《【1章完】脇役の公爵令嬢は回帰し、本の悪となり嗤い歩む【書籍化&コミカライズ】》第28話 二年前の事件?

「ふむ、終わったか……だが、妙だな」

ラウロの働きを見ても特に驚かなかったお兄様が、小さくそう呟いたのが聞こえた。

「お兄様、何が妙なのでしょうか?」

「魔獣の數がなすぎる。私達が來た時にはすでに五十を切っているようだったが、死の數がない」

「確かにそうですね……」

最低でも魔獣の群れは、數百は來ることが多い。

の數を見ると、今回の魔獣の群れは百もいないようだ。

私が最初に下を覗いた時に抱いた違和は、死の數だった。

こんなにないことなんてありえるのかしら?

私は回帰する前に一年以上この砦で戦ってきたけど、こんなない時は一度もなかったはずだけど。

「これは何か異常事態でしょうか?」

「そうだな……あとで南の山付近に探査隊を出すか? だが魔獣が多くいるのであれば、人數で行かせるには危なすぎる……」

そんな作戦を一人で呟き始めるイヴァンお兄様。

この砦に來る魔獣は、ほとんどが南の山から降りてくる。

時々、東の砦や西の砦に行くはずの魔獣が南の砦に來ることがあるが、その數はない。

多くの魔獣が、一番近くにある砦に降りてくる……ん?

今回、その多くの魔獣が降りてこなかったとしたら。

その魔獣は、どこへ行く?

南の砦に降りてこないのであれば、東か西に逸れてそちらの砦に魔獣が集まる。

ない數の魔獣だったら問題ないだろうが、今回は數百単位で東か西に魔獣が流れている可能がある。

確かそんな事件が二年前くらいにあったような……あっ!

ちょっと待って、私が今言った二年前って、回帰する前の時の二年前。

回帰した後、私は二年前に戻っている……つまり今、その事件が起きているってこと!?

そうだ、確かにそんな事件がこの頃にあった気がする。

回帰する前の私はこの頃、ルイス皇太子とオリーネの浮気で東西南北の砦のことなんて頭になかったから、すっかり忘れていた。

それに南の砦、つまりスペンサー公爵家が取り持つ砦が襲われたわけでもないから、覚えていなかった。

東か西か、どっちの砦が襲われたのか、全く思い出せない。

「東の砦はモーデネス公爵家で、西はアイギス公爵家……」

どちらに多くの魔獣が逸れたのか全くわからない……だけど、し予想はつく。

前のお茶會でお會いした、アレクシス・カール・モーデネス公爵令息。

あの人は二年後の二十二歳の時に、モーデネス公爵家の當主になっている。

どれだけ優秀だとしても、若すぎるとは思っていた。

二十二歳という若さで當主になれたのではなく、ならないといけなかった。

それはおそらく――。

「お兄様、私の考えを言ってもいいでしょうか」

「考え? なんだ?」

「今回の魔獣の群れがなかった理由としては、南の砦に降りてきたのではなく、東か西に多くの魔獣が逸れたのではないかと思います」

「っ、なるほど……確かにそれは一理あるな」

イヴァンお兄様が顎に手を當てて、そのことを考え始める。

「南の砦に百程度しかこなかった、つまり數百は東か西に逸れている。それがちょうど半分ずつ逸れていたのならそこまでの問題ではないかもしれないが、そう都合よく半分に割れることはないだろう」

「はい、數百の魔獣が一気に他の砦に逸れたのであれば、とても不味い狀況になっているかもしれません」

一日に一度、こうして魔獣が一気に降りてくるが、その時間は日によってバラバラだ。

だけどそれが東の砦と南の砦で、魔獣の群れが來る時間が重なっていたら。

さらには南の砦に來るはずだった魔が、東の砦に集まっていたら。

その數は二千を超える可能もある。

「東は水のモーデネス家、西は風のアイギス家。どちらも確かに強いが、その異常事態に対処出來るほどの力を抱えているかどうかわからんな」

「お兄様、助けに行きましょう」

私はスッと助けに行くという選択肢が頭の中に思い浮かび、それが口に出た。

水のモーデネス公爵家は四大公爵の中でも殲滅力が乏しいから、魔獣が多く來たらとても厳しいはず。

もちろん弱いというわけではないが、モーデネス公爵家の水魔法は、飲み水などに変えられる力がある。

普通の水魔法は飲み水にはならないので、それをとても重寶されている。

戦力は四大公爵の中で一歩劣るが、戦場以外での有用は公爵家の中でも一番だ。

だけど今必要なのは、圧倒的な殲滅力。

私かお兄様が一人でもいけば、戦況を変えられる。

それほど、スペンサー公爵家の炎は殲滅力が高い。

「っ、本気か?」

私のことを見つめてくるイヴァンお兄様。

公爵家同士は、ほとんど助け合うことはない。

それはお互いの力を信用しているとも言っていいし、逆のようにも取れる。

自分の家の力だけ、他の力は信用していないとも言えるだろう。

だから公爵家が擔當している砦を他の公爵家が、しかも私やお兄様のような令嬢や令息が助けに行くことは前代未聞だろう。

「私達が他の公爵家の砦を助けに行く筋合いはないし、理由もない。たとえ南の砦に來るはずだった魔が逸れていたとしても、だ」

「はい、その通りだと思います」

「しかも魔が逸れている可能はあるとしても、なかなか低い確率だ。それなのに助けに向かうなどしたら、スペンサー公爵家が他の公爵家の力を下に見ていると思われるような行為になるだろう」

