《【書籍化】中卒探索者ですけど今更最強になったのでダンジョンをクリアしたいと思います!》第2-19話 期待が重たい探索者!
羨(せんぼう)の眼差しでハヤトを眺める澪。
(……どうする)
《さぁ、どうにかしてあげればいいんじゃないか》
ヘキサは割と適當にけながすと、空中を漂いながら大きくあくびをした。
「ええっと、その……イケメンっていうのは」
「師匠のことですよ!」
「…………」
生まれて初めて言われたかもしれない単語にハヤトは照れるというより普通に恐怖を覚えた。
「……まあ、いいや。澪……ちゃん、でいいか」
「澪でいいです! いえ、師匠に名前を呼ばれるのもおこがましいです! お前でいいです!!」
(……もうやだ)
《泣き言を言うにはまだ早いぞ》
(なんで俺の周りにはマトモな人が咲さんしかいないんだよっ!!)
《いい言葉を教えてやろうか》
(なんだよ)
《類は友を呼ぶ》
(…………)
心機一転。自分はこの子の師匠だと心に叩き込んで想笑いを浮かべた。
「じゃあ、澪ね。澪はダンジョンに潛った経験は……何してんの」
ハヤトが名前を呼ぶたびにをくねらせる澪。
「いぇ……その……師匠に名前を呼ばれるのって良いなぁって」
「咲さん。どうにかしてください」
「好かれていて良いじゃないですか」
「本気で言ってるんです?」
「えぇ。仲が悪いより、良い方が良いですよ!」
「それはそうですけど」
こちらを肯定してくれるのは良いのだが、あまりに肯定ばかりされていると気持ち悪さを覚えてしまう。ハヤトは基本的に周りの人間から否定されながら育ってきたのである。こういう人間は新鮮という意味でも、苦手だ。
「ダンジョンに潛った経験は?」
「ないです! 初(・)め(・)て(・)は師匠と」
「わかった、一階層は……防無しでいいか」
防はを守るためのものであるが、當然重たい。高階層なら良いが一階層のように淺い階層では逆にそれが枷(かせ)となって邪魔になる場合がある。日本で初めてダンジョンに潛った時の『始まりの悲劇』と呼ばれる事故以降、そういう風ができあがったのだ。
「咲さん、武の貸出(レンタル)をお願いします」
「分かりました。何にします?」
「澪、使いたい武はあるか?」
「師匠が決めたものならなんでもいいです!!」
「……じゃあ、短剣で」
柄がみじかく小さな軀の澪でも扱いやすい上に、とにかく癖がない武だ。初心者としてはもってこいの武だろう。
「分かりました。処理を終えたので武庫にどうぞ」
咲の言葉に謝を告げてハヤトと澪は武庫に向かった。
武の貸出(レンタル)は初めてダンジョンに潛る探索者なら誰しもがけることのできるサービスの一つだ。サービスといっても無料ではなく、當然金がかかる。無論、ハヤトが支払うつもりだ。弟子から金をとる師匠なんぞいないだろう。
「師匠〜」
「どうした?」
「呼んだだけです〜」
そう言ってニコニコ笑う澪。
……やりづらいなぁ。
《知ってるか、ハヤト》
(何が)
《い頃に親からを貰えなかった奴はひどく人を避けるか、ひどく人との距離が近くなる。他人との距離が摑めないんだ》
(……だろうな)
ハヤトが前者であるならば、澪は。
《なくとも、お前の出した“條件”に見合うのがその子だ。お前が決めたのなら、生半可な覚悟で彼にあたるなよ》
(あぁ。分かってる)
ハヤトの出した條件は二つ。
一つ目は、家庭がひどい貧困狀態にあること。
二つ目は、その現狀を変えたいと強く願っていること。
貧困にあったハヤトがヘキサに救われたように、ハヤトも誰かを救いたいと思ったのだ。
だから、
(俺に出來ることはやるつもりだ)
