《【書籍化&コミカライズ】婚約者の浮気現場を見ちゃったので始まりの鐘が鳴りました》30.元気が一番、笑顔で二番!

「さて、腹減ったな。どっかで休むか」

地面にめり込んでんじゃないかなってくらい、もう心ともにぼろぼろな王を、ヴァイスは満足げに見下ろした。

ルネッタは、とんとんとヴァイスの腕を叩く。

すると、ヴァイスは考えるように一拍置いて、ため息をつき、ルネッタを地面に下ろした。

ふわりと黒いスカートと髪を揺らして著地したルネッタは、鞄から明の魔法石を取り出す。ルネッタの片手くらいの、大きな魔法石だ。

それをルネッタは、ごろごろごろ、っと大量に地面に並べていく。小さなポシェットから、次々と魔法石が転がり出てくるのは手品のようだ。ルネッタお手製の魔法がかかった鞄ってだけだけど。ま、「だけ」というには、その魔法はあまりに高度であるが。

ルネッタは、一つだけ魔法石を手のひらに置くと、目を閉じた。

ふわりと髪と目が赤くると、魔法石にも赤いが燈る。

「あ、あのサイズを、あんなにいっぺんに…」

「しっ、聞こえるぞ」

聞こえとるっつーのな。まあでも、ソフィも、こそこそ指を差す魔導士たちの気持ちがわからんでもなかった。

だって、ソフィの知る魔導士は皆、一つ一つに時間をかけて魔法石を加工していた。

なのにルネッタときたら、ひょいひょい魔法石を量産してみせるのだ。ソフィでさえ驚きをじ得ないのだから、本職から見ればその驚きは一層だろう。

この「驚き」が、彼らにとっては「異端」なのだろうってところが、腹立つんだけども。実に実にくだらん。

ルネッタが、薄い赤に輝く魔法石に、ふう、と息を吹きかけると………なんと魔法石は一斉に、空に浮き上がった。

「それは?」

「聲を飛ばす魔法石の応用です。もう一つの魔法石で、いつでもこちらの様子を確認できます」

ヴァイスは、ルネッタの手のひらに乗った魔法石を覗き込み、へえ、と聲を上げた。

その聲に惹かれて、リヴィオとソフィもルネッタに近寄る。

綺麗な球の魔法石の中には、ぐったりと地面に伏す王と、その王に回復魔法をかける魔導士や、周囲に説明をする忙しそうな書記のおじいちゃんの頭が映っている。しばらくすると、まだ事態が把握できていない人々の顔、瓦礫、と細かく映像が切り替わった。

ソフィが空を見上げると、ふよふよと、うっすら赤くる魔法石が空を漂っている。

「監視できるってわけですね」

リヴィオが心したように言うと、ルネッタはこくりと頷いた。

「魔法石を壊そうとしたり、止事項を犯そうとしたりすると、こちらの魔法石に知らせ、盛大に発します。気を付けてくださいね」

ルネッタが真っ黒の瞳で、白いローブの男や王に向けて言うと、ルネッタから発する魔法石をすでに渡されている男が「あの」と聲を上げた。

則事項、とは、なん、ですか」

敬語だった。

隨分と大人しくなった彼の學習能力だけは、評価して良いかもしれない。

緒です。じゅうじゅん、に過ごしてください」

ルネッタの學習能力もかなりハイレベルだった。駄目ですよー隣にいる人の真似しちゃろくな大人になりませんよー!なんてな。噓だ。やれ! やってやれ!!

人生、我慢をしても良いことは無いとソフィはこの15年間で、よーく學んだ。我慢して堪えて飲み込んで、生まれるものは混沌と諦めなのだから、今思えばなんとも非生産的である。

一見、トラブル無く事が進んでいるように見えるので効率的に思えるところがタチが悪い。いろんな気力が著実に削がれていくから、やっぱり非生産的なのにね。

まー、何でも好き放題我儘を言うのはただのお子様なので、大事なのはタイミングと容なのだろうな。ソフィとルネッタは、このタイミングと容が、さっぱりとわからんまま生きてきたので、塩梅てえのがわからん。

