《【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました》18.みんな違ってみんな良い
「…貴方の名前は…」
「ちょっと待った」
ソフィが口を開くと、後ろからの聲がそれを止めた。
はたと、リヴィオのを超えてソフィが振り返ると、いつも通り眉間に皺をれたヴァイスがいる。
「俺は神に祈ったことも無けりゃ、魔法についてよく知りもしないからな。馬鹿がと笑ってくれていいんだが、神と主従関係を結ぶなんざ、荒唐無稽に思える。あんたがそう言って、うちの魔がそう言うなら疑わねえが、嬢ちゃんが契約をすることで不利益を被ることは無いんだな」
不遜で無禮。不躾極まりないヴァイスのその言葉に、ソフィはした。だって、詳しくはないから、と言いつつも、目の前の存在が、人の範疇を超える大きな力であることはわかるはずだ。
なのに、臆することなくソフィのために問うているのだ。
そんなのは、まるで、子供を守る大人のようではないか。ソフィは、心がそわっとした。そわそわっと、優しい何かが心をでるじ。
だって。だって、これまでソフィは、自分より知識も経験もある大人たちに立ち向かったり、或いは並ぼうと背びしたり、そういうことが當たり前だったので、大人に庇われるなんて慣れていないんだ。だから、こう、が、そわそわする。斷じてだトキメキだとかでは無いが、なんだ。こう、そわそわするんだって。
『なんと無禮な、と捻り潰しても良いが』
低い聲に、驚いてソフィが見上げると、青い目の大きな熊さんはくっくと良い聲で笑った。
『ぬしは、今喜んでいるようだからなあ。こいつは何だ? ぬしの兄か? 引率の教師か?』
引率の教師!
なんとまあ、言い得て妙な。ソフィは思わず笑ってしまった。
一番後ろに座って、鍋をかき混ぜながら、10代のガキがああだこうだとやっとんのを見守ってくれて。他人事なのに、神相手に申してくれる人。彼に何かあれば國に影響が及ぶのだから、見る人が見れば、なんと淺慮だと斷じてしまうだろうが、ここまでの様子を見た、ギリギリのラインでいているはずだ。
それはまさしく王であり、引率の先生だった。
せんせーい、ソフィちゃんが神様拾ってまーす!
何?ちゃんと面倒見れるのか?!
ってそれじゃ孤児院の先生だな。お生憎様、かの國で養ってもらう予定は無いのでそれは卻下にしておこう。
「兄でも先生でもありませんが、尊敬する大人です」
「…なんの話だ」
ふふ、とソフィが笑うと、熊さんは『そうか』とやっぱり楽しそうに笑った。
『私はな、ぬしに救われたのだ。その禮に、私の力を貸してやろうというだけだ。退屈な悠久を生きる私にとって、人の子の一生などほんの瞬きよ』
「…つまり暇つぶしですか」
『そうとも言うな』
はっは、と聲を上げて笑う熊さんから、ソフィは後ろの先生、じゃなくてヴァイスを振り返った。
「助けたお禮に、暇つぶしに力を貸してくれるそうです」
「それに噓が無いってんなら、好きにしろ」
ソフィが再度見上げると、森の熊さんはこくりと頷いた。
『私たちにとって約束は鎖であり絆だ。違えぬと誓おう』
熊さんの言うことにゃ、助けられた禮に旅について行くという。そんな味い話があるか、と心配してくれる大人の心は嬉しいし、城を飛び出す前のソフィなら頷かなかっただろう。
でも、ソフィはもう、頭の中でうじうじ考えて諦めて、遠くから眺めるだけ、なんてのは止めたのだ。ルネッタを信じて、自分が見たを信じる。
ソフィは、青い目を見詰めた。
「…貴方の名前は、アズウェロ、でどうかしら」
『ほう』
「古い言葉で、青き者、ですね」
ルネッタの言葉に、ソフィは「そう」と笑った。
ぶっちゃけて言えば、ソフィは青いが、多分、あんまり好きじゃない。
トラウマ、ってのは言い過ぎかね。青は、元婚約者様の目のおなもんで。べっつにあの王子様の目が青かろうがドブだろうが、どうでもいいんだけれど、婚約者という肩書がある以上、公の場でソフィは青をに著ける事を求められた。青いピアスだとか、青いネックレスだとか。
