《【書籍化&コミカライズ】関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました》理解と許容
それはアーネストが院長室に呼ばれて席を外しているときのことだった。
「ねえねえ、今度の週末はサーカスを見に行かない? 西方一のサーカス団が來てるんだって。魔獣の曲蕓がすっごく面白かったってお友達も言ってるの」
マリアが甘ったるい聲で生徒會室を見回しながら言うと、レオナルドが「おうサーカスか、面白そうじゃねぇか」と賛同の聲を上げた。
「僕たちは月に一度くらいは、親睦のために一緒に出掛けてるんですよ」
シリルが橫からビアトリスに説明する。
「殘念ながらアーネスト殿下は次回は參加できないんですが、もしそれでも良かったら――」
「あ、ウォルトンさんはお留守番をお願いしますね!」
マリアが笑顔でこちらに振り返って言った。ハシバミの目が意地悪そうに輝いている。
「マリア、生徒會の親睦を深めるのが目的なんだから、ったばかりの彼こそうべきなんじゃないの?」
ウィリアムがおっとりと指摘した。
「そうですよ。ビアトリス嬢も生徒會の一員なんですから、こういうところで疎外するのは良くありません」
シリルも彼に加勢する。
「あの、私は別に構いませんから」
週末はマーガレットとシャーロットと三人で展に行こうという話が出ている。シャーロットの知り合いが出展しているということだし、できればそちらを優先したい。
「ほら、ウォルトンさんもこう言ってるでしょ。この人のお目當てはアーネストさまだけなんだから、私たちと親睦を深めたって意味ないのよ」
「お目當て?」
「あら、とぼけなくてもいいんですよ。ウォルトンさんはアーネストさまの傍にいたいから、雑用係でいいから生徒會メンバーにれてほしいって強引に頼み込んだんでしょう?」
「よしなさいマリア」
「止めないでシリル。こういうことははっきり言った方がいいのよ」
「待ってください。私が強引に頼み込んだと、アーネストさまがそうおっしゃっていたんですか?」
「はっきりとは言ってないけど、それくらい考えれば分かります!」
「……アーネストさまは私の加について、的にはなんとおっしゃっていたんですか?」
ビアトリスがシリルに問いかけると、彼は「殿下はただ、ビアトリスに手伝いをやって貰うことになったとだけおっしゃってましたが」と困した様子で言った。
「みんなも不満はあるだろうが、彼と上手くやってしい、とも言ってたね」
ウィリアムが橫から言い添える。
ビアトリスはため息をついた。マリアの無禮な態度は不快極まりないものだが、彼がそういう考えに至る経緯は十分に理解できることだった。これはきちんと説明しなかったアーネストの責任だろう。
「私はアーネストさまに頼まれたので、手伝いをお引きけしたんです。私の方から手伝わせてほしいと申し上げたわけではありません」
「なにを白々しいこと言ってるんですか? 貴方が生徒會の手伝いをやらせてくれってアーネストさまにしつこく頼み込んでたことなんて、學院中が知ってますよ?」
「確かに以前はお願いしたこともありました。しかし斷られたので諦めましたし、今は特に興味もありません。繰り返しますが、アーネスト様からご依頼があったので、私でお役に立てるならとおけしただけです」
「そんなこと、誰も信じねぇよ」
ぼそりと言ったのはレオナルドだ。
「そうかなぁ、手伝いがしいってのは前からみんな言ってたんだし、殿下が知り合いに頼むのもそんなに不自然じゃないんじゃないの」
「なに言ってるのよウィリアム、単なる知り合いじゃあないでしょう。ウォルトンさんは優しいアーネスト様が唯一苦手にしている相手なのよ? 苦手な相手にわざわざ頼むなんてどう考えたって不自然じゃないの」
「みんな、一なにをめてるんだ?」
戻ってきたアーネストの聲に、皆が一斉に振り向いた。
すかさずマリアが駆け寄って行く。
「アーネストさま、ウォルトンさんが変なことを言うんです! アーネストさまが『頼むから生徒會の仕事を手伝ってほしい』って、自分にお願いしてきたって」
「……トリシァがそんなことを?」
「ほら、やっぱり噓なんじゃないですか!」
「アーネスト殿下、実際のところ、手伝いの話は殿下とビアトリス嬢のどちらが言い出されたことなんですか?」
シリルがためらいがちに問いかける。
「それは……そんなことどうでもいいだろう。もう決まったことだし、今さらごちゃごちゃ言うことに何の意味がある。現に今トリシァは役に立っているんだろう?」
「はい、それはもう」
「それなら何の問題もない」
「そうやってアーネスト様が優しくするから、ウォルトンさんがつけあがるんじゃありませんか?」
「マリア、もうやめとけ」
「レオナルドまでそんなこと言うの?」
「俺だって納得いかねぇよ。でもここで殿下を困らせても仕方ねぇだろ」
「分かったわ……」
マリアは悔し気にを噛んで黙り込んだ。
これは一なんの茶番か。
アーネストの方を見やると、彼は明らかに安堵の表を浮かべていた。
(ああ、そういう――)
ビアトリスはアーネストの心がなんとなく理解できた気がした。
何がきっかけかは知らないが、アーネストはビアトリスとの関係改善をんでいる。それはまず間違いのないことだろう。ビアトリスを生徒會にったことも、おそらくはその一環だ。
ただ彼は、自分が関係改善にいていることを他人に知られるのは嫌なのだ。
関係改善をんでいるのはあくまでビアトリス・ウォルトンの方で、「お優しい王太子殿下」であるアーネストは、必死にすがりつく婚約者を無下にできずにほだされた、という形にしたいのだ。
思えばアーネストが積極的に話しかけてきたのはいつだって、ビアトリスと二人きりのときだった。
今まであれだけ邪険にしてきたビアトリスに、手のひらを返してりよっていくのは、蟲が良すぎてみっともない。それを他人に知られるのはきまりが悪い。それくらいならビアトリスに泥をかぶせた方がいい。今さらビアトリスの悪評が一つや二つ増えたところで、どうということはないのだし!
そう、彼の心は十分に理解できるものだった。
とはいえ、ビアトリスがそれを許容できるかは別問題だ。
「私はアーネストさまのご依頼をけて、手伝いに參っただけです。必要ないとおっしゃるのなら帰ります」
「トリシァ、もう終わった話を蒸し返すな」
アーネストが苛立たしげに言った。
以前ならば、ビアトリスはそこで口をつぐんでいただろう。彼の機嫌を損ねるくらいなら、自分が泥をかぶった方がいいと。そうやって己をないがしろにし続けた結果、一人あずまやで泣く羽目になった。
「なにも終わっておりません。アーネストさまが私の手伝いをご所なら、それをはっきりと役員の皆さんに示してください。私の希ではなく、あくまでアーネストさまのご希であると。示していただけないのなら、これ以上のお手伝いはいたしかねます」
ビアトリスは靜かにそう言って、相手の出方を待ちけた。
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