《【書籍化】 宮廷魔師の婚約者》1 暗令嬢メラニー
メラニー・スチュワートは由緒正しい魔師の家系であるスチュワート家の娘である。
見た目は地味で、これといった特もない、し小柄のだった。
それでも普通にしていればそこそこ可いのに、人見知りの大人しい格のため、いつもどこかオドオドとして、暗い雰囲気を醸し出している、そんなだった。
年は17才。
貴族の娘ならば、そろそろ結婚を考える年頃であった。
しかし、メラニーはつい最近、婚約者のジュリアン・オルセンから婚約の破談をけたばかりであった。
オルセン家はスチュワート家同様、魔の名家として有名な公爵家であった。
両家の結びつきを深めるために家が決めた婚約だったが、この度、ジュリアンは他に好きな人がいると言って、一方的にメラニーとの婚約を破棄したのであった。
ジュリアンとは特段仲が良かったわけではないが、これにはメラニーも傷ついた。
なんせ、ジュリアンが新しく婚約者に選んだのは、メラニーの親友であったエミリアだったからだ。
エミリアは新生魔法でり上がったローレンス家の娘であり、その地位こそ男爵と低いものの、國でも今勢いのある派閥に屬していた。
伝統あるスチュワート家とはその派閥も、魔のあり方も違うが、エミリアは引っ込み思案なメラニーに唯一仲良くしてくれた友人だった。
大人しくて人の影にいつも隠れているようなメラニーとは違い、エミリアは容姿も態度もいつも明るくハキハキとした麗しい令嬢だった。
そんなエミリアは男陣からよくアプローチされ、社界でも人気者だった。
でも、まさかそんな親友と思っていたエミリアに婚約者を取られるとは思ってもいなかった。
「ゴメンね、メラニー。私、ジュリアン様を好きになっちゃたの」
「すまない、メラニー。私には君よりもエミリアの方が相応しいんだ」
そう言って、手を絡ませながら笑顔で宣告する二人に、大人しいメラニーは何も言い返すことができなかった。
あまりのショックに數日寢込んでいる間に、両家の間でも話がまとまり、ジュリアンとの婚約はあっさりと破棄されることとなった。
「あんなクソみたいな男にメラニーは相応しくないよ」
「ええ、お兄様の言う通りですわ。あんな顔だけの男のところに、お姉様が嫁がなくて良かったです」
「メラニー。あんなつまらない男と婚約をさせてすまなかった。最近の公爵家は魔だけでなく、人間も腐っているとは思いもしなかった」
「そうね。あんな愚かな子だと知っていたら、もっと早く婚約を取り消していたわ。メラニー、もう無理に花嫁修行なんてしなくてもいいわ。これからは貴の好きなことをして生きていいのよ」
兄や妹、父や母は塞ぎ込むメラニーに優しく言ってくれたが、両親が決めてくれた良縁をみすみす破談させてしまったことが本當に申し訳なかった。
それに、今まではジュリアンのところへ嫁ぐつもりで苦手な花嫁修行をしていたので、婚約が破談になった今、何を目的に生きていけばいいかも分からない。
途方に暮れたメラニーは、いつものようにスチュワート家の知の寶庫と呼ばれる書庫に篭った。
ジュリアンはここはカビ臭いと嫌いしていたが、メラニーは古いインクや古紙の匂いが好きだった。
ざらざらとして今にも破れそうな紙を丁寧に捲り、今はほとんどの人間が読むことができない古代文字に目を通していく。
こうやって古い知識に浸ることがメラニーの何よりの楽しみだった。
メラニーは兄や妹と比べても魔力量はなく、魔を専門とする學校にも通えなかった。
でも昔から勉強することは好きだったので、獨學で勉強してきた。
魔力を使った攻撃魔法などの実戦型の魔法は得意ではないが、知識を得るだけならメラニーも學ぶことができ、幸い、家族や周りの協力もあって、メラニーはどんどんと魔の知識をつけていった。
最終的に現代魔から今はほとんど使われていない古代魔へと興味は移り、お屋敷に眠る古文書を片っ端から貪るように読むようになった。
それはある意味、メラニーにとって現実逃避に近かったかもしれない。
魔力の強さは、主に筋でけ継がれることが多く、スチュワート家のように魔を主軸として力をばしてきた貴族は、子供たちを魔を専門とした學校に通わすことが多い。
実際、メラニーの兄や妹も例にれず、優秀な績を収める優等生だった。
しかし、メラニーは家族の中で唯一、魔力量がない子供であった。
學校も通えるほどの魔力もなく、家族はそんなメラニーを責めることはなかったが、自分で一族の落ちこぼれだと自覚していた。
どうしたら家のために役に立てるか分からない中、唯一、公爵家のジュリアンとの婚約だけがスチュワート家の役に立てる道だと思っていた。
そのため、苦手な社界にも顔を出したり、禮儀作法やダンスのレッスンなどに打ち込み、花嫁修行を頑張った。
でも友関係を主とした貴族の世界は引っ込み思案のメラニーにとっては苦痛でしかなく、気を紛らわすためにこうして書庫に篭るのが趣味となっていた。
おですっかり古代語のエキスパートとなったメラニーだったが、それもいかがなものか。
今の主流は新生魔に移っており、今更古代魔を勉強する好きもいない。
得意なこともなく、これではスチュワート家のお荷だ。
婚約解消されたばかりで再び社界に出て、新しい相手を探す度もない。
「……はぁ。私、これからどうすればいいのかしら」
メラニーがぼんやりと書を眺めていると、不意にすりすりと腕をるがした。
「あら、メルル」
メラニーの腕にり寄ったのは、使い魔である白い大蛇だった。
その長は長く、優にメラニーの長を越す巨で、普通の人間ならば驚いて飛び退くだろう。
キラキラとした寶石のような真っ赤な目を向け、クネクネとをり寄せるメルルにメラニーはフフと笑う。
「どうしたの? こんなところに來て」
普段は部屋で大人しくしているはずの使い魔が屋敷の奧にある書庫室まで來ることは非常に珍しい。
メラニーがしそうにメルルをでていると、遅れて新たな客人が姿を現した。
「やぁ、メラニー。こんなところにいたのか」
「ダリウス叔父様」
現れたのはメラニーの叔父のダリウスだった。
母の弟であるダリウスは長の格で、口髭と顎髭を綺麗に整えた紳士風の男であった。
ダリウスはメラニーの兄や妹が通う學校の教授でもあり、メラニーに魔を教えてくれた先生でもあった。
「よくここにいるとお分かりになりましたね」
「メルルに案してもらってね」
「まぁ。滅多に私以外の言うことを聞かないのに、さすが叔父様ですね」
「ハハハ。なぁに、餌で釣っただけだよ。ほい、メルル。約束のネズミだ」
そう言ってダリウスはメルルに向かってポケットから取り出したネズミを投げた。
メルルは用に口でキャッチすると、ネズミを丸呑みにし、満足そうにを揺らすのであった。
「ところで叔父様、私に何か用ですか?」
「うむ。姉さんから君が暇を持て余していると聞いてね。スカウトにきた」
「スカウト?」
「なぁ、メラニー。私の助手として、しばらく働く気はないかい?」
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