《【書籍化&コミカライズ】関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました》証言者探し
翌朝。あずまやでカインに會ったビアトリスは、事の次第を打ち明けた。
不正疑の一件で、もうアーネストとはやっていけないと痛したこと。まずは穏便な方法をと思い、アーネスト本人に解消を申しれたが、けれてもらえなかったこと。公爵家から解消してもらえるよう父に頼んだが、正當な理由がなければ駄目だと言われたこと。
「分かっているんです。父が言っているのは當然のことだって。……今の狀況は何もかも、私の甘さが招いたことです」
せめてアーネストの態度が変わり始めたときすぐに父に伝えていれば、その頃から繰り返し被害を訴え続けていれば、対応は違っていただろう。
両親を心配させたくない、けない娘だと失されたくない、そんな思いから全て一人で抱え込んでいた愚かさを、今さらながらに思い知る。
「でも私はこのまま諦めるわけにはいきません。あのとき私に『殿下ははっきりそうおっしゃってましたわ』と言った令嬢たちを探します。他にも『付きまとわれて迷している』というたぐいの発言を、殿下から直接聞いた人がいないか當たってみます」
見つかったところで証言してくれるかどうかは分からないが、それでもやらないよりはマシだろう。
「彼らの特徴を教えてくれたら、俺も君に協力しよう。そのほかの暴言についても、直接聞いた者がいないか、俺の実家と繋がりのある生徒に聲をかけてみるよ」
「ありがとうございます」
「それからビアトリス」
「なんでしょう」
「アーネストとの婚約解消、俺は個人的にも歓迎するよ」
カインはふわりとほほ笑んだ。そのときこみあげてきた懐かしさの理由を、ビアトリスはおぼろげながら分かったような気がしていた。
教室に戻ったビアトリスは、登校してきたマーガレットとシャーロットにも、今までの経緯を打ち明けた。二人は驚いていたが、証言者探しに協力することを自ら申し出てくれた。
「ごめんなさい。私が証言できたら一番いいのだけど、殿下からそういう話を直接聞いたことってないのよね」
「私も。殿下がそうおっしゃったって、人が噂しているのを聞いたことはあるんだけど」
二人は申し訳なさそうに語ったが、実際のところ、噂なんて大そんなものだろう。生徒から生徒へと拡散され、校誰もが知る公然の事実となった話でも、本人から直接聞いたという人間は、思いのほかないものである。
それでも「噂していた子の名前は憶えているから、誰から聞いたか尋ねてみるわ」とのこと。
証言者探しには、途中からフィールズ姉妹も加わった。
そして彼と彼らの助力によって、ビアトリスは僅か二日のうちに、あのときのら全てと接することができたのである。
ところが彼らは判で押したように、まるで同じ反応を見せた。
「まあ、私たちはそんなことをビアトリスさまにお話ししたでしょうか。全く記憶にありませんわ。失禮ですが、何かの間違いじゃありませんか?」
他の侮辱発言に関しても、同じことが繰り返された。噂の糸を手繰って手繰って、ようやく「アーネストから直接聞いた」と吹聴していた人間にたどり著いても、皆一様に首を傾げて、「そんなことを言ったでしょうか」「申し訳ありませんが、まるで記憶にありません」と言を左右にするばかり。
あくまでしらを切りつつも、その態度はあくまで慇懃で、かつてのような攻撃的な態度は綺麗に影を潛めている。その一糸れぬ異様さは、まるで「誰か」の指示のもとに、あらかじめ口裏を合わせているかのようだった。
(アーネスト殿下の仕業だわ)
ビアトリスに婚約解消を告げられて、解消の大義名分になりそうな件について先手を打ったということか。いやこの手際の良さから察するに、もしかするともっと前、ビアトリスが距離を置き始めた辺りから、いざというときの不安材料をひとつひとつ潰していったのかもしれない。
なにしろアーネストは「アーネストの口から侮辱発言を直接聞いた相手」を最初から把握しているわけで、対象人を呼び出して釘をさしておくことに、さしたる手間はかからない。何もわからず手探り狀態のビアトリス達とはあまりに條件が違い過ぎる。
ビアトリスは頭を抱えたくなった。
まるで出口が見えないまま、じりじりと焦燥ばかりが募っていく。
(あと可能があるとすれば……彼くらいのものかしら)
ビアトリスは先日會ったストロベリーブロンドのを思い浮かべた。
――そうです。アーネストさまが、トリシァがいきなり一位なんておかしい、不正の可能があるっておっしゃったんです。
事実なら、これは到底「軽口」などと言い逃れできない、正真正銘の侮辱である。
加えてマリア・アドラーはアーネスト王太子殿下が自ら「王立學院の生徒會副會長に相応しい」と判斷し、抜擢したほどの逸材だ。アーネストはビアトリスと二人きりのときに「あいつの言うことなんか信じるな」などと言ってはいたが、まさか表立ってそんなことを口にできようはずもない。アーネスト自ら抜擢した逸材を「平気で噓をつく人」扱いすることは、とりもなおさずアーネストの人を見る目のなさを公に認めるのと同義である。
王家に対する限りにおいて、マリア・アドラーの証人としての価値は非常に高いと言えるだろう。
マリアがあのときの発言を紙に記して署名してくれさえすれば、父の言う「婚約破棄をする正當な理由」を満たすことは可能である。
(ただ問題は、彼が協力してくれるかということなのよね……)
前回會った印象では、マリアはあんな目に遭わされてもなお、アーネストを深く信奉している。単なるファンや取りまき程度とはわけが違う、正真正銘の崇拝だ。その彼がアーネストの意に反する形で、大嫌いなビアトリスに協力することなどあり得るだろうか。むしろふざけるなと罵倒され、追い返されるのが関の山ではないのか。
ただ唯一希があるとすれば、彼のアーネストに対する思いには、純粋な尊敬のみならず、めいたがなからず含まれているように思われることだ。ビアトリスがアーネストと婚約解消すること自は、マリアとしても歓迎するところではなかろうか。
期待と不安を揺れきつつ、ビアトリスはマリアが所屬しているクラスの教室へと赴いた。
しかしながら、その訪問は空振りに終わった。
「マリアは二日前に早退して以來、學校を休んでるんだ」
同じクラスのレオナルドは不安げな顔をしてそう語った。なんでも晝休みに教室を出た後、そのまま戻らなかったという。殘された鞄は同じ寮の生徒が部屋に屆けたとのこと。
「その直前に喋ったときは元気そうだったから、なんか気になってんだよな。……なぁ、あいつは本當に病気なのかな」
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