《俺+UFO=崩壊世界》閑話 その瞳に映すモノ

「ノーラを軍で預かるぅ? 何で今更そんな……」

「知るかよ、ただ俺はお前にそう伝える様に奴等から頼まれただけだっての」

キリエ・ラドホルトは速水からそう報を伝えられ、眉を吊り上げた。

ベッドに視線を向けると、穏やかな表で眠り続けるノーラ・タルスコットの姿が映る。

「……軍は彼をどうする気なのかな?」

「知らん、知ったら巻き込まれるからな。お前はどうするんだ?」

その問いをけ、愚問だと言わんばかりにキリエは鼻で笑い飛ばした。

「渡さないよ。せめて彼の目が覚めるまでは靜かに眠らせたいから。まぁ、ノーラの目が覚めても渡す気は無いけどね。だから、軍にそう伝えて? 彼に手を出したら――後悔させてやるってね」

スッと、部屋の溫度が下がった気がした。

速水はキリエのその言葉をけて、小さく頷く事しかできない。

いや、むしろそれだけでも凄い。普通の人間なら何も出來ないまま立ち盡くしていただろう。

「全く……軍の奴等にこの表を獨り占めさせてたまるかっての」

ノーラが浮かべる表は本當に安らかで、キリエもそれを見ると心が和らいだ。

が何時も浮かべていた笑みが偽りである事を、キリエは知っていた。

しかし、それを追求する事はなく、ただ彼の友人として共に過ごしてきた。

の過去に何があったかも知っている。

けれど、それはキリエが彼から伝え聞いたからではなく、勝手に調べたからだ。

その事を調べてしまった事で、キリエは直に後悔した。

そしてノーラと合う度に彼の罪悪は疼き、何時もそれが脳裏をチラついた。

がこうして眠る姿ですら、キリエは見た事がなかった。

何度も寢食を共にした事はある。

しかし、何時も先に寢てしまうのはキリエで、そして目が覚めた時には既にノーラは居なくなっていた。その流れを何度繰り返したかも分からない。

つまりそれは、沿矢と死闘を繰り広げた前の日のあの場面でさえ、キリエはノーラに信頼されてはいなかったのだ。

それでもいいと思ってた。

偽りの関係であったとしても、こんな自分の傍に居てくれるだけで良かった。

けれど、あの雨の日にノーラはようやく"本當に"笑ってくれたのだ。

――なんて、暖かい。ありがとう、キリエ……。

あの瞬間、ようやく二人は親友になれた。

なくとも、キリエはそう思ってる。

だから、ノーラにその想いを伝えたいのだ。

例えそれが一年後でも、十年後でも構わない。

何年だってそれを待ち続ける覚悟が、既にキリエの中にできていた。

「……友達だもんね、ノーラ……」

そう微笑み、キリエはノーラの頬をでた。

速水は既に用件を伝えたのでこの場に居る必要はなかった。

だが、そんな慈しむキリエの橫顔から彼は目が離せずにいる。

何時も天真爛漫で摑み所のない彼が、初めて一人の等大の人間に見えたからだ。

「……? お、おい! モニターを見ろ!」

「ぇ? ……えぇ!?」

速水の指摘をけ、モニターに視線を向けてキリエは仰天した。

何時もは変わらずの線を描いていたグラフが、緩やかな波を描きつつ変化しているからだ。

當然ながら、それはキリエにとって朗報である。

ノーラの意識がようやく戻るかもしれないのだから。

「ねぇ、どうしよう!? どうすればいいの!?」

この部屋で數多の暗殺者を難なく仕留めてきたキリエであったが、そんな彼は初めて此処で戸いと驚愕のに翻弄される。

キリエは泡を食った様に部屋の中をき回り、頭を抱えながら速水に助けを求める。

速水も心中では大いに混してはいたが、それよりもキリエの混っぷりの方が酷くて逆に冷靜さを取り戻す。

「落ち著け!! ナースコールを押せ!!」

「そ、そうだね!! これを引っ張って……えぇぇぇ!? 千切れちゃった!!」

ナースコールを押そうとスイッチに手をばして引っ張ると、その勢いでコードが千切れた。

キリエは驚愕しつつも、何故か何度もそのスイッチを連打して速水に助けを求める。

