《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》嵐を呼ぶ水無月 3

大學帰り、慶子さんはいつものようにアルバイトのため「壽々喜」へ向かった。

そして、いつものように一階の四畳半の事務室で制服に著替える。

事務室には電話やコピーとファックスの複合機、パソコンが置かれていた。

「壽々喜」の制服は、上下に別れた二部式の著だ。

「柏木さんには著を著てもらおうと思うんだけど、どれがいいかしら?」將さんからカタログを見せられたとき、慶子さんは怯んだ。

けれど、それは仕事著用の著で生地も洗濯もできるポリエステルと聞き、それならばと、將さんと一緒に選んだ。

結果決めたのが、ピンク地に小梅が散ったかわいらしい制服だ。

エプロンをつけて三角巾を被ると、やる気スイッチがりいよいよお仕事モードになる。

慶子さんが著替えて店に出ると、將さんが満足げな顔をした。

「柏木さん、今日もかわいいわねぇ。やっぱり、制服を著にしてよかったわ。お店が華やぐもの」

將さんの著も薄い緑が爽やかで、とても素敵です」

今まで白い上っ張り姿だった將さんも、この春から店で著を著る日が増えた。

將さんはそれを「柏木さん効果」と呼び、ちょこちょことあちこちを変えていく。

たとえば、店の前に寄せ植えが置かれたり、會計のときのキャッシュカラトリーが黒からスモーキーピンクに変わったり。

けれど、慶子さんはそれらを「柏木さん効果」ではなくて、將さんが一人息子のいない淋しさを紛らわすためのあれこれだと思っている。

師匠もそんな將さんの様子がわかっているのか、苦笑いしながらも黙認しているようだ。

「ところで、妙な話なんだけど。今日はやけに『紫花もち』が売れるのよ」

「『紫花もち』は人気商品ですよね。通常でも、他の二つの上生菓子よりもし多く作っているとお聞きしましたが」

「まぁ、そうなんだけど」將さんが考え込んだとき、店の奧で電話のベルが鳴った。

「あらあら。柏木さんお店番お願いね。なにかあったらお客さまにお待ちいただいて、わたしを呼んでね」

昨日の今日だ。慶子さんは大きく頷いた。

店に一人になった慶子さんは、袋や包裝紙やプラスチックの容の確認をする。

將さんがいたので、不足しているなんてことはないのだけれど、自分自の安心に繋がる。

そのあと慶子さんは、菓子の殘量の確認もした。

みたらし団子に、らかなこし餡がかかった餡団子。きんつばに大福。

季節の上生菓子は外郎生地の白い「鉄線(てっせん)」に、練り切り製のオレンジの「びわ」。

そして、紫や青のグラデーションのしい「紫花もち」が売られている。

そして「紫花もち」は將さんの言う通り、殘りが一つになっていた。慶子さんも去年「紫花もち」を見たときには、とても惹きつけられたので、人気の理由はよくわかる。

けれど「鉄線」だって負けず劣らずしい菓子だ。

「鉄線」とは、キンポウゲ科の落葉つる植の名前だ。六枚の花弁に見えるものは萼(がく)だという。

菓子は丸くまとめた白餡を薄くばした白い外郎(ういろう)生地で包み、その外郎で花弁の萼を作っていた。

菓子の中央には紫のきんとんが載っている。背筋がびるような、凜としたしい菓子なのだ。

外郎は、材料に砂糖や上新、白玉など加えて蒸す、もっちりとした厚みのある菓子だけれど「鉄線」で使ったように薄くばすと、その上品ならかさが際立つ。

材料や調理方法。

日々のアルバイトの中で知ることが増えるのが楽しい。

去年は客として通った場所に、今年は店側の立場で働いている。

縁とは不思議だ。でも、わくわくもする。

そして、いよいよ明後日は和菓子の日だ。「嘉祥菓子」の販売である。

「壽々喜」では、「嘉祥菓子」のように年になんどか行事と重ねた菓子の販売をする。

「嘉祥菓子」の容は、七つの饅頭だ。それをセットで売り出している。

慶子さんは先日、閉店後に師匠から今年の饅頭を見せてもらうという役得があった。

まずは定番の紅白のうさぎ饅頭。白がごま餡で赤がさつま芋餡だ。

そして、こし餡の葛饅頭に、栗がごろっとった栗饅頭、白餡の利休饅頭。最後の一つは――。

「この餡は枝豆ですか?」

それはところどころ緑の餡が表までけて見える、きれいな饅頭だった。

「そうだよ。枝豆の餡は、地域によって呼び方がいろいろあって『ずんだ』『じんだん』『ぬた』とも呼ばれ親しまれている。でも、こっちが知らないだけで、呼び名は他にもあるんだろうな」

