《【書籍化+コミカライズ】悪ですが、する旦那さまのお役に立ちたいです。(とはいえ、嫌われているのですが)※完結済み》50 旦那さまの幸せを願っています!

恩師が部屋に現れたので、シャーロットはぱっと顔を上げた。

ハイデマリーの後ろには、小型のフェンリルともう一匹、ハイデマリーの背丈を超えるほどの大きなフェンリルがいる。

先日街で事件を起こし、シャーロットが治癒したフェンリルだ。彼尾を振りながら、シャーロットに近付いてきて頰をり寄せた。

「うふふ、よしよしフェンリルちゃんたち。お利口ですね」

「シャーロット……。あなた、もしやまた夫のラングハイムへの手紙を書いていたのですか?」

「はい!」

シャーロットが元気に頷くと、ハイデマリーは口元を引き攣らせる。

「昨晩ここについてすぐにも、手紙を書いていましたね」

「はい、書きました!」

「朝食後も、ラングハイム宛に何か書いていたはずですが?」

「はい! あれもオズヴァルトさまへのお手紙です!」

「…………そこにあるのは何通目ですか?」

「えへへ、七通目を……!」

「………………」

思いっ切り顔を引き攣らせたハイデマリーを見て、シャーロットはもじもじとを揺らす。

「あっ、あの、でも……! これまでに書いた六通について、出すかどうかは迷っているのです。オズヴァルトさまにお見せするなら、もっとしい字で書きたかったですし、言葉選びも間違っている気がして……。ですがですが、持ちうるすべての言葉を盡くしても、オズヴァルトさまの素晴らしさや出會えた喜びを表現するには足りないと言いますか……!」

「分かりました、ひとまずお茶にしましょうシャーロット」

「ええ……っ! でも、オズヴァルトさまへの迸る想いがこのペンに……!!」

「この茶葉は以前、ラングハイムも気にっていたものですよ」

「いただきます!!」

素早くテーブルを片付けて、シャーロットは目を輝かせた。ハイデマリーは溜め息をついたあと、てきぱきと、それでいて優雅に紅茶を淹れてくれる。

ティーカップに口をつけると、心の中まで華やぐような香りが、いっぱいに広がった。

味しいです、ハイデマリー先生! これが、オズヴァルトさまもお気に召した紅茶の味……!」

素晴らしい味わいと共に、これを飲んでいるオズヴァルトの想像も噛み締める。一方のハイデマリーは、涼しい顔だ。

「長年淹れていれば、これくらいは當然のこと。それはともかくシャーロット、あなたのラングハイムへの……」

「お手紙のお話ですか!?」

「違います。そちらではなく、裝作りの方はいかがなのですか?」

「!!」

そう尋ねられて、シャーロットはぴんと肩を跳ねさせた。

「ええと、そのですね」

シャーロットは、先ほどひとつ所にまとめたの中から、あるものを手に取って差し出した。

「一応、ほとんど完はしたのですが……」

それは、銀の鎖に青と赤の石がつけられた、男用の耳飾りである。

青はオズヴァルトの外套ので、赤は瞳のだ。寒を好むと言った彼に合わせて、青い石の方が大粒のものを使っている。

石を臺座に嵌めたり、道を使って繋げるのは、シャーロット自が行った。

これこそが、庭の老人に提案され、オズヴァルトに隠しながら行っていた作業の理由なのである。老人は、シャーロットにこんなことを言ったのだ。

『――想い人に、アクセサリーを贈ってみてはいかがですかな?』

『アクセサリー……』

あのとき、表面が凍りかけた湖のほとりで、シャーロットはぱちぱち瞬きをした。

『それはなにも、高価な寶石である必要はありませぬ。お嬢さん自が思いを込めて、自ら作る。そうすれば……』

(あ……!)

老人の遠回しな口振りに、はっとしたのだ。

(治癒能力を持つが、その神力を流し込んで作るアクセサリー!)

