《お月様はいつも雨降り》第二従二目
今日はみんなが待っていた宿泊研修の日だ。
クラスごとにバスに乗って、行き先はえーと、そう、富士山のふもとの何とかという湖の近く。僕がし遅れて學校に著いたときには、帽子をかぶりリュックサックを背負ったみんなはもう並んでいた。出発式も終わっているらしい。
「ボウ、遅いぞ、こんな日も寢坊かよ?」
真新しいTシャツを著たレンはあきれた顔をして僕を見ている。
「うん」
「ボウがるから、後ろ下がってよ」
學級委員長のヒロトが僕の並ぶ隙間を友達に聲をかけながら広げてくれている。
「ボウさぁ、昨日、嬉しくて寢れなかったんじゃないの?だって、ルナと同じ活グループだもんね、行きのバスの席も!」
カエデは容赦がない。でも、その理由は間違いじゃないことは認める。
「みんな、揃ったな、それじゃバスに乗るぞ、うちのクラスのバスは三號車だ、間違えて他のクラスのバスに乗るんじゃないぞ、特にシジマ!大事な行事に遅刻してくるくらいだからな」
擔任の注意にみんなが笑った。
途中、何回かの休憩の後、バスの窓から遠くに見えていた富士山がすぐ近くにまで迫っていることに僕は気付いた。
「うわぁ」
「何驚いているの?」
「大きいなと思って」
「富士山のこと?さっきまでずっと見えていたのに、おかしいね、だって私に最初に富士山が見えるのを教えてくれたのはボウくんでしょ」
ルナさんはそう言って笑った。
言われてみたらさっきまで見ていたような気もする、でも、寢ていたような気もする。誰かと話していたような気もする。お菓子を食べていたような気もする。でも、僕はなぜか思い出せないでいた。
「そろそろ最初の目的地に著くぞ、忘れするなよ、広場で整列した後からグループ行になるから、忘れしないですぐに集まれよ、それと、外は日差しが強くて暑いから熱病には十分気を付けること」
前の座席越しに、擔任がこちらの方へ向いて、グループ活の容について振り返って説明している。
六人ごとのグループで駐車場広場から樹海の中にある鍾を三つ見て、最後に湖を見下ろすところができる展臺に集合する。コースはグループで決めてそれぞれ決められたチェックポイントを通りらなければならない。
でも僕は何も心配していない。なぜなら、リーダーはイツキだから、通過ミスが起こることなどはまずありえないだろう。他のメンバーもルナやヒロト、それにとても頭がいいサユミとワカナだ。とりあえず、マサハルとカエデがいないだけでも僕はのんびりと行できそうだ。
「ボウくん、何か考えことしてる?」
「え、いやぁ、これからどのくらい歩くんだろうって」
サユミはいつもみんなのお姉さんのようにしっかりしている。
「ルナちゃん、ボウくん、しっかり見張っていてね、迷子になりそうだから」
「任せて、ボウくんは私の弟と違って本當に手のかかるお人じゃのう、帽子が曲がっておるぞ」
ワカナにそう言われたルナさんは冗談を言いながら僕の正面に立ち、ずれていた僕の帽子のつばを持って直してくれた。
(上様は本當に手がかかるお人じゃのう)
ルナさんと同じような聲が、どこからか聞こえてきたような気がした。
樹海の中にった時、それまで暑かったのが噓のように空気がひんやりとした。
「ねぇ知ってる、この森で迷うと出てこれなくなるらしいよ」
イツキが急に立ち止まって意味ありげに笑った。
「うん、知ってるよ、磁石がきかなくなるんだろ、迷った人が同じところをグルグルと回っちゃうんだって、鉄の含んだ溶巖がその原因らしいね、それにさ……」
その噂はヒロトも知っているらしい。
「この森はある小説がきっかけで自殺者も多いんだって、毎年、消防の人とか死を探すみたいだよ」
「もう、ヒロトくんも怖いこと言わないでよ」
ワカナが話を遮った。
「本當かどうか、僕、磁石持ってきたんだ、ちょっと実験してみたいと思って」
イツキがポケットから方位磁針を取り出した。
「それは楽しそうだね、僕も結果が気になるな」
「ボウはどう思う」
「どっちでもいいよ、時間に間に合うのなら、先生にまた怒られたら夜のキャンプファイヤーに出れなくなっちゃうし」
「なら決まりだな」