じゃあ向こうはソフィの髪や目のの、アクセサリーやチーフをに著けるのか、と言えばそうでは無いのだから、まあけったくそ悪い話だが、仕方がない。ソフィには、逆らう度も立場も無かった。
おかげさまで、奔放な婚約者に従順なレディが出來上がったわけなので不愉快通り越していっそ愉快である。さぞ噂話に花が咲いたことだろう。花どころか実を付けてなんか生まれてそうだ。ふん? で、また種が落ちて木が育ち花が咲くってか。噂話ってのは命の循環みたいだな。わお、壯大。
ちっとも面白くない。
青は、そんな慘めでけないソフィーリアの象徴だ。
「わたくし、多分、ずっと青が忌々しかったんです」
ずっと、あのから逃げたかった。
本當はずっと、青いピアスもネックレスも髪飾りもブレスレットもソフィーリアは投げ捨てたかった。
『え』と低い聲で固まる熊さんに、ソフィは笑った。
「だから、青を好きになりたいんです。わたくし、今、新しい人生を生きているところなの。手伝っていただけませんか」
その青は、とても優しく、強く、遠い空のようにしかった。
ソフィが知る、人を遙か上空から見下ろしてねめつけて嘲笑う、嫌味な青とは似ても似つかない。或いは、靜かな水面のように何も読ませない、恐ろしい青とも違う。
きっとこの世の全ての青はここから生まれたのだ、なんて。そんなしい青は、ゆったりと細められた。
『主、そなたの名を知りたい』
「──ソフィよ。ただのソフィ」
『ただのソフィ』
ふ、とらかく笑ったその瞬間、ぱあ、と熊さん、アズウェロがって、ソフィの元も小さな星が宿るように、白く、溫かく輝いた。
を包み込むような穏やかなそれは、次第に小さくなり、消えていく。
けれど、ソフィはに、魂に、強いが宿ったことをじた。
なんだか、無敵の気分。力が漲るようだった。
「ただのソフィ。今日、今この時より、青き者の主ソフィとして誇るがよい」
「あ」
アズウェロが笑うと、ルネッタとリヴィオがを押さえた。振り返ると、ヴァイスも嫌そうな顔をしている。
「サービスだ」
「なんか、あったかいですね?」
「主の側にいる連中と話ができぬのも都合が悪かろう。加護を授けてやった」
気が利くだろう、と二本足で立ってを張るアズウェロ。でかい。でかい熊の仁王立ちは、すごい迫力だ。しかしこう、謎の可げがある。もこもこって可いな。
「これ、守護系統の魔法底上げされますね。へーか、ちょっと思いっきり毆ってみてくれませんか」
「やだよ」
「じゃあリヴィオさん、へーかのこと思いっきり毆ってみてくれませんか」
「やですよ!」
防魔法かけるのに?と心底不思議そうなルネッタは、魔法を試したくて、うずうずしているらしい。気持ちはわからんでもないが、小さなの子に毆りかかれとか、アルバイト中の護衛に王を毆れとか、まあ、無茶である。淡々と無表で言うから違和が凄い。
「あの、ルネッタの方が貴方の力を使いこなせると思うのですが…。そもそも、貴方の怪我を治そうと、魔法を教えてくれたのはルネッタですし…」
今更であるが、とソフィが仁王立ちのもこもこを見上げると、アズウェロはとん、と二本の足を靜かに下ろした。でっかいわりに、繊細なきをしてくれたので振は無い。ふわ、とそよ風が吹いて、もふっってなんか可い音がした。え、噓だろどっから鳴っているんだ。
「魔は好かぬ。神を神と思わぬ連中ばかりだ」
「私も神様は好きじゃないんで大丈夫です」
お互いぴしゃりと言う様に、ふっかいが見えた。
すわ一即発か!とドキリとしたソフィであったが「まあ、ぬしの馬鹿正直な言いは悪くない」「私も貴方のもふもふは悪くないです」と微妙に大人な対応で二人は頷きあった。いや、大人か?うん、大人だろ。こいつ合わねぇな~と思いつつも、歩み寄ろうとしてんだから大人だ。たとえ、握手する足元でびっみょうに砂掛け合ってようが、見えんとこでやろうという姿勢があるなら多分、大人なのだ。多分。