神力や魔力は、特別な石に流し込むことが出來る。そしてその石は、につけていればお守りになるのだ。

(これを作るお役目があるのは、聖を筆頭にした、治癒能力持ちのたちですね。私自が経験したことの記憶は殘っていませんが、知識としては思い出せます)

そこに神力を込めれば、につけた者を守る効果が発揮される。

病気に罹りにくくなったり、病や怪我の治りが早くなるはずで、作った人間の治癒能力が高いほどに強力なのだ。

『おじいさん! 私、頑張ってオズヴァルトさまに贈るアクセサリーを作ります!!』

『はっはっは。応援しておりますぞ、お嬢さん』

そうして完させたのが、ハイデマリーに差し出した、この耳飾りだ。

ハイデマリーは耳飾りをけ取る前に、薄い手袋を嵌めた。そして、それを丁寧に手のひらに載せると、どきどきしているシャーロットの前で検分する。

「い、いかかでしょう……?」

ハイデマリーは、目を細めたあとこう言った。

「……見事ですね」

「本當ですか!?」

その一言に、シャーロットはぱあっと表を輝かせる。

「金の処理もきちんとしていますし、意外なことに仕事が丁寧。著けたときのシルエットがしくなるよう、石の大きさや鎖の長さもよく考えられているようです」

「あ、ありがとうございます……!」

まずはほっとする。だが、何よりも張する點が、他にもあるのだ。

(作りたかったのは、神力のこもったお守りです。いまの私は神力もほぼなく、使い方すら怪しい……ひょっとしたら、失敗しているかもしれません!)

記憶がないことを隠しているため、やり方を誰かに聞くことも出來なかったのだ。張するシャーロットの前で、ハイデマリーはじっと耳飾りを観察する。

「……神力は……」

「はっ、はい……!!」

ハイデマリーが眉を寄せる。

(や、やっぱり駄目ですか……!?)

それを見て項垂れそうになるも、思わぬ評価が下された。

「――なかなかに、上手く込められているようです」

「っ、わああああ……!!」

本當に嬉しくて両手を掲げると、ハイデマリーは怪訝そうな顔をした。

「な、なんです大喜びをして。このくらい、神殿では度々行っていたでしょう?」

「あわっ、そあ、そうなのですが!! その、大好きな方にお贈りするものを作るのは、これが初めてですので!!」

慌ててそう口にしたものの、本心でもあるのだった。練習用のものならともかく、オズヴァルトのために作ったのだから、ひときわ張してしまう。

(ほっとしました! やはり、私自に記憶がなくとも、が覚えているということなのでしょうか? 以前もハイデマリー先生に、姿勢や振る舞いの所作をお褒めいただきましたし……)

を繋いだり、留めたりするための道だって、それほど迷わずに使うことが出來たのだ。指先は、しっかりと以前のことを記憶しているらしい。

「この耳飾りで、しでもオズヴァルトさまのお役に立てると良いのですが……それに、迷子札のお返しもしませんと!」

「ま……迷子札?」

「はい!」

元気よく頷いて、首に下げている首飾りをハイデマリーに見せる。

シャーロットの瞳と同じをした水の石が、髪と同じ金の鎖に繋がっているものだ。ハイデマリーはそれをしげしげと眺めたあと、ぎょっとしたように目を丸めた。

「こ、この石はまさか……」

「私の自慢の迷子札です!」

シャーロットは、誇らしさ全開でえへんとを張ると、きらきらしながらハイデマリーに説明した。

「オズヴァルトさまからいただきました! これをにつけていれば、私の居場所がオズヴァルトさまに分かるのだそうで!」

「……ラングハイムの説明は、それだけだったのですか?」

「?」

シャーロットが首を傾げると、ハイデマリーは咳払いをした。

「分かりました、なんでもありません。それで? シャーロット」

「そ……それで、と仰いますと」

「その耳飾りを渡すために、いつ家に帰るつもりなの?」

「ぎくう……!!」

痛いところを突かれてしまい、首を竦めた。

「ぎくう、ではありません。大、なんなのです? 家出の経緯は聞きましたが、まったくもって理解不能」

「は、ハイデマリー先生には、すべてお話できていない部分もありまして……!!」

「あなたに聞いた部分だけで、狀況の判斷は十分です。要するに、自分がラングハイムにふさわしくないと思っており、いつでもを引く所存だと告げたら喧嘩になったのでしょう?」

「あう、それはもう仰る通りなのですが……!!」

訂正のしようもなかったので、シャーロットはぎゅうっと目を瞑った。

「オズヴァルトさまは、とてもに篤いお方なのです! 私がお傍にいる時間が長くなればなるほど、本意でなくとも私に優しくして下さるはず。私は、その優しさに甘えてしまいます」

