《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》鑑定のデューイ兄
王宮の裏庭に作った小さな畑に腐葉土を混ぜ、ケリー様が品種改良したという薬草の種を撒いて一応の作業は終了した。
これからはケリー様が毎日ここの様子を見に來て下さるそうだ。
新たな聖獣、リス型のマロンは聖域の畑がいたくお気に召したようで、城に戻ろうとするとポケットから抜け出し畑にを掘って埋まろうとする。
聖獣にも個があって、この子はそういう子なのだ。
――という訳で、マロンを泣く泣く畑に置いて行く事にして一同で城に戻る。
「妃よ。最も味な栗はどこから取り寄せたら良いだろうか」
「アマンド地方が有名ですわね」
「ほう。形は丸いのか?」
「それはもう。中がぎゅっと詰まっておりますから」
マロン映え重視……。
ご自で食べるための會話では無いと察してしまうだけに、聞いていて勝手にヒヤヒヤする。陛下! 王妃様にも食べさせてあげて下さい……!
「あ、そうだ。聖ステラよ」
「はいぃ!」
急に呼ばれてびっくりして、つい聲が裏返ってしまった。
「會わせたい人がいる。後でちゃんとした裝いに替えてからセシルと一緒に政務室へ來なさい」
「……はい」
し威圧を出してくる陛下に気圧されながら頷く。
――これはきっと大事な用なのだ。
そう思わせて來るのに十分な迫力だった。
ケリー様と再會の約束をしてご自宅に戻られるのを見送り、それからランランを聖域と化した大広間に置きに行った。
今日からしばらくの間、ランランの住み家は此処になる。
離れるのはし不安だけど、これは聖域と聖獣の関係を実証するためにも必要な事なのだ。
建から出られなくなる懸念も、窓が大きい此処なら大丈夫だしね。
それから王妃様のお部屋にお邪魔し、ドレスをお借りして衝立の奧で著替える。
「なるべく早く貴のドレスを仕立てないとね。近いうちに職人を呼ぶわ」
作って頂くかしかない事に申し訳なさはじるものの、確かにいつまでも借りる訳にはいかないし、大事な用の時にメイドの制服で人に會う訳にもいかないので素直に頷く。
「ありがとうございます。何から何までお世話になってしまって、申し訳ございません」
「いいのよ。必要があってしている事なのだから恐しないで頂戴。それより、今回も私のお古で悪いわね。今のわたくしのはどれも既婚者向けで、格式はあるけれど瑞々しさには欠けるから……どうしても昔のになってしまうわ」
「いいえ、王妃様。私、このドレス好きですよ」
上質な白い薄手の布地が心地よくに寄り沿う。
以前もお借りしたこのクラシカルなドレスは、しいだけじゃなく著心地まで良くて私のかなお気にりなのだ。
もし許して頂けるのなら、私が最初に仕立てるドレスは王妃様がお若い頃に著ていらしたというこのドレスと似たデザインにしてみたい。
そうお伝えすると、靜かに微笑まれたのが鏡越しに見えた。
♢♢♢
衝立の向こうで待っていて下さった殿下と合流し、一緒に政務室へと向かった。
廊下を歩いていると使用人さん達や王宮に出りする貴族の方達がさっと顔を変えて端に寄り、頭を下げる。
今更だけど、彼らは毎度殿下の隣にくっついて歩く私の事をどのようにけ止めているのだろう……。
まぁ、気にしても仕方ないんだけどね。それよりも、今私が気にするべきなのは。
「……陛下は私に何の用なのでしょうか」
「あれじゃない? 昨日言ってた“鑑定”。そのスキルの持ち主って、いつも王宮にいるからすぐに呼び出せるんだよ」
「あっ……」
どきっとした。
私とお父様の縁関係を“鑑定スキル”の持ち主の方に見て頂く――。
早めに手配するとはおっしゃっていたけれど、こんなにすぐだなんて。
「……大丈夫?」
殿下が心配そうに顔を覗き込んで來た。きゅっと口元を引き締めて頷く。
私が陛下にお願いしたのだ。どのような結果でもけ止める、と。
「大丈夫ですよ。心の準備は出來ています」
「ならいいけど……。じゃあさ、これが終わったら、一休みしてから王宮を抜け出して遊びに行こうよ。俺、もうずいぶん町に下りてないから久しぶりに行ってみたいんだ」
