《【書籍化】中卒探索者ですけど今更最強になったのでダンジョンをクリアしたいと思います!》第30話 ヤンデレ探索者!
「こんな所で、どうしたの? ハヤト」
「人違いですね。じゃ!」
ハヤトは流れるようにエリナの手を摑んで踵を返すと、シオリに背を向けて颯爽(さっそう)と帰っていく。
「どこかに行く用事でもあるの?」
だが、そんなことなど一切気にした様子も見せないのがシオリだ。彼はハヤトのすぐ隣に並んで耳元にとても冷たい聲で尋ねてくる。怒らせたのかと勘違いする人もたまにいるが彼にはこれが素だ。
「お兄様、こちらの方は……?」
シオリ初見のエリナが反応する。
ダメダメ! 無視が一番!!
「妹? そう。ハヤトには妹がいるって言ってたね……。そっか、仲直りできたんだね」
「人違いです。人違いです。俺はハヤトじゃないです」
「そう? でも、さっき指紋みたけど……一緒だった。五本とも、そんな偶然あるかな」
《……なんだって?》
の目に映る景をヘキサが見る。
「耳の形も一年前と変わってないね。髪のを切るときに左側の切り口がし雑に自分で切る癖も、食事をするときに右の奧歯に力を込めちゃう癖も、し焦った時に首の後ろに汗をかく癖も、手を握るときに尺骨付近の筋から力を抜く癖も、歩くときの重心移の癖も、あれ? 最近、筋トレ始めたの? ううん、違う。筋に栄養が行ってるね。じゃあ食事がちゃんとし始めたのかな。前と比べてAGIが12も上がってる。腳のきが前よりし速いんだ。けど、ちょっとぎこちないかな。多分、ステータスが上がり始めたのは2……違うな。3週間くらい前かな? ねえ、ハヤト。さっきの聲を二年前の聲と比べたけど、やっぱりHz(ヘルツ)の誤差は無かったよ? 高さは一緒、多分聲紋も一緒だよね? ねえ、ちゃんと目を見せて。そしたら瞳孔で分かるから。ちゃんと聞いてる? うん、聞いてるよね。だって、ハヤトの鼓がさっきよりも毎分15回以上も上がってるんだもん。それだけじゃない。熱も0.3度上がってるね。可いね。前となんにも変わってないね。ねえハヤト、私も好きだよ」
「俺は好きじゃねえよッ!!!!!!」
「照れちゃってぇ~」
エリナもヘキサもドン引きである。
「どういう風に考えたら俺がお前のこと好きってことになるんだよ」
「私と出會ったことでハヤトの溫が上がったから。でアドレナリンとかノルエピネフリンが心拍數を上げてるからんでしょ? 私から逃げたのはドーパミンが挙不審を引き起こしたの。違う?」
「違ぇよ。こっちはの危険をじてアドレナリンとオステオカルシンが出てんだよ」
「またまた~」
「まったくもって話を聞かねえその癖は治ってねえな……」
ハヤトも観念して自分を否定することは止めた。
「お、お兄様。こちらは?」
「シオリ、自己紹介」
「藍原詩織16歳。二年前にハヤトと運命的な出會いを果たしたの」
「そ、そうなんですか」
「うん。一目見た時に思ったの。あぁ、私はこの人に殺されるんだなって」
「…………はい?」
「そうだよね、ハヤト。思ったよね」
「思ってねぇよ」
これは、一つの不幸な事故のようなものなのだ。二年前の荒(すさ)んだハヤトにとって、誰かが道に立ちふさがっていたら「退(ど)けろ! ぶっ殺すぞ!!」とんで無理やり突破していた。その時、たまたまシオリがそこにいた。
それで何かを勘違いしたシオリに付きまとわれているのである。
「ねえ、ハヤト。私ハヤトに殺されるために強くなったよ? ねえ、いいでしょ?」
「何がいいんだよ」
「ね、斬り合おうよ。殺し合おう?」
「やだよ」
「あの、一つつかぬことをお伺いしますが……」
青ざめた顔でエリナが口を開いた。
「シオリ様は死にたいのですか?」
「ううん。生きたいよ? けど、ハヤトならいいかなって」
「いいわけないだろ。俺を殺人犯にするのかよ」
「書書けばだいじょーぶ」
「大丈夫じゃねえよ。お前、高校通ってるんだから常識つけてきてくれよ……。頼むからさ………」
