《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》啓示
「いやー、びっくりした。まさかスカートの中にハタキを隠し持っていたなんて思わなかったよ」
そう言いながら私の持ち込んだハタキを手にパタパタと壁を払い、掃除に參加しているのはセシル殿下その人。
散々中にれてくれとごねた結果、神長と一緒に掃除をするならという條件で許してもらえる事になったのだ。
神長は最近腰が痛くて納得のいく掃除があまり出來ていないらしく、渋々ながら了承してくれた。
「……それにしても、神長自ら掃除をするのですね。他の方に任せるのかと思っておりました」
「ええ。もちろん任せておりますよ。でも気になるのですよ、こういう角っこなどに埃が殘っていたりするから」
「ああ、分かります。取り除きたくなりますよね」
「そうでしょう? だから結局は私が自分でやってしまうんですよね。そのほうがスッキリするから。でも最近は腰が痛くて」
「あ、そこ私やります」
大理石の床の継ぎ目から埃をかき出そうとする神長に代わり、私がしゃがみ込む。
いっけん綺麗に見える床にもこうして僅かな隙間に汚れがり込んでいるものだ。掃除は奧が深い。
掃除にのめり込んで無心で床をゴシゴシしていると、ふと頭に“掃除:C”という言葉が浮かぶ。
――あら。進化したのね、私の脳の不思議ワード。
この前はFだったのに、突然Cまで上がって……。
「……助かりますわ。なぜ殿下が中を見たがるのか不思議でしたけれど、手伝ってくれる事自はありがたいです。……貴、元は高位の貴族の娘さんだとおっしゃいましたね。どんな事があってそのような立場になったのか存じませんが、掃除の名手というのは確かなようですわ。貴が磨いたところ、やけに白くっていますもの」
「……あら、本當ですね。どうしてかしら」
元々白い床だったのだけど、私が磨いたところだけ異様にを反してピカピカしている。
そんなに特別なことはしていないはずなのに、どうして……?
輝く床を見ていると、背後から殿下が話にってきた。
「気付いてくれた? 神長。俺が彼を連れて來たのはこれが理由なんだ。どう思う? この、浄化の力」
「浄化!?」
それって聖の力そのものじゃない……!?
そんな大層なもの、私は持っていない。
「違いますよ、殿下。私、啓示をけていないですし。これはただの掃除の結果です。そうですよね、神長」
パッと顔を神長に向けると、彼は手を顎先に當て、何やら考え込んでいた。
「……神長?」
「啓示をけていない……? そんな事ってあるのですか?」
「そうなんだよ。俺も驚いたんだけど、彼の家はちょっと複雑みたいなんだ。彼の代わりに啓示をけた娘がいてさ。そのせいでステラは今までスキル無しとされてきた。でもそんなはずがない。素質は見れば一目瞭然だ。神長も分かるだろ?」
「ええ……。そうですね……」
ちょっ……、本當に!?
いやいや、偶然ですよ。たまたま床がっただけですって。
「あら、貴。よく見ると先代の聖様にどことなく似ていますね……」
神長まで殿下みたいな事を言い出した!
「だろ!? 俺もそう思う。母君の出國を聞いたらやっぱり先代の聖を出した國なんだよ。先代がいたのはもう何世代も前だけど、の繋がりがあるんだと思う」
「いや、殿下。あの……」
「――貴、ちょっと髪を下ろして見せて」
神長がそう言うのと同時に、背後にいた殿下が髪をまとめていたスティックをひょいと引っこ抜いた。さらりと銀髪が肩に落ちる。
「あら、ずいぶん短いのね。切ってしまったの?」
「……は、はい。これからの私には不要だと思いまして」
「もったいない事をしたのね。……ええ、確かに似ているわ。きっと聖様の若い頃はこんなじだったのね」
「そんな……」
なんだか著々と話が既事実と化していっている気がする。怖い。
「それでさ、神長。規則に反することなのは分かっているんだけど、ステラに水晶をらせてあげてくれないかな。今、ここで」
「えっ!? で、殿下!?」
なんか凄いこと言い出した!
急展開すぎてついていけないよ。
今、ここで、儀式をけろと言うの?
全然そんなつもり無かったから心の準備が出來てないよ!?
神長はしばらく逡巡し、やがて決心したように力強く頷いた。
「本來なら許されないことですが……やってみましょう。見屆け人に私とセシル殿下が揃っている今なら――誰にも文句は言わせません」
「やった! さすが神長、話が早い! さあ、ステラ。祭壇に行こう」
「いやいやいや、怖いですって!」
「何が怖いんだよ。十年前にけられなかったものを今けようっていうだけの話じゃないか」
「でも! 全然役に立たないスキルだったらどうするんですか!? 規則破りまでして期待通りじゃなかったら――」
「それならそれで別にいいだろ。さあ、腹を括れ。覚悟を決めろ」
「ああああ」
殿下に腕を引かれ、神長に肩を押されながら祭壇まで連行される。
白い大理石の臺に大きな水晶玉が載っている祭壇だ。
明な水晶玉の中には靜電気のような小さなが迸っている。
――これが、スキルの水晶。
様々な思いがに去來する。
悔しかったこと、悲しかったこと、寂しかったこと――。
全ては過去のことだと、神の水晶を前にした今改めて思う。
シスターメアリーが、王宮に行くのは私にとって必要なことだと言っていた。
彼は私がセシル殿下付きのメイドになると分かっていたはずだ。だとしたら、メアリーはこうなる事を見越して私を送り込んだ……?
――覚悟が決まった。
私をけれ、助けてくれたメアリーの気持ちに応えなければならない。
ううん、メアリーだけじゃない。規則を犯してまで私がスキルを得る機會を與えてくれている神長、それに、力の九割を失いながらここまで導いてきてくれたセシル殿下。
みんな、私をどうにかするためにいてくれている。
――ここで逃げるなんて、が廃るわ!
「……分かりました。やります」
「おお! その気になってくれたか!」
「はい……。でも、もししょうもないスキルだったとしても、文句は言わないで下さいね!」
「言わないよ。君が自分の権利を行使する事に一番の意義がある。……今まで気付いてやれなくて――すまなかったな」
「どうして殿下が謝るんですか……」
まただ。
そんなふうに言われてしまうと、泣きたくなる。
殿下と私は二人とも引きこもりがちで、昨日出會ったばかりなんだから。気付くも何もないじゃない……。
殿下と神長が見守る中、私は水晶玉と向き合った。
手をかざし、おそるおそる近付けていく。
とうの昔に諦めていたはずの、神の力に――今、手が屆いた。
バチバチと中で靜電気が弾ける。
水晶玉が、何も見えなくなるほどの眩いを放った。
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