《【書籍化+コミカライズ】悪聖ですが、する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、嫌われているのですが)※完結済み》35 これは授業の果です!
現在のシャーロットの立ち振る舞いは、至っておしとやかと言ってもいい。
を張ってはいるものの、しずしずとした靜かなき。
それでいてしつんとした、気位の高そうな表。伏目がちに視線を下げ、沈黙を纏っているシャーロットに、同じくホールへ向かっている人々がちらちらと視線を寄越す。
だが、楚々としたシャーロットの中は、まったく穏やかではなかった。
(この、オズヴァルトさまの腕に摑まっている手……!! この手に全神経を集中させたいような、意識したくないような、とっても複雑な気分です……!! ほあっ、それに鼓が!! オズヴァルトさまの革靴とこの広い歩幅で刻まれる足音が、大理石の床や壁に反響してしい旋律を生み出していますううう……!!)
シャーロットが心で悶絶していることを、オズヴァルトだけは察しているのだろう。なにせ、オズヴァルトに摑まっているシャーロットの指先は、耐えきれずにぷるぷると震えている。
「――おい。大丈夫か君」
「あ、あまり大丈夫ではありません……。そのように耳元でお話しになられますと、この場でおえーってなってしまいます」
「それは本気で我慢しろ……! 『ステイ』だぞ。ステイ」
「分かりました、ステイ……! ステイです、私の胃の容さんたち……!!」
ぷるぷると震えつつ、表面上はすまし顔のままでこくりと頷いた。
そんなシャーロットに、オズヴァルトが小聲で続ける。
「……それにしても、ここまで君が化けるとはな」
「本當ですか!? ハイデマリー先生に、ちゃんと教わったのです。『人はみな、いま持っている武で戦うしかない』と」
「ハイデマリー殿いわく、君の武は『圧倒的な空気の読めなさ』だったか。だが、それでどうやって先ほどの衆目を無視した? ……まさか」
「はい」
シャーロットはすっと目を開き、見た目だけは憐悧なの顔で言い放つ。
「――『お城の玄関ホール前とオズヴァルトさま』という、初めて目にする景について真剣に考えておりましたら、周囲のことはなんにも気になりませんでした……!」
「……まさか、あれほどの視線の中でも自分の世界にり込めるとはな……」
『確かに君の武かもしれない』と、オズヴァルトは言った。
褒められた気がしたが、それを察知した彼に『褒めてないからな』と言い放たれる。だが、そんなところも好き、と幸せな気持ちになった。
「それと、ハイデマリー先生は仰いました。『自らに出せる最大限の実力を、涼しい顔で披なさい』と。ですから私、全力で取り組んで発揮できるお行儀を、なんでもないことのようにしてみせたのです!」
「……先ほどの、上著をぐ仕草か」
「はい。指先ひとつのきも綺麗に、ずれの音を立てず、ドレスの裾がしく広がるように計算を! これを一生懸命やるのではなく、『最低限』という顔で行うようにと。そうしましたら、見ている方は『彼にはこれが當たり前。本気を出せばさらに凄い!』と思って下さるのだそうで……」
なので、シャーロットは頑張ったのだ。
その説明を聞いていたオズヴァルトは、獨白のように呟いた。
「……自分の全力を、最低限のことであるかのように見せ掛ける、か」
「オズヴァルトさま?」
もしかして、彼にも思うところがあるのだろうか。
「ハイデマリー殿の教えは正しい」
「はい! なにしろ、オズヴァルトさまがご紹介くださった先生です!」
そう返事をしつつも、彼の橫顔をじっと見つめる。
(オズヴァルトさま。私の想像が正しければ、やはり……)
そのとき、オズヴァルトが足を止めた。
赤い絨毯のびる先は、夜會の行われているホールだ。
すでに多くの人々が集まり、楽団の演奏と共に、その話し聲もここまで聞こえて來ている。
「ここからは、君や俺に直接聲を掛けてくる連中も現れる。気を引き締めるぞ」
「はい、オズヴァルトさま!」
「王族の方々は、すぐに君の前にはいらっしゃらない。恐らくは監視魔法を使い、安全を確認できるまでは遠隔から観察なさっている。この調子で、君の最大限のしとやかさと理を振り絞れ」
「はい! 理、頑張ります!! いい子にします!」
シャーロットは小聲で返事をする。
(ハイデマリー先生は、夜會で得るものを得るべく戦うようにと仰いましたが、それはそれです! まずは絶対、オズヴァルトさまの汚點にだけはならないように……! オズヴァルトさまが恥ずかしくないよう、完璧な淑として、きちんとしなくては……)
そう決意していると、オズヴァルトは笑った。
「――そうではないだろう?」
(ひゃ……)
どこか不敵なその笑みに、心臓がどきりと高鳴ってしまう。
そしてオズヴァルトは、こんな風に言うのだ。
「『聖』シャーロット。……君の振る舞いは、悪のそれで構わない」
「!」
その言葉に、シャーロットは息を呑んだ。
オズヴァルトの言う通りだ。そう思えばなんとなく、肩の力が抜けたような気がする。
(びっくりです。ひょっとしたら私は、張していたのかもしれません……)
だが、オズヴァルトに告げられたことが、シャーロットに大きな力を與えてくれた。
「……はい、オズヴァルトさま!」
「だが、くれぐれも奇行には走るなよ。いいな?」
「気を付けます! 萬が一オズヴァルトさまの素晴らしさに耐えられなくなったとしても、三百回のうち、二百九十九回は我慢できると思います!」
「すべて我慢しろ!! おい分かったか、いざというときは俺も手段を選ばないからな!?」
そしてふたりは、夜會のホールへと場した。
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