「ソフィ様、落ち著かれたようでしたら、食事にしませんか?」
ま、本當の大人はこういう時に、にこやかに空気を変えてくれる人だとソフィは思うんだけど。ふわ、と微笑みかけてくれるリヴィオに、ソフィも笑い返した。
「はい、お腹空きました」
「そりゃよかった。俺の手がバターになるところだったぜ」
シニカルに笑うヴァイスに、リヴィオとソフィが禮を言いながら笑うと、ルネッタが首を傾げた。
「人がバターになるんですか」
「なるか」
「へーかが言いました」
「例えだよ」
納得いかないご様子のルネッタは、ソフィの記憶が正しければ昨年、16歳でヴァイスと婚約を結んだはずだ。つまり、今は17歳。2つ年上のはずなのだけれど。
夜會で挨拶をしたときは、靜かなご令嬢だな、くらいにしかソフィは思わなかったが、が小さなルネッタの仕草は、ややい。すっかり見慣れた無表に、可いなあとソフィがほっこりしていると、「ソフィ」と低い聲に呼ばれた。
大きなを見上げると、青い目がキラキラと輝いている。こういうの、ソフィは見覚えがある。
「それは何だ」
「キノコと豚のスープです。まあ、ごった煮とも言いますね」
支度をしてくれていたリヴィオが答えると、アズウェロは「ほう」と頷いた。
「人の食事には興味があったのだ。私にもくれ」
「え」
聖職者ってお食べないんじゃなかったっけ。供もはタブーではありませんでした?
「お食べていいんですか」
「なぜ悪い」
「え」
逆に聞かれた。
え、なぜって。でもさっき、確かにアズウェロ様はヴァイスを「捻り潰す」ところだったわけだから、不殺生で當たり前ってわけでは無さそうだ。
「私は豚でも馬でもない。人の理なぞ知らぬし、生きの生き死になぞどうでも良い」
なるほど。
ソフィは頷いた。こういう神様もいるんだな。
神様と聞けば、人は勝手に、慈悲深き全てを救うもの、とばかりに祈って願って助けを乞うけれど、それを「知るか」と一蹴してしまう、唯我獨尊を現なさる神様も、いるんだろう。居て悪いこた無い。まあ世界は広いものな。そんなこともある。ソフィなんか、ついさっきまで回復魔法を必死で習ってたのに、今や神様の主だ。何が起こるか、どんな出會いがあるかわからん。
そもそも、この世界には、無數の神様がいる。
世界の大半は、創造主は3人の神だと、その神に連なるものが自然に宿っているのだ、と教えられるが、それは違うと獨自の宗教を持つ地域もある。つまり、神様の在り様も千差萬別。十人十、ならぬ十神十なんだろう。
だから、救いをもたらす有難い神様もいれば、のったスープを所する神様もいたっていいのだ。
「でもアズウェロが食べたら、無くなっちゃいます…」
自分たちの分け前があるなら、だけれど。
この巨を満たす食費って如何ほどでしょう???
國家予算に匹敵するのでは、とソフィが見上げると、アズウェロは「ふむ」と頷いて、それからぽん!と例のを放った。
「!」
すると、なんと、まあ、可らしいこと!
ソフィが両手で抱えられるほどの子ネコちゃんサイズの! 熊ちゃんが現れた!! スープを食べたそうにこちらを見ている!!!
あげますか?
サーイエッサー!!
「アズウェロ!貴方、天才ね!!!」
「神だが」
思わず両手をばすと、とん、とジャンプしたアズウェロはソフィの膝に座った。もすん、とふわふわののといったら!
「紫の。私にもそのスープをくれ」
「はいはい。食旺盛な神様だなあ」
あはは、と笑うリヴィオと、お膝でもふもふのアズウェロ。ソフィはここが天國だろうかと、一瞬気が遠のいた。神様いるし。天使もいるし。
「そういえば」
はわわと、顔に出さぬよう努めながら至福を噛みしめるソフィは、聲までなんだか可らしくなったアズウェロを見下ろした。
「紫の。主が魔法を使った時のは、ぬしの目のに似ていたな」
「え」
え?
またも遅れてしまいすみません…。
明日は早く投稿できるように頑張ります…!
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