《【書籍化決定】婚約者が浮気相手と駆け落ちしました。々とありましたが幸せなので、今さら戻りたいと言われても困ります。》35

落ち著こう、とアメリアは自分に言い聞かせた。

きっとサルジュは、自分の研究に必要な助手を奪われそうになったことに憤っているのだ。

都合の良いように解釈してはいけない。

「あの……」

「髪が解けてしまったようだね。中に戻ろうか」

「は、はい」

たしかに、いつまでもこんな場所で警備兵に囲まれていては、何事かと思うだろう。

今日は何といっても、ユリウスとマリーエの婚約披パーティだ。リースのことなどで、水を差すわけにはいかない。

サルジュに連れられて戻ったのは、なぜか控室ではなく、アメリアが度々利用させてもらっている客間だった。馴染みの穏やかな侍がさっと髪を直し、落ち著くようにとお茶を淹れてくれた。

その間、サルジュはし離れた場所に座り、黙ってアメリアを見つめていた。その瞳に、以前はなかった熱が込められているような気がして、戸う。

「あの、ご迷をおかけして申し訳ございませんでした」

「そうだね。もうひとりで歩いてはいけないよ」

し咎めるように言われてしまい、その通りだと肩を落とす。

「領地ではいつもひとりで出歩いていましたので、ついその癖が抜けなくて……」

「ひとりで?」

「はい。畑の水遣りなど手伝っていましたから」

「ひとりなら、実験も採集も制限なくできるな。特に土壌調査は、一日分のデータだけでは意味がない。それに……」

「サルジュ様は駄目ですよ。危険ですから」

リース以外にも帝國の手の者が、この國に忍び込んでいるかもしれないのだ。慌ててそう言う。彼ならひとりでふらりと出かけてしまいそうだ。

「リースが何を言っていたのか、聞かせてもらってもいいだろうか」

そう言われ、姿勢を正してすべてを話す。

「はい。私を連れて帝國に行けば、向こうで爵位がもらえると言っていました。何でも、水魔法と土魔法の遣い手をしているようで」

「……水と土。あの噂は本當だったのか」

どうやら以前から、そんな噂はあったようだ。

「彼が君のことを帝國に告げているのなら、護衛をつけなくてはならないな」

「え? そんな、私などに必要ありません」

この國では水魔法はさほど珍しくない。ただアメリアがリースの元婚約者だっただけだ。

それに、助手であるアメリアはほとんどの時間をサルジュの傍で過ごしている。そしてサルジュには、護衛騎士のカイドがいるのだから、アメリアにまで護衛は必要ない。

そう必死に訴えると、彼はし考え込むような顔をする。

「アメリアが片時も私の傍を離れないのなら、専用の護衛は必要ないかもしれないな」

「は、はい。絶対に離れません」

専用の護衛など恐れ多いと、アメリアは勢いよく頷いた。

「それなら、今日からここで暮らすといいよ。誰でもり込める學園寮なんて危ないからね」

「えっ」

「そうすれば登下校も私と一緒だから、護衛も必要ない」

「……一緒?」

「すぐに向こうの寮を引き払って、荷を運ばせよう」

「荷を……」

いつの間にかそう決まってしまい、皆が心配しているから戻ろうと手を取られて、狀況を深く理解しないままパーティ會場に戻る。

なかなか戻らないアメリアを、両親や従弟は心配していたようだ。だがサルジュが指を無くした令嬢を手伝って探していたことを告げると、ほっとしてアメリアらしいと笑ってくれた。

その後は何事もなくパーティが終わり、夏休みには帰ることを約束して、両親とは別れる。

役目の終わったアメリアはそのまま寮に帰るはずだったが、サルジュが言っていたように、そのまま王城に部屋を與えられ、そこに住むことになってしまった。著替えのために戻ってみれば、いつの間にか寮にあったはずの荷が並んでいる。

あまりにも素早い対応に、しだけ不安が募る。

事態はアメリアが思っているよりも深刻なのかもしれない。

サルジュが懸念していたように自分が狙われるのだとしたら、傍にいるのは、かえって彼を危険に曬すのではないか。

「アメリア様」

ふと聲をかけられて顔を上げると、馴染みの侍がこちらを覗き込んでいた。

「サルジュ殿下がお呼びです」

「すぐに行くわ」

今後のことで話があるのかもしれない。そう思い、支度を整えて急いで向かった。

された場所は以前、王子全員と対面した応接間だ。

そこには王太子夫妻に第二王子エスト。

そしてユリウスとマリーエ。サルジュと護衛騎士のカイドがいた。

全員揃っていて、アメリアが最後だったようだ。遅れたことを詫びて、導かれるままサルジュの隣に座る。

サルジュがアメリアのに起こったことを説明すると、彼らはそれぞれ怒りをわにした。

「リースはどこで帝國の者と接した?」

王太子アレクシスの言葉に、サルジュは騎士団で取り調べ中だと告げる。

リースの言葉が本當なら、カリア子爵家は娘を屋敷に匿っている。その調査も必要だろう。

「それにしても、土と水の魔法か。帝國の領土で砂漠化が進んでいるという噂は本當だったか」

ユリウスが腕を組んでそう呟く。

「砂漠、ですか?」

「ああ。こちらの冷害と同じ時期に、向こうは雨がなくなり、砂漠化に悩まされているそうだ」

しかも帝國には、魔法を使える者がほとんどいない。解決する手立てがなく焦っているのかもしれない。

「それにしても、支援を要請するのならまだしも、強引に連れ去ろうとするとは。あの國は、十年前から何も変わっていない」

苛立ちを隠そうともせずにそう言うユリウスに、アレクシスもエストも頷く。

「……砂漠か。見たことがないな」

だが、サルジュがぽつりと呟き、兄達は唖然とした様子で弟を見る。

「アメリアは見たことがあるか?」

「いえ、ありません。雨が降らずに土地が乾燥していて、植が育たないとか」

「乾燥に強い植。いや、植林の方が有効か……」

砂漠に興味を示すサルジュに、縋るような視線がアメリアに集まる。

アメリアも砂漠にはし関心を抱いていたが、それは言わないほうがよさそうだ。

「サルジュ様。乾燥に強い植よりも先に、水魔法を開発しなければなりません」

「ああ、そうだな、それが先だった」

納得して頷くサルジュの姿にほっとする。

「アメリア、サルジュを頼むよ。あれは十年前、帝國にしかない植を見に行こうと言われて連れ出されているんだ」

あのときから変わっていないと、アレクシスは呆れたように言う。

「……帝國にしかない植が?」

「ああ、駄目だ。アメリアも向こう側の人間だった」

思わずを乗り出すと、ユリウスが呆れたように、何だか聞き覚えのある言葉を告げる。

「カイド、ふたりを頼む」

「……他の騎士に比べて、私の負擔だけ桁違いのような気がします」

「諦めろ」

「お前の妹はレニア伯爵家に嫁ぐんだ。もうのようなものだろう?」

アレクシスとユリウスに立て続けにそう言われて、カイドはゆっくりと崩れ落ちる。

「妹に良い縁談が來たと思って喜んでいたら、まさかの人質だった……」

膝をつくカイドがし哀れになって、なるべく自分も制する側の人間でいよう、とひそかに決意する。

の安全のため、王城にアメリアを住まわせると言ったサルジュの言葉に反対する者もなく、決定事項となった。

さすがに國王陛下の許可が必要なのではと思ったが、とっくに許可は下りていたようだ。

ソフィアは喜び、マリーエはとうとう捕まっちゃったね、と小さく呟いている。

こうしてアメリアは王城で暮らし、サルジュと常に行を共にすることになった。

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