わからんが、この場所この時間、この相手においては、何を言っても許されるはずだ。

「…わ、私の魔法石については、その」

「まだ持っていてください。あなたは見張り役です」

たとえ、人道的では無さそうな発言であっても、だ。

ルネッタを含めた「國殺しの魔」たちが、人道的な扱いをされてきたとは到底思えないので、ここは因果応報ということでひとつお願いしたい。

発する魔法石をポケットにれられたままの魔導士が王の隣に膝をついたのを眺めながら、ソフィはルネッタに耳打ちした。

「……ちなみにアレ、本當に発するんですか?」

「しますよ。音だけですけど」

めっちゃ人道的だった。

いわゆるペテンってやつだな。もし萬が一発したとしても、被害が無いなら恨も殘さない。ヴァイスの婚約者がなかなか板についた手口である。

「あの浮いているやつも?」

「はい。緒ですよ」

「かしこまりました」

ソフィがおどけて言うと、ルネッタはちょっとだけ首を傾げて、それからこくんと頷いた。

それから、くるりと振り返り、王と魔導士たちを眺める。

ルネッタは、すう、と黒い瞳を伏せた。

冷えた黒い瞳は、鋭く靜かに、怒りと愉悅を揺らす。

「ずっとずっと、見ていますからね」

男たちは、一斉にこくこくと人形のように頷いた。

「結局、ルネッタ様が怖いみたいな空気になってますけど大丈夫ですか?」

「怖いから排除しよう、じゃないから良いんだよ。あとは積み重ねだろ」

ソフィの背後で、小さな聲でわされるリヴィオとヴァイスの會話に、ソフィは、なるほどなあとこっそり頷いた。

ふざけた歴史をスッキリぶち壊し、しっかりと脅しをかけたルネッタは、再びくるりと振り返り、こちらを見る。ひらひらと舞う黒い髪とスカートが蝶々みたいだ。

「もう良いのか」

ヴァイスが問うと、ルネッタはこくりと頷いた。

「はい、帰りたいです」

「一休みする、じゃなくて?」

ソフィの質問に、ルネッタはまたこくりと頷く。それから、鞄に手をれると、にゅ、と長い棒を引っ張り出した。にゅう、と引き出したそれは、魔法を使う杖だ。赤い魔法石が、ルネッタによく似合っている。

「転移の魔法陣は覚えました。発するためには、座標となる片割れの魔法陣が必要ですが、私ならお城の研究室にある、私が魔力を込めた魔法石で代用できます。だから、帰りたいです」

こん、と杖を地面に打ち付けたルネッタに、ヴァイスは頭を抱えた。

「……覚えたての魔法を使ってみたい、じゃなくてか」

「……そうじゃない、わけでも、なくは、ない、ですが」

ルネッタは、そっと視線を逸らした。

試してみたいんだろうな。

何せルネッタは、魔法を使ってみたい、とヴァイスに自分を毆らせようとした魔さんである。うずうずしとるんだろうな。ソフィが思わず笑うと、ルネッタは「でも」と視線を戻した。

「帰りたいのも、ほんとです」

「……帰りたい、か」

はあ、とヴァイスは前髪をかきあげた。

黒髪が、ぱさりと落ちる。

まあいいか、と小さく笑うヴァイスの気持ちが、なんとなく。なんとなくだけど、ソフィはわかる気がした。

ルネッタが生まれた場所はここだ。

生きてきた場所も、ここだ。

けれど、ここはルネッタが逃げ出したい場所で、ぶっ潰したい場所でしかなかった。

ソフィは、ちらりとリヴィオを見る。

その視線に気づいたリヴィオは、長い睫でぱしりと瞬きをした。空を切り、を反するしい瞳。優しいブルーベリーが、ゆっくりと細められて、そっとソフィの手を取った。

あたたかくて、大きくて、力強い、手のひら。

ソフィが帰りたい、と思う場所は、この溫がある場所だ。

きっと、何処にでも行けることではなく、何処へ行っても「帰りたい」と思える自由が、幸福ってやつなんだろな。

ルネッタが、「帰りたい」と口にできるように。

「じゃあ、まあ、帰るか」

「はい!」

元気の良いお返事に、リヴィオが笑った。

「じゃあまずは、抹茶とカタフを迎えに行かないといけませんね」

そう、賢くて強いお馬さん二頭は、実はまだあの森にいるのだ。

だって、まさかお城の中にお馬さんと一緒に転移するわけにはいかない。うっかり見つかってしまっては二頭に危険が及ぶし、何より言い訳のしようがない。

え! なんで馬が城の中にいるの!? うーん、迷子かな?

