Side：司祭の男

「聖様がいない？」

「うん、夕方から姿が見えない。警護につけていた奴らは部屋で寢こけててさ、何か盛られたみたい。そんで、一人騎士が行方不明。ソイツ、平民出の奴で、ダレンが事前に元調査をして確認したはずなんだけど、他の騎士たちが言うには、平民らしくない発言を時々していたんだって。元偽裝していたのかも」

點検に出した馬車の車に不合が発見され、その修理のために予定よりも長く町に滯在していたが、ようやく出発できるめどが立ち、今日はその準備に追われていた。

それぞれ準備のために外出していたのだが、セイランの警護は騎士數名とダレンに任せていた。だが、夕方になって宿に帰ってきたところ、雙子たちがなにやらダレンとめていた。

どうしたのかと思えば、聖が宿から消えたという。

雙子は所用で外出する予定があったので、念のため簡単な守護魔法を聖にかけて行ったのだが、それが途中で破られた気配がしたので急いで帰ってきたそうだ。すると聖が宿のどこにもおらず、警護につけていたはずの騎士が不自然に眠っていた。

ダレンは積み荷にいたずらをされていると報告をけ、馬車小屋のほうに行っていたので、聖がいつ宿からいなくなったか誰も分からなかった。

「いなくなった騎士が聖をさらったと考えて間違いないんじゃないか？今から町の出りを封鎖しよう。居なくなってからまだそれほど時間は絶っていないはずだ」

ダレンがき出そうとしたが、私はそれを止めた。多分、私の予想が當たっているなら、その方法では見つけるのは難しい。むしろ封鎖に時間を取られているうちに遠くににげられてしまうかもしれない。

「……この町にその者の協力者が多數いるなら、封鎖しても無駄でしょう。彼を攫ったのが、大きい勢力ならば、時間が経てばたつほどこちらが不利になります。できれば居場所を特定し、奇襲して取り戻すのが得策かと……」

「奇襲ったって、首謀者が誰なのか目的はなんなのかもわからないのだから目星もつけられないよ。それともルカ様は、心當たりがあるの？」

「ここはたまたま滯在することになっただけの町だぞ？単獨犯の可能のほうが高くないか？この町の自警団や教會関係者にもあたって、行き先をしぼっていけばいいだろう」

雙子とダレンが、協力者のいるのは考えにくいと言ってくるが、私の考えは違った。

多分、セイランを攫ったのは本の聖のシンパだろう。

聖は船旅にでてしまったが、殘された我々巡禮組がどうするかを探らせようとするだろうとは思っていた。

聖がいなくなって我々が困る様子を知りたいと、あのなら言いそうだ。だから私も國に殘った取り巻き連中の向は教會の人間に探らせて、旅の途中も定期的に知らせをけ取るようにしていた。

見張りをつけられている可能は考えていたが、側に間者が紛れ込んでいたとは予想外だった。事前に念な元調査をしてあったというのに、あちらはダレンが調べても分からないくらい完璧なニセの元を作り上げ、時間をかけて紛れ込ませていた。

聖のニセモノを立てて巡禮を続けていることも聖シンパに逐一伝わっていたのだろう。

……これは私の落ち度だ。セイランの守りをもっと固めておくべきだった。

聖のシンパがセイランをどうするつもりなのか分からないが、無事に返すつもりなどないだろう。聖にとって平民の娘など、塵以下の存在だ。聖に傾倒する人間も、聖至上主義で同じ考えに染まっている。

時間がない……すぐにでも探索にかからないと、命が危ない。探索には三人の協力が絶対に必要だ。だが……。

本の聖が戻ってきた時に、必ずこの偽聖のことを責め立ててくると予想がついていたから、全ては私ひとりが企て実行したこととして、教會も巡禮の仲間も無関係だとしておきたかった。

