《【8/10書籍2巻発売】淑の鑑やめました。時を逆行した公爵令嬢は、わがままな妹に振り回されないよう格悪く生き延びます!》42、墓石

ブリビートの村ではリュドミーヤが同じ時期に事故死した村人たちのために、あらためて野辺送りを行っていた。棺桶は空だが、儀式としてもう一度、近親者が彼らを埋葬するのだ。

事故じゃないのに、事故だと思って送ってしまった。心殘りもあるだろう。

族たちの、そんなやりきれない思いと、死者たちの心殘りを慮るために、ごくたまに行われる儀式だった。

心殘りは新たな災厄を生むからだ。

よく晴れた午後だった。

族たちは小聲で、空の棺桶に話しかけながら歩く。長蛇の葬列は、やがて埋葬地に辿り著いた。

あとは、それぞれの族が持參した木の枝に火をつけて燃やすだけだ。これをしないと死者が戻ってくるのだ。

儀式を司っていたリュドミーヤは枝を燃やすために、手にしていた蝋燭を藁に近づけた。そこから枝をくべていく。

ところが。

「あっ!」

人々が見守る前で、蝋燭の火がすうっと消えた。ざわめきが起こった。

「不吉な」

「馬鹿な事を言うな、風だ」

「火種はある。もう一度すればいい」

村長代理の男の指示で、再び蝋燭に火がつけられた。だが。

「消えた……」

何度繰り返しても火は消えた。死者たちがまだここに留まっていたいと言っているようだった。

「それでも送ってやらなければいけない。何度でも火をつけよう」

不穏なものをじる村人たちに、リュドミーヤは聲を張った。

「リュドミーヤ様、しかし……」

「ここで儀式を中斷するわけにはいかない」

村長代理が頷いた。

「そうだ、諦めるな」

しかし、何度やっても蝋燭に火が燈ることはなかった。さすがのリュドミーヤも言葉を失いかけたそのとき。

——ぼっ!

「つきました! リュドミーヤ様!」

唐突に火がついた。すんなり藁に火が移される。村人たちは揃って歓聲を上げた。

「でかした!」

リュドミーヤも思わず弾んだ聲を出したそのとき。

「邪魔をしてしまったかな?」

これだけ人が騒いでいるのに、その聲は真っ直ぐにリュドミーヤのところに屆いた。

リュドミーヤは聲の主が誰かわかった途端、そうか、と納得して振り返った。

「ありがとうございます、イリル殿下」

祭祀の様子を見にきたイリルが、集団の後ろに立っていたのだ。

リュドミーヤはうやうやしく頭を下げた。事のわからない村人も、一斉にイリルに向かって頭を下げた。

理由はわからないが、この人が現れたと同時に火がついたのだ。

頭を上げたリュドミーヤは火の管理を村長代理に任せて、イリルに近寄った。

そしてもう一度お辭儀をして言った。

「殿下、お話があります」

無事に儀式を終えた村人は、イリルとリュドミーヤの二人を殘して墓場を去った。

イリルにの話があると言ったリュドミーヤは、ブライアンさえ遠ざけた。

「こんなところで申し訳ないが、殿下、し話をする時間をください」

「ああ、なんでも言ってくれ」

元よりイリルに斷るつもりはなかった。

墓場全を見回したイリルは、新しい墓石は増えてない様子にほっとする。

リュドミーヤが素早くそれを見咎める。

「殿下、その様子では聖なる者はまだ見つかってないようですな」

遠慮のない言い方に、イリルは苦笑するしかなかった。

「そうだ。それで今はあちこちの祭祀を重要視している。リュドミーヤ殿にも何か助言をもらえればと——」

「守り石と聖なる者が離されておるのです」

イリルは目を見開いた。リュドミーヤは続けた。

「私は以前、聖なる者がすぐにそれとわかると殿下に言いましたが、あれは間違いです」

「間違い?」

イリルは眉間に皺を寄せた。リュドミーヤは臆せず口を開く。

「聖なる者と守り石は、生まれたときからずっとそばにあるはずです。それであれば、すぐにでも『魔』を防げるくらいの強い力を示せる。なのにそうなっていない」

ということは、とリュドミーヤはイリルを見つめた。

「誰か愚かな者が、それとそれを引き離したのでしょう。あるいは何かの手違いがあったのか。どちらにせよ、それ自『魔』を引き寄せる行為です。いずれにせよ、その罰當たりはもう生きていまい」

リュドミーヤは眉間の皺を深くして言った。

「だからこそ『魔』がり込めた。力を持った『魔』は、覚醒前の聖なる者を殺そうとしているはずです。殿下、聖なる者をすぐに探してください」

「それはわかっている。だが」

「今の殿下には、心當たりがあるのではないですか」

「心當たり……」

「もしかしてと思う人がそうでしょう。守り石がなくても」

「……そうか……そうなのか」

イリルは諦めたように頷いた。

「まさかと思っていたが、そんな事があるのなら……やはり彼かもしれない……だが、ひとつ教えてくれ」

イリルは辛そうに聞いた。

「聖なる者は、やはり危険な目に遭うのか?」

視線を落としたイリルは、足元の地面を見つめた。旅の靴は泥だらけだが、イリルはそれを払いもしない。リュドミーヤの答えを恐れて、聞く前に口を開いてしまう。

「私は、彼が危険な目に遭うかもしれないと考えるだけで辛いんだ。國の事を思うとそれどころでないのはわかっている。けれど、もし彼の犠牲の上に平穏が訪れるなら、私はそんな平穏耐えられない」

「大丈夫です、殿下」

リュドミーヤは謎が解けた気持ちでイリルに言った。

「偶然か必然かはわかりませんが、ここに來て異変に気付くことのできたあなたは、彼の力になることができるのです。思えば、あなた様が一番最初にこの異変に気付いてくれた。あなた様こそ鍵なのです。扉を開いてくれる」

「鍵?」

イリルにはなんのことかわからなかった。

「あなたが墓石の名前ひとつひとつに目に留める優しい方だったからこそ、今日の儀式の火もついた。私はそこに聖なる意思をじます」

イリルは釈然としない気持ちで問い返す。

「そんなことくらいで、私は彼を守れるのか?」

もし守れなければ。

その想像はイリルを恐ろしい闇に飲み込みそうになる。

リュドミーヤは穏やかに言った。

「その者が大切なんですな?」

「とても」

「ならば、覚えていてください。その者からもらったものが盾となり、與えたいと思うものが剣になるでしょう」

「もらったもの?」

心當たりのないイリルに、リュドミーヤは諭すように言った。

「形あるとは限りません。気持ちやを意味する場合もあります」

「……彼からもらったが盾となり、與えたい気持ちが剣になる、そういうことか?」

リュドミーヤは頷いた。

「以前も言いましたが」

そしてきっぱりと付け足した。

「天は我らを決して見捨てません。聖なる者は人々を救う。しかし、聖なる者を救うのは、殿下、あなたです」

「リュドミーヤ殿」

イリルは覚悟を決めたように呟いた。

「どんなことでもいい。他に彼の役に立ちそうなことを教えてくれ。『魔』についてもだ。繰り返しになってもいい」

出來ることをするしかない。

——彼を守るために。

並んだ墓石を見つめながらイリルはそう決意した。

握りしめた手はまだし震えていたけれど。

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