《【コミカライズ&書籍化(2巻7月発売)】【WEB版】婚約破棄され家を追われたの手を取り、天才魔師は優雅に跪く(コミカライズ版:義妹に婚約者を奪われた落ちこぼれ令嬢は、天才魔師に溺される)》まない再會
馬車の窓から、流れて行く景を目を輝かせて眺めるレノを、イリスは微笑ましげに見つめていた。
けれど、時折、レノの表には張が滲む。思い出したように、ふっとレノの顔に影が差す様子を見て、イリスが思わず小さなレノの手を握ると、レノはほっとしたようにイリスの手を握り返した。
マーベリックは、そんな2人に優しい瞳を向けると、フードを被りながら口を開いた。
「レノの外出は久し振りだからな。あまり無理のない程度にと考えているよ。
俺もイリスもついているから、レノ、安心していてくれ」
「うん。
……このフードを外さないようにすれば、多分、大丈夫かなとは思っているけれど。
そうだね。2人がついていてくれれば、安心だね。
あっ、ねえ、見て見て。もう、街が見えて來たよ」
間もなく馬車が止まり、3人はたくさんの人で賑わう街の口に降り立った。
「レノ、まずどこに行きたい?」
「えーっとね、じゃあ、あそこのお店……!」
マーベリックとイリスの手を引き、軽快な足取りで駆け出すレノの姿につられるように、2人もレノに合わせて走り出した。
***
「街って楽しいところだったんだね……!」
きらきらと目を輝かせるレノの手には、さっきマーベリックに買ってもらったばかりの、新しいスケッチブックと畫材セットがった紙袋が下げられている。
立派な佇まいの店が立ち並ぶ中を、レノの興味のままに回り、レノが特に気にった畫材屋では、レノがマーベリックから買ってもらったプレゼントにはしゃいでいた。
大通りを抜けてから、細い道の両側に立ち並ぶ屋臺の間を通り抜ける中で、レノの興味を引いた食べも、次々と試しながら歩いていた。
「さっき食べた豬の串焼きは、初めての味だったよ。それから、珍しい青い野菜のスープも。
クリームたっぷりのドーナツも、味しかったなあ……!
あ、ねえ、あの甘そうな果のジュースも飲んでみたいな。味しそう、長い列が出來てるね」
「今日は隨分と食があるな、レノ。
よし、じゃあ次はあの屋臺に行こうか……」
イリスはその時、ちょうど今歩いているところのすぐ脇に、ハーブティーや、お茶請けの鮮やかな砂糖菓子が並ぶ屋臺があるのに気付いた。
(いろいろとお世話になっているソニアに、お土産を買えたらと思っていたけれど。ここならちょうど良さそうね)
ソニアから、ハーブティーが好きだと聞いていたイリスは、マーベリックとレノに聲を掛けた。
「あの、私、すぐそこの屋臺で、侍仲間にお土産を買って行ってもいいですか?
すみません、すぐに追い付きます。あちらのジュースの屋臺に向かうのですよね?」
「ああ、もちろん問題ないよ。
ゆっくりお土産を選んでおいで」
「先に並んでるねー!」
軽く手を振って、マーベリックとレノと別れてから、イリスはハーブティーや菓子類の並ぶ屋臺で、手早く土産を見繕った。
(ソニアには、このいろんな種類のハーブティーの詰め合わせを。
レノ様、このカラフルなお菓子は好きかしら?マーベリック様も、このハーブティーなら飲みやすいかしら……)
すぐに會計を済ませて、品のった袋をけ取ったところで、イリスの背後から、低い聲が掛けられた。
「ちょっといいかな?」
「えっ……」
ぐい、と、イリスの手首が強引に引っ張られる。イリスのは、あっという間に、屋臺の間からその裏側へと引き込まれた。
驚いたイリスが視線を上げると、そこには、あまり思い出したくもなかった、かつての婚約者の姿があった。
「久し振りだな、イリス。元気そうじゃないか」
(ケンドール、様……)
イリスの顔から、すうっとの気が引いた。
マーベリックとレノと過ごす中でほとんど忘れかけていた、過去の辛い想い出が甦る。
目の前のケンドールは、イリスの記憶していた姿よりも、幾分かやつれているように見えた。
イリスは、摑まれた手首からケンドールの手を振り解くと、思わずじりと一歩下がった。
「……どのような、ご用件でしょうか」
ケンドールは、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「そんな他人行儀に、警戒心のこもった目で見ないでくれよ、イリス。君とは、長い付き合いだったじゃないか。
もう一度、君とやり直したいと思って、君を探しに來たんだ」
イリスの頬が、ひくりと引き攣った。
「何を仰っているのですか?