「ちょっと男子だけで決めないでよ、イツキったら、いつも勝手なことばかり始めるんだから」
ルナさんが強い口調でイツキをなじった。
「しだけだから、すぐそこの見えるところまでしか行かないから」
子の返事を聞く前に僕たち三人は道を大きく外れ、苔むした巖が転がる樹海の中に飛び込んでいった。
「あんまり奧に行くとまずいんじゃない」
「全然、奧じゃないよ、ほら、ルナたちが見えるじゃん、よし、ここで確かめてみよう」
さすがにヒロトも心配になったのか聲を掛けたが、イツキは方位磁針を持ち上げたり、地面に近付けたりを何回も繰り返していた。
確かに樹海の中は、さっきのバスの駐車場とはまるで正反対なじがした。遠くまで広がる深い緑の中に僕の気持ちが吸い込まれていくようだった。
「あ!」
ヒロトが聲を上げて樹海の奧を指さした。
「どうしたの」
「あの木の下に人がいたように見えた」
僕は目を凝らしてみたが、指さした方には誰もいない。
「人って慣れていない環境にいると、変なものが見えたり、聞こえたりするんだって、脳の出す雑音らしいよ、あれぇ、全く変わらないや、やっぱりあの溶巖磁鉄鉱説は噓かもしれないな、それとも他の石なのかなぁ」
どんな狀況の中でも、僕は思っていた疑問を確かめようと一生懸命なイツキがすごいと思った。
(上様の脳波にオーバーコミットさせてもらう、多くの臨床実験で無害は証明済みじゃ)
また、あの聲が聞こえた。
「ヒロト、ボウ、僕は磁石の針が変な方向を指すから道に迷うんじゃないと思っている」
「それならどうして?」
「脳に何か直接、刺激を與えるような力がここにあるんじゃないかな、人を混させるような」
「それは電波みたいなもの?」
「電波が原因だったらもうみんな科學者が調べて分かっているよ」
「それなら地下帝國じゃない?人をる力がある、たしか、宇宙から核戦爭で逃げてきた宇宙人が地下帝國に基地を造るんだ、最初は人類と仲良くしてるんだけど、地下基地が出來ると人類を奴隷にするんだ」
僕は冗談のつもりで前に読んだことがある漫畫の話をした。
「あ、それ『地底からの侵略者エックス』だよね、僕も単行本で読んだことがあるよ、でも最後がしょぼかったな」
ヒロトと僕の會話をイツキは真面目な顔をしてうなずきながら聞いている。
「でもその宇宙人説も考えてみる必要はあるね、発見できていない合金とか埋まっているのかもしれないよ、ほら、遮土偶とか、ナスカ地上絵とか、つくり方や描き方は分かっているけれど、何でそんなことを大昔の人がしたのかについては、まだ決まっていないしね」
「へぇ、イツキはそういう話を信じないタイプだと思っていた」
ヒロトが言った。
「僕は宇宙人が來て、古代人に々な知恵を與えたって話は好きだよ、『お客様』として王が宇宙人を迎えるお禮に々なつくり方を教えてもらうなんて、面白いじゃん」
「でもさ、イツキ、僕は何で宇宙船のつくり方や高いビルとかを教えてもらわなかったのか不思議なんだ、だってさ、ピラミッドのような石の建よりも現代の建や乗りのほうが絶対に便利だと思うよ」
「いや、絶対に教えない、教えない間はずっと『お客様』でいれるじゃないか、もし、その技を全部教えたら、逆に自分たちの住んでいる星が攻められてしまうことになるだろ、その文明レベルの王様さえ満足させとけば十分だよ」
「そうか……イツキの言う通りかもしれないな」
ヒロトとイツキのレベルの高そうな會話にもうっていけない僕は何となく空を見上げていた。木の葉が集していてが遮られている。晝でも薄暗い森の世界はこうやってできていることなんだと気付いた。
僕も同じように無數の葉に覆われているんじゃないかと思ったとき、男の人の聲が空から聞こえてきたような気がした。
(客人……異世界からの侵略者だ)
誰なんだろう、この頃、々な人の聲が聞こえてくる。
「イツキ!」
「ヒロトくん、イツキくん!」
子が森の向こうから大聲で僕らの名前を呼んでいた。
「先生が向こうから見に來たよ」
ルナさんの聲だ。その一言は僕らを森の実験場からもとの道へとすぐに引き戻す力をもっていた。
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