《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》11・恥ずかしがり屋の著綿/(九月)
九月長月、月の頃。
季節を分ける秋分があり。
慶子さんの心もしれ気味。
「そこの店員さん、ぼくにスマイルを一つ下さい」
洗面所で柏木(かしわぎ) 慶子(けいこ)さんが手を洗っていると、慶子さんの父親がにこにこしながらそう言ってきた。近頃、慶子さんの手洗い現場を見るたびに、父親はそう言ってからかってくるのだ。
どうやら、慶子さんの、腕の肘から指先までの丁寧な手の洗い方が、ファストフード店の店員さんを思わせるらしい。
夏に行われた剣道部の合宿で、慶子さんはおやつ副番長として和菓子さまこと鈴木(すずき) 學(まなぶ)君の手伝いをした。その一番の影響が、この「手洗い」だった。
「慶子が行ったのは、本當に剣道部の合宿だったのかなぁ。お母さんと、どこかの食べ屋さんでバイトでもしてきたんじゃないかって、話しをしているんだよ」
「もう、何度も言うけど、これは合宿でお菓子を作るお手伝いをして。それで、癖になったの」
「菓子と言えば、この間、慶子が作ってくれた、おはぎも水羊羹もうまかったな。あれは、『壽々喜』さんとこの息子さん直伝なんだろう」
「教えていただいた通り、やったつもりだけど。……やっぱり、違う」
「おやおや、そこを目指すのなら、慶子も和菓子屋で修行しないとな」
慶子さんが作ったおはぎや水羊羹は、父親にも母親にも好評だった。けれど、自分で作ったからこそ、『壽々喜』との味の違いを強くじたのも事実なのだ。
「どこの、どんな材料を使っているのかしら」
「聞いてみたらどうだ? ほら、なんだ、慶子は息子さんと仲良しだろう」
仲良し?
そういえば、合宿の帰りに、師匠にも「學と仲良くしてやってください」と言われた慶子さん。
「仲良し、ではないと思う。わたしよりも、中學から剣道部で一緒だった、福地君とか山路さんのほうが、仲がいいと思うわ。わたしは、なんていうか、面倒を見ていただいているのよ」
「慶子が、面倒をみてもらっているのか」
「そうよ。だって、わたしは剣道も始めたばかりだし、和菓子についても知らないことばかりでしょう。いつもいつも、教えていただいて、お世話になって、やってもらってばかり。時々、申し訳ない気持ちになるの」
「いや、あの、なんだ。つまり、それを一般的には仲良しというのではないだろうか?」
「全然違うわよ」
さらりと返した慶子さんの答えに、慶子さんの父親は複雑ながら、どこか嬉しそう。
宿題をこなす怒濤の日々を超え、新學期が始まった。再び、學業と剣道部の毎日の慶子さん。
放課後、部活へと向かう慶子さんに、剣道部部長の福地(ふくち) 裕也(ゆうや)君が近づいてきた。
「柏木さん。鈴木ってさぁ、どうなっているのかなぁ。あいつ、また部活休んでいるだろう。合宿では真面目だったのにさ」
「下の弟さんは生まれたばかりだし、上の弟さんのお世話もあるだろうし。まだまだ、忙しいのではないでしょうか?」
慶子さんにしてみれば、また部活を休み始めたと言うよりは、合宿こそ、たまたま參加したと思っていたが、福地君は違うようだ。
和菓子さまの産みの母は數年前に再婚して、その人との間に二人の子どもがいる。このところ和菓子さまは、出産や育児で大変な母親を助けるために、剣道部を休んでいた。そして、その手助けには、おやつ作りもあるんだろうなと思うと、慶子さんは和菓子さまの弟君が羨ましく思えてしまった。
「柏木さんがさ、部活に出てって言えば、鈴木は出るんじゃないかなぁ」
「わたしが? まさか。山路さんや和歌山君や、福地君の方が適任だと思いますよ」
