《【書籍版・講談社ラノベ文庫様より8/2発売】いつも馬鹿にしてくるモデルの元カノも後輩も推しのメイドも全部絶縁して好き放題生きる事にしたら、何故かみんな俺のことが好きだったようだ。》回想

そう、あれは夏休みの事だ。

今年一番の暑さが到來したとニュースで言っていたのを覚えている。まぁ、そんなの日々更新されていくものだから大した報じゃないな。

ともかく俺はその日、新たに始められたブランドの展示會のため、原宿を訪れていたんだ。

改札を出て、階段を登り出口へ辿り著いた俺の視界には、この世全ての人間を集めたんじゃないかというくらいの人の群れ。

各々違う場所を目指しているはずなのに、何故かそれは一つの意思の下にいているように見えたんだ。

多分、夏休みだから浮かれていたとかその程度なんだろうけどな。

茹だるような暑さと相まって、まだ何もしていないのにどっと疲労が押し寄せてくる。

針をうようにこの人混みの中を抜けなければ、展示會へ行くことができないのだから。

ここで立ち止まっていても仕方がない。

死地に赴くような気持ちで、俺は足を踏み出した。

30分くらいは経過しただろうか、やっとの事俺は目的地をその目に捉えることができ、達が額から流れ落ちた。

軽い足取りで待機列に近付き、俺もまたその一員となる。

まだそんなに知られていないブランドだと思ったのだが、自分の前には15人ほどの人間が立っていた。予想以上に並んでいる人が多い。

そうやって前に並ぶ人間を見ていた時、何か引っ掛かるじがしたんだ。

何に?

もう一度、目の前の人間から順に観察していく。

デニムのパンツに黒いパーカー、如何にも大學生といった風貌の男。

背が高く、夏だというのに黒いハットを被ったお兄さん。お灑落は我慢だとも言うしな、分からないこともない。

その前には、黒いワイドパンツに白いシャツ、それに黒いジレを羽織ったの子が立っていた。

……この子だ。

確かにこの子の服裝は俺の好みにドンピシャだ。

でも、それが理由で引っかかったという訳ではないと、本能が告げているのをじる。

肩ほどまである艶やかな黒髪は、風に揺れると髪のの一本一本が踴っているようだ。

背は子の平均よりは低そうだが、黒い服を著こなしているので実際よりも高く見える。

俺の知り合いにこんな服を著る子はいない。仮にいれば忘れる事はないだろう。

しかし、どこかで見たことがある気がする。

その服裝ではなくおそらく、しい髪を。

でも、どこで見たんだろう。

ここからでは後ろ姿しか見えないが、彼は本を読んでいるのだろうか、し俯き肩が狹まっている。

どうにかしてこちらへ振り向いてくれれば、に湧き上がる疑問も解消できるのに。

自ら確認できない事を歯く思った瞬間――

夏だというのに驚くほど爽やかな、一陣の風が吹いた。

神の息吹にも捉えられるそれは、良く整ったそれの形をす。

は口に髪が掛かるのを嫌ったのか、ふっと顔を背ける。

それだけの當たり前の行は、しかし俺の心のもやを晴らす決定的な一撃だった。

ついにその全貌が明らかになる。

……彼は、同じクラスの巖城さんじゃないか?

學校と違って眼鏡を掛けていないので真偽は定かではないが、でもあの顔は毎日見るそれで間違いなかった。

雙子か?

いや、彼の家族構は分からないが、実は雙子だったというのはそれこそ漫畫の世界でしかあり得ないだろう。

まさか、こんな近く同じ趣味を持つ人間がいたなんて。

それも、彼では著こなすのが難しいはずの服を著こなしており、雰囲気も洗練されていた。

のっぺりと見えがちなモノトーンコーデだが、ジレが風に靡くおで白いシャツが存在を増し、そこに立が生まれる。

堅苦しく見えないようパンツは太いものが選ばれ、フォーマルな印象を見事に中和していた。

巖城さんに話しかけたい。その思考だけが、俺を支配している。

友達に、いや、すでにそれ以上の関係になりたいとさえ思っていたんだ。

きっとこれは、一目惚れというやつなんだろう。

だが、混雑を防ぐためか展示會は順番制で、殘念ながら俺たちが同じ空間にを置くことはない。

店員さんに促され部屋にっていく姿を、ただ後ろから見つめることしかできなかった。

しかし俺が案される直前、奇跡的に部屋から出てきた彼とすれ違ったんだ。

俺は巖城さんの目を見た。気付いてもらえるんじゃないかと、これがきっかけになるんじゃないかと期待を抱いて。

俺の願いが屆いたのか、なんと彼の目は俺を捉えた。

しかし、そこに浮かんだのはクラスメイトへの親ではなく、何か恐れていた事が現実になってしまったような、恐怖だったんだ。

巖城さんは重なったはずの視線を逸らすと、早足で帰ってしまう。

その様子を見て追いかけることもできず、俺は促されるまま部屋にったが、全く集中することもできずに帰った。

もしかしたら、彼は趣味を隠したかったのかもしれない。

俺にもその気持ちはわかる。高校生で流行りのドメスティックブランドに手を出していると言うと、背びするなと、調子に乗っていると思われる事があるからだ。

だからこそ、俺は彼に伝えたかった。

その年齢でお灑落に興味を持っている事がどれだけ貴重なのか。

そして、とにかく嬉しかった。自分の理解者が現れたようで、が高鳴っていたんだ。

學校で仲の良いグループにはいない存在。

も高崎も、他の生徒に比べて圧倒的にだしなみに気を遣っているが、それでも俺ほど熱心に研究してはいないのだ。

もちろんその事に怒りや失を抱いてはいない。

自分が數派だということは分かっているし、一人で楽しめればいいと本気で思っていたからだ。

夢は夢のまま、過度に求めるものではない。

しかし、実際にそれが現実になったと思うと、もはや止まる事など考えられなかった。

もっと彼の事を知りたい。

だから伝えようと思ったんだ。夏休みが明けてから、幾度となく巖城さんに話しかけようとチャレンジした。

でも、彼は俺が近付く度に避けるように何処かへ行ってしまう。

聲をかけても、まるで聞こえていないかのように振る舞うんだ。

どうすれば彼の俺に対する恐怖心を消せるんだろう。

そう悩んでいる時、俺の數ない理解者が聲をかけてきてくれた。

――――

「……と、いうわけなんだ」

「まさか、巖城さんにそんな一面があったなんて」

失禮だが、教室での彼からは考えられない事だった。

おそらく、學校で目立つ事は極力避けたいのだろう。

眼鏡を掛けていなかったというのも、彼は普段コンタクトを付けているからなのかも。

的というのは良くも悪くも人の目を引き、何かの原因になり得てしまう。

淺川に対する真壁のが良い例だ。

しかし、片山が本気だというのは大いに伝わった。

彼の友人として、何か手伝いができればいいんだが……。

「うーん、何か助けになるような事は……」

「それなら、宮本の知り合いの子にも意見を聞いてみてくれないか? あまり嫌がられるようなら、斷腸の思いで彼を諦める事にする」

「わかった。ちょうど近頃予定もっているし、それとなく聞いてみるよ」

俺たちでは子の気持ちを細部まで推し量る事ができない。

だから、同じようなを持っているであろう人間を探し出して意見を求める事にした。

果たして片山は、あそこで一人読書に勤しんでいる巖城さんの心を開く事ができるのだろうか。

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