《【書籍化】中卒探索者ですけど今更最強になったのでダンジョンをクリアしたいと思います!》第2-29話 覚悟を決める探索者!
次の瞬間、鬼は消えた。
……なくとも、その場の人間で捉えることができた人間はごく數だった。
しかし、それに気がついた探索者が一人、狙われているダイスケを護ろうと盾を構えて飛び込んだ。
剎那、響いたのは音に似た衝撃波。全ての探索者がその音に弾かれてソ(・)レ(・)を見た。
「……なに、あれ」
ぽつりと呟いたのはユイだった。
そこにあったのは、下半だけの探索者であった。
ハヤトはかろうじて目で捉えていたからわかる。彼は盾役(タンク)だった。分厚い盾に防系のスキルを持ち、生半可な攻撃では傷もつかない。
そんな男のはずだった。
だが、そこにあるのは殘された下半だけ。なら、上半は。
「……うぇっ」
カオリがそれを見て吐きそうになる。無理もない。
彼の上半は消(・)し(・)飛(・)ん(・)で(・)いるのだから。
防は通用しない。
それを知らしめるようにで濡れた金棒を掲げて鬼は嗤った。
ハヤトは淺く息を吐く。
……どうする。使うか?
それは彼のもう一つの儀のこと。それは時間がかかる反面、この狀況を覆すには足ると思われるもの。だが、ハヤトにはそれを100%功させる自信がない。ならば、『星走り』か。
そう考えていた時、再び赤鬼が消失。人が“魔”の速度に追いつくために作られた『地』を使った歩行。人の目で捉えられることなど不可能。彼らが分かるのは、ただ赤い華が散っていく様だけ。
……どうする。どうすれば良い。
散っていく。探索者たちが。
散らされていく。
ハヤトの考に応えられる者はいない。
誰も彼も赤鬼の信じられない速度に対応できない。自分のことで一杯だ。
どうすれば倒せる。考えろ。考えろ!
絶対に思考を停めるなッ!!
天原當主(父親)はどうやって倒しているんだ。
そこにヒントがあるはずなのだ。天原の一族が祓ってきたということは倒せるということ。倒せるはずだということ。
その時、かろうじて目できを追っていた赤鬼がこちらに向いた。剎那、ハヤトと赤鬼の視線が差する。――――狙いは俺じゃないっ!!
なら、視線の先にいるのは。
「ユイっ!」
ハヤトの全力の踏み込みと同時にユイのがその場から押しのけられる。それを見ていた全ての探索者が先に広がる未來を見た。
”魔“の金棒は無慈悲なまでにハヤトに振り下ろされる。
「ふんふ〜ん♪」
一人で潛る寂しさを誤魔化すために澪は好きな歌を鼻歌で歌いながら2階層を歩いていた。それは寂しさを誤魔化すためだけでなく、張を和らげるためでもあるのだがそちらのほうは一つとして役に立っていなかった。
そうして2階層を無造作に歩いていると、3で固まって歩いているゴブリンたちを見つけた。幸運なことに後ろに付けている。澪は鼻歌を止めると、剣を構えた。
昨日、咲にYouTubeで見せてもらった【紫電一閃】のスキルの畫を思い返す。そして、上級者たちのきをイメージしながら澪は剣を構えた。
「斷ち切れ!」
ぶと同時に澪のがスキルの力によって発的に加速。一瞬にして、固まっていたゴブリン3を倒した。
「えっ!? やばっ! すごっ!!!」
今日で倒したゴブリンは6。さすがに3纏めて倒すのは初めてだったが上手くいって澪の顔は緩みに緩んだ。
「これで師匠に迷かけずに済みそう!」
この一週間、自分がハヤトの足を引っ張っていたと澪は本気で思っていた。そのことで咲に何度も相談していたのだ。彼は「弟子ってそんなものです」と笑ってながしていたが、澪はやっぱりハヤトに迷をかけたくないのだ。
迷をかけて、見捨てられたくないのだ。
「やった! やった!」
上機嫌でドロップアイテムを集めるとポーチにしまった。
「褒めてくれるかなぁ。師匠」
剣を仕舞うとスキルの練習相手を探すために澪は歩き始めた。
もし、このスキルを極めたら師匠はバディを組んでくれるかなぁ……。
そんなことを考えながら歩いていると、ふと目の前にボロボロになった探索者がいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
思わず、そう聲をかける。それは彼が善意ある人間だからだろう。
聲をかけた瞬間、澪はハヤトの言葉を思い返した。
「バァカ」
目の前の探索者はそう言って澪のを摑むと、何かをなすりつけた。ひどく甘く香る何かを。その瞬間、その探索者は兎の如く逃げ出した。それに続くようにして現れるのは15のゴブリン……だけではない。天井を覆うほどのスライムと、さらに後ろを塞ぐようにしてゴブリンたちが澪の周りを囲っていた。
「『死漁り(スカベンジャー)』という集団を聞いたことは?」
ハヤトの言葉が重く、頭に響く。
「初心者を狙って「モンスタートレイン」を仕掛けてくる奴らだ」
モンスタートレイン。
探索者になって初めて知った言葉だ。今までそれに出會って、生き殘った人間は數ない。
「……ひっ」
モンスターに囲まれた中、澪はそう悲鳴をらした。
……助けて、師匠! 助けて!!