これは殿下のお気遣いだ。どのような結果であっても変わらずに接して下さるという意思表示。
……嬉しい。不安な時も辛い時も、殿下はいつも助けて下さる。
「はい。是非ご一緒して下さい。……でも、抜け出したりして大丈夫なんですか? 騒ぎになりません?」
「平気平気。児ならともかくもう立派な大人だしさ。それにほら、俺ってもし拐されたとしても全然普通に帰って來られるから。フラッと居なくなっても誰も心配しないよ」
「そ、そうでしょうか」
心配しないって事はさすがに無いと思うけど……でも、拐されても大丈夫そうというのはその通りだ。
……そうね。殿下を拐するには何をどうしたら良いのかしら。
縄も手枷も意味が無いでしょうし、扉に頑丈な鍵を付けて閉じ込めても何事も無かったかのように出て來そうだし。
いっそのこと味しい食事などを提供して、本人には拐だと悟られずに時間を過ごして頂く、とか――? そのくらいしか思いつかないわ。
「ステラの事は何があっても俺が守るからね。大丈夫だよ」
私が貴方様を拐する妄想をしている時にこの優しさ……。申し訳なさ過ぎて涙が出そう。
「ありがとうございます、殿下……」
「キュンとした?」
「いえ、泣きそうです」
「えっ!? そんなに!?」
何やら驚きの聲を上げた殿下は突然一歩先に出て私の前に立ち塞がり、異様にキリっとした顔で手を差し出してきた。
「レディ。貴をエスコートする権利を私に下さい」
急に王子様になった。……どうしたのかしら。
元気付けようとして下さっている、とか……?
ふふっ、それならおけしないとね。
「はい。是非お願いします」
お辭儀をして、手を取ってみる。
まるでダンスパーティーに向かう時のような足取りで陛下の政務室へと向かった。
「何をしているのだ。お前達は」
政務室の扉が開き、中からあきれ顔の陛下が顔を覗かせる。殿下はキリッとした顔のままお答えになった。
「父上は黙っていて下さい。俺は今、進化している途中なんです」
「そ、そうか。それは何よりだ。……さぁ、って來なさい」
深く追及しない事にしたらしい陛下は扉を大きく開け、室を促した。壁いっぱいに並んだ本棚と、大きな執務機。それに応接用のソファーとテーブル。
一つ一つの細工が細かくて質がしく、さすが王様の仕事部屋としか言いようのない空気がそこにはあった。
ソファーには見知らぬ金髪の青年が座っていて、彼はスッと立ち上がると膝をついて殿下に禮を取る。
陛下は金髪の青年の橫に立ち、紹介をして下さった。
「この者が先ほど話した、ステラに會わせたい人だ。――デューイ、顔を上げよ」
「はい」
デューイと呼ばれた青年は膝をついたまま顔を上げた。視線が殿下から私に移り、僅かに目を見張らせる。
「これはこれは……しいお嬢さんでいらっしゃる」
「えっ……」
開口一番の譽め言葉にびっくりして固まってしまった。すると橫から殿下が出てきてデューイさんとの間に割り込んで來る。
「おや、セシル殿下。お久しぶりにございます。お元気になられたようで、このデューイも嬉しく存じます。……ご機嫌は、よろしくないようですが」
「まぁね」
ご機嫌がよろしくない? ついさっきまでダンスパーティーごっこをしていたのに?
私からは背中しか見えないけれど、一目で不機嫌だと分かる顔をしているらしい。
珍しい……。
殿下のレアな反応を引き出したデューイさんは口元に手を當て、クスクスと笑っている。
このやり取りを見るに、殿下とデューイさんはどうやら舊知の仲のようだ。そりゃあお互いが王宮にいれば顔を合わせる事くらいあるだろうけど……単なる顔見知りよりもうし気安い間柄のようにじる。
「あの、殿下とデューイさんは面識があるのですか?」
「はい。僭越ながらい頃は私が年長の遊び仲間としてよくご一緒させて頂きました。まだ瘴気に纏わり付かれるようになる前の事です。ずいぶんヤンチャをしましたが、楽しかったですよ」
なるほど。お兄さん役みたいなじかしら。
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