ダンジョンが出來てから、貧困層にあたる男は我先に探索者へとなった。それは確かに格差を埋める上ではよかったのかもしれない。しかし、どうしても力で劣ってしまうは探索者へとりづらかった。もし、ダンジョンが社會であるなら制度である程度の底上げはできただろう。
しかし、そこにあるのは命のやり取りを繰り広げる地獄である。命を失うのが怖いと思うのは當然、責められるようなことではないだろう。だから、未だに貧困層にいるのメインワークはセックスワークだ。
ハヤトは社會のことに対してそこまで詳しいことは知らない。だが、自らがそこにいたのだ。どうにかしなければならないということくらい、頭にっている。
「……ついたぞ。ちょっと待ってろ」
「いつまでも待ちます!!」
「…………」
何だろう。忠犬みたいだ。
「うーん。これなんかどうだ」
ハヤトは澪に短剣を手渡すと、彼はそれを手に取った。だが、
「違う違う。包丁握るみたいに握っちゃダメ」
「す、すいません!!」
ビシッと、90度直角に頭を下げる澪。
「そんなに頭を下げなくて良いから……」
やりづれぇ……。
「持ってみて振りにくいとかある?」
「……えっと、今のところは特に……」
「まぁ、戦ってみないと分からんか。それを持って行こう」
「はいっ!!」
ということで二人は転移の間に移。
「この寶珠をって行きたいところを念じれば移するんだが……最初だし、何も考えなくても勝手に移するはずだ」
「は、はい!」
流石にダンジョンに潛るとなると張するのか、ガチガチに固まっている澪。
「パーティーで潛るときは同時に寶珠にれるんだ。こうやって」
未だにきがい澪の手をとって共に寶珠にれる。
「あっ……」
そういって澪が顔を赤らめると同時に部屋の中に転移のが満ちた。世界が暗転し、ぐるぐると自分の居場所が分からなくなっていく。その覚が最高に達しようとする瞬間にぱっと目の前が明るくなった。
久しぶりにみる迷路エリアに懐かしさを覚えながらハヤトは息を吐いた。
「ついたな」
「し、し、師匠! 手が! 手がれています!!」
「あ、ごめん」
「いえ! もう手を洗わないので大丈夫です!」
……それ本當に大丈夫か?
「澪はダンジョンに関してどれくらい知ってる?」
「……何にも知らないです。ごめんなさい」
「良いよ、いちいち謝んなくて。そうだな。じゃあ、「始まりの悲劇」は?」
「えっと、社會の時間にやりました!」
「そっか。じゃあ、ダンジョンは怖い?」
「……はい」
「始まりの悲劇」
それはダンジョンがまだ、一般に公開される前の事件である。ダンジョンが出來た當初、警察たちがダンジョンに潛っていったのだが、ほとんどが逃げ帰るようにして戻ってきた。そして中には化がいたと。次々にそういう警察の話を聞き、日本政府は自衛隊を投することを決定。
自衛隊に重火の使用が許可され制圧裝備で固めた自衛隊員がダンジョンにっていった。――――まだ、モンスターに通常火が通用しないと知られる前の出來事である。
彼らが潛ったのは一階層。迷路狀になっており、まだ松明(たいまつ)がエリアに設置される前である。とにかく視界が悪く、鈍重なフル裝備は人が乗って初めて現れる罠に対して反応が遅れた。そして、何よりもスライムと呼ばれるモンスターが猛威をふるった。
この敵は人の呼吸より侵し、死に至らしめるモンスターである。視界が悪い中、覚がまったく機能しないフル裝備の上を這いずって自衛隊員の鼻や口を覆い、次々と窒息死させた。投されたのは30人。うち、生きて帰ってきたのは5人である。
そのうち4人は重度のPTSDになり、自衛隊をやめた。殘る一人はその悲劇を繰り返さないようにと、探索者として今も第一線を走り続けている。
「あれは悲劇だけど、俺たちがダンジョンに潛るときの教訓にもなっているんだ」
