《6/15発売【書籍化】番外編2本完結「わたしと隣の和菓子さま」(舊「和菓子さま 剣士さま」)》嵐を呼ぶ水無月 7(最終話)

6/16は2話アップしています。

慶子さんが神社に行くシーンを未読の方は、この前の話、6話へどうぞ。

さて、京都にいる鈴木學君は、修業先の和菓子屋の寮で生活をしていた。

寮は、昔ながらの家を改築した、なかなかに趣のある建だった。

木製の低い門をくぐる。

すると、すぐ目の前に狹い庭があり梅の木が植えてあった。

梅の木の右のガラスのはまった引き戸をあけると、土間のような玄関兼食堂がある。

それを抜けて二階への階段を上がって突き當りに、學君の部屋があった。

ちなみに、部屋は一階に四部屋と二階に六部屋の計十部屋だ。

どの部屋もベッドと洋服ダンスで一杯の狹いものだったけれど、窓からはいい風がった。

寮の郵便ポストは共同なので、個人報などない。

そこに月に一度、學君あてに柏木慶子さんからのはがきが屆く。

それは、學君が想像した「手紙」とは大きく違ったけれど、でも、なんというか彼らしくてやっぱりいいなと思ってしまう自分は、相當やられていると思う。

街中で、柏木さんの好きそうな封筒と便箋を見つけたので送ろうかと思ったけれど、それではまるで、長い手紙をしているようで(していたのだが)、やめた。

そもそも、學君は彼の住所を知らなかった。

卒業式の日に彼が手紙をくれると言った時點で、そこらへんの報確保といった認識が甘くなってしまったのだ。

失敗だ。

けれど、その失敗のおかげで、思いがけず彼と話すことができた。

それにしても、好きなの子の聲の破壊力は、半端ない。

――「きっと柏木さんも好きだと思う。だから――」

だから、おいでよ。

自分でも信じられないけれど、あの瞬間、學君は柏木さんを京都におうとした。

柏木さんが京都に來てくれたとしても、案などできるような暇などないのに。

それなのに、柏木さんに「京都に行きたいです」と言わせたかった。

……ダメだ。相當どころじゃない。

完全にやられている。

學君は首を振ると、彼から屆いた四通目のはがきを手にとった。

昨日屆いたそれには、父が作った「水無月」が描いてある。

それを見ると、胃がぎゅっとした。

父が考えた「水無月」は、上下二層になっていた。

下の層は「水無月」でよく使われる外郎(ういろう)、ではなく葛だった。

葛に黒糖と寒天も加えられたものだ。

その上は、寒天にこし餡を混ぜたものを使っていた。

形のある豆は一粒だけ。

丹波の黒豆を皮までらかく甘くしたものだけだった。

柏木さんの説明によると、食べを飲み込む力が弱くなってきた人でもにつかえない「水無月」を目指したのだという。

そんな風に、父が新しいことに向っているのかと思うと誇らしい気持ちになるけれど、どこか心の底にざらりとした嫌な痛みもじる。

負けたくない人がいる。

その人は、息子なんか忘れたように自分の道を進んでいる。

早く一人前になりたい。

でも、じっくりと學びたくもある。

狹い部屋、あっと言う間の窓辺に學君は立つ。

京都の暗闇が広がる。

とても靜かである。

貓が鳴く聲さえ、響きそうな夜である。

多分、先輩に怒られるだろう。

でも、かまわない。

先の見えない遠い闇に向けて、學君は大きく息を吸うと「負けねーぞ」と、んだ。

若者は吠えるのです。(多分)

そして、これにて番外編終了でございます。

書籍化作業の勢いのまま、書いた2本の語。

勢い、大事です……。←長いこと、勢いがなかったヒト。

楽しんでいただけたら、嬉しいです。

もしかすると、すでに書籍を読んでくださった方もいるのかも?

地方だと発送が遅いとも聞き、わたしもそわそわ心配してしまいます。

この語は、みなさまに育てていただいて、みなさまの目の前で書籍化していった語です。

ほんとうに、ありがとうございました!

語へのお禮は語で。

みなさま、また、次の語でお會いしましょう!

鈴木君が慶子さんに見せたかった京都の緑です。

本當に、きれいでした。

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