《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》嵐を呼ぶ水無月 2

翌日、六月十四日の晝休み、慶子さんは山路茜(やまじあかね)さんに呼び出されて大學の食堂へ向かった。

慶子さんが食堂に著くと、山路さんだけでなく福地(ふくち)君や北村(きたむら)君もいた。

思わず慶子さんの顔がほころぶ。

慶子さんと山路さんは文化史學科と英文科と科は違えと同じ文蕓學部のため、校舎で顔を合わせることが多かった。

一方で、同じ大學に進んだ福地君や北村君の二人は経済學部に進んだため、なかなか會う機會がなかったのだ。

「福地君、北村君お久しぶりです。お元気でしたか? 嬉しい偶然です」

にこにこ顔の慶子さんに、山路さんがフンと鼻を鳴らす。

「わたしが呼んだのよ。それにしても、この中で最初に誕生日が來るのが柏木さんだなんてね」

「柏木さん、あさっての十六日が誕生日なんだってな。し早いけど、四人が集まれる日がこの日だけでさ。ごめんな」

福地君が紙袋から、おいしそうなお弁當を四つ出した。

慶子さんの誕生日のために予約して買ってきてくれたそうだ。

北村君がお弁當をまじまじと見る。

「俺、これじゃ足りないと思う」

「俺もそうだよ。だから、俺たちはこれを食ったあと、學食の定食を食べればいいだろう」

相変わらずの彼らの食べっぷりさえ、嬉しい。

昨日の失敗で沈んでいた心が元気になる。

「そういえば、大學の剣道部へ進んだのは、山路さんと福地君だけだとお聞きしました」

「大學にもなれば、いろいろなことに手を出したくなるものよ。そうそう、去年の流戦でのわたしの相手の子。彼がうちの大學にって剣道部にも來てくれて、今や仲間よ」

山路さんがからりと笑う。

のこういった明るさを、慶子さんは尊敬している。

「北村君は、どうして剣道部にらなかったのですか?」

「お金を貯めて、學生のうちに海外に行きたいんだ。だから、アルバイト三昧」

「海外か。北村って英語できたもんね。あぁ、嫌だ。できる人って嫌いよ。わたしなんてさ、英語苦手じゃない? でも、塾は高校でおしまいだから他にどこかいいところないかって探したら、塾で一緒だった男子もそこに通うなんて言い出して。最悪よ」

それは、例のバレンタインで山路さんからのチョコレートしさに小テストの賭けをした男の子だろうか。気になるけれど、福地君や北村君たちの前で尋ねるのは気が引ける。

「それで、柏木さんはどんなじ? 鈴木の家でアルバイトを始めたじゃない? ってことは、鈴木とも連絡を取り合ったりしてるわけ?」

「連絡といいますか、月に一度、お手紙を書いています」

慶子さんの言葉に、福地君がお茶を吹いた。

福地君が、ごめんごめんと、シャツの袖でテーブルを拭く。

これは大変だと慶子さんがハンカチを差し出したが、山路さんが勢いよくそれを取り上げた。

「柏木さん、には(なさ)けをかけていい男と不要の男がいるの。そこんとこ、よく考えて」

慶子さんにしてみれば、シャツの袖がびちょびちょの福地君はどう考えてもけが必要であるように思えるけれど、福地君と付き合いが長い山路さんがそう言うのだ。ここは従うのがいいのだろう。

「それで、話を戻すと。柏木さんは鈴木に、おて……お手紙を書いているのね。ん? 柏木さんって、京都での鈴木の住所を知ってるの?」

「はい。卒業式の日にお聞きしました」

「うわぁ。たしか、うちのクラスの子で鈴木に尋ねた子がいたけど、教えてもらえなかったって聞いたわよ」

「えっ、そうなんですか? では、わたしからお伝えしますか? でも、個人報ですし。困りました」

「いや、困んなくていいわよ。鈴木には鈴木なりの基準があって、教える教えないがあったと思う。わたしたちは、アンタッチャブル。柏木さんはきっと、剣道部ってくくりでOKだったのよ。ねぇ、福地?」