和菓子さまと慶子さんは、同じクラスで隣の席だ。朝の挨拶はわすが、その程度なのだ。最後に慶子さんが和菓子さまと話したのは、九月の初めに「壽々喜」に行った時になる。そういえば、その場に福地君もいた。可い妹さんを連れてやって來て、きんつばを買っていた。
「お願いだから、柏木さん。鈴木に部活に出るよう、言ってみてよ」
慶子さんの両腕を、福地君が摑んだ。
「え、えええ?」
福地君の強い力に押され、慶子さんはそのまま廊下の壁まで下がってしまった。壁と福地君に挾まれる慶子さん。
とその時、福地君のがぐいっと後ろに引かれ、慶子さんから離された。北村(きたむら) 颯(はやて)君だ。
「あ、北村! おまえさん、いいところに。北村からも柏木さんに……って、おまえ、何すんだよ」
じたばた暴れる福地君を引きずるように連れて、北村君はずんずんと歩いていった。福地君に押しやられたままの恰好だった慶子さんは、ふぅとため息をつくと壁から離れた。
そして、北村君並みに腕力を付けるためにはどうしたらいいのだろうかと思いながら、部室へと急いだ。
遅れて部室にると、制服姿の長い髪の綺麗なの子が立っていた。
顔は知っているけれど名前までは知らない、同じクラスにはなったことはないけれど、同級生だと慶子さんは思った。
「あ。もしかして、柏木さん?」
慶子さんが頷くと、そのの子は、にこりと笑った。
「あぁ、よかった。わたし、常盤(ときわ) 冬子(ふゆこ)。もと剣道部。で、現在、剣道部再部希者。よろしくね」
そう言うと、常盤さんは、ちょっとだけ首を傾げた。一緒に揺れる髪が艶やかだ。
剣道著に著替えた慶子さんが、見學者として常盤さんを連れて道場へと行くと、ちょっとした騒ぎになった。見覚えがあるのは、當然だった。常盤さんは、かつてミス學園コンテストでクイーンになった有名人だったのだ。
二年生男子がわいわいと常盤さんを取り囲む中、三年生軍団はちょっと戸っている様子だった。常盤さんがから抜け出し、山路(やまじ) 茜(あかね)さんのところへ來た。
「わたし、大學験をやめたの。だから、引退まで、また剣道やるから」
「怪しいな。常盤が、験をやめたって、本當かな? 信じられない。なんか隠しているでしょう」
「まさか。隠し事なんて、ありません~」
ひらひらと手を振る常盤さんを、山路さんが探るようなまなざしで見ている。
慶子さんが通う學校は、エスカレーターで大學まで進學できる。それを蹴り、他大學の験をする人たちは、高二からの履修科目も含めて、ある程度の覚悟をもち臨んでいるのだ。常盤さんもその一人だったのだろう。
験生にとっての本當のびしろは、秋から冬にかけての、これからの季節にある。その前の、今の時期に験をやめる人が全くいないとはいわないが、珍しいことではあった。
「ま、ともかく、部活を始めよう」
福地君の聲かけに頷いた山路さんと慶子さんは、さっと三年生の顔になり、常盤さんが見學する中、稽古を始めた。
「わっかやま」
部活が終わるなり、常盤さんの聲が剣道場に響いた。
「おまえ、道場ででかい聲を出すなよ。とっとと帰って験勉強しろよ」
「そんなつまんないこと言ってないで、みんなでマックでも行かない?」
みんなでマック。
仲がいいんだなぁと、慶子さんは常盤さんと和歌山(わかやま) 真司(しんじ)君を見ていた。
「あら、ヤギちゃん。あなたもよ」
常盤さんは、慶子さんと腕を組んできた。それを、山路さんが引き離しにかかる。
「ちょっと、常盤。柏木さんに馴れ馴れしくんないでよ。それに何なの、ヤギちゃんって」
「だって、柏木さんって、スケープゴートでしょ」
常盤さんの一言に、山路さんをはじめとするその場にいた三年生がみな固まる。慶子さんは、スケープゴートという言葉よりも、その場のみんなの顔が変わったことに、違和があった。