「なにをけないことを」

ハイデマリーはティーカップを片手に、ぴしゃりとシャーロットへ言い放つ。

「申したでしょう? 得たいものがあるなら勝ち取れと。であろうとなんであろうと、利用せずしてなんとします」

「うう……。ハイデマリー先生の、勇ましいお言葉……」

だが、こればかりは教えに従う訳にはいかない。

「私にとって、オズヴァルトさまの妻になれたことが最大の幸福なのです。それはもう、過分なほどに! ですからこれ以上はめません。あとはただ、オズヴァルトさまが幸せに生きて下さることを願って、そのために行したいのです」

「では、ラングハイムが他のと幸せになることをんだとして、あなたは心から祝福できるの?」

「……っ」

シャーロットはしょんと項垂れた。

「……祝福できる自分に、なりたいです」

「ラングハイムがそれをんだ?」

「……オズヴァルトさまは……」

ますます項垂れたシャーロットに、「ほらみなさい」とハイデマリーが言い捨てた。

「いいですか。シャーロット」

ティーカップとソーサーをテーブルに置いて、ハイデマリーは改めてこちらに向き直る。

「私は生涯未婚のまま、この年齢まで生きてきました」

「……?」

シャーロットは首を傾げたものの、顔を上げてハイデマリーの目を見つめた。

「十代のころに聖となり、誇りを持って治癒の役目を果たしてきたつもりです。無我夢中でしたし、そんな日々が楽しくもありました。大病後に神力が低下してからは聖を引退したものの、以降も淑教育のお手伝いに、フェンリルなどの魔の保護飼育。多忙でありながらも充実した日々を送っています」

「ハイデマリー先生は、ずっとお忙しかったのですね……。ですが、とても楽しそうに過ごしていらっしゃるのは伝わって來ます!」

「そうでしょう? ……けれどね。そんな私を、不幸だと言う人間は大勢いるのですよ」

その言葉に、シャーロットは目を丸くする。

「結婚が出來なかったから不幸。大きな病を経験したから不幸。聖の力を失ったから不幸……。そう稱する方々は誰ひとり、私が何を以て不幸とじるか、知りもしないはずなのに」

「ハイデマリー先生……」

「ラングハイムは、どんな生き方が幸福だとあなたに話したの?」

告げられて、考えながら俯き、そっと首を橫に振った。

「私の行に……オズヴァルトさまのご意見は、含まれていません」

「そうでしょうね」

涼しい顔で頷かれて、が痛む。

「シャーロット? あなたのしたことは、ラングハイムにとっての幸せを勝手に決め、それを押し付けたも同義の行いです。淑としてではなく、人として不躾な行いではないかしら?」

「……はい……」

「ラングハイムの幸せを、あなたが判斷するべきではないわね」

その通りだとよく分かり、シャーロットは頷いた。

とはいえ、頭でそのことを理解しても、やっぱりは違った揺れ方をしている。

(これが、ただの片想いであればよかったのに……)

それならば、オズヴァルトには拒否権が與えられていた。

けれどもシャーロットとオズヴァルトは、夫婦としての婚姻を結んでいる。

これは國王の命令であり、オズヴァルトに拒むことが出來なかった契約だ。

(オズヴァルトさまと結婚することになった運命は、いまの私にとっての幸運です。けれど、以前の私やオズヴァルトさまにとっては、まないことだったはず……。その運命に甘んじ、オズヴァルトさまを、婚姻の契約以外でまで縛ることは……)

シャーロットが考えていることなど、ハイデマリーはきっと見かしているだろう。彼は深く溜め息をつき、立ち上がった。

「まあ、よいでしょう。ラングハイムから離れ、し頭を冷やしたいというのなら、いくらでもこの屋敷に滯在なさい。――ただし、この屋敷に男ることが出來ません。迎えなど來ないのだから、自分で帰るしかありませんからね?」

「だ、大丈夫です! 元より、オズヴァルトさまがお迎えにいらっしゃるはずがないのだと、分かっていますので……!!」

シャーロットは慌ててそう言ったあと、席を立ってハイデマリーに頭を下げた。

「……お茶をご馳走さまでした、先生。お片付けをしたあと、仰っていただいたことについて改めて考えてみます……」

しおしおと萎れながら告げたシャーロットに、ハイデマリーはもう一度溜め息をついたあと、「頑張りなさい」と聲を掛けてくれたのだった。

***

シャーロットは、ハイデマリー邸にあるいつもの溫室で、ぼんやりと上を見詰めていた。

硝子越しの空は、どんよりと灰の雲に覆われている。

雪がふわふわと舞い落ちては、溫室の上に積もり、伝わってくる熱でじわりと溶けていった。

浮かんでくるのは、しい人の姿である。

(いまごろお仕事中でしょうか、オズヴァルトさま……)