こちらにやってくるモンスターたちを見ながら澪は心の中で何度もそう願った。
「助けて……」
ゴブリンが澪に飛びかかった。
《ハヤトっ!》
目の前に振り下ろされる金棒を見ながらハヤトは思考が加速していくのをじていた。これは人が死に際にみる走馬燈だろうか。
シオリの焦った顔が、ダイスケの驚いた顔が、ユイがこちらに手をばしている姿が見えた。
さて、いったいどうしよう。
この狀況で、いやこんな狀況だからこそハヤトの脳は一周回って冷靜になっていた。
回避は不可能。防も不可能。
脳の奧底を今までの人生が流れていく。走馬燈は人間が助かるを探す最後の足掻き。それがハヤトの脳からとある一つの記憶を呼び起こした。それはある“天原”の技。ハヤトがまだ6歳の時の記憶である。
ハヤトは短く息を吐きだすと、“覚悟”を決めた。
……やるしかない。やるしかないんだ。
それは今まで一度として功したことのない技だ。だが、これ以外の手段はない。ハヤトは両手を持ち上げると左右の手首を差させる。その時の記憶が、昨日のことのように思い返される。
父の言葉が耳に響く。
「鬼は強い。“本家”の方々ならいざ知らず、我らのでは鬼の一撃に到底耐えきれぬ」
鬼の金棒がまっすぐ振り下ろされる。
「故に我らは鬼の一撃を喰らってはならぬ」
父の言葉が今のハヤトのを突きかす。
「しかし、人では鬼の速度についていけぬ。故にこの技があるのだ。いいか、ハヤト。要領は同じだ。『星走り』と同じなのだ」
ハヤトの手の甲に鬼の金棒がれた。
「を逆にかすのだ。『星走り』が重を拳に預けるのであれば、この技は逆。けた場所の力を別方向に逸らしてやるのだ」
次の瞬間、衝撃波と轟音と、そして巻き上がった塵が階層主(ボス)部屋の中に響いた。
天原の一族は“魔”を祓う一族である。
“魔”は人智を超えた軀を誇り、生半(なまな)かな攻撃は通用しない。故に『星走り』は生み出された。しかし“魔”の中には一撃で死なぬ者もいる。総じてそういった者たちとは長き戦(いくさ)になるのだ。
しかし、人のにて“魔”の一撃をくらってしまえばそのは耐えきれずに絶命する。だからこそ、初代當主は考えた。人のにて“魔”の攻撃を逸らす技を。要領は同じ。全ては逆転するだけだ。
この技はけ流す衝撃を、天から落ちる星に例えたが故に。
「『天降星(あまだれほし)』」
ハヤトは金棒を両手で抱えて、クレーターの中でそう呟いた。ハヤトのを砕くはずだった衝撃は彼のを伝って地面へとけ流されたのだ。
「……初めて功した」
これは、これができるようになって初めて“天原”を名乗ることのできる技である。
鬼は驚愕に目を見開いた。己の一撃がまさか防がれるとは。
しかし、當然ハヤトも無傷なはずがない。土壇場で無理やり功させたのだから、エネルギーが完全に流せているわけがない。筋はズタズタで骨にはひびがっている。
「あ、アンタなんなの……」
ユイがぽつりとそうらした。
「俺は――“天原”だ」
どうやら自分にもちゃんと“祓魔”のが流れているようである。
「くなよ」
やるのだ。
今ここで、“魔”を祓うものとして。
「『星走り』ッ!!」
鬼の部に直撃。分厚い筋も、堅牢な骨格など、この技の前では無意味。ただ圧倒的な火力で毆り飛ばすのだ。
赤鬼の一撃に勝るとも劣らない拳が直撃。30mは離れている壁に直撃すると鬼はを大の字にして地面に倒れた。
「……ふぅっ」
殘心。
その時、ハヤトの探索者証(ライセンス)が鳴り出した。
モンスターに囲まれた中で澪は己が師匠に頼っていることに気がついた。ありえない。あれだけ自分は師匠に迷をかけないと誓ったばかりだというのに。
澪は震える手で探索者証(ライセンス)を強く握るとSOS信號を発信。
そして、剣を構えた。
師匠の言葉を幾度となく頭の中で繰り返す。「自分を助けられるのは、自分だけ」。
そうだ。そんなこと、知っていたはずなのに。
「……師匠、見ていてください」
藍原詩織がハヤトと出會った時のように、
阿久津大輔がダンジョンに潛った時のように、
探索者は、探(・)索(・)者(・)になる時がある。
――祝福しよう。それは、一人の探索者の誕生だった。
己(おの)が覚悟で運命をつかみ取る探索者の誕生であった。
「澪さん!? どうされましたかっ!!?」
咲の聲が探索者証(ライセンス)から響く。
「モンスタートレインに襲われています」
澪は剣を構えながらジリジリと間合いを詰めつつあるモンスターたちを威嚇する。
「……っ! わかりました!」
澪の震えは止まっていた。
「私は師匠の弟子」
己(おのれ)を鼓舞し、剣を構える。
「私は、師匠の弟子なんだっ!!」
そのびと共にモンスターが襲い掛かる。
探索者は、降りかかる困難を打ち払わなければならない。
だが、時として自分の力を超えた災禍に襲われることがある。その時こそ、まさに探索者の力が問われることになるだろう。
彼が命を散らすのか、果たして命を摑むのか。
それは彼の覚悟で決まるのだ。
- 連載中148 章
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