《現実でレベル上げてどうすんだremix》“切り裂きキラー”純派
【マッパー】が表示できるのは、地図報と人間の位置。
あとは高度なんかも濃淡であらわされたりするが、ひとまずそちらはおいて……それとは別にもう一つ、しめされる存在がある。といってもそれは人間位置表示に付隨する機能のようなもので。
【マッパー】のもう一つの機能。それは、俺にとって危険となりうる存在の表示。
的には【警戒】の対象となる存在が、赤く明滅する點で強調表示される。たとえば道路を走る車なんかは、だいたいそう。當たれば怪我ですまないのは確かだから、當然といえば當然。
で、話は現狀のし前に戻る。
つまりその赤い表示を、俺は“切り裂きキラー”を探しに出た深夜の街で、早速とばかりに見つけたわけだ。明らかに車の速さではない、むしろ人間が歩くようなきで【マッパー】上を移する、赤い點を。
迂闊だったといわれれば、まあ、返す言葉もない。
レベルが上がって、そこらの人間とはもはや隔絶した存在となりつつある俺。
そんな俺にさえ危険となりうるからこそ、【マッパー】上に赤い明滅で示された存在。
それがわかっていながら、やはりどこか舐めていたのだろう。
ここまであれになってしまえば、どんな相手でもそうそう後れを取ることはないだろう、などと。
その結果俺は、
「――……あれでいいか」
夜の路地。
その姿が見えると同時に、ぼそっと呟いたそいつに、
「!?」
左の腕を切り離され、今に至る。
「……」
「――フフッフフフフゥ」
十メートルほどの距離から、再びこちらへ歩み寄ってくるそいつ。
手には大振りのナイフ。
あれで俺の腕を切り飛ばし、その勢いのまま駆け抜けたがゆえの、彼我の距離。
あらためて見れば、かなり奇抜な格好の奴だ。
全白盡くめ。著ている服だけでなくも長い髪までも白っぽいので、まるで夜道に明暗の反転した影が浮かび上がっているかのよう。
小柄で顔立ちもどっちつかずなので、別はいまいちわからない。どころか年齢もよくわからないという、奇抜な癖にどうにも捉えどころのない……いや、そのへんはどうでもいいか。
先程のき。
どう考えても、尋常ではない速さ。
それによって“切り裂かれた”俺の腕。
やはり奴が“切り裂きキラー”だろうか。
たしかにあのきなら、普通の人間を抵抗どころか反応すらさせることなく殺せそうではある。
というかいくら大振りのナイフといえ、こうもあっさり人の腕を切り飛ばせるものか?
それもただの人間ならいざ知らず、レベルが上がって人の強度を逸しつつある俺の腕を。
〈name:利原 若 class:外道 cond:虛ろ Lv:0 HP:13〉
そう思って【見る】を使った俺は、重ねて呆気にとられる。
出てきた表示は“Lv:0”。……なんかいくつかおかしな項目もあるが……
つまり奴は“レベル持ち”ではない?
「――っ」
と、そこまで考え、視界がぐらつく。腕を切られ、失もしつつあるのだから當たり前だ。
どくどくと激しい痛み。ボードを見れば“cond:腕切斷(左)”
とりあえず、これはどうにかしないといけないか。
「フッフ、――ッフゥッ!!」
そう思うのと同時に、向こうもまたきだす。
無造作にナイフを振りかぶり。こちらへ跳びかかる白い変人。
そのきはやはり、凄まじく速い。
が、
「――」
「フぉうっ?!!」
“そういうもの”とわかってしまえば、対処できないほどではない。
向かってくる変人へ、あえて俺も拳を合わせる。立ち上がり振り抜いた拳は空を切ったが、代わりに相手の意表を突き、飛び退かせることには功する。
「――ぐ」
失中に急にいたせいで、ますます酷くなる目眩。
二、三歩ほどふらつくが、そのおかげで切り落とされた腕がちょうど足元にくる位置に。
すかさずそれを拾い、切り口同士を押し當て――
〔醫療〕
magicを発。
condの異常を治す魔法。〔賦活〕との違いは、治せる対象。
〔賦活〕は神的なもの、〔醫療〕は的なものと大別されるが、厳にどちらが適応されるかは、実際そのcondになった時の覚でしか摑めない。
ともあれ、〔醫療〕の効果は問題なくあらわれ、切り離された腕を元通りにくっつける。
軽く指をかしても違和などはなく、ステータスでも“cond:通常”が確認できた。……HPがちょっと減ってるか。一応〔治癒〕も使って、あと〔防壁〕と〔障壁〕もかけとくか。念のため。
「…………」
見れば白い変人は俺の方を向いたまま、無言で固まっている。
かと思いきや、
「――フオォォオオゥッ?! イッツァメィジン!? 切った腕がたちどころにッ?!」
大袈裟すぎる反応。
時間帯を度外視しても、明らかに近所迷な聲量。
「奇妙奇天烈訶不思議だなお兄ちゃんよ……しかもそのあとも燦然とを放つし――ハッ!? もしやおれは夢を忘れた現代社會で奇跡を目撃しているのやも……ッ!」
なにやら獨り言のように呟いているが、その聲でさえでかいせいで丸聞こえだ。
なんだろう、こいつのこの、古幸を二割増しうるさくして、二倍鬱陶しくしたじは。
「……心臓狙いのスマァッシュ! もなにゆえか外れて腕(ワン)ヒットノーランだったし……ヌゥウとなればこれは名乗り上げねばなるまいッ、初めて人様に直接ッ!」
無駄に意を決した風な白い変人。
それからあらためてこちらへと向き直り――
「お茶の間賑わすワイドショウの華! 誰が呼んだか?! もちろんおれだ!
