくて泣いても『どうしたの』と聲をかけてくれる人はいない。不安な時、『大丈夫だよ』と大きな手で抱きしめてくれる人も僕らのそばにはいなかった。

國の金で養育され、食住まで賄われていることを自覚せよという周囲の大人たちに弱音を吐くことなど到底できず、僕らはとても孤獨な期を過ごしたせいか、どこか壊れた人間に育った自覚はある。

そして、僕らの壊れた人格に拍車をかけたのは、間違いなくあのだ。

この國では、『聖』と呼ばれ、國から大事に大事に保護されている頭のおかしい。

僕らは魔師見習いとして王宮にあがることが度々あったので、その時に聖様に目をつけられてしまったのだ。

僕らは度々アイツに呼び出されて、ペットのように扱われた。いや、ペットならまだよかったのかもしれない。僕らは完全にアイツのおもちゃだった。裝させられたり、蟲を食わされたり、首と紐をつけられ一日中引きずり回されたり、思い出したくもない仕打ちを散々けてきた。

それは僕らが魔師として名をあげるまで続いた。地位を確立してからはようやく聖から解放されたが、だからといって恨みを忘れたわけでは無い。

復讐してやりたいと思い続けていたが、アレが聖であり続ける限り、僕らはあのを罰する権利を得ることはない。

だからこの巡禮の旅に、僕らが護衛として抜擢された時、千載一遇のチャンスが訪れたと思った。王の威が屆かない土地では、聖を守ってくれる者はいない。そばに侍る取り巻き連中は自分たちの実家から離れてはなんの力も持たない馬鹿ばかりだ。

この機を逃さずに、僕らがされた同じことを、あのに仕返ししてやると決意していた。

しかも司祭様の機転で、逃亡しようとしていた聖を、取り巻き連中から引き離してひとりだけで連れて帰ってきた。

これで聖の味方は一人もいない。

最高の狀況じゃないか！

アイツが泣いて謝るまで、思いつく限りの嫌がらせをしてやろうと思っていた。

それなのに、同じくアイツを死ぬほど嫌っていたルカ様もダレンも、気付けば二人ともあのにとても友好的に接している。とくにダレンは気持ち悪いくらい聖に傾倒しだして、他の騎士たちもやけにアイツを持ち上げて褒め讃えている。

訳が分からない。

ダレンは『誤解していた』とか言うが、あんなに嫌っていたのがいきなり変わるか？

まさかと思うが、人を洗脳する力が聖の能力なんだろうか？そうだとすると、アイツは聖なんかじゃなく悪魔だ。

二人とも頼りにならないのなら、僕らがアイツの化けの皮を剝いでやるしかない。

そして僕らは、小さい頃散々やられて嫌だった、落としにアイツをハメてやった。

の中にはいつも蟲だの生ごみだのがっていて、出られなくてもがいている僕らを聖と取り巻きはいつも上から見て笑していた。そして泣いて懇願してる僕らに石を投げつけて遊んでいた。あの屈辱は一生忘れない。

だから同じようにしてやっただけのつもりだったが……ちょっと加減が分からずを深く掘りすぎてしまったらしい。あんな高さから落ちたら怪我をするかもとか全然考えていなかった。

アイツは冷靜に一言、『足が折れました』と言った。

さすがに骨折までさせるつもりじゃなかった僕らは、驚いてからアイツを引っ張り出したけれど、アイツは骨折しているってのに僕らに落としの危険といたずらの定義を滾々と説教し始めた。

……いや、怒るとこ、ソコ？

自分を落としに嵌めたことや、骨折させられたことに関しては一言も責めず、逆にルカ様やダレンに僕らのしたことを黙って庇ってくれた。

なんなんだ？コイツ、こんな殊勝なこと言ったことなかったのに……。

演技なんじゃ？とも思って、僕らは最後まで謝らなかったけれど、アイツは怪我と力の使い過ぎで、宿に運び込まれた時は高熱を出して意識が朦朧としていた。

ぐったりするアイツの姿を見て、さすがに僕らは罪悪を覚えた。

（謝るべき……だよね……）

（うん……さすがにやりすぎた）

以前にされたこととは別に、今回のこれは僕らが全面的に悪い。

怪我をさせてしまったことは謝ろうと二人で決め、ルカ様やダレンには緒でこっそりアイツの部屋に侵した。

ベッドの上で丸まって寢ているアイツは、熱が高いみたいでしうなされているようだった。頼りなげな細い肩は、僕らよりも子どもに見えた。

汗をかいていたので、水でも飲んだほうがいいんじゃと揺り起こそうとしたら、アイツは僕らの腕を摑んで、自分のベッドに引っ張り込んだ。

『お姉ちゃんが……抱っこしててあげるから……』

と、もにょもにょ呟いて、僕らの頭をぎゅっと抱きしめてまた眠ってしまった。

はあ？！何言ってんだコイツと思って振り払おうとしたが、見上げた時に、被ったままになっていたヴェールが捲れていて、彼の顔が見えていた。

…………そして僕らは、自分たちの鈍さを呪いながら、ここでようやく全てを理解した。

抵抗を止めて、彼のに顔をうずめると、無意識なのかよしよしと頭をでてくれた。

「お姉ちゃん……って言ったよなコイツ」

「僕らを弟と勘違いしたのかな」

いいなあ、と僕らは同時に呟いた。

きっと彼の弟は、こんな風に當たり前のように抱きしめて一緒に寢てもらえていたんだろう。寂しい時、頭をでてめてもらっていたんだろう。

自分が怪我と熱で苦しんでいるというのに、人に『大丈夫だよ』と優しく聲をかけられるこの人は、自分のことよりも弟を優先して生きてきたんだ。

羨ましい……と、嫉妬と羨がり混じったが、僕らのをチリチリと焦がした。

當然のようにいつも自分の懐にけれてくれる存在なんて、僕らには縁のないものだった。

「……ねえ、ウィル。僕らもお姉ちゃんがほしいね」

「うん、ファリル。彼に僕らのお姉ちゃんになってもらおうよ」

彼が自分で『お姉ちゃん』って言い出したんだんだから、いいよね？

僕らはそう言って、彼の頬にちゅっとキスをした。くすぐったいのか、もにょもにょとじろぎする彼の耳元で魔力を込めてそっと囁く。

「ねえ、僕らのお姉ちゃんになってくれる？」

「お姉ちゃん、約束のキスをして？」

「う～ん……うん、大丈夫だよ……お姉ちゃんがついてるから……」

寢ぼけ聲で答えながら、彼は僕らのおでこにそれぞれキスをしてくれた。

「僕らのそばにいてくれるんだよね？お姉ちゃん」

「もう撤回できないからね、お姉ちゃん」

そう言ってお姉ちゃんのに顔をうずめていると、やがてすうすうと穏やかな寢息が聞こえてきた。

ダレン、アンタの言ったことが正しかったよ。

僕らも大切なものが何も見えていなかった。

彼は醜悪なわがまま聖なんかじゃない。僕らの大切な姉になる人だったんだ。

「「……約束したから、もう逃がしてあげないよ」」

もう一度耳元に口を寄せて囁くと、彼はくすぐったそうにを震わせていた。