ヤマダが野良キョンシーと會敵していた頃、京香達もまた敵と対峙していた。

天原(まがはら)脳技開発研究所の二號館を背にして京香はトレーシーを構えている。

前方には四人の人間と四のキョンシー。キョンシーも人間達も皆禿髪で、つるつるの頭には細かなの跡が幾つもあった。

頭上から霊幻の高笑いが聞こえる。京香は霊幻に飛行能力を持った敵キョンシー二の迎撃を命じているのだ。

バチバチバチバチ！　ハハハハハハハハハハハハハハ！

「徹夜の頭にアイツの笑い聲は響くわねぇ」

左手で額を抑えながらも、京香の眼は鋭いままだった。

「あんたら、穿頭教(せんとうきょう)ね？」

京香の視線は蓮の様にが開き、歪んだ頭のキョンシー達に注がれている。

穿頭教。頭にを開けて超常的な力に目覚めよう、という馬鹿げた教えを掲げている狂った宗教団だ。彼らはキョンシー達のＰＳＩの事を神の力と呼び、信奉している。

人間達の中で最も多くの四つの〝〟を開けた男が口を開いた。

「お前達の保有しているキョンシーを差し出せ。我々の理想の為にお前達にはそれをする義務がある」

聲には苛立ちも怒りも無く淡々としていて、道理の分からない愚かな人間への無自覚な傲慢さに溢れていた。

「斷る。霊幻とワトソンはアタシ達の大切なキョンシーよ。あんた達みたいな狂った組織にあげてやるもんですか」

芽を全部取ったジャガイモ頭のキョンシー達を、京香はただただ哀れに思う。

このキョンシー達は穿頭教の元信者だろう。生前から頭にを開けて、キョンシー達が目覚めた様なＰＳＩを手にれたかったに違いない。

穿頭教がむのはＰＳＩを生者のまま発現する事。なるほど、それは様々な機関での研究テーマだ。死が覚醒(めざ)めた力を生が使えない道理は無い。

故に穿頭教はＰＳＩを発現したキョンシーをする。話を聴かず、これは正當な権利だと主張して今まで幾ものキョンシーを攫ってきた犯罪集団だった。

「あんた達の中で完結してろよ。勝手に頭をボロボロにして、いつの日か葉うかもしれない夢を見て過ごしてろ」

京香の聲には諦観と侮蔑が混ざっていた。怒りが正當なであるとしても、このの出所は正常なではないと京香は知っていた。

今、自分は人間の尊厳の為に怒っていない。

はー、と京香はスイッチをれ替える為に溜息を吐いた。

が鈍くなる。粘土の様に心は輝きを消して、粘の様には濁る。

「最後通告。下がりなさい。今下がると言うのなら見逃してあげる」

答えが分かっている問いとは何とも虛しいだ。

「斷る。不當に神の力に目覚めたキョンシー達を保有するお前達こそが悪なのだ」

「そう、じゃあ命の保障はしないわ」

――ああ、面倒だ。

最後にぼやいて京香はトレーシーの銃口を一番近い穿頭教の信者へと向けて人差し指の引き金を引いた。

パシュ！　サスペンションと圧された炭酸ガスで押し出されたトレーシーの電極はいちばん前に居た穿頭教の信者の腹へと突き刺さった。

「がっ！」

電極が相手ののらかいへ突き刺さった事を手応えから理解した直後、京香は中指に當たったトレーシーのスイッチを押した。

十萬ボルトの電流が人を駆け巡る！

「―――、―――――――!?」

穿頭教の信者の関節がマネキンの様に固まり、「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」と気持ちの悪いき聲を上げながら細かに震えた。

