《【書籍発売中】砂漠の國の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜【コミカライズ】》25 王子と従者
「殿下、料理長に教わった農園に行ってきましたよ。さあ、ネクタをどうぞ」
「おかえり。おお、これか。さて、さっそく……あれ?ギル、お前いい匂いがするな」
「そうですか?何の匂いですかね」
一瞬ギクリとしたギルは視線を王子から逸らしたままとぼけた。
「お前、仕事中に寄り道して買い食いしてきたのか。給料を減額しないとな」
「やっ、やめてくださいよ。違いますから!晝飯を作ってるところに行っちゃったから……」
「へえ。主を待たせて晝飯をご馳走になったと。はい、減額」
「違いますってばもぅ」
笑いながらマークス王子がネクタの実にかぶりついた。
(ああ、この味)と思う。
口の中に溢れる果を飲み込むと爽やかな酸味と濃厚な甘み。果には細かい繊維があるのに果てしなくらかい。
「味いなぁ」
目を閉じてしみじみつぶやく主を見ているギルは(ネクタなのに。最高に贅沢な食べで育った人間の言う言葉か)と苦笑する。そんなギルをマークス王子が見る。
「で?何を食べたんだ?」
「プティユ、というものを作ってるところでしたので、それを」
「プティユだと?外國人なのか?」
「いや、そうは見えませんでした。揚げたてで熱々で、すっごく味かったです」
「ふぅん。減額決定」
「殿下ぁ」
二つ目のネクタに手をばし、かじりながらマークスは考え込んでいた。
海の向こうの國の言葉で「プ」は小さな、「ティユ」は寶箱という意味だ。まだ食べたことはない。熱々のプティユ。猛烈に食べてみたい。
「本で読んだだけで作るのは初めてだとその子が言ってました」
「その子?」
「はい。まだ子供ですけどね。ありゃあどっちもすごい人になりますよ。が二人で料理してたんです。利発そうな子と妖みたいな子と。農園で暮らしているのは利発そうな方の子で、妖みたいな子は最近通うようになったそうです」
ギルの顔を見るマークスの顔がからかうような表になる。
「主の僕が脂汗を流しながら書類をこなしている間にの手作り料理を食べていた、と」
ギルは笑いをこらえて聞き流し、話を続けた。
「そのプティユがあんまり味しくて勧められるまま二つ食べたんですが、そのあとに飲んだ水が味しいのなんのって。俺、あそこに住みたいと思いましたもん」
「で?」
マークスの問いをけて急にギルが真顔になった。
「謎の農園で飲んだ樽の雨水と同じかそれ以上に味い水でした。例の農園と同じように雨樋で集めた雨水を樽に溜めてました」
「そうか」
「取り調べをするんですか?」
マークスが答えるまでにし間が空いた。
「あの地區ならとっくの昔に調査済みで水脈は無い。水源を隠していないんだから普通なら取り調べの必要はない。農園以外の住宅街や王宮周辺にも雨が降ってるから彼らだけ取り調べる理由もない。だけど興味はある」
ギルが落ち著かない様子になる。
「きちんと整備されたかな農園で、悪い人間が集まってる場所にはとても見えませんでしたが」
「それはそうだろう。楽をして儲けようとするような悪い人間にまともな農家は務まらないさ。休みなしで作と向かい合う仕事だ。おそらく真面目な人たちなんだろう。……そうか、プティユか。そんなに味しかったのか」
「ええ、すごく」
「ギル、今から廚房に行ってプティユを作るように伝えてこい。料理人がプティユを知らないようだったらお前が説明して來い」
ぶつぶつ文句を言いながらギルが出て行くとマークスはまた考え込む。
(どんな人間がいるのか一度見に行くべきだろうな。上手くいけば雨のを探れるかもしれない。魔法使いがいるのだろうか。魔法使いが生まれたら國に報告するはずなんだが。でも祖父が國王になった時に魔法使いを優遇する制度ができたことを國民は皆知っているはずなのだから、それはないのか?)
廚房では料理長が殺気立っていた。
自分が食べたことがないプティユなる料理を、語彙が富ではないギルの説明で作らねばならないからだ。料理長は「今夜ですか?今夜出せと殿下が?」とギルに詰め寄った。
「うん。多分今夜出してほしいってことだと思う」
「むう。ガワが芋なんですね?表面にカリカリ?パンかな。芋のつなぎは何だろう。中は鶏と野菜?甘辛くてちょっとピリピリ?」
「そう。油で揚げてたよ」
「食べたんですよね?」
「うん。すっごく味しかった」
料理長のセネシュは眉間にシワを作って料理を始めた。
しして作られたプティユを味見させられたギルが首をかしげると、セネシュは
「違うんですね?どこが違うんです?」
「甘い香りの油だった」
「これですか?」
にった油の匂いを嗅がされる。
「あーその匂いだ」
「ココナツ油ですね。最初に言ってくださいよ」
「俺に油の區別なんかつかないよ」
「はぁぁ」
ギルは分から言ったら料理長よりはるかに上なのだが、王子の護衛を務めるようになってからはこの手の対応をされることには慣れている。
兄弟で小さい頃から近くで見ていた王子は、いつでも真摯に課題に向き合っていた。勉學、剣、、マナー。やるべきことは果てしなく、友人はいつも終わりがない課題に取り組んでいた。
そんな主のためならため息のひとつや二つは甘んじてけようと腹を括《くく》っている。それで主が笑顔になるならお安いものだ。
「今度はどうです?」
匂いは同じになった。ザクリとした歯ごたえも。だけどどうも何かが違う。「んー」と考え込んでいると料理長が半泣きになる。
「同じような違うような」
「ギル様……」
「いや、これでいい。これを出してくれ」
「いいんですね?」
「ああ、俺が責任を持つ」
その夜、王家の五人は初めて食べるプティユに喜んだ。プティユは他國の庶民の食べだから王家の全員が初めて食べた。
「味しいわね」
「うむ味い」
父も母も喜んでいるし弟妹は無言で二つ目三つ目に手を出していた。メインの羊料理が全然減ってない。これはこれで料理長が泣くだろう。味しそうにプティユを食べる家族を見ながらマークスはギルの言葉を思い出していた。
「野菜の味と鶏の味が農園で食べたのほうが旨味が濃かったです」
「そうか。やはり僕も食べてみたいな」
(彼らは雨を降らせる方法を知ってるのだろうか。でもそれならなぜあの砂漠の農園を捨てたんだ?ここはやはり、正式な調査をして逃げられるはめになる前に、僕がこの目でその人たちのことを実際に見て確かめたほうがいいのではないか)
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