稱“切り裂きキラー”! おれは今! ここにいまアァァァアァァすッ!!!」
「うるせえ」
「NOオォォォオォォウッ?!!」
堂々と名乗るそいつ目がけて、気づけば俺は道端に落ちていた小石を思い切り投げつけていた。
もしかしたら、ここ最近で一番かっとなった瞬間かもしれない。
弾丸のごとき速さで飛んだ小石は、殘念ながら避けられてしまったが。糞が。
「……フヒュフ、を投げるとは挨拶だなお兄ちゃんよ。というかどういう肩してるんだい? 危うくここがおれの墓場になるところだったぜ……」
しかしこの、わざとらしく冷や汗を拭う仕草などをしているこいつが、本當にあの“切り裂きキラー”なんだろうか。だとしたらすごく、なんというか、げんなりというか。
その外見だけで職質喰らいそうな奴が、警察の手から逃げおおせているというのもいまいち信じ難いが……しかし腑に落ちる點もないではない。
先も考えたが、奴のあの驚異的な速度をもってすれば、無抵抗のうちに人を慘殺するのは十分可能。犯行の証拠――被害者のが殘るのも、レベルが0ならば當たり前だ。
というか本來それが普通で、むしろおかしいのは俺をはじめとした“レベル持ち”の方か。
(てか、こいつ殺してもEXP1……くたびれ儲けもいいとこじゃねえか)
「――しかしなるほどッ、この狀況、おれはこれをおれへの試練とッ、そうけ取ったッ!」
“切り裂きキラー”は“レベル持ち”かもしれない。
その期待を砕かれたことを再認識し、ますます気が削がれていく俺。
それを余所に、なにやら一人盛り上がりつつある白いの。
「ならば越えてみせよう虹の懸け橋!! 昨日よりちょっぴり大人びたおれを目指して――ッ」
いつの間に取り出したのか、二本に増えた大振りのナイフを両の手に構え、
「わかしッ、行っきまアァァァアァァすッ!!!」
それとなく本名を名乗りつつ、三度目の突撃。
二度目よりもなお増したその速度はやはり驚異的で、気のせいでなければあの槍男よりも速い。
だが関係ない。
向こうが再度しかけてくると見た時點で、こちらはすでにそれを発している。
〔衝撃〕
不可視の範囲攻撃。回避は至難。
が、
「――キュリィイン!? エマァジェンシィッ!!」
「?!」
魔法の効果があらわれたのとほぼ同時に、白いのは転して効果範囲から跳び退る。
ばばばばっ、と、誰もいない空間でむなしく弾ける〔衝撃〕。
んなあほな。
「プヒュウッ、鶴亀鶴亀……ここで不意打ちとは敵ながら天晴れ! けどお兄ちゃんの奇想天外四捨五さは先刻承知! そうやすやすと討たれるおれとは思わないことだなァッフ!!」
「っち」
再度切りかかって來た白いの。
その右の振り上げを舌打ちつつ躱し、
続けて放たれた左からの突きも、橫から叩いてどうにか逸らして俺は一歩後退。
仕切り直すつもりでそうしたが、向こうの方は手を緩めるつもりはないらしく。
「ハァッ!」
「!」
「トゥッ!!」
「っ」
「ッハァア!!!」
「――」
立て続けに振るわれる両のナイフ。
尋常でない速さもそうだが、こいつはきそのものもなんというか、“違う”。
無駄がないというか、洗練されているというか。何度も引き合いに出すようで悪いが、そのあたりも槍男なんかとは隔絶している。あっちはもっとなんというか、今思えば多分に素人臭かった。
もっともそのへんは俺も似たようなもの。それでも避けるなり逸らすなりが出來ているのは、【防】、【回避】そしてなにより【警戒】のおかげ。危険を察知する【警戒】は、相手がどう攻めてくるのかも事前に知らせてくれる。これがなければ、こうも的確な【防】や【回避】での対処は不可能だっただろう。
もうひとつの理由として、単純な能力の差も挙げられる。
捌いた時にじた“軽さ”からして、膂力自は明らかにこちらが上回っている。
