《【書籍化】中卒探索者ですけど今更最強になったのでダンジョンをクリアしたいと思います!》第35話 すべきことは
「行こう」
そう言ってハヤトは踏み込んだ。その時、ヘキサは気が付いた。ハヤトの目に炎が燈っている。それは覚悟の炎に似て非なるもの。
「ォォオオオッッツ!!」
ミノタウロスは飛びこんできたハヤトめがけて鉈を振り下ろす。接する瞬間、ハヤトはわずかな瞬間を見切って、盾で鉈をらせるとがら空きになった鳩尾(みぞおち)に蹴りを叩き込む。散った火花がハヤトを歓迎するかのように煌(きら)めいた。
を“く”の字に折り曲げたミノタウロスの顎に掌底(しょうてい)。打ち上げるようにして振り上げた手が確かな手ごたえをじさせる。顎を強(したた)かに打ち付けた。普通なら、脳震盪を起こすだろう。だが、敵は53階層の階層主(ボス)なのだ。
「ふっ!!」
さらに隙を見せたミノタウロスの仏を強打。思わぬ三連打にミノタウロスが苦しい聲を上げる。
ハヤトは著地すると同時に盾でタックル。己の重を存分に乗せた一撃は3mの巨軀といえどもを揺らすことには功。
その瞬間、ハヤトは盾を投げ捨て跳躍。鉈という長を扱う相手にとっては絶対避けたい超至近距離(ゼロレンジ)において腰の捻りを活かした一撃を右目に叩き込んだ。それはミノタウロスが右手で鉈を持っていたため、右目が利き目ではないかとの判斷。
ずりゅっ! とハヤトの貫(ぬ)き手が眼球のらかいを捉えるとそのまま目を摑むと視神経ごと引きちぎる。この間、わずかに30秒。
《……凄い》
ハヤトの記憶を見ていたヘキサは、目の前に広がっているこの現実に思わず息をのんでしまう。ハヤトのきは人間のソレではない。
それも當然。天原の一族は払魔の一族。
人ならざる者を払い続けてきた一族だ。魔(モンスター)を倒すことは、生まれた時よりの使命である。
右目を失ったミノタウロスは先ほどまでの笑みを止めて、顔に厳しい表を浮かべている。ここからは一切の油斷をしないということか。
「來いッ!」
「ウォォォオオオオオオオオッッツ!!!」
ミノタウロスの咆哮が狹い通路に響き渡る。剎那、その巨からは信じられないほどの速度で飛び込んできた。地面すれすれまで鉈を立てると、そのまま斬り上げ。縦方向に一切の逃げ場がないその攻撃を、鉈とミノタウロスの間にをり込ませて回避。
そのまま地面に転がると、今のところ唯一の武である盾を拾い上げる。牛頭鬼(ミノタウロス)は牛(・)だが、ハヤトが回避したことに気が付くと、を反転。今度は橫薙ぎでもって攻撃。
ハヤトはかがんで回避。だが、ミノタウロスはそれに合わせてきた。ハヤトの防である鎧部分に直撃。中級者向け(ミドルレンジモデル)が々に砕け散る。
しかし狹い通路に4mの鉈は長すぎた。ガッツ!! と金屬に金屬が食い込むような重低音とともにミノタウロスの鉈が壁に食い込んだ。
その隙を見逃さない。ハヤトは地面を蹴って、鉈を足場にミノタウロスの首に抱き付くと反を利用してそのままミノタウロスの首を背中方向に捻じ曲げにかかった。
「ォォォオオオオ!!!!」
ミノタウロスは自分が背骨ごとへし折られるということに気が付き必死の抵抗。首に抱き付いているハヤトに手をかけるが、それと同時にハヤトは全力で首を背中方向に捻じった。
ミシッ!! と異音が響くと同時にハヤトは背中を蹴って離(りだつ)。一拍遅れてミノタウロスの手がばされていた。だが摑んだのはハヤトの砕けた防だけ。
“インストール完了”
“【暴帝:覇王】がインストールされました”
“よって以下のスキルの上限が解放されます”
“【強化】Lv3 → Lv5”
“以下のスキルが発します”
“【強化Lv5】【質貫通】【威圧】【乾坤一擲】【神速】”
結合技巧(ワンセットスキル)【暴帝:覇王】は一切の防を顧みない攻撃特化のスキル。己が命を燃やし、戦場にて誰よりも先頭に立つ狂王のスキルだ。
故にハヤトは飛び出した。
「シャァァァアアアアア!!」
ミノタウロスは壁に食い込んでいた鉈を手にとると、殘った左目を蒼く輝かせた。
《下がれ! スキルだっ!!》
ヘキサの聲と、暴風の如き暴力は同時に放たれた。
ズガガガガガガガガガッ!!!
