「ははっ、母國！？　この國が貴様の母國だって！？」

「ランドルフ殿下。聖は恐らく、この國にそれほどまでの著を持っているという比喩で……」

「前言撤回だ。隨分と厚かましいな？　聖シャーロットよ！　しちやほやされたからといって、この國に居場所が出來たと思っているのか」

ランドルフが、歪んだ笑みを顔にり付けて言う。

「貴様など所詮、もとは他國の人間だ。國王陛下(ちちうえ)が戦勝なさった際、他國から差し出されたみすぼらしい子供。人間でなく戦利品だということを自覚しろ」

「聖自、それは重々承知しているはずです。どうか、それ以上のお言葉はおやめください」

「父上は冷たいお方だが、奴隷に分を與えてやったという點ではおやさしいな！　本來ならば使い捨てられるはずだった存在が、『聖、聖』とちやほやされて育つことが出來たのだから」

「殿下！」

これまでずっと冷靜な表をしていたオズヴァルトが、眉を寄せる。

「……それでも、シャーロットはこの國に盡くしてきました。それは事実のはずです」

けれどもランドルフは、ますます笑みを深くするのだ。

「はは、當たり前だ！　聖は嫌でも従わざるを得ない」

ランドルフの指が、まっすぐにシャーロットを指し示す。

「なにせ聖は、父上との契約魔によって、縛られているのだからな」

「…………！」

その言葉に、シャーロットはとても驚いた。

けれどもそれを、表には出さない。その代わりに目をみはったのは、オズヴァルトだ。

「契約魔……？」

「おおっと！　オズヴァルト、お前がそのことを知らないとは。……しかし當然か！　これは『聖シャーロットと王族のみが知っている』事実なのだから」

契約魔というものは、いまのシャーロットでも覚えている。

（奴隷などとの契約に使う、強制の魔です。対象者の魂に紐付けられるもので、命じられる容はひとつだけ）

シャーロットは、自の左に手を當てた。

（ですが、その命令には絶対に背けないようにされるもの。そうですよね？　以前の私）

問い掛けたって、答えが返ってくるはずもない。

そしてランドルフは、オズヴァルトが契約魔の件を知らなかったことが、どうやら心底嬉しいようだ。

「特別にもっと教えてやろうか？　オズヴァルト。聖の魂に刻まれているのは、『死ぬまでこの國の王族の益になるよう盡くせ』というものだ」

「……契約魔で下せる命令は、本來ひとつきりのはずですが」

「その通り。だが、そのひとつで服従を命じておけば、ある程度は便利に言うことを聞かせ続けられるという寸法だ」

オズヴァルトが、ぐっと眉間の皺を深くした。

「それでは、聖が神力の封印に応じ、私の妻になることに合意したのは……」

「もちろん、それが父上の命令だったからさ！　……とはいえ、聖は嫌がって隨分と抵抗したよなあ。オズヴァルト、花婿であるお前が迎えに行って魔で拘束するまで、魔兵が隨分とやられたんだぞ」

「…………」

「父上いわく、『命令を象的にすると、応用が利く代わりに、従わせるまでの時間と手間が掛かる』らしいんだ。聞き分けのない聖で困ったものだが、契約魔から逃げられるはずもない」

（――――！）

そう聞かされて、はっとする。あることに思い至ったが、それを顔には出しはしない。

「試しに僕が、聖に何か面白いことを命じてやろうか？　そうだなあ……」

ランドルフが笑ってみせた、その瞬間。

「…………ランドルフ殿下」

「！！」

オズヴァルトの放った聲に、その場の空気が一気に冷えた。

（これは……！）

城は魔法で溫度調整されており、中庭でも寒くはなかったはずだ。

それなのに今は、シャーロットのすらぴりぴりとするほどに、この場は張に満ちていた。

「僭越ながら、もう一度だけ進言いたします」

この中庭を支配するのは、オズヴァルトだ。

「何卒、これ以上のお戯れは、おやめください」

「オズヴァルト……！！」

忌々しそうにひび割れた聲が、ランドルフかられ出る。

「自分の立場を分かっていないようだな！？　僕に逆らえばどうなるか分からないのは、聖以上にお前の方だぞ！？」

「仕える方々の愚行をお諌めするのも、臣下たる者の役割と心得ております。――時には、自が何もかも失う覚悟すら厭わないほどに」

「な……っ！！」

オズヴァルトの本気をじ取ってか、ランドルフが青褪めた。

いまのオズヴァルトが纏う空気は、それほどまでに冷ややかなのだ。

薄暗い月明かりの中庭で、炎のようなをした赤い瞳が煌々と輝く。

「さ、下がれと言って……」

だが、このままではよくない。

「オズヴァルトさま」

シャーロットが彼の名前を呼ぶと、オズヴァルトが視線だけでこちらを見た。

「どうかおやめになって？　私、ランドルフ殿下にお伝えしたいことがございますの」

「……」

オズヴァルトはきっと、シャーロットのために怒ってくれている。

けれど、このままではオズヴァルトの立場が悪化してしまうのだ。彼がそれを覚悟してくれていたとしても、甘んじたくはなかった。

（オズヴァルトさまに、庇っていただく必要はございません。……もちろん、この『私』には、何らかの事があったのかもしれませんが）

けれど、と思う。

（それでも、私のしたことは悪事）

思い出すのは、日記帳に見せられた景だった。

（――そして私は悪人です。どのような事があろうとも覆らない、許されない、不変のこと）

たとえ、誰かに強制されていたとしても。

そのころの記憶が消えていてもだ。

そう思うからこそシャーロットは、記憶喪失をにして過ごしてきた。

（『私』がしたことの責任を負うべきは、オズヴァルトさまではなく、ここにいる私自なのです）

だから、にこりと笑うのだ。

「ランドルフ殿下」

ハイデマリーに習った通り、自分に出來る最もしい微笑みを。

なんでもないことのように、平然として。

「……私は、悪の限りを盡くしてきた聖なのですよ？」

「――――……」

その笑顔を見たランドルフが、驚いて目を丸くした。