「教訓、ですか」
「ああ。一つ、武はダンジョン産を使うこと」
「なるほど」
「よく勘違いされるのが、外で売っている包丁とか近接武ならモンスターに攻撃できるんじゃないかって奴だ。近接武だろうと、遠距離武だろうと、ダンジョン以外のもので攻撃はできない。例外は自分のだ」
「か、ですか」
「あぁ、人間の拳や蹴りはモンスターに有効だ。もちろん、そんなんで潛る馬(・)鹿(・)はいないが」
「で、でも師匠ってパンチでモンスターを倒したんですよね」
「なんで知ってんの」
「あの、アイドルの人たちが言っていました。『戦乙‘s(ヴァルキリーズ)』みたいな名前の」
ユイが犯人だな。あとで怒っておこう。
「まあ、あれは例外の例外だ。今はそんなことより、もっと基本をおさらいしよう。そして、學ぶべき二つ目の教訓は、裝備を過剰にしないだ」
「な、なるほど」
「そして三つ目は敵の弱點をよく知ること。それができれば十分だ」
「わ、分かりました」
「一階層でよく出てくる敵にスライムというやつがいる。これはの中心にある核が弱點だ。というわけで戦ってみよう」
「えっ!? も、もう戦うんですか!!?」
「あぁ。習うより慣れろっていうだろ?」
「わ、分かりました! 師匠がいうなら!!」
と、そういう話をしていると都合よくスライムが二匹現れた。
「し、師匠! に、二匹もいます!!」
「複數敵が現れたら、一一倒せば良い。だけど、今は初めてだから俺が片方倒そう」
そう言って生み出した槍でぶすり、とスライムを貫く。対処法さえ知っていれば雑魚も雑魚のモンスターだ。スキルインストールも一つとして反応しないあたりにそれが伺えるというものである。
「は、速いです! 流石師匠!!」
「スライムでそんなに褒められてもあんまり嬉しくないなァ……」
何でもかんでも褒めれば良いってもんじゃないのだ。
「か、核ですね! みつけた!!」
そう言って澪は短剣を振るが、カツンと可らしい音をたててダンジョンの床と短剣がぶつかった。腰もっていないし、敵をちゃんと見れていない。ズブの素人丸出しの攻撃だ。
「落ち著いて、もう一回だ」
「はい!!」
《なんか運部のコーチみたいだな》
(知らないで例えるの止(や)めてもらっていいっすか)
《えっ、お前部活やったことないの……》
(ないよ。悪かったな)
《なんか、ごめん》
「えいっ!!」
二回目の攻撃はスライムのを捉えたが、核までには至らない。
「大丈夫だ。もう一回」
「はいっ!!!」
三度目の正直というべきだろうか。突き刺さった短剣がスライムの核を切り裂いた。
「や、やりました!!」
「よくできた」
スライムは黒い霧になると共に、ドロップアイテムとしてスライムボールを落とした。粘著と弾に富む球狀のである。工業関係でよく使うらしいが、一階層で手にるとあって一つあたり大20円くらいだ。
「えへへ〜。師匠に褒(ほ)められましたぁ〜!」
そう言ってニマニマ笑う澪。
「うーん。短剣はあんま向いてないかも」
「そ、そうですか!? せっかく師匠に勧められたのに……」
「適見に來ただけだから気にするな」
片手剣とかにしてみようか。それとも、短槍の方がいいだろうか。
《私としては槍だな。リーチもある》
(ううん。それもそうだが、澪が取り扱うにはし難しいぞ)
《確かにそうだが、武すら持ったことない子だろう。これからに期待だ》
気がつけば大真面目に適について考えているハヤト。
「どうしました? 師匠」
「いや、なんでもない。一回、武を変えに上がろう」
「はいっ!!」
頭の中では彼をどう育てるのかでいっぱいである。
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