《【書籍化&コミカライズ】関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました》あずまやでの再會
翌日。ビアトリスは普段より早めに公爵邸を出た。
今まではアーネストと門のところで鉢合わせることが多く、それぞれの教室にるまでしきりに話しかけるビアトリスと、疎ましげにあしらうアーネストの姿が、登校中の生徒たちの前でいい見世になっていた。
これからはもうあんな醜態を曬す気はないが、さりとて人前で骨に態度を変えるのも、噂になりそうでうっとうしい。
ならば登校時間をずらすのが無難な対応と言えるだろう。
期待通りアーネストに會うことなく教室に到著したのは良かったが、まだマーガレットやシャーロットも登校していないようだった。
來ている者は數人で、いずれも勉強熱心な生徒らしく、今日の予習に余念がない。
(図書室にでも行って、読むものを借りてこようかしら)
今後も上位の績をキープするつもりではあるものの、以前のような切迫はもはやない。今までよくまああれだけ必死だったものだと、我ながら笑えてくるほどだ。
図書館についたビアトリスは、今まで読んだことのなかった小説を手に取った。昨日シャーロットから「すごく泣けるから読んでみて!」とお勧めされた一冊だ。
貸し出し手続きを終えて教室へと帰る道すがら、ビアトリスはふと思いついて、一昨日彼と出會ったあずまやへと足を延ばした。
居たらいいなとは思っていた。
しかしまさか本當にいるとは思わなかった。
ビアトリスは思わず目をしばたいた。
目にも鮮やかな赤い髪。
紛れもなく「彼」があずまやのベンチに寢そべっていた。
「あの……」
彼はビアトリスに気が付くと、を起こしてその場を立ち去ろうとした。
「待ってください! 私、一昨日のことを謝りたいと思ってましたの」
「謝る?」
「はい。せっかく心配して下さったのに、失禮な態度を取ってしまって申し訳ありませんでした」
「別に気にしていない。……それより、なんだかこの前よりだいぶ元気そうだな」
「貴方のおかげですわ。私のせいじゃないと言われてし吹っ切れましたの」
「それは良かった」
青年はかすかにほほ笑んだ。彫刻のように端正な顔立ちが、ふわりとらかい印象になる。
その笑顔に、ビアトリスはなぜかが締め付けられるような懐かしさをおぼえた。
このはなんだろう。
市井で育った彼とビアトリスの間に、接點などあろうはずもないのだが。
「あの、カイン・メリウェザーさまですよね、メリウェザー辺境伯家の」
「確かにそうだが……ああ、この髪で分かったか」
「ごめんなさい」
赤は庶民にはちらほら見られるが、貴族ではかなり珍しい。貴族が集うこの學院でも同様だ。メリウェザー辺境伯や肖像畫に描かれた先代王妃アレクサンドラも金髪だったと記憶している。おそらく青年の髪は、庶民だという彼の母親に似たのだろう。
「別に謝るようなことじゃない。この髪はそれなりに気にってるんだ」
彼は軽く肩をすくめて見せた。飄々とした口ぶりからして、本當に気にしていないようだった。
「一昨日メリウェザーさまは、あいつがああいう態度を取るようになった、とおっしゃってましたよね」
「ああ、そう言った」
「意外でした。この學院の生徒で、私とアーネストさまの仲が良かった頃のことをご存知の方がいらっしゃるとは思わなかったものですから。メリウェザーさまは、昔のことをお父様からお聞きになったのですか?」
「いや、それは……実は々込みった事があってな」
「話しづらいことなのですか」
「まあな。しかし君が聞きたいのなら説明しよう。あいつが君にあんな態度を取る理由にも関わることだし、君には知る権利があるからな」
「殿下が私にあんな態度を取る理由」
「知りたいだろう」
「それは、まあ」
ほんのし前なら、それは是が非でも知りたいことだった。
「……でもメリウェザーさまが話しづらいことなら、無理にお聞きしませんわ。私が原因じゃないと分かっていれば十分です」
「そうか。謝するよ、ビアトリス嬢。あいつは本當に馬鹿だ。君のような婚約者がいて、自分がどれだけ恵まれているのか分かっていない」
「お世辭でも嬉しいですわ、メリウェザーさま」
「カインでいい」
「分かりましたわ、カインさま。では私のことはビアトリス、と」
「ビアトリス、そろそろ予鈴がなるぞ。君はまさか今日もさぼるつもりじゃないだろう?」
「もちろんです。あんなことは一度きりですわ。カインさまも、ちゃんと授業は出るべきですわよ」
ビアトリスがいうと、カインは苦笑を浮かべた。
「分かったよ。――それじゃあ、また」
「ええ、またお會いしましょう、カインさま」
ビアトリスは令嬢に許される範囲で早足で歩き、予鈴が鳴るまでに教室へとり込んだ。
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