気にらない人間はすぐに処刑したがるようなだ。この件に関わった者全員の首を刎ねるくらいのことは絶対にするだろう。罪を背負うのは私ひとりでいい。

ダレンやウィルとファリルに協力を頼むのなら、今攫われているのがニセモノの聖だという話からしなくてはならない。

聖の偽の話を話してしまうと、今後何かあった時、彼らも巻き込んでしまうかもしれないと思いずっと口を噤んできた。

だがここで私が三人に協力を仰げば、彼らも斷罪に巻き込んでしまう……。

それが分かっていても、もう話さない選択肢はなかった。

「彼を攫ったのは、聖シンパの者たちだと私は考えている。攫われたあの子は、私が用意したニセモノだ……本の聖ではない。

間者が騎士の中に紛れていたのなら、こちらの事が筒抜けだっただろう。攫われたことに我々が気付く時間も予想が立てやすかったとすると、もう町を抜けているかもしれない」

どういう反応を返してくるかと三人の出方を窺ったが、彼らは『ああ、そういうことか』と至極冷靜にけ止めていた。

「聖の取り巻きか。狂信的な奴らが多いから、あり得るな」

「自分は巡禮ブッチしたのに、間者は仕込んでいくとか、相変わらず格最悪」

「じゃあ攫ったのはお姉ちゃんを排除するため？頭悪いね、さすがあのの信者だよ」

返ってきた反応から察するに、彼らはとっくにニセモノであると気付いていたようだ。私も口を噤んでいたが、彼らもまた、あえてその事実を口にせず何も訊かないでいたのだ。

「……今更ですが、君たちに告げずにいて申し訳なかった。彼は確かに私が用意したニセモノだが……どうしても助けたいんだ。協力してほしい」

「彼があのと別人だというのは暗黙の了解みたいなもんだと思っていたから、ルカが謝る必要はない。それに、彼はニセモノなどではないぞ？彼こそが本の聖だ」

「僕もそう思う。誰が何と言おうと、僕らが守る相手はお姉ちゃんだよ」

「ていうか、ルカ様も口で言わないだけで僕らに隠す気なかったでしょ。察しろって意味かと思ってた」

そんなことより、早く探しに行こうと言われ、私はホッと安堵した。

「ここは王都とも易のある町なので、自警団や町の教會の中に聖のシンパがいる可能を考えて、探索は我々だけで行いたい。信用できるのは君たちだけだ。頼む」

三人は頷いて、すぐに雙子がセイランの足跡を魔で可視化して跡をたどるが、途中で阻害魔法がかけられているらしく、途切れてしまった。

ダレンはそこで聞き込みをすると言って別れ、雙子は守護魔法が破られたあたりを調べるということで、我々は三手に別れた。

私は運河沿いに向かい、苦手な探索魔法でセイランの気配を探る。

聖の熱狂的な信者であれば、セイランを害するのに大義名分が必要になる。そのためいきなり殺すということはないと考えていた。

斷罪のための擬似裁判か、粛清の儀式などを行うために信者たちが集まりそれを行うとすれば、人気のない場所へと移するだろう。それには船で町を出てしまうのが一番あり得そうだ。

薄く殘ったセイランの気配をたどると、船著き場の一部にわずかにじる場所があった。

ここから船で川下に出たかもしれない……。賭けではあるが、町での探索はダレンと雙子に任せ、私は川を下ることにした。念のため、この場所に目印を殘しておいた。ウィルとファリルならば伝わるだろう。

川を下り始めて町を抜けると、遠くのほうに小型の貨船の明かりが見えた。

夜中に貨船が移するのは不自然だ。

私は水音を立てないよう慎重に船に近づく。

すると船の上からなにかが水に投げ込まれるのが見えた。目を凝らしてみていると、水面に上がってきたセイランの姿が見えた。

（―――セイラン！）

思わず聲をあげそうになったその瞬間、彼の背に向かって銛が投げられたのを見て、私は目の前が真っ赤になった。