それぞれの地域で、枝豆の餡がされていることがわかる。

「それで、この皮が薄い饅頭には名前があるのですか?」

「田舎饅頭や吹雪饅頭、やぶれ饅頭と呼ぶ地域もある。うちでは、田舎饅頭として出そうと思っているよ」

慶子さんは田舎饅頭を見ながら、今年は絶対にこれを食べたいと思った。

ふいに店の口に人影が見えた。

ガラス戸の向こうに、ベビーカーを押した、髪をゆるく巻いた若い母親の姿がある。

慶子さんはそのにアイコンタクトをすると、カウンターから出てドアを開けた。

「いらっしゃいませ」

「こんにちは。あの、紫花のお菓子を買いに來たんです」

「はい。『紫花もち』ですね」

慶子さんはからショーケースの『紫花もち』が見えるよう、橫にずれた。

「そうそう、あれです。昨日マンションの懇親會で見て、もう、絶対に買いに來ようって思ったんです」

「ありがとうございます。ご用意しますね」

準備をしながら、慶子さんは考える。

昨日のマンションの懇親會、つまり、お客さまは最中屋のおやじさんのマンションの住人なのだ。

「ご存じかもだけど、うちのマンションの大家さんが最中屋さんで、こちらの店長さんとお知り合いなんですって。それで、懇親會のお菓子は和菓子を三種類用意したなんて言ったんだけど、正直言って和菓子なんてなぁ、あまり食べないしなって思ったら。出てきたのが寶石みたいにきれいなお菓子で。そこからもう、撮影會。一気にそれでみなさんと仲良く打ち解けたの」

「それは、栄です。みなさまに喜んでいただいたと、店主に伝えます」

の話では、その場でSNSに載せる人もいたそうだ。

……もしかして『紫花もち』の人気は、そこから?

「あと『水無月』って、お菓子、あるんですよね。最中屋のおじさんが縁起のいいお菓子だって。それを、このお店で売っているって教えてくれたんです」

あっと思う。これは、將さん案件だ。

「『水無月』ですね。々お待ちください」

慶子さんが、奧へと將さんを呼ぶと、ちょうど電話を終えた將さんがすぐにやってきた。

將さん『水無月』について、お客さまからのお問い合わせです。マンションのオーナーさんである最中屋さんからお聞きしたそうです」

將さんが笑顔でに向き合う。

「お客さま、大変申し訳ございません。『水無月』ですが、実は神社で行われます夏越の祓と関係したお菓子のため、その神事が行われる六月三十日に合わせて売り出す予定なんです」

「そうだったんですか? おじさんは、もう売っているような言い方でしたが、わたしの聞き間違いだったのかも……。それで、夏越の祓ってどんなことをするんですか?」

「すぐそこに神社がありますよね」

「うちのマンションの、あのそばの神社ですか?」

「はい、そうです。あの神社に人が通れるくらいの大きな茅のができるんですよ。そこを通ることで半年分の汚れを祓って、次の半年また元気にがんばろうって。『水無月』はそのときに一緒に召し上がっていただきたいお菓子なんです」

の目が大きく開く。

「なんか、楽しい。子どもの教育にもきっといいですよね。そのお菓子、もう予約できますか? この町に越してきてよかった」

にこにこ顔の將さんだけれど、目は笑っていなかった。

報源は、最中屋のおじさんだった。

そして多分、あの男も懇親會に出ていた一人で、雨の中なにかしらの理由で「壽々喜」まで「水無月」を買いに來たのだ。

が店を出たのを見屆けると、將さんは勢いよく奧へいき、最中屋のおやじさんに電話をかけた。

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