《【10萬PV!】磁界の王はキョンシーへ撲滅を告げる》② 鉄塊の波

***

研究棟から東に五十メートル。京香は第四課と第五課の人員三人とキョンシー三と共に窓から上がる黒煙を眺めていた。

研究棟の二階以上で火の手が放たれた事を斥候のキョンシーから京香達は知っている。

耐熱設備が整った研究棟の外壁は傍目から見れば変わりなく、綺麗なままだ。

その姿が一瞬巨大な棺桶に京香には見えた。この棺桶の中で今霊幻が暴れ回っている。

「あいつの無茶はどの程度で済むかしら」

霊幻の左半は金屬パーツが激しく出し、左腕は捥げたままだ。平常時ならば速やかに霊幻を治療に出す。霊幻が喚こうが知った事では無い。

京香にとって霊幻は特別だ。京香が持つと決めたキョンシーなのだ。キョンシーは自分達の調整ができない。持ち主が代わりにしなければすぐに壊れてしまう。

けれど、こういう非常時、京香は霊幻が壊れても構わないかの様な、普段とは間逆の命令を出す事が多々あった。

霊幻が突撃してもう十分。長くとも後十分で帰ってくる様に京香は命令を出していた。

眼を見ての強制的な命令。何事も無ければ霊幻は京香の下に帰って來る筈だ。

「嫌ねぇ。アタシが見ていない所で霊幻を戦わせるのは」

やれやれと首を振った京香へ、傍らに立っていた第四課の一人が彼へと問い掛けた。

「霊幻をいつもあんなじに自由にさせてるんですか?」

「そうね。言っても聞く奴じゃないし」

さらりと斷言した京香に、真っ當なキョンシー使い達は信じられない様な顔をする。

――アタシが変なんでしょうねぇ。

理屈として理解していても、京香は共出來ないでいた。

キョンシー使いの大原則。キョンシーに戦わせろ、ただし、手綱は握れ。

霊幻ほど自己の主張が強いキョンシーはほとんど居ない。あんなの暴走だ。普通なら薬やメスで脳を調整し、自己を希釈する。

そうするのが當たり前なのだと、京香はシカバネ町に來て初めて知った。

「あんた達のキョンシーはどう? まだ頭は大丈夫?」

京香は三人と三へ目を向ける。テレパシストのイトの力場から人間を守る為に対策局のキョンシーはエレクトロキネシスを使い続けている。研究棟への攻城戦を開始してから既に一時間。代わる代わるとは言え、キョンシー達の頭には強烈な負荷がかかっている筈だ。

「まだ大丈夫ですね。大分壽命はんじゃいましたけど」

のキョンシーの目は充し、小刻みに揺れている。遠からず鼻や耳からも出し、すぐに脳が壊れるだろう。

「治せる?」

「今ならまだ直せます。そんな余裕は無いですけどね。そもそも主要な治療施設である研究棟が奪われている訳ですから」

「そうよね。時間も余裕も、意義も意味も無いもの」

もしもこのキョンシーらが霊幻やコチョウの様な所謂主戦力(ネームド)ならば、外部にある予備修理機関に回されるだろう。

だが、彼らは名前を與えられていない雑兵だった。世界中から集めた使い捨てのPSI裝置。の良い消耗品。もしも、彼らに意思や痛覚があったのなら、痛いとぶだろうか。

そんな無駄な思考をして、京香は視線をキョンシー達から外す。

――そもそも、人間はPSIを使える様に出來ていないのよ。

何故、PSIというが人間に発現した仕組みを京香は知らない。

世界中の研究者達がメカニズムを解明せんと日夜魂を削っているが、京香が生きているに答えらしきが出ると思えなかった。

穿頭教の教徒達の姿が京香の頭に過る。あの連中がPSIのまともな理論を組み立てられると京香は欠片も信じていない。

PSIが発現するのに理由はない。

「できることは、できるのよ」

京香が知っている事はそれだけ。実を持ってそれだけは斷言できるのだ。

「え? 何か言いました?」

「獨り言よ。気にしないで」

キョンシー達の真っ赤な眼を見た後、京香はトレーシーの引き金をポンポンと叩いた。

今自分にできることは、するべき仕事は、この事態の終息。

キョンシー犯罪対策局実行部の切り札が第六課。その現主任が京香なのだ。

ハハハハハハハハ!

霊幻の高笑いが聞こえた気がした。

棺桶の中で京香の相棒は戦っている。撲滅を求めて紫電を放っている事だろう。

「さっさと戻ってこないかしら」

霊幻が負けると京香は考えていなかった。

テレパシストの糸の力場は必殺だが、霊幻ならば無効化できる。

設置型のパイロキネシストという籠城戦において最強のキョンシーが相手と言うのが懸念と言えば懸念だが、室戦が得意なのは霊幻も同様。余程の隠し玉があれば話は別だが、あったとしても霊幻が負ける未來を京香は想像できなかった。

壊れる未來ならばいつも脳裏にある。けれど、京香の相棒が負ける筈がないのだ。

京香は「ふー」っと小さく息を吐いた。

その瞬間、とある直が京香を襲った。

眉のと、首の付けと、そして額に掛かる強烈な張。

――ん?

