《【書籍化決定】婚約者が浮気相手と駆け落ちしました。々とありましたが幸せなので、今さら戻りたいと言われても困ります。》16
授業が終わった直後だったので、まだ全員が教室に殘っていた。
皆、これから何が起こるのかと、不安そうな顔をして自分の席に座っている。
サルジュは教室の一番後ろに、彼の護衛騎士と一緒にいた。
壇上にいるユリウスは、すでに弟のサルジュの護衛騎士から簡単に話を聞いていたようだ。アメリアからけ取ったバッグを教壇の上に置くと、教室を見渡した。
「これはアメリアの持ちで、サルジュに依頼された資料がっていた。間違いないか?」
「はい、その通りです」
アメリアがそう答えると、ユリウスは頷いた。
「それが、どうしてこんな狀態に?」
「晝食のために教室を離れ、戻ってきたら中庭の噴水の中にありました」
サルジュに言った通りに答えると、エミーラが立ち上がった。
「まぁ、サルジュ様のみならず、ユリウス様にまでそんな噓を言うの? あなたが自分でそうしたことは、私達も見ていたのよ」
「エミーラ。発言を許可した覚えはない。座りなさい」
「……っ」
ユリウスの冷たい言葉にエミーラは表を強張らせ、ぎこちない作で椅子に座った。
さすがに彼の言うことは、大人しく聞くようだ。
「アメリアはこう言っているが、エミーラは彼が自分でやったと言っている。それを証言できる者は?」
エミーラが座ったまま、先ほどの三人を睨みつける。彼達は真っ青な顔をして、震えながらも立ち上がった。
「アメリアが自分でバッグを噴水に落としたところを、目撃したのか?」
「……はい」
「その通りです」
「……はい、目撃しました」
三人はそれぞれ頷いてしまった。これでもう後戻りはできないだろう。
きっとここからは、食堂のときと同じだ。
アメリアはそっと目を伏せた。
悪意を持って傷つけられたことを許すつもりはないが、これから起こることを思うと、しだけ同する。
ユリウスは教室を見渡すと、靜かな聲で告げた。
「では、どちらが正しいのかはっきりとさせるために、再現魔法を使う」
「……再現魔法?」
彼の言葉に教室が騒然とする。エミーラも含め、クラスメイト達は誰も知らないようだ。
「そう。魔法のひとつだ。過去の映像を魔法で映し出すことができる。普通に暮らしていれば知らないだろうね。主に、罪を暴くために使うものだから」
魔法の詳細は王家にしか伝わっていない。だから王族がどんな魔法を習得しているのかを、知ることは難しい。
もしこの魔法で罪を暴かれた生徒がいたとしても、間違いなく退學になっている。だから學園に伝わることはなかったのだろう。
「そ、そんな……」
証言した三人のうち、震えていた令嬢が真っ青になって倒れるが、ユリウスがすぐに治癒魔法で回復させた。
逃がすつもりはないようだ。
そしてエミーラも、彼に負けないほど青ざめている。
ここは生徒會室のようにスクリーンはないが、ユリウスは振り返り、黒板を見てこれでいいか、と呟いた。
そこにぱっと映ったのは、午前中の授業が終わったばかりの教室だ。どうやら教壇から見た畫像のようだ。
晝食のため、何人かの生徒が出て行く姿が見える。
教室の一番後ろの席に座っていたアメリアは、しばらくバッグの中から書類を出して確認している。だが時間を見て書類をバッグにしまい、食堂に行くために教室を出て行った。
それからしばらく経過したあと、先に晝食を終えただろうエミーラ達が教室に戻ってきた。
取り巻きの令嬢達はエミーラの周囲を取り囲み、彼の言うことに大袈裟に頷き、稱賛の言葉を口にする。
機嫌良さそうに笑ったエミーラは、ふと視線をアメリアの席に向けた。
「気にらないのよね」
彼が誰を指してそう言ったのか、周囲はすぐに悟ったようだ。
「そういえば昨日、図書室でリース様を待ち構えていたと聞きました」
「ええ、セイラさんもすっかり怯えていて」
「早く彼と別れろと迫ったそうですわ」
聞こえてきた言葉に、アメリアは目を見開く。
(え? 昨日のことがそんな噂になっていたの?)