鼓が破けるような轟音でミノタウロスの周囲が削れていく。攻撃スキル【颱(かぜ)の調べ】。やっていることは【狂騒なる重撃】に近い。だが、【狂騒なる重撃】が一點に攻撃を集中させるタイプのスキルであれば、こちらの【颱(かぜ)の調べ】は範囲制圧に優れている。
しかし、ハヤトにはパッシブスキル【神速】が発している。
故に、全てのきが見切れる。
ハヤトは攻撃の一つ一つを見切りながら地面に倒れていた『戦乙‘s(ヴァルキリーズ)』を拾い上げて範囲外に出した。
「フゥウウウウウウウウッ!!」
ミノタウロスの口から蒸気のような吐息が上がる。上がり切った溫を吐き出したのだろう。
「アアアァァァアアアアアア!!!!」
さらに流れるようにしてミノタウロスの目がった。
《チッ! アイツ、防スキルを使いやがった!!》
「何か分かるか!?」
《……【鉄壁】……いや……【天護(あまごもり)】かッ! 厄介だな!!》
「……どんなスキルだ」
《一日30分しか使えないが理攻撃の90%をカットするスキルだッ! 嫌なタイミングで使いやがった!!》
「……なるほど」
その瞬間、ハヤトは右手に抱えていた盾を投げ捨てた。
《お、おいッ! 何をッ!!》
「ここで決める。俺の戦い方は30分も持たないんだ。せいぜいが5分。これ以上は苦しい」
ヘキサはその言葉がなくとも理解できるものはあった。人ならざる挙を30分も続けられるのであればハヤトはヘキサが來なくとも前線攻略者(フロントランナー)に居続けただろう。
ハヤトがやる気というのはミノタウロスにも伝わったらしく、鉈をまっすぐ突くように構えた。間違いない。【狂騒なる重撃】を放つつもりだ。
「……天原の技に、名前が付いているものはとてもない」
その瞬間、ハヤトが取り出したのは狀態保存珠(ホルダージュエル)。それを五つ。手に取った。
「だがいくつかの技には名前が付けられている。何故だか分かるか?」
《……いや》
「必(・)殺(・)技(・)なんだよ」
《まさか》
「まァ、見せてやるよ」
ハヤトは【強化Lv5】を発。それを狀態保存珠(ホルダージュエル)に保存すると、スキルをいったん解除。狀態保存珠(ホルダージュエル)を発し、強化された狀態に自分のを上書きすると【強化Lv5】を再び発。それを狀態保存珠(ホルダージュエル)に保存する。
「俺には才能が無かったから、使える技はそう多くない。せいぜいが二つ。中でも上手く使えるのはこの一つだけだ」
そう言ってハヤトは右の拳を大きく後ろに引くと左手で全のバランスを取るようにぐっと前に突き出した。それはまるで、仏敵を討ち払う仁王像のように。
その瞬間、最後の狀態保存珠(ホルダージュエル)が砕けた。彼がしているのは強化の重(・)ね(・)が(・)け(・)。理の90%がカットされるなら、その上から毆り飛ばせばいい。
最も単純。最も簡単。
「技『星走り』」
ハヤトは【武創造】によって籠手を産み出した。覆いかぶさるようにして生まれたそれが顕現する。
「往くぞ」
剎那、ハヤトが蹴った音がヘキサに屆くよりも速く、彼は巨軀と激突。
『星走り』の仕組みはとても単純だ。そもそも激突の衝撃(インパクト)は速度と重さで決まる。だからあまねく武道家たちは重の乗った一撃を重視するのだ。
故に、天原の初代當主は考えた。最も拳の威力を高めるにはその瞬間に全ての重さが乗っていれば良いのではないか。彼はそれゆえに長きに亙って特殊な重移をに著けたのだ。
だが、それはあくまでも條件の半分しか満たしていない。
さらに必要なのは速度だ。どれだけ重たくとも、當たらなければ意味はない。そこで初代が目を付けた先に「地」と呼ばれる特殊な歩法があった。瞬きする間に距離を詰めるその技を極限にまで磨き切る。その結果、技を放つ瞬間は音(・)速(・)を超えたという。その二つが合わさった先にあるのは回避不能、乾坤一擲の一撃。
だが忘れるなかれ。これら全ては強化を行なっていない素のでし遂げられるのだ。
五重の強化が乗った彼ならば、
音の壁など、容易に超える。
剎那にして音速を突破した彼のからソニックブーム。らかい人のが耐えきれずに裂けるとの痕が宙に尾を付ける。それはさながら夜空に煌めく流れ星のように見えるだろう。
故に、『星走り』。
ハヤトの拳がミノタウロスに叩き込まれた瞬間に、ミノタウロスは【狂騒なる重撃】を発する――はずだった。だが、彼の認知速度を遙かに上回る一撃によってそれはし遂げられることは無く。
「吹き飛べえッ!!」
【質貫通】と【乾坤一擲】の両方のスキルを同時に発。ハヤトの拳はミノタウロスの鳩尾へと叩き込まれる。そこでハヤトは腳を踏ん張ると、大きく振りぬいた。
発的な轟音。衝撃波がダンジョンの中を吹きすさぶ。
拳によってその巨は宙を舞うと數十メートルは離れたダンジョンの壁に激突し、さらにその壁を砕いて吹き飛ぶと二つ目の壁に激突した。それだけでは到底エネルギーは無くならず、ミノタウロスがぶつかった壁が放狀に亀裂がる。
ミノタウロスは力なく手をハヤトにばしたが、だらりと腕が地面に倒れ、黒い霧となって霧散した。
「……ふぅっ」
殘心。
「二度とその面(ツラ)見せんじゃねえぞ牛野郎ッ!!」
終わるや否やハヤトはドロップアイテムに向かって中指を立てた。
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