「全員、構えて。何か來る」

「え?」

「早く」

突然の指示に、三人のキョンシー使いは戸った。當たり前だろう。指示を出した側が理由を理解していないのだから。

「シャルロット、全員に通信を繋いで」

「ショウチ」

理由を探す前に京香はシャルロットを起し、通信が繋がった側から指示を出した。

「総員警戒勢を敷いて。理由はアタシの勘よ。周囲一帯を索敵しなさい」

『俺の所で確認する。し待て』

京香の突然の指示に対して関口がすぐさま従った。

「な、何が起きてるんですか?」

京香の傍らに居る三人の戸いが止まることがない。

「分からないわ。只のアタシの勘だもの。アタシは直を信じる質(たち)なのよ」

最低限の警戒勢は取れていたので、京香はそれ以上詳しい事を言わない。

関口からの返事はすぐに來た。

『おいおいマジか。全員何処でも良い。高い所に上がれ。今すぐにだ』

命令に従って京香達はすぐ近くにあったビルの中を駆け上がる。

バーン! 屋上のドアを蹴破って京香は目を凝らして周囲を見渡す。

「ワーオ」

ヒュ~! 京香は軽快に口笛を吹いた。

ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ! ブオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

世界に鉄(・)塊(・)の(・)波(・)が押し寄せていた。

「な、何ですかアレ!?」

「自車、重機、ヘリコプター!?」

「何だそりゃ!?」

キョンシー使い達が騒ぎ出す。

電気自車、多種多様の土木重機、そして四十數のヘリコプターに小型飛行機。

京香の視線の先、対策局の研究棟へ三百六十度全方位から車やプロペラを持ったありとあらゆる機械が迫り、地上と空に群がっている。

IOTで厳に制されている筈の機械達は本來のさに見る影も無く暴走狀態だ。

京香はトレーシーでトントンと自分の肩を叩いた。

「テレパシストってこんな事も出來るの? ヤバイわね」

可能としては上げられていた。監視カメラをピンポイントにジャミング出來るのなら、IOT機で制された機械もれるのではないか。

「それにしたっておかしいですよ! このテレパシストのPSIどんだけの程があるって言うんですか!?」

「アタシ達の想定を軽々越えてるわね。天晴れだわ」

鉄塊の波は研究棟の周囲まで到達して複雑怪奇な渦を巻く。

車、重機、ヘリコプター、それぞれのきは完全に同期し、一切の衝突を起こす事無く京香達が先程まで居た地上を覆い隠した。

ブルルルルルルルル! ブルルルルルルルル! ブルルルルルルルル!

とプロペラが回る音がする。鉄塊の波は人間達が地上に居る事を許さなかった。

「どうしようかしら?」

京香はトレーシーの引き金をトントン叩く。

眼下の機械達は軍事用のではない。更に運転席は無人であり、自縦でいていた。

『おそらくですが、テレパシーを応用して自をハッキングしたんだと考えられます。逆手に取られましたね。まあ、あの出力でかすなら半日もすれば充電切れで停止しますね』

シャルロットから長谷川の聲が聞こえる。

『半日も此処で待機かよ。悠長に待っている時間はあんまり無いぜ? つーか、研究棟に居る奴らはどうするんだよ?』

「一階に居るエレクトロキネシストの數は?」

『十だ。固まってしでも長持ちさせる様に指示を出している』

研究棟の一階で陣を引いていた第四課と第五課の人員達が今最も危険だった。

外に出る事もできず、火の海の二階に上がる事もできない。今の所、四車達が一階に突っ込む気配は無いが、いざそうなった時、対応できるキョンシーがあそこには居ない。

絶え間なく襲ってくる糸の力場に対処する為には、継続的にエレクトロキネシスで網を張る必要がある。殘り十では持って二時間と言った所か。

だが、助けを出したくとも生半可なキョンシーや人員では鉄塊に巻き込まれ即座にミンチだ。

『ウザってなぁ。俺の弾でぶっ壊してやろうか?』

『數足りるんですか?』

『足りんな。半分くらい破壊できれば良い方だ』

関口の二弾ならば下の機械達をスクラップにする事は容易い。だが、半徑百メートル強にまで広がった流する鉄塊達に対して、二弾では攻撃の範囲が足りなかった。

『ちっ。コチョウが居ればこういう時便利なんだが』

『範囲攻撃に関してエアロキネシスはトップですからね。僕もイルカを連れてくれば良かったかもしれません。まあ、イルカじゃ糸の力場にられちゃうんですけどね』

関口と長谷川が解決の糸口をああだこうだ話し合っている。二人とも課を背負うに足る一角の人であったが、まだ頭がイカれた優秀な人間の範囲に納まっていた。

故に京香が手を上げた。

「アタシが行きましょうか?」

京香ならばこの包囲網を突破し研究棟まで行く事ができる。

『考えている。し待て』

水瀬もそれは分かっている様で最終手段を行使するのかを迷っている様だった。

――アタシならこの狀況を突破できる。でも、それは相手にバレている筈。どういうつもり?

京香は自問する。自分の思考にフォーカスしているかどうかは定かでは無いが、清金京香という人員の能力をテレパシストは知っている筈だ。

い込まれているのか。はたまた、考え無しか。どちらにせよ霊幻が帰って來ないと話が進まないわね」

霊幻でもこの鉄塊の包囲網を突破できるだろう。後、五分もすれば帰ってくる時間だった。

――とりあえず準備だけはしておこうかしらね

京香がそんな事を考えていた正にその時、

ゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロゴォロオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!

激烈な稲妻の音が研究棟四階付近から鳴り響いた。

即座に眼を向けると、研究棟四階の南側の壁に大が開いていた。

からは煙が上がり、炎が見える。そのより、一つの影が見えた。

「あいつ、何やった?」

立っていたのは霊幻。合のほとんどが焼け、金屬パーツが太を反している。

そんな京香の相棒が、高笑いを上げながら大より飛び降りた。

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!

遠くて音は聞こえない筈なのに、京香の耳に霊幻の笑い聲が木霊する。

「……はぁ。無理はするなって命令も出すべきだったかしら?」

溜息を吐いて京香はシャルロットを介して実行部全へ宣言する。

「第六課、清金京香、これより突撃します」

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