なんて、無理がある。どんな迷い方だ。アグレッシブ方向音癡な馬なんて聞いたことない。

そんなわけで一行は、主の帰りをじっと待っているだろう、強きお馬さんをお迎えに行かねばならないのである。

ルネッタはこくりと頷いた。

「まずは、この人に書いてもらってきた魔法陣を座標に、森に戻ります。そこでもう一度魔法陣を書いて、お城に帰りましょう。ああ、またすぐこちらに來れるように、ここにも魔法陣を書いていた方が良いですよね?」

言いながら、ルネッタは杖を持ってガリガリと土に魔法陣を書き始めた。ルネッタの髪と目、そして魔法石がっている。なるほど魔力を流しながら書くのか、と淀みなく刻まれていく魔法陣をソフィが見ていると、ヴァイスが「ああ」と短く返事をした。

「城から人を寄越さねーとだからな」

「ねえルネッタ、もう一つをわたくしが書いても、魔法陣は発するかしら」

ソフィがそろそろと手を上げると、ルネッタは、ぱちりと瞬きをした。

「覚えているんですか?」

「ええ」

リヴィオが驚いた顔で見下ろしてくるので、ソフィは首を傾げる。

「ちょっと見ただけでしたよね?」

「じっと観察しましたけれど」

「いやいや、ソフィ様記憶力凄いですね!?」

「初めて言われましたが…」

「あ、久しぶりに腹立ってきた」

え?

目頭を押さえるリヴィオを見上げていると、「ソフィ」とルネッタが手招きをした。ソフィはそっとリヴィオの手を離して、ルネッタに駆け寄る。

「これあげます」

「え」

にゅ、とルネッタが鞄から引き出したのは、魔法の杖その2。柄の細工と、キラキラと輝くシトリンのような魔法石がしい杖だ。太を反して、黃が降り注いでいる。

「良い魔法石が手にったのでつくったのですが、私とはあまり相が良くなくて。ソフィの魔力にはぴったりだと思います」

「ほう」

低い聲に振り返ると、アズウェロが興味深そうに、ルネッタの杖に大きな前足をかざした。

「これは確かに良い杖だ。そうだな、主の魔力と馴染みも良さそうだ。主、これはもらっておけ」

「ええ」

待て待て。お供えしてもらい慣れた神様は簡単に言うが、そんな良いものを簡単にけ取れるわけがない。最高の魔と、神様が言う、「良い魔法石」を使った「良い杖」とは、いったいどれほどの価値があるものなのか。鞄に引き続き、國家予算レベルのものなのではと、ソフィは急いでそれを辭退した。

「そんな立派な、初心者のわたくしには分不相応です!」

「? ソフィはもう初心者のレベルを超えていますよ。中級者以上、上級者未満、でしょうか」

「そういうことじゃなくて!」

「ではどういう事だ、主」

どういうって。え? ソフィがおかしいのか?

そんな馬鹿なと助けを求め振り返ると、ヴァイスはどうでも良さそうに手を振った。なんだそのやる気のない顔。

「もらっとけよ。ルネッタは基本的に杖を使わねーし、寶の持ち腐れだ」

「はい。お城に適のある人もいませんでしたし」

どうぞ、と目の前に差し出され、ええええ、とソフィは眉を下げる。だからと言って、そんな簡単にけ取るわけには…

「ソフィ。この魔法は魔力がかなり必要なので、杖が無いとお手伝いしてもらえません」

「つ、謹んでお預かりいたします…!」

ルネッタよろしく、好奇心に勝てないソフィであった。

そんなこんなで、杖を使ってソフィとルネッタは魔法陣を書いた。

ルネッタは早々に書き終わり、ソフィの魔法陣に間違いが無いか、きちんと魔力が行き渡っているか、など確認作業をしつつ、アレンジの指導もしてくれた。式を簡略化するためだったり、効力を上げるためだったり、といった意味があるらしい。ソフィは必死でそれを覚えながら、ガリガリと魔法陣を仕上げた。

そんなルネッタ先生の楽しい魔法陣教室が気になるのか、こちらをチラチラと窺う魔導士の視線もあった。ちょっと嫌な気分。

近くで堂々と見るとか、質問するとか、できんもんかね。うん、できんだろうな。

ついっさっきまで「國殺しの魔」と、黒い髪と目の魔を呪い扱いしていた連中だ。ここで、ヘイその魔法陣オイラも見せてちょ☆はさすがに、さすがにだろう。いやあ、そういうメンタルも素直さも良いとは思うけどね。もうしそこは日をあけてほしいところ。

