《【書籍化・コミカライズ】手札が多めのビクトリア〜元工作員は人生をやり直し中〜》34 遠乗りと山栗

翌日、私は仕事休みなのでノンナを連れてマイルズさんの家を訪問した。マイルズさんは庭にいた。

「お。その子が君の子かい?」

「ええ、まあ」

ノンナは私たちの會話なんて聞いてない。私の馬のアレグを見つめている。また「はわわわ」と小聲をらしている。興しているのか歩き方がギクシャクしている。

マイルズさんがノンナに近寄って話しかけてくれた。

「どうだ、馬は大きいだろう」

「おっきい!綺麗!」

「怖くはないのかい?」

「怖くない。早く乗りたい!」

「こりゃ頼もしいな」

マイルズさんはノンナに馬に乗る時の注意をしてくれた。

後ろに回らないこと、大聲を出して驚かさないこと、馬のきに人間の側が合わせること、怖がらないこと。

早速私とノンナはアレグに乗ることにした。私もノンナも乗馬ズボンに近い自作のズボンだ。足元も本の乗馬用ブーツ、に近い靴を履いてきた。

私の前にノンナを乗せてゆっくりアレグを歩かせる。アレグは賢い馬だ。私一人の時より慎重に歩いてくれている。マイルズさんの目利きは素晴らしかった。

「良ければ俺も一緒に馬で行くが」

「いいんですか?では一緒に。良い場所があったら教えてください」

こうして三人で馬に乗って出かけることになった。マイルズさんはアレグの隣に馬を並べて私たちに合わせて進んでくれている。

「そういえばマイルズさんの馬のお名前は?」

「ナイトだ。軍ではナイトメアと呼ばれていたな」

「ナイトメアですか。それは、戦場で付けられたんですか?」

「こいつが若い頃に仲間と馬上試合をしたんだが。その時に付けられた」

悪夢と名付けられるとは。マイルズさんとナイトはさぞかし強かったのだろう。現役の時のお姿を見てみたかった。

そのあとは休み休み馬を進ませ、王都の北區にった。北區は工業地區と呼ばれていて木工作業場、製材場、家製造工房、機織り場などが並んでいる。そこを抜けると穏やかな斜面が続き、林になった。初めて來る所だ。

のんびり進んで來たが、休憩になった。

「そろそろ時期なんだ」

なんの時期かと思っていたら大きな栗の木が何本も並んでいる所でマイルズさんが馬を降りた。

私とノンナも馬を降り、馬たちは自由にさせた。

地面には口を開いた栗のイガがたくさん落ちていた。山栗にしては粒も大きい。

「俺は栗を拾うが君たちは好きにすればいい」

「私も拾いますとも!」

私とマイルズさんはブーツでイガを踏み、口を大きく開かせて中の栗を拾う。

「ほい」と聲をかけてマイルズさんが布袋を投げて寄越した。私の分の袋まで準備萬端だった。

それから私たちは小一時間栗拾いに熱中し、ノンナはアレグやナイトを近くで眺め、首をばした馬たちにスンスンと匂いを嗅がれていた。

「勝手に馬にらないでね」

「はぁい」

やがて袋が栗でパンパンになったのでまた馬にった。馬をのんびり歩かせていたのだが、まだ若いアレグが何度か『ブルルル』と鼻を鳴らして私を振り返る。

「どうやら走りたいらしいな。どうする?俺がその子を預かるか?」

「ノンナ、マイルズさんの馬に二人乗りしてくれる?」

「ええー」

「ノンナは今日初めて馬に乗ったばかりだから、全力で走るアレグには乗せられないわ。もっと馬に慣れてからね」

渋々うなずくノンナをマイルズさんが腕をばしてヒョイ、と抱えて自分の前に座らせ、左腕でガッチリ抱えてくれた。

私はアレグの腹に合図を送る。アレグは「待ってました」とばかりに走り出した。風を切りアレグをりながらアレグのきに自分を合わせる。人馬一と言うけれど、互いに考えていることが伝わるこのじ。久しぶりだ。

やがてアレグが「気が済んだ」と言う雰囲気を出した。私は徐々に速度を落とさせ、見していたマイルズさんとノンナの隣にアレグを止めた。

「ビッキーかっこいい!」

「上手いな。見直したよ」

「ありがとうございます。さあ、そろそろ帰りましょうか」

今いる北區の山側から西區を回り、人の多い南區は避けて王城の前を通って東區へと戻った。水をアレグに與え、全をブラシがけしてからお禮を言ってマイルズさんと別れた。區畫をぐるりと回ってヨラナ様宅の敷地に著いた。