ただ會釈して通り過ぎ、寮に戻ったあとにリースだったと気が付いたくらいだ。遭遇したところを目撃した人がいたとしても、そんなことを言うはずがない。
(やっぱりリースなのね)
彼が故意にアメリアの悪評を流しているのだと確信した。
どうしてリースは、こんなに変わってしまったのだろう。
もう悲しいとさえ思わなかった。彼のみ通り、さっさと婚約も解消してしまいたい。
だが、すべては父次第だ。
「ねえ、あのバッグを中庭の噴水に放り込んできなさい」
映像の中のエミーラが、悪意のある笑みを浮かべてそう命じる。
その視線の先にいるのは、例の三人の令嬢だ。
彼達はエミーラの取り巻きの中でも立場が弱いのだろう。
「え?」
「で、ですが……」
「わたくし達が、ですか?」
三人は躊躇っていたが、エミーラに睨まれ、さらにあなたの家との取引はやめた方がいいとお父様に言おうかしら、と呟かれて、アメリアのバッグに手をばした。そのまま教室を出ていき、殘されたエミーラはくすくすと楽しそうに笑う。
「どんな顔をするのかしら。楽しみね」
映像は、そこで途切れた。
ユリウスはゆっくりと振り返ってエミーラを見つめる。
「……違います、これは」
「殘念だよ、エミーラ」
言い訳を口にしようとした彼の言葉を遮るように、ユリウスはゆっくりとそう言う。
「まぁ、それでも學園での、生徒間のトラブルだ。そこの三人も脅されていたようだからね。アメリアに真摯に謝って、彼が許してくれるのなら、大袈裟にすることはないかもしれない」
彼の言葉に三人の令嬢が縋るような視線をアメリアに向ける。
エミーラが謝罪するとは思えないが、あの三人なら迷わず頭を下げるだろう。彼達はエミーラに脅されていたのだから、アメリアも許さないと言うつもりはなかった。
けれどその視線を遮るように、サルジュがアメリアの前に立つ。
「サルジュ様?」
食堂の事件でも思ったが、いつも穏やかなだけに彼の怒りは冷たく恐ろしい。
「ああ、そうか。アメリアはサルジュに協力していたな。ならばこの件も、サルジュの研究の妨害だと見做す」
弟の怒りに呼応するように、ユリウスの聲にも冷酷さが宿る。
「サルジュの研究は國益にも繋がる大切なものだ。それを妨害したとなれば、當然謝罪だけではすまされない」
そう言う彼は、最初から見逃すつもりはなかったのだろう。
「本當に知らなかったのです。あれがサルジュ様の研究のための資料だったなんて……」
エミーラが涙聲でそう言った。
自分がどれだけのことをしてしまったのか、ユリウスの言葉でようやく理解したようだ。
高慢な態度は消え失せ、許しを請うようにユリウスとサルジュを見つめている。きつく組み合わせた両手は細かく震えていた。
今までの彼からは考えられないくらい、哀れな姿だ。
だがユリウスの視線は冷たいまま。
「たしかにそうかもしれない。だがアメリアの大切なものだということはわかっていたはずだ。それに、今回の件だけではない。逆らえない立場の人間に無理を強いたこと。信憑のない噂で、クラスメイトを蔑んだこと。……君には失したよ」
「そんな、ユリウス様……」
「婚約解消の手続きを進める。たしか、迷になるくらいならを引く覚悟はできていると、そう言っていたよね?」
皆の前に出すことはなかったが、ユリウスは再現魔法で彼がそう言ったことを知ったのだろう。
もう言葉もなく崩れ落ちる彼に、駆け寄る者は誰もいなかった。
「他の三人の処分も、後ほど言い渡す」
ユリウスは最後にそう言うと、もうエミーラには目を向けることもなく、護衛を連れて教室を去った。
だが彼が立ち去ったあとも、く者は誰もいない。
エミーラと三人の令嬢の泣く聲だけが、靜まり返った教室に響き渡った。
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