ほうっと息をつき、シャーロットは考えた。

(きっと今日も凜々しいお姿で、いつも通り職務に勵んでいらっしゃるはずです! お仕事をなさっているオズヴァルトさまは、きっとさぞかし素敵……)

會いたいと、心からそう願う。

けれども同時に、會うべきではないともじるのだった。オズヴァルトに迷を掛けたくない気持ちと、心が裂けそうなほどしい気持ちで、ぐらぐらと世界が揺れる。

それでも、どちらかを優先するのなら、オズヴァルトに迷を掛けない方を選ぶべきだ。

(むむむ……いけません! 何やら思考がいつまでも、同じところをぐるぐると回っている気がします!!)

自分の頰をぴしゃぴしゃと叩き、シャーロットは自責した。

(腹を括るのです、私! いまの私の取り柄はひとつ、オズヴァルトさまをお慕いしていることのみ! であればここは潔く、『オズヴァルトさまの幸せのために』を貫きましょう!)

だが、そんな決意をした瞬間に、ハイデマリーの言葉が突き刺さる。

『ラングハイムの幸せを、あなたが判斷するべきではないわね』

(オズヴァルトさまは……)

シャーロットは、ぎゅっとくちびるを結ぶ。

(オズヴァルトさまは、どのようなことを幸せとじますか?)

目を瞑り、心の中の大切な人に問い掛けた。

(私の幸せは、オズヴァルトさまが幸せであることです。……ですが、そのために何をすれば良いのかは、やはり私が決めるべきではありませんよね……)

そうなればやはり、尋ねてみなくてはならないだろう。

(不思議です。自分で決めつけてくのは、こんなに容易かったのに)

シャーロットは自ら家出を決めた。

だが、もしも反対にオズヴァルトから『出て行け』と告げられていたら、きっと二度と立ち直れなかっただろう。

(……オズヴァルトさまも、仰っていました。私は、自分からオズヴァルトさまに向かうのは平気なのに、オズヴァルトさまが私に近付くのは拒むのだと。……お言葉の通りです……)

深呼吸をする。

そしてシャーロットは、オズヴァルトに會いに行こうと決めた。

(命じていただきましょう、オズヴァルトさまに! それが私に出來る……あら?)

溫室の扉が開いたので、シャーロットは瞬きをした。

そこには、とある人の姿が見える。

「イレーネさま!」

この屋敷で友人になったひとり、赤髪の令嬢イレーネは、こちらを見て僅かに瞳を揺らした。

「……シャーロットさん。本當に、ハイデマリー先生の元にいらしていたなんて」

「はい、お久し振りです! 皆さまには夜會の日、私の髪を結っていただいてからお會い出來ていなかったですね!」

シャーロットは、彼の元にぱたぱたと駆けていった。

「イレーネさま、手のお怪我はあれからいかがですか?」

「ええ、もうすっかり……。あのとき、この溫室で、あなたに治癒していただいたおかげですわ」

「回復していらっしゃるなら良かったです! 今日はどうしてハイデマリー先生のところに? お稽古の曜日ではありませんよね?」

「……実はわたくし。もうじき、引っ越すことになるかもしれませんの」

シャーロットは、その告白に目を丸くした。

「魔學院の寮に、るかもしれなくて」

「まあ! そうだったのですね」

そうなれば、イレーネにとっては幸運なのかもしれない。

(イレーネさまの想い人は、魔學院で寮生活をしている同級生さんです! 寮にれば、大好きなお方と會える時間も増えるはず。……ですが……)

シャーロットは、イレーネの表を見て不思議に思った。

(どうして、こんなに強張ったお顔をなさっているのでしょう?)

心なしか、顔もとても悪い気がする。

けれどもこれは、先日からそうなのだ。

「イレーネさま。ひょっとして、何かお悩みごとでも……?」

「……っ」

シャーロットがその顔を覗き込むと、細い肩がびくりと跳ねた。

「イレーネさま……?」

「……シャーロットさん。あなた……」

の瞳が、こちらを見據える。

そして、はっきりとこう口にするのだ。

「――あなたは聖、シャーロットなのですか?」

「!!」

直後、シャーロットの足元に、緑の魔法陣が展開された。

(これは、転移の陣……!!)

「絶対に、信じられませんの。あなたがあの悪であり、むごたらしい本を持った人間だなんて……!」

走り始めたその魔法陣は、まだ拙さの殘るものだった。

はしているものの、実際の転移が始まるまでには時間が掛かる代のようだ。

それが分かったところで、シャーロットに打つ手はない。

(すでに発している以上……転移が完了するまでは、この陣から出ることが出來ません!)