「"ちゃった"じゃねぇ!! お前が"千切った"んだ!! この馬鹿! もういい、俺が誰かを呼んでくる!! 彼から目を離すな!!」

速水もキリエと同様に混してはいるが、流石に年長者は違う。

彼は直に適切な判斷を下し、慌てて部屋から飛び出していく。

部屋に一人に殘されたキリエはおろおろと困し、千切れたスイッチをに抱いて不安気に部屋の中を彷徨う。

「あぅう……どうしよう、どうしようぅう」

涙目で部屋を彷徨うキリエを見れば、誰もが仰天するだろう。

なくとも、そんな彼の姿は天下の"紅姫"だとは誰も思わない。

そうこうしているにもモニターのグラフは更に揺れき、そして遂にその時が訪れた。

『ッ……ごほ!! ごっ……かは』

「!? の、ノーラ!? 大丈夫!?」

呼吸を通じてノーラが咳き込む聲が聞こえた瞬間、直にキリエは彼の枕元に近付いた。

思わず彼の手を取り、キリエは気遣いの言葉を向ける。

そして、ノーラの震える瞼が徐々に開かれていき、その金の瞳にキリエの姿を映し出す。

『…………キリ、エ? 貴方、どうして……』

「あぁ……あああ! ノーラ! 良かった、良かったよおおお!!」

呆けた様な臺詞だったが、それで十分だった。

キリエは涙や鼻水を流しながら歓喜の聲を上げる。

対するノーラは瞳を周囲に向け、戸う様子を見せた。

『此処は……病院? 治療、されたの……?』

流石は凄腕の賞金稼ぎ。

ノーラは瞬時に自分が置かれた今の狀況を悟り、驚愕しているのだ。

は自の都合だけで一方的な戦いを繰り広げ、數多の被害を出した。

そして何より彼は勝っても死ぬつもりだったのだ、それなのに負けた自分が生き長らえる可能は示唆してなかったに違いない。

「大丈夫? 何処か痛い? お腹は空いてない?」

矢継ぎ早にそう問いかけてくるキリエの姿を見て、ノーラは苦笑する。

相変わらずな様子、そしてそんな態度を自分に向けてくれるのが嬉しくて仕方がなかった。

しかし、ノーラには今何よりも気になる事がある。

『キリエ……聞いていい?』

「何々!? 何でも聞いて!! ちなみに好きな無人兵はフロッグ型だよ!!」

ノーラが一揆挙する度にキリエは飛び跳ねたりと、かなり興気味だ。

しかし、そんな興は次に紡がれた言葉でようやく靜まる。

『……沿矢様は、大丈夫なの?』

「ぇ? あ、ぁぁ~……いや、私もあの子の事は気にしてたけど、會う機會がなくてさ……。でも、普通にもう組合所で活してるとは聞いたよ?」

『そう、無事なのね……。良かった、なら行かないと……!』

言うと、ノーラはを起こそうとした。

だが、重癥を負って何日も昏睡していたが容易にく筈もない。

そしてノーラはそこでようやく自の左腕に付けていたHAが取り外されている事に気付く。

「む、無茶だよノーラ!! ける訳ないじゃん!! 本當にやばかったんだからね!?」

『そうだとしても、私は彼に……!』

そこまで口にした所で、ノーラは白目を向いて再びベッドに倒れこむ。

またもや昏倒してしまった彼を見て、キリエのパニックは最高に陥る。

「の、ノーラぁ!? あぁ、もう!! 速水ィ!! 早くきてよ~~~~!!」

その後、ようやく駆けつけた速水と醫者はキリエの小言を延々と聞かされる事になる。

貴婦人はようやく目覚めた。

死闘を繰り広げた両者が再び出會う時、其処に吹き荒れるのは嵐か、それとも花か。

いずれにしろ、その話が語られるのはまだし先だ。

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「うへへへへぇ……」

が持つホルダーの束を見ながら、弓はにへらと笑う。

対する弦はそんな孫娘の様子に冷や汗を流す。

「弓よ、年頃のがそんな汚い笑い方すんじゃねぇ」

「き、汚い!? いや、だってさ、見てよ!! 二十萬だよ、二十萬!! いやぁ、これは沿矢君も驚きを隠せないだろうなぁ。もしやお姉さんとしての株が上がっちゃうかなぁ?」