おそらくは一撃でも當てることが出來れば、それで終わるはずだが――
「ふっ」
「?! んメィディイッ!!」
どうにか隙をみて繰り出した拳は、すんでのところで躱されてしまう。先の〔衝撃〕の時もそうだが、いったいどういう勘をしてんだ。それこそ【警戒】持ち並の超反応じゃねえか。
「フヒュフ、――まっこと剣呑なお兄ちゃんだぜ。カタギの人にやったら死んじゃうよ? それ」
「……知ってる」
一旦距離を取った白いのと、辟易しながら相対する。
狀況的には、互いに決め手に欠けるといったところか。こちらはレベルに付隨する力で、あちらは謎の勘で、それぞれ互いに互いの攻撃を捌き切れてしまう。
手持ちの力でこの狀況をかせないか、考える。
他者に敵対的に働きかける魔法は、例外なく弾が飛ぶ形で顕現する。たとえば〔火炎〕などは単純に火の玉で攻撃するし、〔睡眠〕などももやもやした弾をぶつけなければその効果を與えられない。見た目にはそれとわからないが、おそらく〔衝撃〕も同じだと思われる。発から炸裂までに若干間があるのは、たぶんそのせい。
そして相手に危害を加える目的で使う場合、〔消音〕や〔影無〕などもそうなる。
加えてそれらの補助的な魔法は、〔火炎〕などの直接攻撃より弾速が遅い。
つまり魔法であの白いのをどうこうするのは、まず無理だろうという話。なにせ見えない〔衝撃〕を避けるような奴だ。【回避】で見定めつつ至近距離で〔火炎〕などを放つという、槍男にやった方法も多分駄目だろう。それでも避けられる景が、ありありと浮かんでしまう。
magicが駄目ならspecialはどうか。【挑発】などで隙でも作れればいいのだが……じつはこれ、先程から試しているがまったくじている様子がない。
【威圧】が効かなかった例としては、この間の勧のおっさんが挙げられる。神的な狀態――condがおかしい奴に、この手の特殊能力は通じないと見るべきか。
……けど、うん。毆ろう、殺そうと思うから大変なのだ。
そもそも“Lv:0”相手に、無理にそうする必要はどこにもないわけで。
ならばと俺は、ある魔法を無造作に前方へ放つ。
「ムゥ! またもトゥリッキーなトゥリック!?」
さほど速度のないそれは、當然ながら白いのには躱される。
が、それでいい。魔法はそのまま先にある電柱へ當たり――
『警察だ! 君達そこでなにをしている!』
同時に響くのは、この場の誰のものでもない聲での誰何。
「フワーオ! 公権力ッ?!!」
それを聞くや否や、白いのは即座に逃走を図り、瞬く間に夜道へと消えていった。
「……そうなるよな、まあ」
目論見どおりになり、ひとまず溜息。
あんなき印(・・)でも、お縄につくことだけはやはり勘弁らしい。
先程使った魔法は〔幻奏〕
効果は“任意の音を鳴らす”というもの。
放った魔法球(音符模様のもやもや)の著弾した箇所が、その音の発生源となる。
ただし鳴らすことが出來るのは、俺が想起可能な音だけ。たとえばまったく聞いたことのない音や、聞いていても上手く頭に浮かばないものは鳴らせない。ちなみに先程の聲は、不審者の時に會ったお巡りさんを元にさせてもらった。
にしてもなんだかんだ、結構騒がしくしてしまった。騒いでいたのは九割九分くらいあの白いのだが、なんにせよ本の警が來る前に、俺もさっさと退散しようか。
「あ、しまったな……」
ふと気づいて、ぼやく。
どうせならあの白いのに【マーカー】でもつけておくべきだったか。
【マッパー】を確認しても奴をしめす赤い點滅は見られず、つまりすでに表示可能範囲外。こちらが遅きに失したのを抜きにしても、呆れるはしっこさだ。
「……帰るか」
不意に疲労、ひいては徒労がどっと來て、俺は踵を返す。
なんかもう、とっとと寢たい。
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