試しに逃れようとするけれど、が鉛のように重かった。シャーロットはその場に立っていられず、ついには膝をついてしまう。

(っ、苦しい……)

「違いますわよね? シャーロットさん……」

青い顔のイレーネは、シャーロットを見下ろしながら口を開いた。

「本の聖シャーロットならば、私が『王族の方に國心を』などと提案した際、あんなに素直に頷かれるはずはありません。だって聖シャーロットは、この國の人間ではないのだもの……!」

シャーロットは、もちろんはっきりと覚えている。

(……ランドルフ殿下のお怒りにれた、あの発言。助言を私に下さったのは、確かにイレーネさまでした……)

あれは、シャーロットの正を確かめるために、彼が選んだ言葉だったのだ。

「あなたがあの聖シャーロットでなければ、これからランドルフ殿下の所に転移しても、なんの問題もないはずです! そうですよね……?」

「……」

「……お願い……!」

に言い聞かせるように、イレーネが呟く。

「聖ではないのだと言って。シャーロットさん……」

(……ああ……)

理解して、そうっと瞑目した。

(――これもすべて、悪事の報いというものですね)

だから、シャーロットはにこりと笑った。

な転移陣の発により、呼吸がままならないほどにが重い。

けれど、それを一切じさせないように、優雅な笑みを浮かべてみせるのだ。

(せめて、この噓を貫き通さなくては)

それこそが、この溫室で友人となった彼に対し、いまのシャーロットが唯一盡くせる禮儀だ。

「……もちろんです。私は、聖などではありません、イレーネさま」

「……!」

イレーネが、息を呑むような仕草をした。

(どんな能力を持っていようとも。――それを悪用するような人間は、聖などではなく、ただの悪人でしかないのですから)

苦しさによって滲んだ汗が、シャーロットのこめかみから顎まで伝う。

「あなたに……ランドルフ殿下が、指示を、なさったのですね?」

「わ、私……! 家が、ずっと、苦しくて」

イレーネは、震えながら続ける。

「毎週ここで、これからも貴族の暮らしを続けられるような顔をしていましたけれど、本當は! 魔學院に在學し続けることも、もう」

「……っ」

「沒落寸前だなんて、恥ずかしくて、お友達の誰にも打ち明けられませんでした。あなたを……一度だけ、ランドルフ殿下のところに転移させれば、殿下が今後の支援をと……」

その言葉を聞いて、シャーロットは頷く。

「これで……イレーネさまが學院を辭めずに済むのであれば、良かったです。……本當に、心から……」

「……シャーロットさん……」

「だって……。そうすれば、イレーネさまは、お慕いする方のお傍にいられるのですよね?」

「!!」

イレーネの可らしいその顔が、とても悲しげにくしゃりと歪んだ。

「だ……駄目ですわ、やっぱり駄目……!! ごめんなさい、シャーロットさん!!」

「……イレーネさま」

「許して、転移をいますぐ止めるから!! 本當にごめんなさい、許して……!! 私は、大切なお友達に、なんということを……!!」

イレーネが手をばし、シャーロットの手首を摑もうとする。けれどもそれは、魔法陣のによって弾かれた。

「っ、そんな……!!」

(この陣に込められた魔力では、転移可能な人數は一名が限界でしょう。あとから干渉しようとしても、魔力不足で拒絶されるだけです)

イレーネの絶した表を見れば、彼が本當はシャーロットの正を理解していることなど、一目瞭然なのだった。

(駄目ですね。私はとても、噓が下手……。かつての私のふりをすることは、なんだか簡単だった気がしますのに)

反省しつつ目を伏せる。目眩のような覚が湧き上がり、いよいよ転移が発するのだとじた。

「イレーネさま、大丈夫です……! ランドルフ殿下は先日の夜會で、私をとても褒めて下さったんですよ? 転移先に、ランドルフ殿下がいらしても、なんの問題もありませ……」

「シャーロットさん……!」

「……っ、だから! 安心していて下さいね!」

にこっと笑った瞬間に、シャーロットの意識は途切れてしまった。

「シャーロットさん!!」

溫室にはたったひとり、イレーネだけが殘される。

「……っ」

イレーネは涙を拭うと、すぐさま溫室を飛び出して、ハイデマリーを探しに走るのだった。

***

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