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バタン！　リムジンの左ドアを荒く閉めて、京香は車の第六課達へ顔を向けた。

カーチェイス中での戦闘。京香には向いていない分野だ。京香のＰＳＩ、アクティブマグネットを使えばある程度は戦えるだろう。だが、能力自は人間レベルの京香ではどこかのタイミングで振り落とされてしまう。

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ！

霊幻の迎撃も決定打では無かった。霊幻は負けないだろう。だが、京香達足手まといを霊幻一では守り切れない。

グイングイン！　京香達が乗るリムジンのハンドルが右に左に切られ、その度に車に慣モーメントが生まれる。

高速でき続ける車の中、第六課が持つ戦える手札はそう多くなかった。

後部座席に居たその數ない有効的戦力へ京香は命令した。

「ホムラ、戦って！」

「いや」

「……」

そして、即座に斷られた。ガクッと椅子にしがみ付く京香の腕から力が抜ける。斷られると分かってはいた。お互い以外何も要らないキョンシー達が素直に命令を聞く筈が無い。

ならば、持ち主に頑張ってもらうしかないだろう。

「恭介、何とかあんたのキョンシーをやる気にさせなさい！」

「ええ!?」

「じゃなきゃ多分この中の誰かが死ぬわよ！」

いきなり無茶ぶりをけた恭介がフレームレス眼鏡越しに愕然とした瞳をする。この様な激しい戦闘に恭介が巻き込まれたのは初めてだ。そもそも恭介は戦闘員ではない。

京香と霊幻の次に戦闘員としてカウントされているヤマダはいつの間にかセバスチャンに抱えられ、ダイヤルが付いた武骨なゴーグル、ラプラスの瞳を裝著している。

恭介自に京香とヤマダの様な戦闘能力は無い。対策局実行部の護はそれなりに仕込まれているが、それでもキョンシー相手に勝てるでは無かった。

「ホムラ！　あいつらはココミを狙った敵だ！　ぶっ飛ばせ！」

しかし、恭介は直ぐに対応した。座席にしがみ付きながらも、思い切り良く彼のキョンシーに命令する。

「は？」

ずっとココミに抱き著き我関せずを貫いていたホムラがピシッと剣呑な雰囲気を纏う。

顔を上げたホムラはココミと共に恭介を見た。蘇生符で隠されていない彼達の殘ったキッとした右眼とボウッとした左眼が主へ注がれる。

「は？」

「……」

もう一度短くホムラは聲を出した。ココミは相変わらず口を噤んでいて、事のり行きに任せている様に見えた。

恭介は舌を回す。

「敵の攻撃理由は一つしかない。世界唯一のテレパシスト、ココミを攫いたいんだ！　じゃなきゃわざわざ霊幻と清金先輩が乗ったリムジンを狙う筈が無いだろ！」

「ねえ、ココミ。恭介が言っている事は本當？」

「……」

ココミの口は何も語らない。だが、姉妹の間で何かしらのやり取りがあった様だ。

「分かった。燃やしてあげる」

ホムラはココミを抱き締めたまま、リムジン右座席へと移り、そのまま分厚いガラス窓から外に敵の車両を見つめる。

それと同時に恭介が聲を張り上げた。

「木下恭介がホムラへ許可する！　ＰＳＩを発しろ！」

ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ！

瞬間、ホムラの蘇生符が輝き、敵の車両を巨大な火柱に包まれた。

ホムラのパイロキネシスは設置型。視界にった箇所へＰＳＩ力場を設置し、炎を生み出す能力者だ。設置から発火に掛かる時間は凡そコンマ五秒。自との相対位置がほとんど変化しないのであればホムラの炎を躱す方法は存在しない。

火達磨にった敵のワンボックスカーはけたたましいブレーキ音を立てる。炎の熱よりも視界を塞がられたのが拙かったのだろう。ハンドルを切り間違えたのかワンボックスカーは橫転し、屋に乗っていた大鎚のキョンシー達がジャンプした。

