シトシトシトシトシトシト。その日、シカバネ町では雨が降っていた。

そろそろ冬の気配が見えてきた十月中旬。京香はピンクの傘をクルクルと回しながらキョンシー犯罪対策局実行部のビルへと向かっていた。

時刻は朝九時。後、十分も歩けば京香は目的地に著くだろう。

「ハッハッハッハッハ！　雨だぞ京香！　この様な日、善良な人間達はどの様にして過ごしているのだろうな！　家でお前の様にゲームか？　それともヤマダくんの様に読書か？　はたまた、あえてこの雨の中を遊び回るのもありえそうだな！」

「はいはい、うるさいうるさい」

京香の橫では霊幻が紫の傘を差している。傘は霊幻のサイズに合わせて特大で、ろうと思えば京香も一緒にる事ができた。

ポタポタ、ポトポト。ポトトトト。ポリエステル製の傘を雨粒が軽快に叩く。この音が京香は結構好きだった。何となく気分が落ち著くのだ。

「～～♪」

小さく鼻歌を奏でた京香の橫で霊幻はいつも通りやかましかった。

「いやしかし、こう雨が振ると、吾輩はまともにパトロールができんな。いや、もちろん徒手空拳でならばけるが、十全な撲滅はできない。吾輩とすれば止んでほしいだ」

「雨だとアンタの雷撃は使いずらいからね」

「そうなのだ。発はできる。吾輩自には問題が無い。吾輩と撲滅対象だけが居るのであればむしろこの環境は好都合。だが、近くに庇護の対象が居るので有ったら、吾輩の紫電はその者も同時に撲滅してしまう」

「じゃあとりあえず大人しくしてるしかないわね。まあ、良いじゃない。水瀬部長から呼び出しなんだから」

「一何であろうな？　第六課全員を招集なんて珍しい。マイケルと恭介達もだぞ？」

「そうねぇ。恭介なんてまだ第六課(うち)に來て二か月足らずなのに」

水瀬が第六課を招集する事は偶にあった。大抵、面倒な仕事を持って來るのだ。

だが、水瀬がわざわざ持ってくる仕事というのは、基本的に京香と霊幻、もしくはヤマダとセバスチャンのどちらか一組に対してである。今回の様に第六課全を指定するのは珍しかった。

――ろくでもない事よね絶対。

ポタポタポタポタ。雨音に耳を任せながら、持って來られるであろう面倒事とは何ぞやと京香はしだけ考えたが、すぐに止めた。

分かり易く眉を潛め、京香は頭を軽く振った。脳にが行っていないのが分かる。

雨音は好きだったが、雨の日自は京香の苦手な範囲だった。

「あー、考えが纏まらないわ。低圧には辛いわね」

京香の基礎溫は常人に比べてかなり低い。それは圧の低さと心拍數のなさに起因しており、雨の様な低気圧の日、京香は調子が悪くなる傾向にあった。

戦闘行為には問題ない。むしろき回って無理やり心拍數を上げた方が、雨の日は良くなるくらいだ。しかし、そもそも得意ではない頭脳労働は雨の日では點でダメになるのだった。これが弾低気圧を連れて來る臺風などであったら最悪である。

雨の日は、京香と霊幻の共通の弱點と言えた。

セセラギ荘から何度目かの角を曲がり、霊幻がハハハハハと笑った。

「お？　見えてきたぞ京香？　ちゃんと吾輩達の職場があるぞ！」

「そりゃあそこにあるでしょうよ。破とかされてないんだから」

実行部のビルは今日も今日とて重苦しい雰囲気を保ったまま、シカバネ町の中央部に鎮座していた。一見普通のビルだが、全ての壁面は強化コンクリート製で生半可な衝撃では傷一つつかない。

実行部には第一課から第六課まであり、それぞれ一階から六階までの各フロアをオフィスとしている。最上階七階は実行部を統括する水瀬の部屋と會議室などがあった。

「みんなもう居るかしら？」

「統計的にはヤマダくん達は居るだろう。恭介達は五分五分だ。ホムラとココミがごねていなければ居る筈だが。マイケルは居ないだろうな、研究棟に居るだろう」

京香達の専屬エンジニアである貍腹のマイケルは日夜キョンシーの研究や改造ばかりしている。集合の連絡は行っている筈だが、忘れている可能が高い。

「一応、恭介に迎えに行く様言ってあるわ」

「おお、パシっているな」

「新人だからね」

ポタポタポタポタ。クルクル。傘を回しながら京香はキョンシー犯罪対策局実行部ビル一階の自ドアを通り、付のＡＩロボットへ顔と指紋認証をしてその先のエレベーターに乗った。