ぴょんぴょん跳ねながら、弓は頬を紅させつつ笑う。

対する弦は冷靜にその主張に異を唱える。

「何でオメェの株が上がるんだ? 値段渉や取引相手を見つけたのは俺だぞ?」

「…………弦爺、そんなの些細な問題だよ」

「……そうかぃ」

そんな微笑ましいやり取りを傍から見ていた里津は後ろ頭を掻きつつ、弦に問い掛ける。

「……実際、どうして二十萬も貰えたの? 生義手の相場はもうし下でしょ?」

「うむ。だが、それとは別にあった薬品が思ったより高値が付いてな。で……ああなってる」

弦は苦笑し、工房で喜びを表す弓を眺める。

沿矢から引きけた渉は終わり、資は全て引き取られた。

里津はようやく燃料の補充をしなくて済むと一息を零し、背をばす。

「んん~~……これで一安心ね。あの馬鹿はもうバハラに著いたかしらね?」

「さてな、一つ確信を持って言えるのは……次にアイツと會う時はまた俺の壽命が驚きでむだろうって事だ」

弦は冗談混じりでそう笑ったが、後にその言葉は寸分違わずに的中する事になる。

「とりあえず、お祝いでもする? もうすぐお晝だし、何か作ろうか?」

里津のそのいを聞き、弦は心驚いた。

との付き合いは確かに長いが、それは店主と客としての関係だ。

無論、彼の事は好ましく思っているが、彼は積極的に他者と関わる格ではなかった筈だが……?

