《【書籍化決定】ネットの『推し』とリアルの『推し』が隣に引っ越してきた~夢のような生活が始まると思っていたけど、何か思ってたのと違う~》初配信開始
────ついにこの時が來た。
俺の前にはみやびちゃんから譲ってもらったパソコンとモニター、そして靜とひよりんと3人で買いに行ったマウスとキーボード、それとマイクとカメラが並んでいる。
ノートパソコンしか持っていなかった俺の部屋も隨分様変わりした。まるで靜の部屋みたいで、そんなことが自分がVTuberになったことを自覚させる。恐らくテスト勉強中にテーブルの汚さが気になるあの気の散り方に近い。
「…………」
目の前に鎮座しているモニターでは、靜に設定して貰った配信ソフトがバーチャリアルに作ってもらった待機畫面素材をゆっくりと再生している。
一人ではスナック菓子の袋一つ片付けられない靜がテキパキとパソコンを作していく様は痛快で、「なんでこいつはこんな難しいことが出來てゴミをゴミ箱に捨てるって簡単なことがいつまで経っても出來ないんだ」と不思議に思った。靜が清楚系キャラをやっていることは俺の中で目下最大の謎だ。
…………今はそんな事を考えている場合じゃない。
バーチャリアルメンズ1期生のデビュー配信は4日に分けて行われる。デビューするのが4人だからひとり1日だ。そして、それも殘すところ俺だけとなった。配信者あがりの他の3人と違って俺には心の準備が必要だったから、トリだったのはありがたかった。
3人のデビュー配信は傍目には功したように映った。
所帯だったバーチャリアルから生まれた男タレントということで「荒れるんじゃないか」と不安になっていた人もいたみたいだけどそんなこともなく、彼らの配信は終始和やかな雰囲気で進んだ。視聴者もバーチャリアルの新たな門出を祝福しているのがチャットの空気から読み取れて、俺は新參ながらほっこりした気持ちになった。
そんな彼らのデビュー配信は視聴者1萬人超え。まだファンのいない新人にこれだけの人が観に來るんだから、やっぱりバーチャリアルという名前は強大だった。
「5萬人か…………」
刻一刻と幕開けを待っている待機所に表示されている視聴者數を見て、俺は焦燥と張が混ざったようなものが心を満たすのをじた。
…………トリだし、話題にもなってたし、もしかしたら他の人より多いかもなとは思ってた。「ワンチャン2萬人とかいっちゃうんじゃねどうしよう」とか勝手にプレッシャーをじたりもした。
だが5萬人は聞いてない。
バーチャリアルの中でもトップのVTuber『魔魅夢メモ』や『不可思議ありす』の配信すら5萬人なんて滅多にいかないはずだ。一何が起きてる。
パソコンデスクの上に置いたスマホがルインの信を告げ、る。
もう間もなく配信を開始しないといけない。スマホなんか見ている場合じゃないかもしれない。けれど俺は張からの救いを求めるようにスマホに飛びついた。
『蒼馬くん頑張れー! リスナーは家族!』
『ゆっくりと深呼吸だよ。落ち著いてね』
『お兄ちゃん、可い妹がついてます』
「…………よし」
どうにも思っていたのと違った3人だったけど…………今はその存在がとても頼もしい。
「やっちゃいますか」
配信開始のボタンを俺はゆっくりとクリックした。
────俺の名は『大人(おとな)こども』。
…………もうちょっと捻っても良かったよな、絶対。
◆
配信が開始され、あの冗談みたいな小學生アバターが畫面に表示される。因みに蟲取り網は畫面からはみ出ている。
コメント:『!?』
コメント:『きちゃあああああああああああああああああああああ』
コメント:『こどもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』
コメント:『マジで小學生きた』
コメント:『今の今までドッキリだと思ってた』
コメント:『かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい』
コメント:『こどもちゃん!!!!!!』
チャット欄はまるで濁流だった。一瞬で流れていく言葉を視認することは不可能に近く、俺はそうそうにチャットと會話することを諦めた。
「…………っ」
やべえ。
…………始まったらめちゃくちゃトイレ行きたくなってきた。
行ったらやばいか…………?