ウィーン。穏やかな重力加速度の増加をじながら京香と霊幻は六階に到著し、そのまま第六課のドアを開いた。

「あ、清金先輩、おはようございます」

「ん、おはよう」

真っ先に聲を京香へ聲を掛けたのは部屋の一番手前の席に座っていた恭介だった。パソコンで簡単な事務作業をしていた様で、そのすぐ後ろのキャスター付きの椅子では恭介が保有するキョンシーの一、ホムラがもう一のココミを抱っこして座っている。

恭介が座っている席は元々京香が使っていた席で、恭介が第六課に加した日に席を譲ったのだ。今の京香の席は第六課オフィスの一番奧、デーンと置かれた主任席だ。

「おい、京香、一何の用事で俺を呼んだんだよ！　早く研究棟に戻して実験させてくれ！　新しい改造パーツを作っている最中なんだ！」

「マイケル！　それはどんなだ!?　撲滅に使えるんだろうな!?」

「ああ、何てったって待の飛行パーツだからな！　これを背中に付ければお前は高度一萬メートルにだって飛び上がれる筈だ！　一度飛んじまったら後は自由落下するしかないんだけどな！」

恭介の一つ奧のデスクで、マイケルが何やらロケットブースター的なパーツを弄り回している。どうやら、恭介はちゃんとこの貍腹をオフィスまで引っ張って來た様だ。

新たなる撲滅やら何やらの兆しを察知したのか、霊幻がマイケルに近寄り、マイケルがガチャガチャしているガジェットにああだこうだ注文を付け始めた。

そんな二人を橫目に京香は部屋の奧の自らの席へと行って腰掛けた。

「おはヨうございマス、キョウカ」

「おはようヤマダ。水瀬部長は未だ來てない？」

「エえ。ワタシとセバスも先ホド來たばカりでスけど」

京香の席に一番近い、すなわち、オフィスのり口から二番目に遠い席に座ったヤマダがモーニングティーを優雅に飲んでいる。その傍らでキョンシーであるセバスチャンが背筋を針金の様にばして立っていた。

デスクトップパソコンを起し、京香は軽くメールをチェックする。水瀬から事前に知らせか何か屆いていないかと思ったが、特にそう言ったメールは來ていない様だ。

トントントン。やや頭痛がするこめかみを京香は軽く叩く。

「京香様、紅茶はいかがですか？」

「ありがとう。お願い。スコーンとかある？」

「こちらに」

セバスチャンから紅茶と茶菓子を貰い、モソモソと頬張る。今日のスコーンは砂糖が多めで、紅茶も甘みがあるだった。脳に糖分が行き、しだけ眠気が覚める。

水瀬からの指示があるまで京香達にすることは無い。

「ヤマダは何か聞いてる？」

「いイえ、全ク」

一房にまとめたウェーブの掛かった金髪をヤマダはクルクルと人差し指で弄んでいた。その姿はとても様にっていて、カメラや絵畫に殘しておきたいと思う人間も居るだろう。

「ま、呼びに行くのも面倒だし、待ってましょうか。そんなに時間は掛からないと思うし」

電話やらメールやらで水瀬を呼び寄せればすぐに來るだろうと分かってはいたが、京香は特にそういう事をする気は無かった。水瀬がわざわざ集合させたという事は簡単に済むような仕事を持って來る筈がないし、何より時間があるのならセバスチャンの紅茶と菓子を味わいたい。

「もう一杯いかがですか？」

京香用のカップが空にったタイミングで、セバスがティーポットを差し出した。

「ん。貰うわ。ミルクも頂戴」

「承知いたしました」

ミルクティーにしたおかわりの紅茶と二つ目のスコーンを「ん～」と味わいながら、京香は水瀬の來訪を待った。