「やだ。本人に言ってないわけ? ねぇ、ヤギちゃん聞いてないの?」
常盤さんが慶子さんの顔を覗き込んできた。慶子さんは常盤さんの顔を見ずに、山路さんを見た。山路さんの顔は、の気が失せたように白くなっている。
和歌山君が、常盤さんを慶子さんから引きはがす。
「常盤、マックに行くぞ。ほら、おまえたちも一緒だぞ」
和歌山君が、北村君や他の部員たちもい、常盤さんと歩き始めた。三年生のおかしな様子に、一年生も二年生も黙って道場をあとにした。
その場に殘ったのは山路さんと慶子さん、そして、福地君の三人だった。
山路さんが慶子さんの腕を取る。白い顔で、山路さんは真っ直ぐに慶子さんを見た。だから慶子さんも、真っ直ぐに山路さんを見ることができた。
「山路、柏木さん、ちょっと話そう」
福地君の言葉に、みなで歩きだす。
剣道著のまま三人で、テラスへと向かった。
夏休み、みなで和菓子さまが作ったおやつを食べた場所だ。
その場所に、三人で座った。
「俺が悪いんだ」
座るなり福地君が頭を下げた。
「二年の終わりに、鈴木が剣道部をやめるって言いだして」
福地君は頭を下げたまま、話し続ける。
「俺はダメだって、そんなの認めないって言って。その頃、調を崩した岡山(おかやま)も休部するって話だったし、他にも何人か験で抜けるっていう奴もいたから……。今となれば、鈴木の理由はお母さんの出産の手伝いとか、それで弟の面倒を見るとか、そういうのだったってわかったけど、あの頃鈴木は、そんなこと一言も言わないから、やめるなんて認められなくて」
福地君はゆっくりと顔を上げた。
「ずっと中學から一緒にやってきたんだ。俺の我ままだってわかっているけど、でも、あとわずかなんだ、一緒にこうして部活ができるのは。だから、最後までやりたいんだよ。そう言ったら鈴木は、退部はしないけれど部活を休むのは認めてくれって言いだして」
和菓子さまも福地君の思いがわかったのだろう。慶子さんはそう思った。
「でも、俺、意地が悪いから」
福地君は慶子さんの顔をじっと見た。
「俺、言ったんだ。おまえ、部活を休みたいんなら、おまえの代わりに三年を一人れろって。れたら鈴木の言う通りでいいって。からかってやるような、冗談半分の気持ちで」
福地君の瞳は、悲しそうに揺れていた。
「三年で、普通だったら部活を引退するような時期に、剣道部にろうなんて奴はいない。俺、そう思ったから」
山路さんは黙ったままだ。
「そしたら、始業式の日に、鈴木が柏木さんの部屆けを持ってきてさ。一これはどういうことなんだって訊いたら、新しいクラスで隣の席になったの子が何も部活にっていないって言うから、その場でったって」
慶子さんは 山路さんと一緒に部活に向う途中で聞いた、和菓子さまと福地君のやり取りを思い出した。
――「鈴木、いい加減にしろよな」
――「部活を暫く休む話は、もうついていたと思ったけど」
――「そんなの、冗談だと思ったし」
福地君は、和菓子さまに部活に出てしいから、無理難題を押し付けた。
どうせ、そんな人はいやしないだろうと。
けれど、そこに慶子さんがやってきたことで、福地君の思いは打ち砕かれた。
慶子さんは、和菓子さまの代わり。
スケープゴート。
でも、慶子さんにはわかっていたのだ。
自分が、スケープゴートですらないことを。
「ごめんね、福地君」
自分はとんでもないことをしてしまったと、慶子さんはの置き場がなかった。いくらわれたからといって、三年にもなって初心者の自分が、そもそも部すること自が間違っていたのだ。
斷るべきだったのだ。
……迷だったのだ。
そんな、みんなの気持ちにも気づかずに、剣道部にいることが嬉しくて、浮かれていた自分が恥ずかしい。
「謝らないでくれ。悪いのは俺だ。柏木さんは、ちっとも、一ミリも悪くない」