でも行かなくてもやばそうなんだよな。々我慢しながら配信することは、今の俺には無理だ。
それに折角の初配信はフラットな気持ちでやりたかった。他のことに気を取られているうちに終わるのは、なんというか悲しい。
…………決まりだ。ちょっと斷って行かせて貰おう。まだ始まったばかりだし、遅刻してた同期もいる。そいつよりは遙かにマシだろう。
コメント:『喋って!!!!』
コメント:『モデルめっちゃ可い』
コメント:『なんかイケナイ癖生まれそう』
コメントの流れも多は落ち著いてきた。ギリギリ視認できるレベル。これならチャットと會話しながら進められそうだな。
「…………あー、ごめん。ちょっと一瞬トイレ行かして。じゃ」
俺はマイクをミュートにしてトイレにダッシュした。
◆
「よーしすっきり。やりますか」
離席した時間は1分くらいだしまあ怒られることはないだろう。
なんか張もほぐれたし、いい初配信になりそうだな。
俺は椅子に座り、ミュートを解除した。
「ただいま」
コメント:『帰ってきたwwwwwww』
コメント:『悪ガキやんけ』
コメント:『伝説の初手トイレ』
コメント:『おかえり〜』
コメントがまた速くなる。特に怒ってる奴は居ないみたいだ。し安心。
「悪ガキじゃねーから。ほら、張するとトイレ行きたくなるじゃん。あれが丁度來ちゃったんだよ。のメカニズムというかさ。まあトイレの事はいいんだよ」
椅子の上で重心を調整しながら適當に言い訳する。リスナーは家族。
コメント:『言い訳するな!』
コメント:『悪いことしたら謝らないとダメなんだよ?』
コメント:『お母さんに謝って』
コメント:『お姉ちゃん傷ついた』
軽く流されると思ったんだが、チャット欄が謝罪を求める聲で埋め盡くされ俺は困した。そんな謝ることか……?
「え、謝らないとダメなの。つかお母さんって誰。お姉ちゃんも誰」
妹しかいないから。
…………あ、いや、妹もいないわ。危なかった。
コメント:『あやまって』
コメント:『謝りなさい』
コメント:『謝ってほしい』
コメント:『お姉ちゃんです』
「マジかよ…………トイレ行っただけだぞ?」
配信ってそんなシビアな雰囲気だっけ?
割とゆるーく離席したりしてるイメージなんだけど。もしかしてやっちゃったかな。
つーかリスナー、全然家族じゃないじゃん。
コメント:『配信中にトイレいくのはヤバい』
コメント:『前代未聞』
コメント:『お母さん、そんな風に育てた覚えはないよ』
コメント:『このままだと炎上不可避』
コメント:『お姉ちゃんは悲しい』
コメント:『こども、謝りなさい』
「あー…………はい。えー…………配信早々トイレにいってごめんなさい。これでいいか?」
コメント:『いいよ』
コメント:『えらい』
コメント:『いい子だね』
コメント:『謝れて偉い』
コメント:『シールあげるね』
謝るや否や、チャット欄は手のひらを返したように過保護な雰囲気になる。
何だこの空気、どういうノリだ…………?
「なんだそりゃ。つーかそろそろ自己紹介させて。今日々決めなきゃいけないからさ」
────そう、他の同期と違い俺にはやることがあった。
…………事前にリスナーの総稱とかタグとか募集してたんだけど、マジでまともなの無かったんだよ。
他の同期は送られてきた中から決めて、それを初配信の時に発表するって流れだったんだけど俺はこの枠で決めなきゃいけない。
…………なんだよリスナーの総稱『お姉ちゃんズ』って。
…………なんだよファンアートタグ『暗黒絵畫零式』って。
絶対悪ふざけしてるだろ。
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