けれど、山路さんに相槌を求められた福地君の表は暗い。

「俺も剣道部だったはずだけど……。なんでだ、鈴木」

そんな福地君に、北村君が自分のお弁當から卵焼きをあげていた。

「もう、話が進まないな。それで、柏木さんはそのお手紙にどんなこと書いているの? で、鈴木からはどんな返事が屆くの?」

山路さんの聲が妙に弾んでいる。

みんなも鈴木君がどんな生活を送っているのか気になるのだ。

それはそうだ。

慶子さんたち大學生と違い、鈴木君は和菓子職人としての修業のために京都の和菓子屋に就職をした。

元気でいるのだろうか。

辛くはないのか。

友だちとして、みんな心配している。

けれど――。

「すみません。お返事はありません。といいますか、多分、來ないと思います」

慶子さんの答えに、山路さんと福地君と北村君が「なんで?」といった表になる。

期待に応えるような返事をできず、慶子さんは眉を下げた。

「わたしの住所をご存じないと思います」

三人が顔を見合わす。

「剣道部の名簿ってあったわよね」

「でも、住所はどうだったかなぁ?」

「書いてないよ」

そうだ、そうだと三人が頷く。

でも、と山路さんが首を傾げ、慶子さんを見る

「柏木さんは、出した手紙に自分の住所を書いているでしょう?」

「書いていません」

「なんで?」

「なんだか、気軽に書けなくて」

「ごめん。その覚、さっぱりわからないんだけど、どういう意味?」

もしかして、こんなことを考えるのは數派なのかと慶子さんは恥ずかしい気持ちになりながら口を開く。

「住所を書くとお返事出さなくちゃって思われるかなと思って。鈴木君はお忙しいのに、そんなことで煩わしい思いをさせて困らせるのは悪いと思いまして」

山路さんが、ぶるぶるとを震わせる。

「わたしは、今、このときほど常盤(ときわ)にいてしいと思ったことはないわ。男子二人は固まっているし。あぁ、もう、わたしが言うしかないの?」

山路さんが向き直り、慶子さんは彼に両肩を摑まれた。

「柏木さん、あのね。毎月親しい友だちから手紙が來るわけよね。たとえばさ、學式は無事に行われましたとか、アルバイトでこんなに楽しいことがありましたとか。それに対してさ、いつもは無理かもしれないけど、鈴木だってコメントを返したいかもしれないでしょう?」

「そんなこと、想像もしませんでした。でも、あの、わたしの説明不足で誤解をさせてしまったのですが、お手紙といっても、そんな緒的なものではないのです。はがきに、その月に食べた和菓子をいくつか描いて出しているのです」

「……は?」

「イメージとしては、絵手紙ってあるじゃないですか。あれに近いかもしれません」

慶子さんの言葉に、山路さんが絶句した。

それに慶子さんがいつになく目ざとく反応する。

「やっぱり、絵はよくないでしょうか。あまり上手いわけでもないし。文章で綴ったほうがいいでしょうか。原材料に小豆とか大手亡(おおてぼう)とか寒天を使っていますとか。そういえば、この間食べたお菓子は夢のように素敵でした。レモンがたっぷりと使われたしい琥珀羹だったんです」

「うまそう」

「おいしかったです」

北村君の相槌に慶子さんはほほ笑む。

「……わかった。よーくわかった。柏木さんの話で、鈴木との関係が。まぁそうよね、長期戦よね。よし。この話はおしまい!」

山路さんはそう言うと、機に載っていた袋から白い箱を取り出した。

「それでは、いよいよ今日のメインであります、お誕生日ケーキでございます!」

山路さんが箱を開けると、甘く煮たリンゴがたくさん載った円形のケーキが出てきた。

「あらためて、お誕生日おめでとう、柏木さん」

「うわぁ、素敵。激です。ありがとうございます。これ、山路さんが焼いてくださったんですか?」

「例のごとく、レシピ通りに作りました。これは、タルトタタンっていうケーキなの。このケーキの由來知ってる人いる?」

慶子さんと福地君は首を傾げるけれど、北村君がぼそりと「失敗から生まれたケーキってやつか?」と言う。

「博識だね、北村。その通り、これは失敗から生まれたお菓子なのよ。しかも、どんな失敗かっていった説もいろいろあるの。たとえば、リンゴタルトを作るのに生地をれるのを忘れてしまったとか、焦がしすぎたリンゴタルトをひっくり返してしまいできたとか、アップルパイ用のリンゴを煮詰めすぎたのを誤魔化すためにその上に生地を流し込んだっていうのもあって。ともかく、その失敗から、今にも殘るおいしいお菓子ができたってことよね」

失敗の言葉に慶子さんはがずきんと痛む。

けれど、慶子さんよりも大きなため息を吐く人がいた。

福地君だ。

「失敗といえばさ、聞いてくれよ。妹の夢子(ゆめこ)が胃腸炎になってすごく痩せちゃったわけ。両親も俺も心配でさ、でもそのあと、元気になってふっくらしてきて。俺さ、よかったな~って思って。『夢子、よくえたな』って言ったら、ぷんぷん怒って。ここ三日間、口をきいてもらえない」

福地君の妹の夢子ちゃんには、去年の九月に「壽々喜」で會った。

福地君たちは、遊びに來るおばあさんのために「ずすき」の丸いきんつばを買いに來たのだ。

「福地君のお気持ちはわかりますが、それでも『えた』は……し傷つくかも」

「そうだよな。いい意味で言ったんだけど、言葉の選び方って難しいよな」

妹思いの福地君は、しゅんとしている。

でも、言葉選びの失敗といえば慶子さんだってそうなのだ。

「わたしも実は昨日、お客さまを怒らせてしまいました」

「怒らせた? 柏木さんが? 信じられない」

そんな風に言ってもらえるのは嬉しいけれど、事実は事実なのだ。

「みなさんは、『水無月』って和菓子をご存じですか?」

「『水無月』? 六月って意味よね。うーん……。悪いけど、知らないわ」

山路さんが首を振ると、福地君と北村君も頷いた。

「実は、わたしも和菓子の本を読むまで知らなかったし、去年は食べていないのです」

「あれ? 和菓子なんだから鈴木の家で売ってたんじゃないの?」

「いえ、『壽々喜』さんでは去年までは販売していなかったんです。今年から――。あれ?」

慶子さんは、今さらながらに昨日の男客との會話を思い出す。

――「『水無月』って和菓子、売ってるんだろう?」

あのお客さまは「壽々喜」で「水無月」を売るのを知っているかのような口調だった。

でもそれは、どうにもおかしな話なのだ。

たしかに「壽々喜」で「水無月」は売る。

けれどそれは、山路さんたちに話したように、今年からなのだ。

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