「本來は、膨大な魔力が必要なため、専用に加工した魔法石が必要なのですが、この魔法陣なら魔力をかなり節約できます。あとはアズウェロがいてくれれば怖いものなしです」

説明してくれるルネッタに頷き、ソフィがふうと額の汗を拭うと、リヴィオが「お疲れ様です」と微笑んだ。

疲れたに染みる天使の微笑みである。

「では、ソフィの魔法陣を使って森へ移しましょう。私の魔方陣には、うっかり手を加えられないように保護魔法をかけたので」

後半部分は、聲が大きかった。

消そうとしても無駄だぞ、という有難いご忠告である。

魔法陣は基本的に一度使うと効力を失うが、その前に手を出されてしまっては、またここへ移して來ることが難しくなる。その予防線というわけだ。

まあさすがに、城が無い更地の狀態でそんな愚行は犯すまい。多分。

「ソフィ、ここに杖を立てて、防魔法を使うように魔力を展開してください。そう。それから、森の様子を思い出してください。どんな木があって、どんな花があって、どんな空気でしたか?」

ソフィは目を閉じて、ルネッタの導きに合わせて景を思い浮かべる。

あの森にあったのは…白い木だ。

雪をかぶっているかのように真っ白の木で、足元には小さな草花が茂っていて、神様と出會ってしまうくらい、空気が澄んでいた。

「魔法陣はどこにありましたか? 私たちを待っている馬はどんな様子ですか?」

魔法陣は、ルネッタが火の魔法で草を焼いたところに、男が書いた。どんな魔法陣か、ソフィはよく覚えている。

その近くで、真っ黒の抹茶と、真っ赤なカタフが待っているのだ。しい鬣を風に揺らし、二頭は「保護魔法をかけていますが、魔法陣をお願いします」と頭を下げたルネッタに、「あいわかった」とばかりに頷いた。二頭はモンスターに襲われていないだろうか。いや、もしモンスターと遭遇しても、軽く蹴飛ばしているに違いない。賢くて、強い、しい馬。

會いたいなあ、とソフィの口角が上がった。

「ソフィ、私と、アズウェロの魔力を意識して、合わせてください。そうです。では、イメージして。外とを隔てる覚。遮斷して、切り離して、そう、そして、繋げてください」

ソフィの、全が沸騰しているようだ。

ふつふつと粟立って、汗が落ちて、手が震える。ソフィは、思わず笑った。何が楽しいのか自分でもわからんが、側から恐ろしいほどの何かが吹き出し、押さえつけ、丁寧に絞り出すじ。ああ、はは、なんだろな。まるで、自分のじゃないみたいだ!

「唱えて」

『ディレクトリル!』

ごお!と、ソフィの耳元で大きな音が鳴った気がした。

「ソフィ!」

は、と気付くと、狼狽えたリヴィオの顔がすぐ近くにあって、はあ、と呼気がれた。

ソフィは、自分が息を止めていたらしい事に気づき、そして自分のがリヴィオの腕の中にあるらしいことに気が付いた。

「…リヴィオ?」

「良かった、転移が終わってすぐ、倒れてしまったんですよ」

「え」

びっっっっくりした。

自分が倒れたこと?うん。それもびっくりなんだけど、そうじゃなくって、ぎゅううううと、力いっぱいリヴィオに抱きしめられたからだ。し、心臓に悪い!

「びっくりさせないでください…」

それはこっちのセリフです、とはさすがに言えない。

ソフィはのろのろと手を上げ、リヴィオの背を叩いた。うーん、自分の手がこんなに重いだなんて。そういえば慣れない魔法ばかり使っているな、とソフィは反省した。

「ごめんなさい」

リヴィオを幸せにするために強くなるって決めたばかりなのに。

しゅん、とソフィが眉を下げると、ヴァイスが笑った。

「嬢ちゃん、謝り癖ってのはよくないぜ。自分と相手の価値を下げちまうからな。うまくいったんだから、いーんだよ。笑っとけ」

「お見事、です」

ルネッタが頷くと、アズウェロが「うむ」と拍手をしてくれた。もっふもっふと巨大な前足で。可いな。ソフィは笑った。

「リヴィオ、心配してくれて、支えてくれて有難う」

「もう、そうやって笑ってくれるなら、なんでも許しちゃいますよ」

もうって。もうってなんだかっわいいな。

を離して、ふふ、と笑うその笑顔こそ、や腕がどれほど重くたって、ソフィはなんてこたない。

頑張って新しい魔法に挑戦して、功して、最後にこんなもう世界中に謝して泣きたくなるような殺傷力の高いしい笑顔をもらえたら、もう、ここはソフィにとって楽園だった。

「いてっ」

それから、ぱこん、とリヴィオの頭を小突く抹茶がいたら、もはや天國だ。

たとえ、二頭のお馬さんの近くに、モンスターの死の山が築かれていたって、んなもん、些細なことである。

みんな元気で何より!

投稿が遅くなってしまいましたが…平和回。

そろそろお片付けです。

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