「なんかお兄様がその臺詞を言うのはし違和がありますが……どうにも説得力ありますね」
「常識は、あるよ……。ハヤトより」
「………………」
無視無視。
「それでハヤトはどうしてここに來たの?」
「武を見に」
「私と一緒だね」
「あ? ついに壊れたか」
「私のじゃない。私の……弟子の」
「ああ、弟子育(バンド)システムか」
Aランク以上の探索者は弟子の育が義務付けられている。ダンジョンは人類にとっての寶庫。そこから數多くの寶を持ち帰るトレジャーハンターたちが何かの拍子に全滅しようものなら、それは自國だけではなく世界にとっての損失である。
故に、トップランカーたちには自らの技を後輩たちに伝える義務があるのだ。ちなみに、弟子は何人とってもよくダイスケも數人ほど取っている。普通は一人なので、彼の人柄が出ているといえるだろう。
そもそもシオリの武は魔剣と呼ばれるダンジョン産の鬼強い武である。ちょっとやそっとじゃ壊れないだろう。
「その弟子は……今日は來てないか」
「うん、學校があるから」
「あー……」
ハヤトは學校を辭めてからもう二年になるから、平日には學校ということをふとすると忘れていることがある。ちなみにシオリは超有名大學の付屬高校に名前を貸すという形で高校生になっている。
もちろん學費は無料。制服代や教科書代すらも學校が負擔している。全ては學校の名をあげるためだ。シオリが何かの功績を上げるたびに○○高校の藍原詩織という名前が出るのだ。素晴らしい広告塔だろう。このままいけば大學までエスカレーターで行くという話を去年聞いた。羨ましい限りである。
「それでハヤトはどうして武を見に來たの? あの短剣、壊れたの?」
「ん……。まあ、そんなところ」
別に正直に伝える必要もないだろう。シオリだし。
「じゃあ早くはいろ? 私が口利きしてあげるから」
「いいよ。別に見に來ただけだし」
「いいの。遠慮しないの」
そういって子高生に腕をつかまれて引きずられる中卒探索者。
「いや、マジで要らないんだって……。痛い痛いいたいっ! なんつー握力してんだ!」
「この間、力測定で測ったら85kgだったよー」
「えっ。林檎(りんご)砕けるじゃん」
「うん。林檎ジュースが飲みたくなったら呼んで」
ちなみにだが、前線攻略者(フロントランナー)の中では低い値だ。ハヤトも自分では気づいていないものの、70kg近くまで握力は上昇している。ダンジョンでを鍛えるということはそういうことなのだ。
ギネス記録もここに來て連日更新され続けているので、最初はニュースとして取り上げられていた記録も最近ではニュースにすらならないのが現実だ。連日世界記録更新のニュースを聞かされるなんていったい誰が予想しただろう。
「お、お兄様。早くりましょう。その、他の人たちに見られています」
「ん? あぁ、ほんとだ」
シオリは有名人だ。テレビ、雑誌、新聞は勿論、Youtubeでも彼が出るだけで相當の再生數が約束されるらしい。
Youtubeを一回も見たことないからよく知らないけど。
そんな有名人が平日の晝間とは言え、人通りのなくない道にいるのだ。當然、人の目が集まるだろう。野次馬たちはシオリの肖像権など気にした様子も見せずにパシャパシャと寫真を撮っている。
《……気分の良いものではないな》
(あぁ)
「おい、シオリ。さっさと行くぞ」
彼とて勝手に寫真を撮られるのは本ではないだろう。そう思って、ハヤトはシオリの手を取って武屋に向かった。その瞬間、
「いぇーい」
彼はすさまじい力でハヤトを引き寄せ、腕を組むと寫真を撮っていた男に向かってピースをした。
「……なにやってんの?」
「勝手に撮られたから」
「俺の肖像権は?」
「ギリギリ、カメラの畫角の外になるように調整した」
「……本當かよ」
ハヤトはため息をつくと、シオリたちと共に武屋にった。
シオリのそれが、彼なりの照れ隠しだと気づいたのはエリナとヘキサだけだった。
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