《【書籍化&コミカライズ】関係改善をあきらめて距離をおいたら、塩対応だった婚約者が絡んでくるようになりました》流の
レイモンド・ペンファーザーはウォルトン邸のお茶會からちょうど三週間後に、息子に家督を譲って引退し、今後は田舎の領地に居住することを発表した。
理由は明らかにされなかったが、社的なペンファーザー公爵が三週間もの間まるで姿を見せなかったことや、久しぶりに現れた公爵がげっそりとやつれて暗い顔をしていたことなどから、世間の人々は「よほど深刻な病気なのだろう」と至極あっさり納得した。
幸いなことに、ペンファーザー公爵による謀やカイン・メリウェザーの正などは、世間ではまるで噂になっていないようである。どうやらバーバラ・スタンワースはビアトリスとの約束をきちんと守ってくれているらしい。あるいは単に、バーバラの「特別に親しいお友達」とやらが大変口の堅いご婦人なだけかもしれないが。
ちなみにアーネストから伝え聞いたところによれば、王家としてはペンファーザー公爵家、エヴァンズ子爵家に対する正式な処分は行わないことになったらしい。アーネストとフェリシア・エヴァンズの婚約が継続する以上、未來の王妃の母親を罪人にするわけにもいかないし、妥當な判斷だと言える。ただし両家に対して常時監視はつけるとのこと。
そのアーネストとフェリシアだが、最近は一緒に學院食堂で食事をしたり、中庭を散策したりする姿が見られるようになった。フェリシア・エヴァンズは一時期とは打って変わって明るい表を見せており、全に以前よりも洗練されてしくなった印象だ。あの後パーマー侯爵家の養になることが正式に決定されたので、パーマー夫人が張り切って世話を焼いているのだろう。
アーネストの隣で輝くような笑みを浮かべるフェリシアを見るにつけても、かつて彼が連続盜難事件の犯人と名乗り出るほど追い詰められていたとは、まるで想像もできないくらいである。もろもろのことが上手く収まって良かったと心から思う。
フェリシアとアーネストとの仲睦まじい姿が生徒間で話題になるつれ、二人に関する不穏な噂も自然と立ち消えになって行った。
一方、かつてフェリシアが濡れを被ろうとした連続盜難事件の真犯人は、張り込み中の生徒會に現行犯で捕まった。犯人はビアトリスたちと同じ最終學年の男子生徒で、「留年が決まってむしゃくしゃしてやった。何でも良かった。今は反省している」と言っており、今は処分待ちだとのこと。まあどう考えても退學は免れないだろう。
執念の張り込みでついに事件を解決した生徒會メンバーは一躍時の人となり、下級生子の間にファンクラブまでできたらしい。會長のマリア・アドラーや、犯人確保で活躍したレオナルド・シンクレアはもちろん、一時は悲慘な扱いだったシリル・パーマーも「知的な眼鏡姿が素敵!」などと生徒に騒がれているそうだ。
ビアトリスが穏やかな日々を過ごしていたある日のこと。ウォルトン邸を意外な人が訪れた。
「いきなり押しかけてすみません。実はその、おりってウォルトンさんに相談したいことがありまして」
訪問客、マリア・アドラーはやけに神妙な顔つきで言った。
「別に構いませんが……それで、私に相談したいこととはいったい何ですか?」
「はい。実は昨日、レオナルドに際を申し込まれたんです」
「はあ」
それが何か? というのがビアトリスの率直な想だった。レオナルド・シンクレアがマリア・アドラーに告白しては玉砕していることなんて、學院中が知っていることだ。
「ええと、六回目の告白ですか?」
「七回目です。それで、いつもみたいに斷ろうかなと思ってたんですけど、レオナルドはこれを最後にするっていうから、真剣に考えてみたんです。……それで改めて考えてみると、レオナルドは盜難事件のときもすっごく頼りになって、ちょっと格好良かったし。それにこのまま卒業して別々になったら寂しいな、とか思ったりして。つまりその、なんというか……」