「運転手さん、止めて！」

京香の命令にリムジンの運転手は即座に従った。

キキィーー！　急ブレーキでリムジンの前方への慣が京香達を襲う。だが、こちらのブレーキは余裕があるで、リムジンが橫転する気配は無かった。

「ヤマダ、ココミ達の護衛をお願い！」

「はイ」

リムジンが止まる直前に京香が車外へ飛び出す。既に四十メートル先で霊幻はワンボックスカー前の大鎚のキョンシー達と戦していた。

「シャルロット、トレーシーを出して！」

「ショウチ」

左手に持った補助ＡＩシャルロットが取り付けられたアタッシュケースが獨りでに開き、ポン！　と武骨なピンクのテーザー銃、トレーシーが飛び出た。

飛び出た自のメインウエポンを右手で摑み、京香はモルグ島の街を疾駆する。

道路脇や見える位置に島民達の姿は無い。既に自主避難が完了している様だ。

――なら、遠慮する必要ないか！

トレーシーの有効程は二十メートル。その距離まで近づいて京香は敵のキョンシーへと人差し指の引き金を引いた。

パシュ！　蔵されたサスペンションと圧ガスが音を立て、ワイヤーが取り付けられたトレーシーの電極を撃ち出される。

放たれた弾丸は敵のキョンシー一へ真っ直ぐにびる。

ガキン！　だが、軽く振られた大鎚に弾き飛ばされてしまった。

「京香、こいつらは電撃対策をしている！　頭を狙え！」

「分かったわ！」

シュルシュルシュルシュル！　ワイヤーを巻き戻し、電極を再裝填しながら京香は戦況を整理した。

ワンボックスカーは橫転したまま。大鎚のキョンシー達の持ち主の姿は無い。逃げた可能が高いが、ワンボックスカーで焼け死んだ可能もあった。

敵のキョンシーは柄が自在な大鎚をっている二人組。どちらも全く同じ放出型のパイロキネシスト。電撃対策がされている。

――勝てる相手ではあるわね。

これくらいならば、勝率の方が高い。確かに、霊幻の紫電対策をしていて、改造も霊幻並みの様だが、その程度では負けないと京香は信じていた。

要は霊幻があの二に近寄れるだけの隙を作れば良いのだ。

「シャルロット、盾にって」

「ショウチ」

ガチャガチャガチャガチャ！　ルービックキューブの様にアタッシュケースが高速で形を変える。

二秒と掛からず、シャルロットは京香の左手の甲を中心とした直徑一メートルの円形の盾へとその形を変えた。

半明の薔薇の盾。花開けと京香は命令する。

「広がれ」

ギュイン！　主の命に薔薇は花開き、直徑を二メートルに広げて京香のを覆った。

――良し。

「行くわよ！」

わざと宣言して京香は突撃する。

ダダダダ！　鉄板が仕込まれた京香の靴はい音を鳴らした。

ゴオオオ！　ゴオオオ！　霊幻と相対しながら、大鎚のキョンシー二は京香へ火球は放つ。

京香には避ける気が無い。最短最速で行かなければ、人間である自分がキョンシーと渡り合えないと分かっているからだ。

二つの火球が京香の盾に直撃し、ボオン！　ボオン！　と発する。風の風圧にピキッと左腕が痛むが、腕の角度を調整し、京香は上手くけ流した。

「ハンマーはよろしく！」

「ああ！」

ガガッキキイイイイイイイイイイン！　霊幻が二つのハンマーをほとんど同時に蹴り飛ばし、京香へと道を作った。

二十メートルの距離は數秒にしてゼロとなり、そのまま京香はシャルロットごと大鎚のキョンシー達へ當たりした。

全に力をれ、衝撃に耐える。人間の重さではない敵のキョンシー達のはほとんどグラつかない。人間とキョンシー、能力の差は超えられるではないのだ。

それで十分だ。京香が作りたかったのは蹴りを放った霊幻が勢を戻す僅かな時間だ。

「霊幻！」

「ハッハッハァ！」

京香の想像通り、背後の霊幻が突撃する。「閉じろ！」京香の命令でシャルロットの薔薇が閉じた瞬間、京香の肩から霊幻の逞しい腕がび、前方のキョンシーの頭を摑んだ。

「撲滅だああああああああああああああああああああああ！」

バチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチバチ！

強烈な紫電が敵のキョンシーの脳を焼く！　一瞬にして蘇生符どころか脳が破壊された敵のキョンシーのは只のへと転移した。

――次！

後一殘っている。京香はトレーシーの銃口を向けた。

ダンッ！　既に殘った一が逃走を開始していた。相方が壊れた事を認識した直後にき出していたのだ。

十五メートル先までそのキョンシーは逃げており、京香は「ちっ！」と舌打ちする。

「逃がすな！」

「當たり前だ！」

ハハハハハハハハハハハ！　笑い聲を上げながら霊幻が走る。霊幻ならばきっと追い付ける筈だった。

しかし、霊幻の追撃は意味を為さなかった。

音は無かった。

ヒュウ。一瞬の風が京香の背中を通り過ぎただけだった。

それだけで、京香と霊幻の前方に居たキ(・)ョ(・)ン(・)シ(・)ー(・)の(・)首(・)が(・)地(・)面(・)に(・)落(・)ち(・)て(・)い(・)た(・)。

京香は何が起きたのか分からなかった。

ブシュウウウウウとキョンシーの首から薄く赤い人工が噴き出す様子を見ても、何が起きてそれが起きたのか認識できなかった。

まるで重要な場面が切り取られた映畫のブツ切りのシーンを見たかの様だった。

果たして、答えは空から現れた。

「『はーい、おねえさん、こっちこっちー』」

涼やかな子供の聲が上から聞こえた。

京香が上を見上げると、そこには小麥のレインコートを著たキョンシーがフワフワ浮いていた。

の気が引いた土気のをした子供のキョンシーだ。髪はが抜けたのか真っ白で、眼はクリクリとしている。元の素が年なのかなのか分からない曖昧なキョンシーだ。

可らしい顔をしているキョンシーだ。年としてのらしさととしてのらしさが同居している。年と、二つの魅力が混在した剎那的なしさがあった。

そんなキョンシーがニコッと笑って京香達へ聲を掛けた。

「『やあ、ぼくはアネモイ。おねえさんたちがぼくを〝壊して〟くれる人たちかな？』」

ヨーロッパの至寶、至上最高のエアロキネシスト、天気を司る風の神の名を冠したキョンシー、アネモイがそこに居た。