《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》君も似たようなものだよ
「いやー、楽しかったなー」
文字通り々に壊してしまった塔の扉を再構築しながら殿下は言った。
「私は怖かったです……」
「でも危なくはなかったろ?」
「はい。ですが、殿下のスキルあっての事ですよね? 私一人の時はやっぱり階段がいいです……」
「そうかー。でもステラ。今後一人で王宮を歩けると思うなよ」
「えっ」
それはどういう事ですか!? と訊こうと思ったのだけど、殿下は頭にランランちゃんを乗せたままスタスタと先に歩いて行ってしまう。
慌てて後を追って小走りで駆けた。
「殿下、私、一人で出歩かないほうがいいですか?」
「當たり前だろ。君がここにいるってまだマーブル侯爵に知られないほうがいいんだからさ。侯爵ともなれば何かと王宮に出りする機會があるだろ。君がメイドとして出りするような場所には來ないだろうけど、萬が一ということもある。もしバッタリ會ったらどうするのさ」
「うっ……。確かに大変なことになりそうですね……。でも、それじゃあ私、仕事にならないじゃないですか。どなたか代わりの人を頼んだりするんですか?」
「今のところそんな話は無いねー。まあ、大丈夫だよ。食事くらいなら俺が運ぶから」
「えぇっ!?」
殿下が働き者になろうとしている……!?
いや、それはちょっとどうなのかしら! そんな王族ってありなの!?
「殿下、それはいけません。威厳が損なわれます」
「あのなぁ、俺に威厳が存在した時があったか?」
「…………」
何も言えずにいるうちに置小屋の前についた。幸い周囲には誰もおらず、検証には絶好の環境だ。
おそるおそる古びた扉に手をかけ、そっと開く。
「……なぁ、ステラ」
「はい、なんでしょう」
「俺ってやっぱり威厳ない?」
その話続いてたんですか!?
てっきり流れた話題だと思っていたのですが。もしかして、ずっと返事を待っていたんです!?
「……威厳のことはよく存じないので分かりませんけど、親しみやすいお方だと思っておりますよ」
「親しみやすい……。そんなの初めて言われたな。そうか。……嬉しい……」
「それは良うございました」
キィ、と軋む音を立てて扉が開く。こもった空気に埃の匂い。
昨日の殿下の部屋ほどではないものの瘴気も濃いようで、日のがし込んでいるにも関わらず、全的に黒いヴェールがかかったように暗かった。
浄化のしがいがありそうだ。
「ピィ!」
「待って、ランランちゃん。ここは私にやらせてほしいの」
「ピィ~」
張り切って風を起こそうとしたランランちゃんを止めると不服そうな鳴き聲で返事をしてきた。かわいい。
「えーと……。ではさっそく“浄化”を」
覚えたばかりの浄化を発させてみる。この時私は赤子が誰に教わるでもなく呼吸を始めるのと同じように、スキルの出し方も自然とわかるものだと知った。
私の足元が淡くり、瘴気の黒いヴェールを灼くようにちりちりと床を這っていく。灼かれた瘴気はに変わり、小さなオーブとなって空気中に溶けていった。
「おぉー。ってる」
「殿下も見えますか?」
「うん。聖なるだ。……ちょっとしてる」
黒い霧が晴れて置の見通しが良くなる。
だけど範囲は狹い。私を中心にちょうど私の長くらいの範囲までしか浄化が屆いていない。これはきっとレベルが低いせいだ。
まだ使い始めたばかりだからね……。これから広くなっていくんだと思う。それよりも、この浄化が掃除も兼ねているのかどうかを確かめないと。
しゃがみ込んで床を指ででてみる。ツルッとしただ。置小屋の出り口付近の床でこのなら、掃除と同じ効果があったと考えても良いのではないだろうか。
「あ、床が異様に綺麗になってる。やっぱりステラの浄化は掃除と同じ効果があるんだな」
「そうみたいですね。……あ、でも」
よく観察してみると、浄化の範囲外のところから黒い瘴気が流れ込んできている。
先ほど塔の下を掃除した時は、風に乗って流れ込んでくる瘴気をも浄化できていた。
つまり、浄化単でも綺麗には出來るけど、掃除をした箇所にはその一段上――、浄化の効果を與えられるという事になる……?
「……殿下、ちょっと失禮しますね」
エプロンのポケットからハンカチを取り出し、足元の床を“浄化”を発させながら磨いてみる。
変化は一目瞭然だった。
磨いたところに流れ込む瘴気が、次々とのオーブとなっては溶けて消えていく。その効果は磨くのをやめても続いた。
「……これは、すごいな」
「ですね……。とても便利な気がします」
「ああ。これと、ランランと、ステラ。三つ揃えば數年にはこの世から瘴気が全て消えて無くなりそうだな」
「そうなると良いですね……」
とは言っても、瘴気とはから生じるものだ。
人間がいる限り――いや、この世にあらゆる意志がある限り、瘴気が完全に消え去ることなどあり得ない。
浄化の有る無しに関わらず、人は瘴気と上手く付き合っていかなければならないのだ。昔からそうやって折り合いをつけてやってきた。
殿下もそれは分かって言っている。あれは夢語というやつだ。
「……じゃあ、今からここを全部掃除してみましょうか」
「えー? いや、いいよ。ひとまず浄化だけでじゅうぶんじゃない?」
「どうしてですか?」
「だって、ってるじゃないか。置小屋をらせてどうするんだよ。……ていうか、こんなひと目で異常な場所だと分かるところを作るリスクを今は取るべきじゃない」
「……異常」
これって異常な場所なの……?
「あ、異常は言いすぎだな。聖域だ。うん。聖域を作るにはまだ早いって言いたかった。君をちゃんと聖として人前に立たせる準備が出來るまで――しの間、その力を使うのは待っていてほしい」
……そうね。
これは本來なら儀式の時に見付かるはずだったスキルだったんだもの。
様々なイレギュラーが重なった結果今があり、そのために陛下もいてくださっている事を考えると……今、闇雲にスキルを使うのは自重したほうが良いのかも。
それが協力してくれたみんなのためでもある。
「……わかりました。今はやめておきます」
「うん。ごめんね」
「なぜ殿下が謝るのですか」
「いや、だってさぁ……」
きまりが悪そうに頭をかく殿下にふっと微笑みが浮かぶ。
私はこの殿下に忠誠を誓ったのだ。威厳なんて全く必要じゃない。
「では、もう部屋に戻りましょうか」
「そうしよう。……あ、ってるところは隠しておこうか。いずれ見付かるだろうけど、その頃には々解決してるはずだから」
「わかりました。ではこの腐葉土のった袋を上に乗せておきましょう。まだ畑を作る時期ではないので、しばらくはこれで誤魔化せると思います」
「よし。…………これでOK」
を放つ聖域を腐葉土袋で覆い隠すという悪戯めいた行に、真剣に取り組む殿下がおかしかった。
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