《【書籍発売中】砂漠の國の雨降らし姫〜前世で処刑された魔法使いは農家の娘になりました〜【コミカライズ】》64 統計學者と襲撃
本文には関係ないことですが、ミハイルはヤエル先生の息子さんです。
國の支援をけているカリーム研究所。
所長のデミル・カリームは所員であるミハイルの報告をけながら書類を確認している。
「ずいぶん変わったな」
「はい。児の死亡がかなり減りました。それと、捨て子の數も前年に比べて三割以上減りました」
デミルが書類をトントンと指先で叩きながらミハイルを見上げる。
「やはり癒しの水、か?」
「癒しの水の効果もですが、作が病害蟲に負けずに収穫できたことが大きいかと。栄養狀態が改善された影響もありますね」
所長のデミルは椅子に背中を預けて頭を振る。
「たった一人の魔法使いが現れただけで國全の統計に違いが出るとは。恐ろしいほどの力だな」
「はい」
「引き続き疾病関連の調査と統計を頼むよ。君は仕事が早くて正確だ」
「ありがとうございます」
ミハイルは席に戻り、自主的に取り組んでいる調査の集計表に目を向けた。
國が積極的に國民の識字率を上げるための教育政策を打ち出し、子供たちの健康管理にも資金を投じるようになったのが半年前。
(この國のどこにそんな資金があったんだろう)と気になって個人的な興味であれこれ調べた。しかし國の支援をけている研究所でありながら手にらない報が多くて驚いている。
病人が減って稅収が上向くのは早くても數年後のはずだ。子供たちに使った費用はいったいどこから出したのだろうか。
(どう考えても國産の絹布を量ながら輸出するようになったことくらいしかないなぁ。でも絹布がそんなに稼げるか?)
最近では『雨が降る地區』と呼ばれる區域にある農園。王太子の婚約者であるアレシアの実家だ。
その周囲を取り囲むように國の管理する桑畑がある。正式発表は出されていないが、おそらくあの地區の雨はアレシアが降らせているのだろう。
これも正式に発表されていないが、アレシアの生み出す水の全てには癒しの力が込められているという噂は絶えることなく市中に流れている。
「アレシア様が作り出す水を飲むと病気が軽くなる」「怪我が早く治る」という話は給水された三箇所の地區の住民が口を揃えて言っている。おそらく本當だろう。それに関して統計を取りたかったが調査の申請を國に卻下された。
「數字ではっきりさせてしまうと水の取り合いになるからか?」
効果をはっきりさせてしまうと彼が出す水が高値で売り買いされると予想したのかもしれない。
「かもしれない話ばかりで謎だらけだ」
統計學者としては実に悔しい。
・・・・・
アレシアが王太子殿下の婚約者になってしした頃。とある重大な事件があった。
「北部の集落の畑に雨を降らせてしい、溜池にも水をれてほしい」という要をけてアレシアと軍の小隊が向かった時のことだ。
「お待ちしておりました」と出迎えた男たちの格が全員良すぎた。食うや食わずの集落ではなかったのか、とアレシアも小隊長も思った。
アレシアに「子供が一人も出迎えないっておかしくない?」と聞かれるまでもなく軍人たちも集落の靜かさに疑問を抱いていた。距離を取って會話をし、軍人側がなかなか男たちを近寄らせなかったところ、隠れていた數十人の男たちが襲いかかってきた。統率の取れたきだった。
アレシアを警護していた軍人たちはアレシアを囲んで剣を抜き、今にも戦闘が始まるという時だ。
守られていたアレシアが「水よ」と高らかに唱えて右手を大きく橫にサッと払った。すると五、六十人ほどの敵の一人一人の頭部を包み込むように水球が現れた。
敵の頭部を包み込んだ水は手で払っても激しく暴れても、一瞬は散らばるもののすぐにまた敵兵の顔に集まって鼻と口を塞いだ。アレシアは數十名の敵を見ながら細かく腕をかしている。
呼吸できずに敵の全員がもがきながら倒れ込むと、アレシアは上げていた右腕を下ろした。
水は顔から流れ落ちて地面に吸い込まれた。やっと呼吸ができるようになってもほとんどの者は激しく咳き込んでいて戦えず、すぐに制圧されて縛られた。息ができるようになって再び戦おうとした者の顔にはもう一度水球が張り付けられた。
集落の住民は全員縛り上げられて家の中に転がされていた。毆られたり蹴られたりして怪我をした者はいたが誰も殺されてないことに安堵したアレシアは捕縛された敵兵たちに淡々と告げた。
「我が國の民を殺さなかったことに免じてあなたたちの命もとりあえず救ってやりましょう」
相談の上、小隊長が一人の敵兵の縄を外した。アレシアがその者に聲をかける。
「全員捕まったと報告しに行くといいわ。私にどんな目に遭わされたかお前たちに命じた者に伝えなさい。『お前も同じ目に遭わせてやってもよい、距離は関係ないのだ』と必ず伝えるように」
敵の一人が解放されて走って逃げて行く。
「おそらくファリルよね?」
「捕まえた者に尋問はいたしますがまず間違いなくファリルでしょう。我が國と周辺國の協定に焦ったのかもしれませんね」
王家の意向でファリルにだけは絹布が輸出されていない。ファリル側は今頃になってやっと絹布のことを知ってアレシアを狙ったのか。
「あの、アレシア様、先程のお話は本當ですか?」
「え?距離は関係ないってこと?もちろん噓ですよ」
けろりとした顔で告白するアレシアに小隊長が苦笑した。
(あれは相手を怯えさせるのに相當効果があるだろ)と農民の娘とは思えない肝の據わり方に軍人たちが心する。
「さあ、ここまで來た役目を果たしましょう」とアレシアは怪我人に絹布を使い、畑という畑に雨を降らせ、全ての水瓶に水を満たした。軍人の半數を捕虜の監視役として置いて帰る途中、アレシアの護衛役の兵士たちはアレシアが使った魔法のことをコソコソと話し合っていた。
「あれ、どんな剣の腕前よりも確実だろ」
「しかも距離を取って使えるからこちらは全くの安全というのがなんとも」
「アレシア様が味方で良かった」
「全くだ」
その場面を思い出したのか、ブルブルッと護衛たちが屈強なを震わせた。
近くで噂されているのを聞きつけたアレシアが馬上で笑う。
(あれは前世で周りの人たちを恨んでいた時に考えていた方法だけど、こんなふうに役に立つ日が來るとは思わなかったわね)
捕らえられた者たちはファリルの軍人であることが判明した。
ラミンブ王國は正式にファリルに謝罪と賠償金を請求し、捕虜たちと換に大金貨七百枚を要求した。金額が大きかったので軍人は見捨てられるかと思ったが、大國の面子からかファリル側は支払った。
ファリルの國王は言葉だけは丁重に謝罪をし「軍部から走した者たちがやったこと」という見解を押し通した。
「ま、なんとでも言い訳すればいいわ。私と引き換えに大金貨五百枚をせしめたんだから今回は千枚でもよかったわよね」
アレシアの言葉を聞いたギルがなんとも言えない顔をした。
「ギル、私のことをお金にがめついと思ったわね?」
「いいえ、全く同じことをマークス殿下がおっしゃっていたもので」
「あら」
ちょっと嬉しいアレシアだった。
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