《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》酒・支倉ひより
「ん~~~~、味しーーーーー!!!」
「ホント、とっても味しいわ」
「味しい…………お兄ちゃん…………」
3人が唐揚げを口にするのを固唾をのんで見守っていた俺は、やっと肩の荷を下ろすことが出來た。
「良かった…………口に合わなかったらどうしようかと思った」
…………実は張であまり食が無かったんだが、ほっとしたら急にお腹が空いてきたな。
大皿から唐揚げを一つ取って口に運ぶ。
…………うん。いつもの味だ。失敗しなくて良かった。
「蒼馬くん、これすぐなくなっちゃうよ! 第二陣プリーズ!」
靜は人男もかくや、というスピードで唐揚げを口に運んでいる。
「はは、了解」
その様子に俺は、呆れるでも困するでもなく、ただただ喜びをじていた。
自分が作った料理をこんなに味しそうに食べてくれるなんて。そして、その事がこんなに嬉しいなんて。
あやうく靜に惚れてしまうところだった。本當にそれくらい嬉しかった。
「ちょっと、それでは蒼馬くんが食べられないじゃないですか。靜、もうしペースを抑えて下さい」
「だって味しいんだもん。てか呼び捨てぇ!? なんて生意気なヤツなんだ…………」
真冬ちゃんと靜が言い爭っている。
なんかあれだな、この景だけ見たら真冬ちゃんが姉で靜が妹みたいだな。まあどの組み合わせでも靜は末っ子確定だ。なんか甘やかされて育ってそうだし。
「真冬ちゃん、ありがとう。でもいいんだ。味しそうに食べてくれるのが一番嬉しいからさ」
「むう…………蒼馬くんがそう言うなら」
「真冬ちゃんも気にせず食べていいからね」
「お酒、飲んでもいいかしら?」
ひよりんが持っていたコンビニ袋から缶ビールを取り出しながら聞いてきた。
「勿論。グラスとか氷とか、必要なら勝手に取っていいですから。気を使われるより好き勝手やって貰った方が格上楽なので」
「了解よ。蒼馬くんはいい旦那さんになるわね」「!?」「!?」
「だっ、旦那さん!?」
ひよりんの危険な発言に唐揚げを落としそうになる。
ちょっとマジで、さっきから狙ってるのか天然なのかひよりんの発言が危ない所を抉ってくるんだが。
「えっと…………真冬ちゃんはまだ未年よね。一応沢山買ってきたんだけれど、蒼馬くんと靜ちゃんも飲む?」
ひよりんは銀の缶を差し出して聞いてくる。
あー…………ビールかあ…………久しぶりに飲みたいなあ。何というか酒でも飲まないとこの空間に耐えられなさそうだ。
気持ち悪い事言うけど…………めっちゃいい匂いするんだよこの空間。唐揚げじゃなくて、なんか甘いの子の匂いみたいのが。
「第二陣揚げ終わったら貰ってもいいですか?」
言いながら立ち上がる。ビールも飲みたいし、さっさと揚げてしまおう。
「了解。じゃあ置いておくね」
「私はこの後配信あるからなあ…………でも…………ビールくらいなら大丈夫だよね…………」
「配信?」
「靜ちゃんはVTuberなの。すっごい人気なのよ~」
「そうなんですか? …………えっ、これが?」
「なにおう。ホントに生意気なヤツだな」
「因みに私は聲優をやってるの。八住(やすみ)ひよりって知ってるかしら」
「あ、名前は知ってます。友達がアニメとか好きなので…………え、凄い人だったんですね。何かごめんなさい」
「気にしないで、今の私はただのお酒大好き・支倉(はせくら)ひよりだから」
やいのやいのやいの。
相変わらずリビングは盛り上がっている。
「…………何かいいな、こういうの」
第二陣を揚げながら、俺は誰にも聞こえないようにそっと呟いた。
◆
────異変は突然やってきた。
「ちょっと蒼馬ー? 蒼馬きなさい!」
余るだろうと予想していた第二陣も無事完売し、俺たちはまったり食後のアフタートークを楽しんでいた。
俺と靜はひよりんに貰ったビールを、真冬ちゃんは持參していたミネラルウォーターを飲んでいる。
そしてひよりんはと言うと────とうの昔にビールを飲み干し、9%のストロング缶も空け、2本目のストロング缶もたった今カラになった。
そんな時だった。
「えっ、は、はい!」
人が変わったようなひよりんの呼びかけに、俺は思わず立ち上がっていた。靜と真冬ちゃんもびっくりした様子でひよりんに目を奪われている。
「いいから…………ほら、きてみなさい」
ひよりんは俺の向かいに座っている。靜がその隣で、真冬ちゃんは俺の隣だ。俺は何が起きたのか分からず困しながらもひよりんの傍に寄った。
「座りなさい」
「…………え?」
ひよりんは椅子をすっと下げると、妙に座った眼で俺を見た。
椅子を下げたおかげで見えるようになった健康的な太ももをパンパンと両手で叩く。
俺がLIVE中に「えっっろ」と思っていた、フェロモンをまき散らすあの腳が今目の前にある。
薄ですべすべしてて、はっきり言って目に毒過ぎる。
「座りなさい」
ひよりんは繰り返す。
意味が分からない。座るってどこに?
つーかどうしちゃったんだひよりん。
「…………」
助けてくれ、と真冬ちゃんと靜に視線を送るも、2人とも呆気に取られていて全く使いにならない。
「座るって…………どこにですか?」
恐る恐るひよりんに聲を掛けてみる。今のひよりんはいつ発するか分からない弾のように思えて、話しかけるのも怖いのだ。
「ん」
パンパン。
ひよりんは真顔で、自分の太ももを両手で叩く。
な、なんだ…………?
もしかしてそこに座れっていうのか…………?
今日の唐揚げがももだったから、その謝の気持ちを自分の太ももで伝えようって、そういうことなのか…………?
それならむねにすれば良かった。
「そ、そこに座ればいいんですか…………?」
「ん」
こくっとひよりんは頷いた。その顔は紅している。確かめるまでもなく酔っていた。
「い、いや、流石にまずいですって」
気が付けば靜と真冬ちゃんがまるで般若のような顔で俺を睨んでいる。
『酔ったに手を出すのか、クズ』
『お兄ちゃん…………幻滅しました』
そんな言葉が聞こえてくるようだった。
「もう、いいからほら!」
「うわっ」
ぐい、と強く抱きしめられ、俺はひよりんの上に座ってしまっていた。
おにらかいもものが、背中にはもっとらかなむねのが押し付けられ────俺はフリーズした。お腹に回された手が、まるで人同士のじゃれあいのように、ぎゅうと締め付けられる。
「ぎゅ~~~~~」
「あ、あああああああああ」
頭の中には、スポットライトを浴びて會場を魅了する、LIVE中のかっこいいひよりんがぐるぐると回っていた。
結びつけるな。そ(・)れ(・)と今當たっているらかくて溫かなを、決して結びつけるな。
結びつけたら────俺はきっとダメになってしまう。
「ちょちょちょちょっと、何やってるの!」
「お兄ちゃん、不潔です!」
慌てて立ち上がった2人に俺は何とか救出された。嬉しいような悲しいような。
「はあ…………はあ…………」
「ん~~~~味しい!」
笑顔で4本目を開けるひよりんを見て、俺は一つの確信を得た。
────この人、酒だ。
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