確かにお兄様の言う通りだ、リスクはとても大きい。

それでも私は助けに行きたいと思ってしまった。

なぜなのかは自分でもし考えたけど……。

「それでも……助けてもらえないというのは、辛いですから」

回帰する前、私がルイス皇太子とオリーネの二人の関係に悩んでいる時は、誰も助けてくれなかった。

それが一番辛い期間だった。

私は回帰する直前、死刑をお父様が覆そうとしてくださった。

結果はダメだったけど、それでも助けようとしてくれる存在がいたことが、私にとっては救いだった。

あの時にお父様が私のことを助けようとかなかったら、回帰した後にこれほど意的にくことは出來なかったと思う。

たとえ今回、私が知っているような事件が起きていなかったとしても、助けに行くという態度を示すことは……いつか誰かを救うことになると思う。

あ、もちろん、ルイス皇太子とオリーネを私が助けることは全くないけど。

あの二人は別、私を殺したんだから。

「……そうか」

お兄様は私の気持ちが伝わったのかはわからないが、短くそう答えた。

な、なんか反応が悪い?

これじゃあお兄様を説得出來ないかもしれないわ……!

「あの、もし公爵家が困っているとしたら、恩を売ることも出來るかもしれないですし、その……」

「ああ、そうだな、じゃあ行こうか」

「……えっ? 助けに、行くのですか?」

さっきまでお兄様は助けに行くのを反対しそうなじだったのに?

「アサリアは、助けに行きたいのだろう?」

「は、はい」

「それなら行くか。妹の頼みだからな」

し照れたように顔を逸らしたイヴァンお兄様。

まさかそんなことを言われるとは思っておらず、私もビックリしてしまった。

「……それに他の公爵家に恩を売ることが出來るのは大きい。リスクはしあるが、助けに行った時の利益の方が大きいだろう」

照れ隠しのようにそう話すイヴァンお兄様に、私は思わず笑ってしまった。

「ふふっ、イヴァンお兄様、ありがとうございます!」

「……ああ。それより、西と東のどちらを助けに行くべきか」

「そうですね……」

私は東の砦、つまりモーデネス公爵家が危ないと思っている。

だけど実際、今回はどちらに流れているのかは確証がない。

私が知っている事件が今回起きているのかもわからないし、その事件が今起きているのだとしても、モーデネス公爵家であるという証拠はどこにもない。

理想は、どちらも助けに行くことだ。

「私が東に行って、お兄様は西に行くのはどうでしょうか?」

「二手に別れるのか? だがアサリアは高速移が出來ないだろう?」

炎の魔法をって、自を浮かして後ろへ炎を噴し、高速移をするという技がある。

その技を駆使すれば東の砦に行くのは、おそらく一時間程度だろう。

普通に移すれば半日以上はかかるから、とても速いことは確かだ。

だけどこれはとても難しい技で、まだお兄様には習ってない……回帰した後は。

「いえ、出來ます」

私はそれを証明するように、砦の壁から落ちる。

「っ、アサリア!」

驚いてそうんだイヴァンお兄様。

まさかそこまで驚かれるとは思わなかったけど、私はすぐに炎をって自を浮かせる。

魔法で作り出す炎は、普通の炎とは違う。

だから魔力を作すれば、自分には傷一つつかない炎を作り出すことが出來る。

それを利用しての近くで炎を発させて推進力を使い、空気を押し出すことでを浮かせる。

「お兄様、どうでしょうか?」

私が優雅に著地をすると、お兄様も私と同じ要領で降りてきて、ため息をついた。

「まあそれが出來るなら高速移も大丈夫か」

「はい、大丈夫です」

「魔力量は十分か? 高速移を一時間もしていれば、なかなか魔力を使うと思うが」

「全く問題はありません」

「……そうか、特に教えていないはずだが」

なんか呆れられたように、またため息をつかれた。

さすがにこれを出來ると言うのは怪しまれたかしら?

だけど回帰したことを話してもさらに怪しまれるだけだと思うから、何も説明は出來ないわね。

「と、とにかくお兄様、事態は一刻を爭います、早く行きましょう」

「どこに行かれるのですか?」

「っ、ラウロ、いつ私の後ろに來たの?」

いきなり後ろから話しかけられてビックリしたが、振り向くといつも通りの無表のラウロがいた。

しだけ返りを浴びたのか、頬がし赤く染まっている……傷じゃないわよね?

「アサリア様が降りてきた瞬間です。それで、どちらに行かれるのですか?」

「他の砦に魔獣が集まっている可能があるから、私が東へ、お兄様が西へ行って助けに行くのよ」

「かしこまりました。では俺もアサリア様と共に行きます」

「それは難しいと思うわ、私は炎で高速移をするから、一時間ほどラウロが全力疾走をしないといけなくなるわ」

「それなら大丈夫です、出來ます」

「……本當に?」

一時間も全力疾走よ? 普通は無理でしょ?

いや、ラウロは普通じゃなかったわね……。

「じゃあついてきて、あなたがいれば心強いわ」

「はい、もちろんです」

ラウロが強く頷いてくれたのを見て、私はお兄様と顔を合わせる。

「ではお兄様、私はラウロと東の砦へ向かいます」

「ああ、俺は西へ。無理はするなよ」

「はい、ありがとうございます」

そして私達は他の砦を救うために、高速移を開始した。

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