そこまで考えた所で、弦はふとある事を思い至った。

次に彼は珍しく口角の端を持ち上げ、からかう口調でそれに答えた。

「里津……もしかして寂しいのか? アイツが居なくて」

「――――は、はぁ!? な、何でそうなるわけ!?」

呆然としていた里津は徐々に顔を赤く染め上げ、そう怒鳴り散らした。

しかし、弓は不満そうに瞼を細めながら問いかける。

「え~? じゃあ、寂しくないんですか? 私は寂しいですよ? 二人が居なくなって……」

「そ、そりゃあ……私だって思う所が無いわけじゃないわよ。アイツは何時も騒がしかったし、ラビィもああ見えて何処か抜けてるから目が離せなかったし……」

言いつつ、里津は背後を振り返ると誰も居ない居間に視線を向ける。

この數日間、家の中が広くなった気がしてならない。

十數年も一人で此処に居る事に疑問は覚えなかった筈なのにだ。

そんな彼の橫顔を見て、弦は瞼を細めた。

次に彼はこの話題を打ち切る様に、ある提案を口にする。

「祝うって言っても、三人じゃ盛り上がりに欠けるだろうな……。何なら食材でも買って、教會にでも行くか?」

弦としては、その提案は里津が見せた寂しさを払拭する為の気遣いでもあった。

しかし、里津は複雑そうに眉を潛めると、渋る様子を見せた。

「……突然行っても迷じゃない? それにあそこはし騒がしすぎるし……」

「それがいいんじゃあ無いですか! よーし、お晝はバーベキューにしましょう!! そうと決まったら、食材の買出しに行こうよ、弦爺!!」

言うと、弓は走って工房から抜け出そうとする。

が外へ出る前に、弦は溜め息を吐きながら指摘した。

「その前に、ホルダーを置け。それを持ち逃げしたら、木津からのお前の株は崩壊するぞ」

「……あ、あはは。いけないいけない」

弓は恥心で顔を赤く染めつつ、ホルダーを作業臺の上に置いた。

里津はそれを持ち、金庫へと押し込んで厳重に保管する。

「よし、これでいいわ。じゃあ、玄達には食材の調達を任せて良いからしら? 私は先に教會に行って、々と準備を済ませておくから」

「おう、了解だ。ふっ、にしてもなぁ……」

ふと、弦は小さく噴出し、愉快そうに笑う。

それを見て弓は小首を傾げ、疑問を隠す事も無くストレートに聞く。

「弦爺、どうしたの?」

「いや……最近は々と愉快な事ばかりだよな。と言うのも、木津と出會ってからずっとな」

「愉快って言うか……私は心配で仕方ないよぅ。もしかしたら護衛依頼でも無茶してるかもよ? 無人兵に毆り掛かってたりなんかしちゃってたりしてさ!」

弓は冗談めかした口調でそう言うが、それは見事に的中している。

しかもヤウラから出立して數時間後の出來事でそれをやっているのだから、とても笑えない。

ただ、そうとは知らない弦はそれは無いだろうと鼻で笑い、肩を竦める。

「HAを裝備してたとしても、無人兵に近接攻撃を仕掛ける馬鹿は滅多に居ない。幾ら木津とは言えど、流石にそんな無茶はしないだろう」

「……どうだかねぇ、アイツが何をやらかしても私は特に不思議じゃないと思うけど」

「今の木津にはフルトも付いてるんだ。余程の事態にでもならなければ、無謀な行いをする必要もねぇさ。だからそう心配すんな」

「心配と言うか、予想と言うか、なーんか嫌な予がするのよねぇ……」

里津は不服そうにそう呟くも、直にそのとした雰囲気を晴らして背びをする。

「まっ、いいわ。じゃあ後で教會で集合よ。それと……お酒とか買ってきたりしても別にいいのよ?」

ちょいちょい、と指を曲げながら妖しく里津は笑みを覗かせるが、対する弦は眉を潛めて難を示す。

「酒って……今は晝間だぞ? それに酒なんぞ飲めるのは俺とオメェくらいじゃねぇのか? ブレナン親子はそういうのに耐が無さそうだしよ」

「だからいいんじゃない!! あの二人は何時も子供達の面倒で羽目を外す暇も無いんだから、偶には酒でパーッと気晴らしさせないと!!」

「……まぁいい、わぁったよ。適當に何種類か調達してくるが、無理矢理には飲ませるなよ?」

「…………まぁ、善処するわ」

里津がそう言って顔を背けた所を見るに、自制する気配は無さそうだ。

弦はそんな彼の反応に苦笑しつつも、悪い気はしなかった。

何故なら、この様な人付き合いなど今まで數える程しかした事が無かったからだ。

特に弓を自一人で育て上げる事を決意してからは、人と付き合う暇すら無かった。

そもそも弦自が、その様な関係を求めてはいなかったのだから、尚更だろう。

しかし、だからこそ――

(これが……幸せって奴なのかねぇ)

誰かと共に語り合い、笑顔を浮かべる。

何時か、弦が遠い昔にメイン居住區で見たその景が、今此処にあった。

弓と共に居た時も弦は幸福を覚えなかった訳ではない。

ただ、そのには何時も彼を守らなければいけないと言う義務と、何時まで共に居られるかと言う不安を常にに宿していた。

けれども、今はその覚が日々薄れていくのをじるのだ。

弓に対するを失った訳ではない、むしろ新たに得たのは安心である。

例え明日自分が死んだとしても、周りに居る面々が弓を支えてくれる筈だと弦は確信を覚えている。

これまではただひたすらに自の技を弓に叩き込み、彼を鍛え上げる事でその安心を弦は得ようとしていた。

けれども、それは間違いだったかもしれない。

何故ならこうして何人かの友が居ると言うだけで、弓を鍛え上げる事で得ていた安心を容易く上回ってしまったからだ。だからと言って、これまでの自分の行を弦は後悔している訳ではない。

――ただ、そう……これからはもう想を良くしてもいいかもしれない。

心中でそんな想いを抱きつつ、弦は靜かに口角の端を持ち上げた。

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