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京香達はシカバネ町の北東部――すなわち、本日未明、霊幻の所為で大規模な停電が起きた一帯――を歩いていた。

ワイワイガヤガヤワイワイガヤガヤ。

既に電力設備は復舊しており、電気屋の聲がやかましい。

京香はぐるりと一帯を見渡した。

頭上では超電導モノレールが走り、周囲ではサラリーマンや、たむろする大學生くらいの金髪茶髪、キャッキャウフフとしい子高生達が思い思いの方向へと歩いている。

また、人々が利用する施設には、表も変えないで真っ白な腕を振るい続ける多數の業務用キョンシーの姿が見られた。

「いつも通りねぇ。ちょっと慌ただしいけど」

「素晴らしい！　平和とは目を潤ませる！」

これならば本日のパトロールは異常なしという一文で済ませられそうだと、京香は心喜んでいた。

京香が所屬するキョンシー犯罪対策局の仕事はその名の通りキョンシーに関わる犯罪への対策をする事である。

その中での実行部の主な業務もまた、その名の通りキョンシーを用いた犯罪を速やかに鎮靜するというだった。

実行部の仕事は次の二ステップで行われる。

①　実行部が関わるべき犯罪が起きた場合、実行部に所屬している捜査のスマートフォンからアラームが鳴る。

②　けたたましいスマートフォンを取ると、短く指示が伝えられる。その指示通りに捜査は現場に急行し、事態を鎮靜化する。

言ってしまえば、の良いキョンシー犯罪のめ事処理屋だった。

そんな実行部には第一課から第六課まである。

第一課から第三課が後方部隊。第一課が治安維持、第二課が捜査と諜報、第三課が事後処理を擔當している。

対して第四課から第六課までが実際に現場へ駆け付ける実行部隊。數字が増えるほど、対応するキョンシー犯罪の兇悪さが上がる。

そして、京香が所屬している第六課は最も危険な課であった。

実のところ、京香に求められた仕事は他の課が手に負えない犯罪の鎮圧であるので、わざわざパトロールなどする必要は無い。更に言うなら、　自宅なり、カフェなり、ファストフード店なりで自墮落に待機していても文句は言われない。実際、京香の前任者はそうして日がな一日時間を潰していた。