「ビッキー、マイルズさんちの塀を飛び越えたらすぐに母屋だよ?屋が見えたもん」

「そうだけど、普通はそれやらないから。足を使って歩きましょうね」

「普通じゃない時は飛び越えてもいいの?」

「ほんっとうに命の危険がある時だけね。つまり普段は絶対に飛び越えちゃ駄目。歩きましょうね」

「はぁい」

家に戻りさっそく小さなナイフで栗の皮を剝く。やりたがるノンナには「まだノンナに栗は早い」と止して、私が八割がた皮を剝いた栗を手渡す。ノンナには皮から実を外す係になってもらった。栗はたくさんあって、終わった時には肩が凝っていた。

休みの日らしく溜まった家事をこなしてから豚バラと栗の煮込みを作り、しだけれてマイルズさんの家に屆けに行った。ノンナは留守番してると言う。

「こんばんは。今日の栗を料理したのでおすそ分けです」

「ほう。俺は栗は茹でたのしか知らないが」

「豚バラと煮ました。味が濃いかもしれませんけど、お酒にも合います」

ゆっくり玄関に向かって歩いて來たマイルズさんが懐に手をれたと思ったらいきなり何かを私に向かって投げた。

咄嗟(とっさ)に上半をひねってその何かを避けて次の攻撃に備えて構えた。

「ああ、試すようなことをして悪かった。投げたのは木のおもちゃだよ。安心したまえ。君はただの平民と言っていたが、他の人間はともかく俺の目はごまかせないぞ」

「馬なら軍人の兄に習ったと言いましたよね?」

私はそっと栗と豚バラのったを鍵置き場の小さなテーブルに置いた。

「せっかくのご馳走が臺無しになるところだったじゃないですか。まったくもう」

「すごいな。料理は無事だったか。君ならそれもできるかな、とは思ったが」

一秒の三分の一ほどの時間だけ視線をかして投げられたものを確認した。木をナイフで削って作った極小の小鳥だった。

「マイルズさんがこんなタチの悪いいたずらをするなんて」

「君、自分がその手の専門家であることを隠せてるつもりだろうけど、しだけ隠せてないんだよ。今日、あっさり子供を俺に預けたから俺を狙って來たんじゃないことは理解したがね。子供を俺に預けたのは不用心だったな」

マイルズさんが私に椅子を勧めてお茶を淹れるために背中を向けた。背中を見せるんだ?

「俺が君に注目したのは馬の扱いじゃない。馬の腕前はそこそこだった。君、常に俺を視野の端にれてるだろう。俺が死角にろうとしても君はさりげなくいて必ず俺を視野にれる。もう癖になってるんだろうな」

なるほど。

「で?私は今から何かされるんですか?」

「いいや。全く似てない子供を大切に育ててるのは今日見ていてわかった。あの子は赤の他人だろう?」

「はい。捨てられたところに出會ってしまいましたので」

「子供を引き取るとは、またずいぶん迂闊(うかつ)なことをしたもんだね」

「後悔はしていません。あの子のおかげで私は人間らしい暮らしができているんです」

マイルズさんがお茶を出してくれた。

「さっきは悪かったな。君があんまり興味深い人だったもので」

「もう一度言っておきますが私は子育て中の平民ですから」

「わかったよ。そういうことにしておくよ。ならひと言だけ言っておく。もし助けが必要になったら俺を頼れ。敵の足止めくらいはしてやろう」

「どうしてです?」

「明らかに現役の君が普通の人間に混じって子育てなんてしているんだ。理由を尋ねるつもりはないが、暇な老人としては助けてやりたいのさ。子供は國の寶だからな」

私はにっこりと組織の教科書に載ってるような『無邪気な笑顔』を見せた。

「敵なんて普通の平民にはいないんですよ。私の馬をお願いできればそれで」

マイルズさんは私が持って來たおすそ分けを指で摘んでポイと口にれた。

「おお、味いな」

「ありがとうございます。お茶をごちそうさまでした」

ドアを閉めようとして振り返った。

「助言をありがとうございました」

「どういたしまして。今後は腕が立ちそうな人に近づく時は気をつけることだ」

    人が読んでいる<【書籍化・コミカライズ】手札が多めのビクトリア〜元工作員は人生をやり直し中〜>
      クローズメッセージ
      あなたも好きかも
      以下のインストール済みアプリから「楽しむ小説」にアクセスできます
      サインアップのための5800コイン、毎日580コイン。
      最もホットな小説を時間内に更新してください! プッシュして読むために購読してください! 大規模な図書館からの正確な推薦!
      2 次にタップします【ホーム画面に追加】
      1クリックしてください