「そうよ。柏木さんが謝る必要なんて、これっぽっちもないのよ。わたしは鈴木が柏木さんの部屆けを持って來た時、鼻が出そうになるほど嬉しかったんだから」
「言い訳させてくれ。山路は、その時はまだ、俺と鈴木のやりとりを知らなかったんだ」
「でも、すぐに知ったわよ。柏木さん、わたし、最初に馬鹿な男二人のやり取りを聞いた時、ほんとしょうもないなぁと思った。人を勝手に差し出すような真似をしているって。柏木さんがそのことを了解済みで部するならまだしも、全く知らないみたいだし。鈴木に訊いても、なんだかはぐらかすしさ。わたし、どうしたらいいのかって悩んだ」
「すべては、俺が原因だ。ごめん」
福地君がしょげた聲で慶子さんと山路さんに謝る。
「あのね、柏木さん。どんな事であれ、柏木さんが剣道部に來てくれたことは、とっても幸運だったとわたしは思っている。もし、鈴木が柏木さんをってくれなかったら、わたし、今よりも余裕ないし、ぎすぎすしてたし、寂しかった」
いつも前向きな山路さんの、後ろ向きの発言に、慶子さんは驚いた。
「わたし、三年子一人だったでしょう。平気な顔していたけど、本當はずっと心細かった。いつもは強がりを言っていたけど、辛かった。男子は助けてくれるって言ってはいたけど、一年生をどうやって勧したらいいんだろうって、眠れなかった。去年、勧で失敗したから、だから凄く怖くて。それに、運よく一年生がってきたとしても、一人でどうしたらいいんだろうとか。ホント、びくびくしていた」
「え、山路って、そうだったわけ? あんなに俺らをいつも叱り飛ばしておきながら?」
「鈴木一人部活に來ないくらいで、じたばたいているような男に言われたくないわ」
「そう言われると、返す言葉もない」
再び、福地君はしゅんとした。
「柏木さんは、確かに初心者で、そういった意味では一年生と同じかもしれない。でも、違うのよ。柏木さんは、わたしと同じ土俵に立とうと、三年生であろうと、すごく努力していたよね。それが、わたしをどんなに勇気づけてくれたか。福地、おまえにこの気持ち、わかるかっ!」
そう言うと山路さんは、いきなり福地君をべしべしと叩きだした。
「わぁ、やめろ、やめろ」福地君が手で山路さんからの攻撃をガードした。
「これで、柏木さんがやめるなんてなったら! わたしはね、福地のこと――」
山路さんの言葉に、福地君はガードしていた手を外し、手をぶらんと落とした。
「ばかばかばか!」
福地君は山路さんに叩かれるままにしている。山路さんは涙聲だ。
「わたしだって、ばかものよ。ごめん、柏木さん。わたし、言えなかった。柏木さんに知られたら、やめてしまうかもしれないって思ったら、緒にしちゃえって思ったの。本當のこと、わざと黙っていた」
慶子さんの心は、揺れていた。山路さんの言葉を聞くまで、自分は剣道部にいてはいけないんじゃないかって、部活を辭めないといけないんじゃないかって思っていた。
でも、ここにきて、自分は剣道部にいてもいいのだと思えたのだ。その思いは、慶子さんに予想以上の大きな喜びをもたらした。
確かに慶子さんは、スケープゴートとして、迎えられたのかもしれない。
……でも。
「わたし、剣道部にいたい」
慶子さんの言葉に、山路さんも福地君も同じように表をぐしゃりと歪めた。
「俺、泣くかも」
福地君が腕で、両目をぐっと覆った。
「気持ち悪いこと言わないでよ」
そう言う山路さんも、まだ涙ぐんでいた。
「福地、一言だけ言わせて。さっき『あとわずかなんだ、一緒にこうして部活ができるのは』なんて言っていたけど、どうせ大學にっても、鈴木大好きなあんたは、しつこく奴にまとわりついて、剣道部に勧するんでしょ。それ、もうミエミエだから、やめてね。お涙頂戴な臺詞は」
「ばれたか、アイタタタ」
