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ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。

「……うぁ」

ガラス窓を打ち付ける強烈な雨音で京香は目を覚ました。弾丸の様に激しい雨粒の音だ。

目が覚めた瞬間、京香の頭は覚醒しなかった。

ズーーーーーーーーーーン。脳の半分がカビてしまったかの様な酩酊に似た頭痛。一センチだって頭を上げたくない不快。

ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。ボタボタボタボタ。

――貧？　いやその時期じゃないはず。

おかしな調だ。京香はぼんやりとした頭で認識する。

指先と足先が冷え切り痺れさえじそうだった。息を吸いにくい。どれだけ息を吸っても酸素が脳に行かない。吐き気さえ生まれていた。

この癥狀を京香は覚えがある。

「え、臺、風？」

シカバネ町に超大型臺風が直撃した日と、今京香が襲われている癥狀が類似している。

いや、それはおかしい。京香達が今居るのは〝地中海〟のモルグ島だ。臺風――こちらではサイクロンやハリケーンと呼ばれている――が直撃する筈が無い。

昨日まではカラッとした晴天だった。空が崩れる気配すら無かった。

「おお！　起きたか！　おはよう京香！　凄まじい雨だな！」

隣のベッドで橫にっていた霊幻が京香の目覚めに跳ね起きる。

ドカドカドカ。重い足音を立てながら霊幻が京香のベッドに依り顔を覗き込む。

「どうした？　ひどい顔だ。ああ、なるほど本日の低気圧はえげつないからか」

「……マジで？」

「ああ、マジだ。それなりの高さの山頂並みの気圧しかない。高山病の癥狀が出てもおかしくない程だ」

「……なんで？　つーか何時？」

「自然に依るではない。これがアネモイの不合なのだろう。さあ、さっさと著替えてアネモイに會いに行くぞ。今は七時だ」

――アネモイの……。ああ、そういうこと？

京香は起き上がろうとした。だがの重さは生半可なではなく、グググ、ポスンと京香の上半はベッドに戻ってしまう。

「何をやってる京香。さっさと起きないか」

「ごめん。引っ張ってくれない？」

緩慢にしだけ上げた両手を霊幻がグイッと引張られ、京香は何とかを起こす。

そして、頭を押さえ、「あー」としばらくった。

結局、京香がベッドから降り、著替えが済んだのはそれから三十分後だった。

＊

部屋備え付けの電話でセリアに問い掛けたらアネモイは今外に出ているらしい。

気象塔を出て、ピンクと紫の傘を指しながら京香と霊幻はモルグ島を歩く。

右耳にはトーキンver5が取り付けられていて、京香はしだけ耳がくすぐったかった。

前方には黃緑の傘を指したセリアと護衛用のキョンシー二が先導している。アネモイの元へと京香達を連れて行ってくれると言うのだ。

ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー。

京香が験した事の無い程の大雨だった。テレビで見た南米のスコールよりも雨粒の量は多く、そして重い。用のピンク傘が雨粒に押され、ズシッと重かった。

ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ！

ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ！

ボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタボタ！

石畳の地面と傘を雨粒が叩く音が鼓を揺らし、すぐ近くの音も満足に聞こえなった。

加えて、京香の吐き気と目眩は収まっていない。歩くのも実は結構しんどかった。

「『ハッハッハッハッハッハ！　すごい雨だぞ京香！　吾輩のデータバンクにも無い程の雨だ！　これをアネモイが引き起こしているとは凄まじい！』」

「こんな時でもアンタの聲は屆くわねぇ」

カクテルパーティー効果なのかどうなのか分からないが、隣の霊幻の聲は京香にもはっきりと聞こえる。長い付き合いが為せる事なのだろうか。

雨音。頭痛。目眩。それらとの折り合いを探しながら歩く事二十分。

京香達はアネモイを見つけた。

おそらくちょっとした広場である場所だ。中央には半徑二メートル程の噴水があり、それをぐるりと囲むようにして広々とした円形のスペースが開かれている。

噴水の勢いは雨の勢いに負け、本來描くべき水のアーチが生まれない。

そんな噴水の中でアネモイが立っていた。小麥のレインコートを目深に被った年との化がチャプチャプチャプと噴水の中で楽しそうに歩いていた。

アネモイの周囲には誰も居なかった。あまりに強烈な雨だから、きっと島民達は家屋に引き篭もっているのだろう。

「『アネモイ！　今日は晴れの日です！　雨を止めてください！』」

ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー、ザー。

雨音に負けない様にセリアがアネモイへ聲を張った。

チャプチャプ、クルリ、チャプ。アネモイはこちらへ楽しそうに顔を向けてニコニコと笑う。

「『あ、セリア！　それにキョウカとレイゲンも！　ねえ、見て見て！　雨だよ！　雨が降っているんだよ！』」

まるで自分が書いた絵を誰かに見せる子供の様な快活さでアネモイは分厚い雨雲を指さした。

その顔は喜に満ちていて、さも京香達に褒めてしいと言わんばかりだ。

セリアがアネモイへと近づく。その背中から彼の表を伺う事はできない。淡々としている様にも、あえてからを消している様にも見えた。

「『ええ、ええ、アネモイ。雨です。すごい雨です。あなたが生み出した至高の雨でしょう。でも、アネモイ、思い出してください。今日は晴れの日です。気象管制室から連絡が來ました。イタリアの畑がまた一つ雨に沈んだそうです。本日、こんなに雨は要りません』」

「『雨だ、雨だ雨だ雨だよセリア！　恵みの雨だ！　これでまた皆を救える！　これでまた皆がご飯を食べられる！　ああ、雨だよ！　雨なんだよ！』」

セリアの言葉をアネモイは聞いていなかった。音聲としては屆いているのかもしれない。だが、返答はちぐはぐで、レインコート越しに両手を広げて雨をしている。

――……これが、不合か。

京香は目を細めた。荒くれの仕事をしている京香にとってキョンシーが壊れるのは大抵戦闘の中の破損が原因だ。純粋な脳の壽命に依る不合を間近で見た事は無い。

チャプチャプチャプ。チャプチャプチャプ。チャプチャプチャプ。

ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー、ザーーーーーーーーーーーーーーーー！

また、雨が強くなった。もはや勢いはちょっとした滝で、強く柄を握らなければ傘が地面に落ちてしまいそうなくらいだ。

そんな雨の中。只一人、アネモイだけが笑顔だった。

「『ね、アネモイ、お願い。この雨雲を晴らして』」

ザブ。セリアはアネモイと同じように噴水の中にり、膝下までが水に埋まる。

アネモイはニコニコと笑ったままだった。

「『さあ、セリア！　ぼくに祈って！　そうすればぼくはいくらでも雨を降らしてあげる！　そうすればきっとみんなが幸せにれる！　だって恵みの雨なんだから！』」

雨の伴奏會の中、アネモイだけが笑い、祈りを込めて天に笑う。

「ハッハッハ！　なるほど、これは撲滅するべきだな！」

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ！

そして、隣で霊幻が狂笑し、

「………………そうね」

そして、京香が短く頷いた。