……私との婚約を破棄して、ヘレナと婚約なさいましたよね」
「ヘレナとはもう別れたよ。僕には君しかいないと、ようやく気付いたんだ」
イリスはすぐに首を大きく橫に振った。
「もう、終わったことですから」
ケンドールの眉がぴくりと上がり、瞳に暗いが浮かんだ。
「マーベリックのことが好きになったのかい、イリス?
……彼にし親切にしてもらっているからって、勘違いしない方がいい。
彼の風魔法は僕も見たことがあるが、……彼は別格だ。天才中の天才だよ。それに、飛び抜けた彼のあの容姿。
そんな彼が、魔法すら使えない君のことを、本気で相手にするとでも?」
口を噤んで、し青ざめて俯いたイリスに、ケンドールは畳み掛けるように言った。
「ねえ、僕にしておけって。
マーベリックが君に親切なのは、君があの子供の世話をしているからだろう?
僕も耳にしたことがあるよ、マーベリックが、末弟をそれは可がっているって。
僕も、さっきフードのにちらっと見えたけど。あの化けみたいな姿の彼の末弟を、君が面倒見ているから、だからマーベリックは、君のことを……」
「やめてください!」
ぱしり、という乾いた音が響いた。
ケンドールは、呆然とした様子で、今しがたイリスの掌をけた左頬を指でなぞった。
イリスの両の瞳からは、抑え切れない怒りが溢れていた。
「私のことなら、何を言われても構いません。
でも、レノ様のことをそんな風に仰るなんて、どうしたって許すことはできないわ。
どうか、お引き取りを。
……もう、私の前には、二度とそのお姿を見せないでくださいね」
イリスは、心がどこまでも冷え切っていくのをじた。自分との婚約破棄を告げられた時よりも心が凍って、目の前に立つケンドールが、まるでまったく知らない他人のように見えた。
これほど心ない言いなど、決してしたりはしなかった、昔出會った頃の彼は、もうどこにもいなくなってしまったのだろうと、イリスは改めてじていた。
ケンドールに背中を向けて駆け出したイリスに、ケンドールは、その顔を悔しげに歪めて言い放った。
「はっ、何だよ、イリス。君は調子に乗っているのだろう。
マーベリックだって、君よりもヘレナを選ぶに決まっているさ。マーベリックは、ヘレナに會いに訪れる予定だそうだ」
(……マーベリック様が、ヘレナに會いに……?)
イリスのが、どくん、と嫌な音を立てたけれど、イリスはそのままケンドールを振り向かずに、彼の元から走り去った。
人通りの多い、屋臺の並ぶ通りに戻り、し先の屋臺の前で、まだ列に並んでいたマーベリックとレノの姿を見つけた。
レノがイリスに手を振っている。
「イリス、こっちこっち!」
早足で駆けてきたイリスは、し息を上げながら答えた。
「お待たせしてしまって、ごめんなさい」
「ううん、大丈夫だよ。まだ順番待ちをしているだけだし」
「……イリス。顔が悪いようだが、大丈夫か?
何かあったのかい」
マーベリックが、イリスの顔を覗き込む。
イリスは慌てて首を橫に振ると、無理矢理、彼の前で笑顔を作った。
「いいえ、何でもありませんわ。
……ほら、もうすぐ順番ですね。レノ様はどのジュースになさるのですか?」
「えっとね、僕は……」
先ほどまでとは異なり、青白い顔に必死に笑みを浮かべているイリスのことを、マーベリックはじっと心配そうに見つめていた。
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