穿頭教徒との戦いから一夜明け、京香はシカバネ町東部の病院の一つ、ヴァイオレットクリニックのベッドで橫にっていた。その顔と腕には包帯が巻かれている。

「……三日か。面倒ねぇ」

出していた腕と顔に中度の火傷。ヴァイオレットクリニックの醫長、篠原(しのはら)　菫(すみれ)が下した診斷は完治三日だった。自然治癒ならば完治に一ヶ月は掛かるが、これもキョンシー開発技の発展と共に発達した醫療技のおかげである。

水ぶくれが酷いが、三日もすれば跡も殘らず京香のは綺麗なに戻るだろう。

京香とすればさっさと退院したかったが、それは菫が許可しない。

ヴァイオレットクリニックはキョンシー犯罪対策局と専屬契約を結んでいる病院であり、京香達捜査の死亡率の低減に一役買っている。

この病院を利用する患者達は治療及び院中、菫の言葉に服従する事が義務付けられている。

さもなくば、『アア？　舐めた事をおっしゃるとぶち転がしますわよ？』と青筋が浮かんだ和な笑顔と共にリアルに地べたへ叩き落されて院期間が延びるのだ。

「京香、さっさと回復しないのか？」

ベッドの脇に置かれた椅子では霊幻が腰掛けており、備え付けのテレビでマントを付けたパンを配るヒーローの長編映畫を見ている。

「生きているはね、そう簡単には回復しないのよ。三日くらい休ませなさいな」

下手にかすとが引っ張られ痛いのであまりく気にもならない京香は、霊幻が見ているヒーローの活躍をぼんやりと見ていた。

「それならば吾輩を巡回に行かせろ。外には未だ撲滅の対象が溢れているのだ」

「持ち主のアタシがけないのにアンタみたいな暴走キョンシーを自由にさせたらリアルに職を失うわ」

院が決まった瞬間、京香は霊幻の眼を見て待機命令を出した。後一秒でも遅れていたらこのキョンシーは外に飛び出していただろう。

「……やれやれ、面倒な事だ。お前の職と撲滅どっちが大事だと思っているのだ？」

「アタシの職」

「ふむ、そう斷言されると吾輩は何も言えんな」

霊幻は殘念そうにと勇気が友達のヒーローへと目線を戻した。

「アンタは昔からこのヒーロー好きよねぇ」

「吾輩の目指すべき姿だからな。このマントも彼をリスペクトしただ」

京香もこのヒーローの活躍を子供の頃は見ていた。憧れる気持ちは良く分からんでもない。

実際の所、京香も三日間院と言うのは暇だった。勿論デスクワークも出來なくないが、彼はデスクワークよりも現場の人間であった。

「まあ、頭脳労働はヤマダに任せるわ。アタシはヤマダからの報でも見てるわよ」

京香は脇に置いていたタブレットへ右手をばす。

「イタタ」

皮が引き攣り、痛みで京香は顔を顰める。戦闘中ならば無視してしまう程度の痛みだが、今は言ってしまえば強制オフ。年頃の娘らしく痛みに反応して何が悪いというのか。

「……というか、霊幻、持ち主が痛がってんだからちっとは心配とかしなさいよ」

「お前ならば大丈夫だろうその程度の傷、吾輩は相棒を信じているぞ」

「せめて畫面から眼を離してくれない？」

「今良いところなのだ」

にべも無い相棒の反応に溜息を吐きつつ、京香はベッドを左手のリモコンでしだけ起き上がらせ、タブレットを起する。

「さてさて、ヤマダの考えはどんなのかしらね？」

ヤマダからの報告は主に三つの報で纏まっていた。

①　パイロキネシストのＰＳＩの特徴。

②　パイロキネシストのの改造の程度、怪我の合、そしてＰＳＩの挙の異常。

③　正不明の糸の力場。

①について、これは霊幻の見解と同じ、設置型のパイロキネシスという結論をヤマダは出していた。ＰＳＩ力場を設置し、任意のタイミングで発させるというのが特徴である。

――正直、前線向きのタイプじゃないわね。

設置型のＰＳＩは後方支援に向いている。激しい戦闘中、一々設置→発と言う無駄なステップを踏んでいる暇が無い。ヤマダと一緒に居るセバスや霊幻相手に一対一でこのパイロキネシストは勝ち目が無いだろう。実際、ヤマダ達にこのキョンシーは完敗している。