「お？　京香！　あそこの路地裏に行くぞ！　怪しい、とても怪しい！　撲滅の匂いがする！」

「はいはい」

だが、霊幻がそれを許さなかった。

霊幻は放っといても自主的にパトロールに行き自発的に犯罪へと対処しようとする。

キョンシー使いにとってそれは暴走以外の何でもない。

そんな橫暴が許されているのは、一重に霊幻が脳開発によってＰＳＩ(エレクトロキネシス)に目覚めた數ないキョンシーだからだ。

「あんたのＰＳＩがせめてテレキネシスとかならねぇ」

「何を言う？　吾輩の紫電が不満かね？」

「アタシの命令を聞いてくれる時以外は常時不満よ」

エレクトロキネシスを発現したキョンシーに対して電子的拘束は意味をさない。

かといって、霊幻の様な脳と脊髄以外はほぼ機械化された改造キョンシー相手に生半可な理的拘束も無駄である。

結局目の屆く所に置いておくのが一番マシだったのだ。

「京香、次はあそこの路地裏だ。豚カツ屋の裏手の」

「あそこはいつも盛況ねぇ」

先行しようとする霊幻を止めて、京香達は豚の置が置かれた豚カツ屋の裏手へと向かった。

油の匂いがムッと路地裏にも漂っている。

――今日の帰りはマックにでも行くか。

夕飯の予定を決めつつ、京香達は薄暗い路地裏を進んでいく。

奧に行くほど町の喧騒は加速度的に小さくなっていった。

急速な増改築が繰り返されるシカバネ町では雑多な建が並び立ち、迷路の様な裏道を作るのだ。

「あ、カラス」

「食べるか？」

「そこまで困窮してないわよ」

ゴミ袋を突いているカラスを橫目に、京香達は奧へと歩いていく。

何個目かの角を曲がらんとした所で、京香は立ち止った。

「あ、霊幻ちょい待ち」

「……撲滅か？」

「知らない。確認する」

京香が立ち止ったのは只の勘だ。

一瞬の違和。眉のにかかる微かな張。

そういうを大事にしろというのが、京香の先輩の教えだった。

「シャルロット。トレーシーを出して」

「ショウチ」

小聲で呼びかけると、京香の左手のアタッシュケースが獨りでに開き、中から武骨なピンクのテーザー銃が飛び出てきた。

このアタッシュケースには京香専用の補助ＡＩ、シャルロットが組み込まれている。正式名稱は『音聲認識型戦闘補助ＡＩ九式』。音聲認識で解析や計算、そして今の様な武の収納も行ってくれる優れだ。

トレーシーと京香が呼んでいるこのピンクのテーザー銃は銃が五十センチほど、有効程半徑は二十メートル、三発までならば連でき、一発當たり十萬ボルトの電流を流す事ができる、京香のメインウエポンだった。

「霊幻、ステイ。指示があるまでここでストップ。一歩もかない。オーケー？」

「了解だ。約束はできん」

「面倒ねアンタは本當に」

――気のせいだと良いんだけど……。

そう願いながら、京香はトレーシーを右手、アタッシュケースを左手に角から顔を出し、

「……ちっ」

舌打ちした。

視線の先、二十メートル。

そこにはヒ(・)ト(・)の(・)開(・)き(・)があった。

元から脊髄を添うようにが半分に切り開かれ、ザクロの如き部が出している。

流線型を開いた肋骨は砕けていて、一部は散りばめられたマシュマロの様にの中に収まっていた。

周囲には他に何者も居ない。

それを確認してから京香は角からを出し、人間の開きへと向かう。

このオブジェはどうやら元はだったようだ。若い。年齢は二十五歳程度だろうか。

見開かれた瞼。眼窩には何も収まっておらず真っ黒だった。頭蓋骨は綺麗に切り取られ、中は空っぽ。

それはの方も同様だった。収まっているべき臓が何一つ無かったのだ。

――子宮まで持っていくなんて趣味が悪い。

伽藍の。人を捌いて中を取り出されている。

微かに糞尿の臭いがした。酷い死に方をした者は皆この臭いを漂わせるのだ。

「……」

京香は膝を折って、周囲の痕へ指を付ける。

ニチャ、ニチャア。粘度はあるが、溫度はない。

捌かれたのは、數分や數十分前ではない。數時間程度前の事だろう。

「シャルロット、本部へ連絡。素狩りの犠牲者を発見。只今より、清金　京香と霊幻は犯人の捜索を開始する」

數時間。シカバネ町を出るのには充分すぎる時間だった。

＊

數時間後、夕方、午後六時。

京香の予想通り、犯人は既に逃げ仰せていた。

「……チッ」

『キョウカ、あなたが発見シタ時には既に逃げていまシタ。ドウシようも無いデス』

「そうね。ありがとうヤマダ。お疲れ様」

ヤマダからの報せに京香は暴に通話を切った。

分かってはいた。あの場に死を打ち捨てたのは中のパーツに用があったからだ。

パーツだけならコンパクトに持ち運べる。関所があるとはいえ、隠すことは容易だ。

素知らぬ顔で、人畜無害な顔で、正規のルートで出ていけば良い。

シカバネ町を出た直後、犯人、又は犯人達はガッツポーズをしただろう。

腹のは誰にも分からない。皮一枚を隔てただけで善人と悪人の區別が付かなくなる。

「殘念だ。撲滅をし損ねた」

徒労に終わった捜索に京香は憤っていたが、霊幻は何も変わらなかった。まるで、スクラッチくじが外れたくらいの殘念そうなじで腕を組み、眉を潛めているだけだ。

「……族の所に行くわよ」

京香は思考を切り替える事にした。被害者の元は判明している。

「了解だ。何処だ？」

「西側の住宅街」

シカバネ町の西側は居住區が固まり、そこは通稱、生置き場と呼ばれていた。