「つまりアドラーさんは、シンクレアさまからの申し込みをおけするつもりなんですか?」
焦れたビアトリスが問いかけると、即座に「違います!」との返事。
「違いますよ! けるつもりなんかありません。だって私、平民じゃないですか。レオナルドのところは伯爵家なんですよ? おまけに代々騎士団長を輩出している家柄です。そんなところに平民の私が嫁いだって不釣り合いだし、うまくいきっこありませんよね?」
「シンクレア家の方々は反対されているんですか?」
「いえ、それが、レオナルドの両親は、『うちは脳筋の家系だから、そろそろ頭のいいをれたかったところだ』って歓迎してくれてるみたいなんです」
「まあ、それは良かったですね」
レオナルド・シンクレアは剣の績は學年トップだが、學科は毎回赤點すれすれだと聞いている。察するに、現騎士団長である彼の父親も似たようなものだったのだろう。
己の足らざるものを知る、とても素晴らしいことだと思う。
「レオナルドの家族はそれでいいんですけど、伯爵家に嫁いだりしたら、家族との付き合いだけじゃ済みませんよね? 騎士団長夫人なら、騎士団の奧さまたちとも流しなきゃならないわけだし、平民の私がそんなこと……」
要するにマリア・アドラーは、レオナルドとの際に傾きながらも、その背後にある貴族社會というものに気おされて、悩んでいるところなのだろう。
一応「學院生徒はみな平等」の建前がある學院とは違って、外は厳然たる分社會だ。ゆえにマリアの懸念も分からないではないのだが――。
「貴族と言っても々ありますから。確かに伝統を重んじるタイプの貴族家系からは風當たりが強いかもしれませんが、騎士団長夫人として付き合う相手は騎士団員の夫人たちがほとんどでしょうし、騎士団は基本的に実力主義の風がありますから。剣一本で數代前にり上がった家も多いですし、実力で王立學院の特待生になって、生徒會長に就任したアドラーさんは尊重されると思いますよ」
「そうですか……。でも伯爵夫人になったら、その、お茶會とか開かなきゃならないわけでしょう? 私そんなのやり方知りませんし」
「シンクレアさまのお母さまに教えていただいたらいかがでしょう。それがお嫌なら、そういう家庭教師を雇って習えば、段取りや作法くらいは簡単に覚えられると思いますよ」
「そうでしょうか。上手くいくと思いますか?」
「努力次第だと思いますよ」
「努力、ですか」
マリアの瞳に炎が宿る。
「分かりました。私、がんばってみます!」
「はい、がんばってください」
「ありがとうございます、ウォルトンさん。それから、あの……」
マリアは素直に禮を述べたあと、なにやら赤くなってもじもじしている。なんだろうと訝しく思っていると、マリアはやがて意を決したように口を開いた。
「あの、ウォルトンさん。その、もし私が伯爵夫人になってお茶會を開いたとしたら、ウォルトンさんは參加してくれますか?」
「ええ、ご招待いただいたら、喜んで參加させていただきます」
ビアトリスは笑顔で返答した。
なんだかんだ言ってマリア・アドラーのことは嫌いではないし、未來の騎士団長夫人と流を持つことは、辺境伯家にとっても悪いことではないだろう。
「そうですか。それじゃ真っ先にご招待しますから! それじゃ、今日は相談に乗ってくれてありがとうございました!」
マリアは禮を述べると、晴れ晴れした顔でウォルトン邸をあとにした。
(そういえば前にシンクレアさまが、アドラーさんには友達がいないって言ってたわね……)
マリア・アドラーが帰ったあと、ビアトリスはお茶を飲みながらひとりごちた。
それにしても、まさか自分がマリア・アドラーからお茶會に招待される関係になるとは思わなかった。
――あ、ウォルトンさんはお留守番をお願いしますね!