テラスで、剣道著を著たまま、泣いたり笑ったりの水っぽい三人を、部活が終わった他の部活の面々が不思議そうな顔で遠巻きに見ていた。
帰宅しても、ぼんやりとしている慶子さん。
あまりにもいろんなが、短時間であっちこっちを行き來したため、ちょっと脳はオーバーヒート気味。
ぼんやりしながらも、夕飯の用意のためにテーブルにランチョンマットやお箸を並べていると「慶子、お土産を買ってきたよ」と、玄関から父親の大きな聲がした。
「慶子の好きなお店の和菓子だ」
父親の手には「壽々喜」の袋があった。
夕飯後に改めて緑茶をれ、「壽々喜」の包みを開けた。
「これ、この間、慶子が買ってきてくれたやつ。あんまりにも可いから、また買いたくなってさ」
箱の中には、先日、慶子さんが買い求めたの菓子「著綿(きせわた)」があった。薄ピンクした練り切りで作ったの上に、そぼろで出來た白い綿がふんわりとかかっている。
綿の下のが、見えるか見えないかといった様子がらしい。
「著綿」というのは、九月九日の重(ちょうよう)の節句の前夜に、不老長壽の象徴とされるの上に置かれた真綿のことだそうだ。翌日の九月九日の朝に、その綿でを拭くことで、長壽を願ったらしい。
この話は、慶子さんが「著綿」を買ったときに、和菓子さまから聞いたものだ。
一番初めに出會った「仙壽」といい、和菓子には長壽や健康を願うものが多い。長壽國といわれる現在の日本ではなかなか想像しにくいことだが、「死」が生活のすぐとなりにあった時代があったからこそ、願いや祈りを込めた菓子があるのだろうと慶子さんは思った。
そしてそれは、母親が長いこと患っていた慶子さんにもよくわかるもので、人々の思いが菓子となり続いていることの奇跡をじた。
父親が買ってきた菓子はまだあった。
「これ、お芋?」
どこからどう見ても里芋としか思えないものが、「著綿」の隣にあった。
「あぁ、これね。ちょっと待って」
慶子さんの父親はそう言うと、ハンガーにかけてあったジャケットのポケットから一枚の紙を取り出した。
「うん、そう。訊いたんだお店の……ひとに。ええと、そう、里芋。でもね、そういう名前じゃなくて『(きぬ)かつぎ』だって。なんでも皮のまま蒸した芋って意味らしいよ」
父親の言葉に慶子さんの母親も興味深そうに、「かつぎ」を見ていた。かつぎだなんて、日本語って綺麗ね、との母親の想に慶子さんも頷いた。
そして最後の一つは。
「今日はさ、どうしても大福気分で」
父親は満足げに箱に手をばし、ふっくらとした大福をにゅっと持ちあげた。らかそうな餅の中にたくさんの豆がけて見える、とてもおいしそうな豆大福だった。
「これを食べて、明日からもまめまめしく働かせていただきます」
おどけるようにぺこぺこと頭を下げる父親に、母親も慶子さんも一緒になって笑った。
家族三人で一緒にご飯を食べて、お菓子を食べて、お茶を飲んで。
そんな毎日が、とても楽しいなと慶子さんは思った。
「著綿」と「かつぎ」は半分にして、母親と両方の味を楽しんだ。
ぱくりと「著綿」を口にれた慶子さん。すると、さっき福地君から聞いた言葉を思い出した。
『新しいクラスで隣の席になったの子が何も部活にっていないって言うから、その場でったって』
それは、間違いとはいえないけれど、本當でもない。どうして和菓子さまは、福地君にそう話したのだろう。
「おっはよ~。柏木さんっ」
いきなり背後から腕を組まれた慶子さん。びっくりして振り向くと、常盤さんがいた。は、朝からだと思いつつ、慶子さんも挨拶を返した。
「柏木さんは、剣道部をやめないんですってね」
常盤さんがまっすぐに慶子さんを見た。
「はい。辭めません」
慶子さんも常盤さんの目を見たまま、はっきりとそう返事をした。