ラプラスの瞳に記録された映像を見てもそれは明らかだ。ヤマダがラプラスの瞳を使った未來予測を使ったとはいえ、一度たりともまともな反撃ができていない。

②について、このキョンシーの改造は一般的なと同じ、人工筋への差し替えのみであろう。消化への改造も多あるのだろうが、戦闘にはあまり効かないパラメータだ。

――セバスさんとの改造合は五分五分。

戦闘ＩＱがこのパイロキネシストは高く無いのだろう。故に慘敗する。に不合も出ているのだ。右腕の運回路は壊れ、腳の腱が切れかかり、左膝の関節が半分割れている。

この狀態で近距離戦を得意とするヤマダとセバス相手に勝てる筈が無い。

――中遠距離戦ならギリギリでヤマダ達と渡り合えるかしら？　いや、脳が限界だから駄目ね。

設置型のパイロキネシスの本領は長期決戦。特に家屋での防衛線。逃げ場の無い空間、熱と煙でジワジワと運能力を奪い、けなくなった所で燃やし殺す。

そのためには何より萬全の脳狀態が必要。

ＰＳＩは脳細胞を磨り減らす。ヤマダの報告からこのキョンシーのパイロキネシスの出力が不安定にっているとある。高出力と低出力がランダムに出てくる。壊れかけのキョンシーのＰＳＩに良く見られる挙。ヤマダ相手にこの不安定さは致命的だ。

――治療、できるのかしら？

たとえば、現在、京香の部下であるマイケル。あの三段腹のスキンヘッドならばこのキョンシーを治せるだろうか？　京香には分からない。自分はキョンシー技師ではないのだ。

ともかくとして、このキョンシーの今の狀態は何をどう考えても霊幻やヤマダ達から逃げ切れるではない。にも関わらず、キョンシー犯罪対策局第六課は二度に渡り、この野良キョンシーを取り逃がしている。

③について、これが逃げ切れた理由だろう。糸の力場、その様な力場の形をしたＰＳＩを京香は知らない。現存する大抵のＰＳＩについてデータをインストールしてある霊幻も知らないと言っていた未知の力場。しかも、この糸はヤマダの頭を狙った。

――エレクトロキネシスじゃない？

京香達は二目の野良キョンシーはエレクトロキネシストだと思っていた。だが、頭を狙うＰＳＩという事は神応系の可能が出てきた。

京香はタブレットを捜査して、霊幻の視覚報を再生する。

霊幻がパイロキネシストと戦し、逃げられた時の映像が再生される。

瞬間的に現れる火柱のサイズ、熱量、そのどれもがパイロキネシスとして一級品だ。設置型のＰＳＩを此処まで上手く使えるキョンシーは世界でもそうは居まい。

――やっぱすごいわね。

「ふむ」

京香は戦闘映像を眺める。そして、その映像の最後の方で、

「……ん？」

と、眉を潛めた。

京香は映像を一時停止し、十數秒だけ戻す。

畫面は霊幻が壁面へ跳び、著地した直後に火柱が生まれた時から再生される。

壁面へ著地した直後の絶対に避けられないタイミングでの火柱。

一瞬で火達磨にった霊幻は全へ紫電を纏い、炎を剝がす。

京香の眼に留まったのはその直後だ。

『ちっ！』

ガタッ！

霊幻が炎をはがした直後、部屋の奧に居たのであろう野良キョンシーは舌打ちした。

そして、

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ！

このキョンシーは千平方メートル強あるフロア全をパイロキネシスで燃やしたのだ。

「霊幻、このキョンシーは何でフロア全を燃やしたのか分かる？」

「吾輩から逃げる為であろう」

霊幻の回答は正しい様に思えた。京香だって仮に敵としてこのキョンシーと遭遇したら逃亡を選択する。

――それじゃあ、何で

京香は件のシーンをもう一度再生する。

『ちっ！』

ガタッ！

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ！

「何で初めから逃げなかった？」