――この人のお目當てはアーネストさまだけなんだから、私たちと親睦を深めたって意味ないのよ。
かつてのやり取りが、ビアトリスの脳裏に蘇る。あのときは無禮な人だと思っていたし、今も若干思っているが、それはそれとして面白い人間だとも思っている。
人と人が繋がって、流のが広がっていく。かつての自分の世界にはアーネストしかいなかったことを思うと、本當に不思議な心地がする。
意外な訪問者があった翌日、今度は意外な招待狀がウォルトン邸に屆けられた。
差出人はミドルトン侯爵夫妻。侯爵邸でまた晩餐會を開くので、ぜひビアトリスにも出席してしいとの容だ。
おそらくチャールズについてのあれこれを、第三者から聞きたいものと思われる。チャールズ本人から「何を話しても構わない」との承諾を得たので、謹んで參加することにした。
前回と同様に素晴らしい料理を堪能し、他の客人たちとの會話も楽しんだのち、ビアトリスは侯爵夫妻に頼まれて、チャールズとレイチェルの馴れ初めに関して、知っているエピソードを披した。
ビアトリスが「これは友人のマーガレット・フェラーズから聞いた話なのですが」と前置きしつつ、チャールズがカフェで隣り合わせたレイチェルに運命をじていたことや、レイチェルを黒髪で二つか三つ年下の令嬢だと思い込んでいたこと、おかげでなかなか見つからず、酷く落ち込んでいたこと、そしてポロの試合會場でばったり再會して、その場でレイチェルにプロポーズしたことなどを順々に語っていくと、侯爵夫妻はもちろん、居合わせた客人たちもみな手を叩いて喜んだ。
侯爵夫妻はチャールズやマーガレット本人からすでに何度も聞いた話だろうし、おそらく他の客人たちも侯爵夫妻からおおまかな話は聞いていると思うが、やはりこういう「ハッピーエンドで終わるすれ違いもの」は何度でも聞きたいものなのだろう。
その後、レスター侯爵夫人からも霊會の招待をけた。どうやら彼のお茶會で披した不気味な逸話のおかげで、オカルト方面についての同好の士だと思われたらしい。
面白そうなので參加したが、期待したほどの盛り上がりはなかった。霊師は「今、霊が降りてきています」「靜かにしてください、霊が怒っています」などともっともらしくいうものの、どう見ても胡散臭くて詐欺師のようだ。
ビアトリスが「これってやっぱり信じているふりをしなきゃいけないのかしら」と悩んでいたところ、レスター夫人が「今回の霊師は外れでしたわね」と言ってくれたのでほっとした。
夫人から「次は絶対本を呼びますから、また來てくださいね」とわれたので、一応次も參加するつもりである。
さらには、なぜかミルボーン侯爵から「またお友達と観に來てください」と劇のチケットが三枚送られてきたので、言われるままにマーガレットとシャーロットとともに観に行った。
容は軽いコメディタッチのもので、前作ほどのインパクトはないが、それなりに良い芝居だったとは思う。幕間で軽食をつまんでいると、ミルボーン侯爵が挨拶に來たので、前回同様に想を述べたら禮を言って帰って行った。
意図が不明でし薄気味悪かったが、カインいわく「単に若くて可いの子に自分の腳本の想を言ってしかったんじゃないか」とのこと。
ペンファーザー公爵夫人ことクロエ夫人は、あの後もときどきビアトリスに手紙を送ってよこした。最初のうちはお詫びも兼ねての近況報告で、夫のレイモンド・ペンファーザーをきちんと監視させていることや、従僕のグレアムが真面目に働いていることなど、事件に関する容でしめられていたが、ビアトリスがこまめに返信しているうちに、途中からだんだんただの文通のようになっていった。
クロエ夫人が言うには、ビアトリスが園遊會でペンファーザー公爵に反論してくれたことが、ことのほか嬉しかったらしい。來年の薔薇の季節になったら、息子主催で園遊會を開くので、ビアトリスが招待に応じてくれたらとても嬉しいとのこと。
そんな風にして新たに流を広げたり、婚約者のカインとデートしたり、マーガレットたちと遊んだりするなど、大いに青春を謳歌しているうちに月日は流れ、いよいよビアトリスたちが學院を卒業する日がやってきた。
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