《【1章完】脇役の公爵令嬢は回帰し、本の悪となり嗤い歩む【書籍化&コミカライズ】》第34話 婚約の申し込み

「僕と、婚約しない?」

「……はい?」

アレクシス様の口から放たれた言葉に、私は理解が及ばずに惚けた聲が出てしまった。

とても軽く、だけど何か大事な言葉を言われた気がしたけど。

「聞こえたでしょ? アサリア嬢、僕と婚約しないかい?」

「い、いや、聞こえましたが、意味がわからないです」

この人は何を言っているのかしら?

さっき、私がルイス皇太子と婚約していることを話していたばかりだけど。

「私は皇室であるルイス皇太子の婚約者です。そんな私に婚約を求めるのは、さすがに非常識が過ぎると思いますが」

「だけど、どうせ婚約破棄するんでしょ?」

「……だからそれは何もお答えすることは出來ませんが」

「もういいでしょ、聡い人ならみんなわかってると思うから」

まあ、私もそういう雰囲気を隠しているわけじゃない。

私がルイス皇太子と婚約破棄をしても、「だろうな」と思う貴族の方々がほとんどだろう。

「さて、何のことだかわかりません」

「ふふっ、頑固だね。まあアサリア嬢の立場的には、明言することは避けないといけないのかな。僕は誰にも言うつもりはないのに」

「申し訳ありませんが、アレクシス様とそこまでの信頼関係を築けているとは思えませんので」

「そっか、それなら今後築いていきたいな。僕は君と、婚約をしたいから」

もう一度、確認をするようにそう言ったアレクシス様。

ここまで私が「婚約者がいる」と牽制しても、関係なく突っ込んでくるとは。

「なぜですか? アレクシス様に婚約を申し込まれるようなことは、何もしていないはずですが」

「そうかな? 命を助けてもらった、というのは十分な理由にならない?」

「それならあなたや私は、帝國の平民や貴族全員に婚約を申し込まれることになりますが」

「あはは、そういうことじゃないから。全く知らないところで守られているのと、目の前で助けられるのでは全然違うよ」

四大公爵家の私達は、ずっと帝國の人々のために砦を守り続けている。

まあ確かにそういうことではないと思っていたけど、本當に命を助けられたというそれだけで?

「砦を守りに行ったのは四大公爵家として、當然のことをしただけです。婚約を申し込まれるようなことではありません」

「當然のことで皇室が君に最大の褒章を與えたりはしないと思うけどね。それに、僕に取ってはとても心をかされることだった」

笑みを浮かべているアレクシス様だが、今までになく真面目な雰囲気だ。

「最初、アサリア嬢に會いに行ったのは興味だけだった。皇太子相手に面白いことをしたという公爵令嬢が、どんな人かを見たいというだけ」

珍しくアレクシス様がお茶會に來た時、確かにそう言っていた。

「だけど今回、東の砦を……いや、父上の命を助けてもらい、モーデネス公爵家の矜持も守ろうとしてくれたことが、本當に素晴らしくて心底惚れたところだ」

「……えっ? ほ、惚れた?」

「ん? ああ、そうか、婚約を申し込む理由なんて貴族同士で何か々とあるから、僕の気持ちをまず言わないとだったね」

アレクシス様はし恥ずかしそうに、だけど綺麗な笑みを浮かべた。

「アサリア嬢、君のことが好きだ。君のしい容姿、気品溢れる立ち振る舞い、綺麗な心、その全てを好きになった」

「っ……!」

「婚約を申し込む理由なんてそれだけで十分だし、それ以外はいらないよ」

アレクシス様に真っ直ぐと見つめられながらそう言われて、思わずドキッとしてしまう。

まさかアレクシス様にそんなに想われているなんて、全く想像していなかった。

だけど私はまだ彼のことをほとんど知らないし、婚約破棄することは確定だとしても、まだルイス皇太子という婚約者がいる立場だ。

これに返事をすることは気持ち的にも立場的にも、難しいわね。

「アレクシス様、お気持ちは嬉しく思いますが、私は婚約者がいる立場です。わかると思いますが、お答えすることは出來ません」

「……そうだね。今はまだ答えられないだろうね」

仕方ない、というように笑うアレクシス様。

私が応えられないというのはわかっていたようだ。

それならなぜ、今こんなことを言ってきたのだろうか。

「アサリア嬢、今は応えなくてもいいけど……いつかは応えてくれるだろう?」

私がルイス皇太子を婚約破棄した後のことを言っているのだろう。

「だから俺はそれまで待つよ。初めて人を好きになったから、諦めることはに合わない」

アレクシス様が私の前で跪いて、私の手を取った。

私はいきなりのことで反応が出來なかったが、アレクシス様がそのまま私の手の甲にを落とす――。

「――何を、していらっしゃるのですか」

寸前、そんな言葉と共に私のが後ろに引かれた。

聲ですぐにわかったが、見上げるとラウロの橫顔があった。

私を庇うように後ろに優しく引っ張ってから、アレクシス様との間にってきたようだ。

「君は、アサリア嬢の専屬騎士のラウロ殿だね。君にもとても謝している、助けに來てくれたからね」

「……」

「だけど、今はし席を外してくれないか。アサリア嬢と大事な話をしているから」

「無理です。俺はアサリア様の専屬騎士なので」

ラウロは來て早々、なぜかアレクシス様と睨み合っている。

というか、いつここに來たの? 全く気配がなかったけど。

「そうか……それにしてもよくここがわかったね、ラウロ殿。會場は広いし、なぜ中庭にアサリア嬢がいると?」

「化粧直しに行ったアサリア様が帰ってこなかったので、アサリア様の魔力の気配を探りました。アサリア様の魔力は強くてわかりやすいので」

えっ、會場からここまで何十メートルも離れているのに、私の魔力の気配を探れたの?

私やイヴァンお兄様でもそんなに距離が離れてたら無理だと思うんだけど……すごいわね、さすがラウロ。

「そうか、とても素晴らしい騎士だね。君みたいな強い騎士を雇いたいものだ」

「申し訳ありませんが、俺はアサリア様の専屬騎士ですのでその要求をおけすることは一生ありません」

「あはは、冗談だよ。ラウロ殿はお堅い子だね」

……なんで本當に睨み合っているのかしら、この二人は。

言葉をわすのはほとんど初めてじゃないの?

「アサリア様、會場に戻りましょう。ご令嬢達がお待ちです」

「え、ええ、そうね。アレクシス様、お話ありがとうございました」

私がアレクシス様に一禮し、ラウロもそれに倣って頭をとても淺く下げた。

「ああ、アサリア嬢。また今度話そう。今日の話も、心のにでもめておいてくれ」

「……ええ、わかりました」

アレクシス様は爽やかに笑ってから、一瞬ラウロとまた睨み合ってから去っていった。

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