《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》7、一重咲きの白い薔薇

完全に扉が閉まるのを見屆けて、私は呟いた。

「今日のお父様は機嫌がよかったみたいね。あんまり怒鳴らず、も投げなかったわ」

いつも黙ってる私が言い返したことに驚いたのだろうが、ルシーンが「第二王子妃」の言葉を出したのも大きかったに違いない。

私は振り返ってお禮を言った。

「ありがとう。ルシーンが口添えしてくれたおかげだわ」

「そんな、私などなにも」

するルシーンに、首を振る。

「でも、これだけは約束して。無理しないで、危ないことが起こったら、いつでも逃げて」

例えば夜中の火事とか、とは言わずに呑み込んだ。

「クリスティナ様?」

ルシーンが怪訝な顔をしたので、私は笑顔を作る。

「食事はもういいわ。早く手紙を書きたいの」

「ではすぐにマリーを呼びますね」

「お願い」

マリーに手伝ってもらいながら著替え終えた私は、書き機の前で悩んでいた。

……親なるイリル様、數日前にもお會いしましたが、お元気でしょうか。

ーーそのまま書くとおかしいわよね。

視察に出る前にしでも會えないか、お伺いを立てようと思ったのだが。

ーーよく考えれば、不自然だわ。

私の覚では久しぶりなのだが、実際はアメジストを屆けにきてくれたときに顔を合わせている。

「いくらなんでも、頻繁すぎるわ。でも出來れば視察の前に會いたいし……」

頭を抱えていると、ノックの音がした。

どうぞ、と聲だけで応じる。

「クリスティナ様にお屆けです」

え? と思って顔を上げると、執事のトーマスが両手に余るほどの花束を抱えていた。

「こちらを」

一重咲きの白い薔薇が、綺麗に束ねられていた。

トーマスはにこやかな表でそれを差し出す。誰からなのか、聞かなくてもわかった。

「イリル様ね!?」

「はい」

「素敵……」

極まりながら花束をけとる私に、トーマスが言う。

「クリスティナ様のご都合がよろしければ、本日の午後お邪魔したいとの伝言も承っております」

「まあ!」

幸せな気持ちが一杯に広がった。

私は出さずに済んだ手紙をちらっと見てから、微笑んだ。

「もちろんおけして。トーマス、急で悪いけど準備をお願い」

「かしこまりました」

とても優しい香りの薔薇だった。

そのし後。

「どなたがいらっしゃるの?」

準備に駆け回るマリーを引き留めたのは、ミュリエルだった。

「第二王子殿下です。クリスティナ様の婚約者の」

ふうん、と短く頷いたミュリエルは、お禮も言わずに立ち去った。

気にはなったが、ミュリエルが気まぐれなのはいつものことだ。

ーーあっ! そろそろ焼き菓子が出來上がる時間だわ!

それどころじゃない用事を思い出したマリーは、慌てて臺所に向かった。

「ようこそいらっしゃいませ」

「突然すまなかったね」

「いいえ、とんでもありません」

その日の午後。

はしゃいだ気持ちを隠しながら、私はイリルを出迎えた。

「シェイマスから熱が出ていると聞いていて、いてもたってもいられなくなったんだ。合が悪いようなら遠慮するつもりだったんだが」

「ありがとうございます。今朝から調子が良くなりましたの」

「本當に?」

人懐こい緑の瞳を細めてイリルは笑った。その赤茶の髪に快活な笑顔。すべて、私の記憶の中のものと同じだった。

ーーああ、本當にイリルだわ。ちょっと若いけど。

何年前でも、イリルはやはりイリルだった。

ほっとした私は挨拶を続ける。

「お忙しいのにお気遣いいただいて。申し訳ありません」

「気遣いで來た訳じゃない」

イリルは屈託なく笑う。

「シェイマスの話が要領を得ないんで、直接きた方が早いと思ってね」

「まあ」

つられて私も笑った。

シェイマスお兄様とイリルはアカデミーの同級生だ。

二人とも十八で、普段は寮で暮らしている。

「お兄様は私に、というかこの家にあまり興味ありませんの」

「近くにあるものほど、価値がわかりにくいということかな」

「そういうことにしておきましょう」

私とイリルは家同士の結び付きを第一に考えられた、いわゆる政略結婚のための婚約者だった。

どちらかというと公爵家より、母の実家のオキャラン伯爵家がいて出來た結び付きだと聞いている。

私が八歳、イリルが十一歳のときに婚約は立した。

だが、私たちは長い時間をかけて、ただの政略結婚以上の気持ちを育む関係になっていった。

自惚れではなく、そう思う。

白狀すると、最初にに落ちたのは私の方だった。

第二王子という難しい立場ながら、屈託ない明るさを持ち続けるイリルの芯の強さに、私が先に惹かれた。

それをれる形で、イリルは私にを誓ってくれた。

私が十七のときだった。

もちろんそれ以前も、私たちは仲がよかった。というより、私にとって唯一の心を許せる人がイリルだった。

だから私は、今回もイリルにだけ打ち明けようと思っていた。

この巻き戻りの出來事を。

もちろん、信じてもらえないかもしれない。

それでも、イリルなら、馬鹿にしたりはしない。ちゃんと最後まで話を聞いてくれる。

そんな確信があった。

だから。

「今日は外でお茶にしようと思うのですが、よろしいですか?」

「もちろん」

常に誰かがそばにいるサロンではなく、庭の東屋に案した。

そこなら、姿さえ見せれば聲は聞こえなくても大丈夫だ。イリルの護衛にも、し離れて待機してもらえる。

「お花、ありがとうございました」

「気にってもらえたらよかった」

ようやく東屋に落ち著いた私は、どういうふうに話を切り出すかで頭がいっぱいだった。

それで、うっかり忘れていた。

「お姉様! お客様がいらっしゃるのに、どうして私には案がなかったの?!」

ーー私のものを、なんでもしがる妹を。

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