《現実でレベル上げてどうすんだremix》あるいはそれは、遅かれ早かれの必然

「ばか、な……こんな短時間で、もうここまで……?」

驚いた様子でそう呟くのは、部屋の最奧にいる中年風の男。

なにやら大仰な椅子に座っているので、【見る】……うん。“レベル持ち”は、こっち。

「お、おいっ來ちゃったぞ! 大丈夫なの――いや、大丈夫なのですかっ!?」

そのそばにもう一人、一段低くなっている場所に立っていて、

……なんか見覚えあるな。髪はぼさぼさでやつれていて、髭なども剃っていないじだが……

「あ、そうか実習生」

「!?」

ややあって、気づく。いつぞやの“車座”(……だったか?)も関わったいざこざの主犯。そのへんの問題もあって、Q高にも來なくなった実習生。名前は、関矢(……だったか?)

思わず上げた俺の聲に、びくつくそいつ。それから訴えるような視線を“レベル持ち”の方へと向ける。

「う、狼狽えるなグズが! ――ハッ、そうかなるほど。たまたまここから近い部屋がスタート地點だったのだな? 悪運の強いやつめ……」

元実習生へは罵倒を返し、次いで獨り合點する“レベル持ち”の男。

それからちらりと脇見。たぶんステータスボードを確認したのだろう。

「……! 思ったよりモンスターが減っているな。どうやら運だけというわけでもないらしい」

やおら、立ち上がる男。

し背が低めで太めであること以外、目立った特徴はない。そういう意味では、憔悴気味だが元が男である元実習生の方が、まだなにか持ってそうなじがするくらい。

とはいえ見た目で“レベル持ち”の強さは測れない。その最たる例が俺だろうし。

「だがぁ、ぶふフッ! 道中のザコを倒したくらいでいい気になるなよ? ガキィ……! 今からおたくが味わうのこそ真の恐怖……! 圧倒的な本の暴力によって、手も足も出ないままに死んでゆけぇ、ぶふゥフフフッ!!」

得意気な口上。豚っぽいふき出し笑い。

直後、男の前の床に円形のが三つ、生じる。

「【大造魔】を発ぉ! いでよ“オーガ”! そして“オーガメイジ”ィッ!」

かっ、とる男。

そしてかかっ、と円形のに雷的なものが落ちる。

「ゴ……!」

「ゴォン……」

「……」

そんな派手な効果ののち、から出てきた巨、三

ごつごつと筋骨逞しい、高三メートルは優に超えてそうなあれは、鬼か?

が赤黒いのが二。その前に出るようにして、青黒いのも一

濁った七面鳥の鳴き聲のような、男の高笑いが部屋にこだまする。

「ぶひゃわはハハハッ! どぉだっ?! もう用済みの徘徊モンスターをすべて消去し、その分のコストを注ぎ込んだ今のおれの最高戦力ッ!! 船をぶっとばしたくらいでイイ気になっているやつじゃ、到底敵わない本の――」

「はあ」

口上の途中だったが、

なんか居た堪れなくなって、ささっと終わらせたくなった。

〔核熱〕

と同時に、〔火炎〕の倍くらいの派手な火球が眼前に現れ、

たちまち出され、三集まっている鬼の中央あたりに著弾。

発。

部屋中を焼くような炎熱と風。

別にやけどするほどではないが、室で使うべきではなかったかもしれないと、し思う。

「――?!!」

「ひぃっ」

炎の向こうにかすかに見えた男の驚愕の顔。

あと元実習生のか細い悲鳴も聞こえた気がする。

荒れ狂う魔法効果はやけに長くじたが、実際はたいした時間でもなかったはず。

そしてそれらが収まったあとには、

…………。

鬼らが立っていた場所には、焦げ跡しか殘らず。

〔核熱〕は、覚えた中だと単発では最高威力、最広範囲の魔法。

“核”とはいうが、別に放線などは出さないのでそこは安泰だ。

他にもほぼ同威力の〔隕星〕もあるが、あれは字面からもわかるように屋外用。ここでもたぶん発そのものは出來るだろうが……どこに落ちるか想像すると恐いので、控えた。

「…………」

「…………」

焦げ跡の向こうでは、今回の元兇の男と、元実習生が唖然としている。

あ、普通の人――“Lv:0”の前で魔法使っちまったな。まあ、あとで〔忘卻〕でもかければいいか。

「……ど」

などと思っていると、

「どーすんだよ! あっさりやられてるじゃないかっ!! あんなデカい口叩いといてこれ?! なにか、なにか他にないのか!? あるんだよなっ?!」

その普通の人――元実習生が取りし、“レベル持ち”の男に詰め寄っている。

そういえばあの二人はどういう関係だろう。仲良し、というじではなくともない。

「――」

「……まさか本當に、なにもないの? おい! なんとか言えよ使えないな!! っていうか僕、殺される……? あんなわけのわからない発で……いやだ! いやだよほんとにどうにかしろよこの、」