「あるね。まぁ、ヤギ発言についてはさ、別に柏木さんに意地悪をしようと思って言ったことじゃなかったのよ。わたしなら、自分の知らないところで、ことがいているのって嫌だと思ったから言ったわけ」
常盤さんは慶子さんの腕を組んだままでそう話した。
「そう、ですよね」
自分の知らないところで、自分の運命が回されていることはあるだろう。むしろ、そういったほうが多いかもしれない。だから、今回のことは、知ることができてよかったのだ。慶子さんは、そう常盤さんに話した。
「実を言うとね、わたしが昨日部活を見學した本當の理由は、山路なの」
「山路さん? どういうことですか?」
常盤さんが口を歪める。
「わたし、ずっと山路が気になっていたの。わたしたちの代、験組が多くて、山路以外みんな抜けてしまった。わたしは、ずっと一緒に部活を頑張って來た山路を、一人にしちゃったのよ。それを、気にしてないはずないじゃない」
その言葉に、慶子さんははっとした。
今まで慶子さんは、殘された山路さんの話しか聞いていなかったからだ。
「わたしは、っていうか、わたし以外のみんなも、山路が困っていたら何かしらのことで助けるつもりだった。だから、いつ山路がSOSを出してくるかって待っていたのよ」
常盤さんが、慶子さんのわき腹を肘でぐりぐりとついてきた。
「そしたら、正義の味方ちゃんが登場しちゃってさ。わたしの出番なし、じゃない? でもさ、違ったのよ。わたしたち、山路を『助ける』って思った時點で、もう違ったの。山路は、助けてくれる人がしかったわけじゃない。自分と一緒に悩んだり、笑ったりする仲間がしかったんだって。昨日さ、和歌山や北村とマックに行ったの。そこで、聞いたわ。柏木さんがどんなに役立たずで、とてもじゃないけど鈴木の、っていうか、わたしたち誰の代わりにもなっていないってことを」
常盤さんの言葉に、さすがに慶子さんもちょっと傷つく。
でも、本當のことだから、それは仕方がないとも思えた。
「あの人たちが言うには、柏木さんは、柏木さんなんだって。誰の代わりでもないんだって、あぁ、そうですかってなじよ」
常盤さんは慶子さんの腕を外す。
「わたし、気がつかなかった。あいつら、意外といい奴らだったってことに。近くにいると見えないんだよね。離れて初めてわかった」
常盤さんの聲は悲しそうだ。それは、昨日の福地君とよく似ていた。
慶子さんは、がっと勢いよく常盤さんの腕を摑んだ。
「……なによ。放しなさいよ」
常盤さんがじろりと慶子さんを睨む。人なだけに大迫力だ。
慶子さん、大人しく常盤さんの腕を放した。二人の間に、ひと一人分の距離があく。
「常盤さん、験をやめたのなら剣道部に戻ってきてください」
「やめてないわよ! そんなの、噓に決まっているでしょ! でも、そうでも言わないと見學なんてできないじゃない」
「やめてないの?」
慶子さん、がくりと肩を落とす。
「でもね。まぁ、わたしレベルになると、験勉強しつつも、たまになら、本當にたっま~になら剣道部に出る時間くらい作れるのよ。っていうか、作るし。……やっぱりわたしも剣道したいし。もし、山路や柏木さんがわたしをけれてくれるっていうなら」
「大歓迎です!」
慶子さんはそう言いながら、「捕まえた!」と思った。
「あ、そ、そう? ふーん」
そう返事をする常盤さんの頬が、うっすらとピンクに染まった。
その様子は、著綿のようでもあり。
「ちょっと、柏木さん。歩くの遅いわよ!」
ぼーっと常盤さんを眺め立ち止ってしまった慶子さんを急かすように、でも手を差しべるように、常盤さんの聲が朝の通學路に響く。
それに応える慶子さん、早足で常盤さんのもとへと向かった。
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