これで穿頭教の信者は後三人。

どう出てくる？　京香は冷めた眼で敵の一手を待つ。

誰一人として震えてが焼ける同志を救おうとしない。それどころか恍惚の顔で京香を殺す命令をするだけだった。

「「「ああ神の力に目覚めしキョンシーよ！　あの哀れな人間を殺せ！」」」

三人の命令に四のキョンシー達が直ちに従った。

マイケル作のコンタクトレンズを通してＰＳＩ力場の発現を京香は察知する。

二のキョンシーの頭から炎が、もう二のキョンシーの手から竜巻が生まれた。

おそらく放出型のパイロキネシストとエアロキネシスト。

シュルシュルシュルシュルシュル！　穿頭教の信者へ突き刺さっていたトレーシーの弾丸を戻しながら京香は眉を上げた。

「面倒な組み合わせを持って來たわね！」

ボオオ！　ボオオ！　ボオオ！

ヒュウウウウウウウウウウン！

三つの火球と二つの小規模な竜巻が京香へと放たれる。

ＰＳＩとしてはそこまで大したレベルではない。どちらも出力はＤ程度だ。

だが、ＰＳＩの掛け合わせは時に強烈な威力を呼ぶ。

即座に京香はアタッシュケースの形を取ったシャルロットを突き出して信頼するＡＩへ命じた。

「シャルロット！　盾にりなさい！」

「ショウチ」

ガチャガチャガチャガチャ！　ルービックキューブの様にアタッシュケースが高速で形を変える。

火球と竜巻が到達する直前にシャルロットは京香の左手の甲を中心とした直徑一メートルの円形の盾へと組み上がった。

その盾は半明で折り紙の様に捩じれていて、さながら水晶の薔薇の様だ。

「広がれ！」

ギュイン！　薔薇は花開き、直徑を二メートルに広げ京香のを覆い隠す。

シャルロットと敵キョンシーのＰＳＩが激突した。

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ！

火球と竜巻が混ざり合い、相乗効果で発的な熱量を生む。

出力だけならばＢ－に匹敵する威力だった。

「あっついわね！」

シャルロットの熱絶縁は高く、熱量は直接京香の側には來ていない。

しかし、周りへれた火と風の熱は高く、間接的に京香の皮を焼いた。

「ハハハハハハハハ！　京香よ！　吾輩の助けは必要か!?」

頭上から二號館の壁(・)面(・)を駆け回る霊幻の高笑いが聞こえた。

確かに霊幻が居ればこの四のキョンシーはすぐさまに壊せるだろう。

「要らない！　さっさと上の奴らを倒して！」

「了解、二分で済ませよう！」

ハハハハハハハハハ！　バチバチバチバチ！

紫電がぜる音と高笑いをＢＧＭに京香はシャルロットを構えて突撃した。

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオ！

火炎と旋風が脇へと流れていく。

熱せられた空気を吸わない様に息を止めて、京香は最初に二のエアロキネシストへ狙いを定めた。竜巻を生み出すこのキョンシー達を無力化せねばトレーシーの弾丸が逸らされてしまう。

――ああ、眼がショボショボする！

眼球の表面にあった水分が火傷しそうな程熱い空気を浴びて蒸発していく。

「「「出力を上げろ！　速やかにこの愚か者を殺すのだ！」」」

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ！

信者達の命令にＰＳＩの出力が更に上がる。

風圧が上がり走り難くなったが、京香の突撃に何の変化も無い。

一息でも吸えば肺が焼ける程熱くなった空気。普通の人間ならば足が竦む死地。

きは苛烈で心は冷めて、溫度差のある心と、こう戦えと京香は教えられた。

半明な薔薇の盾からの、火炎と旋風から垣間見える景の中で、穿頭教の人間達が驚愕していた。

――キョンシー使いのくせに。

その顔に京香は失に似たを覚えた。

穿頭教のキョンシー達は頭上で霊幻が戦っている二が戦闘能力のツートップで、他は特に大それた改造をされていないようだ。もしかしたら自殺行為にしか見えない京香の突貫にキョンシー使いが適切な命令を下せなかっただけかもしれない。

それはもう考える必要の無い事だ。京香は前方三メートルまでエアロキネシストに近付いた。

穿頭教達はパイロキネシストのＰＳＩを止めた。この距離では自分達が燃える危険が有るからだろう。

そんな全うな判斷が京香を苛立たせた。

「「「巻き上げろ！」」」

この距離まで近付かれて初めて穿頭教徒達は意味のある命令を出した。

しかし、その命令を出すのは遅過ぎる。

京香は盾(シャルロット)を挾んで二のエアロキネシストのキョンシーを見た。

若いと男のキョンシー。凸凹のジャガイモ頭。昔は男だったのかもしれない。

「壊れな」

パシュッ！　パシュッ！　二連続で人差し指の引き金を引き、弾丸が放たれた。

京香の足元から風が吹き上がる直前、トレーシーの弾丸が風の壁を突き破り、エアロキネシスト二のへと突き刺さる。

そして、すぐさま中指のスイッチを彼は押し込んだ。

ビビビビビビビビビビビビビビビビ！

十萬ボルトがキョンシー二のを駆け巡り、瞬間的に蘇生符をショートさせた！

プスプスとが焦げる音をたてながらエアロキネシスト二は仰向けに倒れる。

「「「燃やせ！」」」

穿頭教のキョンシー使い達は殘ったパイロキネシスト二へ攻撃を命令するが、それはもう只の悪足掻きだった。

電極をトレーシーへ戻し、京香は殘る二のキョンシーへ冷たく狙いを定める。

パシュッ！　パシュッ！

ビビビビビビビビビビビビビビビビ！

二つの弾丸が殘りのキョンシーを壊したのはそれから僅か十五秒後の事だった。