襟ぐり摑んでなじる元実習生。

それを黙って、されるがままにしていた“レベル持ち”の男だったが、

「う、うううるさいっ!!」

「おごっ?!」

やがて、突如逆上。暴に相手の腹を毆る。

堪らずうずくまる元実習生。

「黙れっ、だまれだまれだまれだまれ! レベルもないグズの分際で、おれに指図する気かっ? いつまで自分が上のつもりなんだてめーはっ! 今はおれがっ、おれの方が強くて偉くて、上だろーがこのっ、このこのこのこの――ッ!!」

「う゛っ、あ、が、ごっ……?!!」

それに留まらず、男はさらに相手を執拗に踏みつける。元実習生のからなんかいけないじの音がしているが、止めた方がいいだろうか。あんなレベル(・・・・・・)とはいえ、“レベル持ち”の暴力は普通の人には苛烈に過ぎるだろうし。

そう思っていたら、あ。

「……――」

「フーッ、フーッ、ぶフウッ……」

し遅かった。元実習生は絶命し、消えていってしまう。

ふと気になって〔蘇生〕ボードを確認。……ああ、一応一覧にはるのか。直接手を下さなくても、その瞬間を認識していれば可能らしい。

けど生き返す必要は……どうだろう。個人的には、死んだままのが都合いいな。

「……ぶっ、ふフフフフッ」

ふと、我に返った様子の男。

それからなにかに気づいたように、一人笑いだす。

「フぶっ、あーあ、やっちまったなぁ、どうもおれは、キレると見境がなくなるタチのようだ……せっかくの金ヅルを失ったのは惜しいが、ぶフッ、まぁいいさ、その程度、これからいくらでも取り返せる……」

男はぶつぶつ獨白したあと、おもむろにこちらに向きなおる。

その顔に浮かぶのは、粘著質な笑み。

「――そしてぇ、図らずもさっきのでレベルアップゥ……! 全回復ついでに、新しいモンスターも解されたぜぇ、ぶふフフフフフッ! ――さぁ、ここからが本當のほんば」

「あ、もういいや」

「ん゛ッ?!?」

次いで、再び化を呼び出しそうな素振りを見せたので、

一足飛びに詰めて、その腹に槍を突き刺す。

思えば、部屋にって“レベル持ち”か確認した時點で、こうしておけばよかったか。

というのも、

〈name:布田 邦昌 class:迷宮主 cond:死亡 Lv:10 HP:0〉

この男のLvは10。

先程上がったとして、その前に至っては9。

俺との差はほぼ十倍で、これではどうあがいても負けようがない。今はたまたま手元にあったので槍を刺したが、たとえ素手だろうと結果はさして変わらなかっただろう。

ちなみにさっきの鬼は“Lv:9”。思えば〔核熱〕なんか使う必要すらなかったはずだが、なんとなく撃ちこんでしまった。レベルが上限に達してからこっち、どうにも行がおざなり過ぎる気がする今日この頃。

だからだろうか、

それに気づくのに、俺は遅れた。

「あ゛ぐ、ぇ、な、なん……」

苦悶と疑問を顔に浮かべながら絶命し、消えていく男。

それに槍を突き出した姿勢のままの俺。

その視界の端、

いつの間にか開いていた扉から覗いていた、

「…………え?」

綺麗な顔。

した、喜連川暁未の存在に。

の不幸は二つ。

一つは“迷宮”という異変への、その巻きこまれ方。

は知るよしもないが、“迷宮”の構造変化、そして巻きこまれた人間の初期位置は、ほぼランダムに設定される。

そして彼に設定された初期位置は、袋小路の通路の最奧。

ただしその通路の構造が、やや変則的で……

『きゃ――ッ』

ほんの一歩先が、一メートルほどの段差になっていた。

転移直後の軽いめまい。そのせいで段差を踏み外してしまった彼は、

落ちて転んで、壁に頭を打ちつけ気を失った。

の不幸中の幸いは、

その通路にモンスターの姿がなかったこと。

さらには通路の行き當たり、その扉がすぐ最奧の部屋に繋がっていて、戦闘や罠の危険とは無縁であったこと。

のもう一つの不幸は、

気絶からの復帰、それにかかった時間。

もうし早かったなら、事態の元兇に捕らえられていたかもしれない。

もしくはもうし遅かったなら、すべてが終わったあとで彼と落ち合えたかもしれない。

どちらも“もしも”の話でしかなく、

「…………え?」

ゆえに起きてしまったことはどうあろうと、覆らない。

あるいは彼の、

喜連川暁未の本當の不幸は、

「あ」

彼と、

久坂厳児という存在と、関わってしまったことだろうか――

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