《悪役令嬢の中の人【書籍化・コミカライズ】》11
魔界とわたくしの祖國の親睦會には國の貴族のほぼ全員が參加する予定となっている。しでも魔族と友好的な繋がりを持ちたいという事だろう。それだけ魔族との易品は魅力的で、「これに欠席でもして魔族に否定的だと思われては堪らない」と怯えているのだ。
開拓地のわたくしの村にも実家から便りが屆いた。おおよそ2年半ぶりの接だが何も思うところはない。要約すると「すでに魔族と商売をしているそうだが本當か? 一枚噛ませろ」と言うことらしいが、報戦が命の貴族社會で公爵をやっているくせに耳が遅すぎである。まぁわたくしが手を回して可能な限り報を遮斷していたのだけど。
エミはわたくしの両親に対して家族と認識はしていなかったから、あの日親子の縁を切ると宣言されたのも……その後実際に、子としての戸籍を抜かれて放り出された事だってたいして気にしないと分かっている。けどグラウプナー公爵が、あのに買収されるような侍と護衛を雇わなかったら……エミに罪を著せるのはほぼ不可能だった。愚かゆえの過失とは言え、わたくしの可いエミに冤罪をかけて傷付ける原因を作ったのだから。このくらいの罰は必要よね?
わたくしがグラウプナー公爵の名に大袈裟に怯えて見せたせいで、アンヘルによって魔界資源を扱う取引からはやんわりと締め出されているけれど才覚があったらどうとでも食い込めるはずだもの。さらにグラウプナー公爵領の名産品である絹織と蒸留酒、高級紙とわざと競合する魔界産の商品を大量に市場に流してやったので大分苦しいのだろう。
エミの作り出した、グラウプナー公爵に権利を売卻する羽目になった商品の上位互換と言える様々な発明もわたくしが手を回して國中に広め始めている。資金源を締め上げられて、稅収が大幅に減っているのをやっと認識して慌てているのだろうか。公爵を務めるからにはもっと早く気付いて行に移すと思っていたのだが拍子抜けだ。予想では半年前にきがあると思ってたのだけど。
対応が遅かったせいで、公爵領では失業者も出てきているらしい。もちろん彼らはわたくしが、その家族ごとうちの領地の植者としてけれているわよ。貴重な生産力だし、何よりエミなら彼らの事だって気にかけただろうから。
別に流を持つ気はないのでスフィアに言って手紙は暖爐の焚き付けに使った。わたくしをここに追いやる時に「陛下の溫で貴族籍まで取り上げられなかったが、お前には今日から家族はいないと思え、私もお前を赤の他人と思おう」とおっしゃって実際に親子の籍は抜いてわたくしを獨立した家扱いで登録したのはお父様……いえグラウプナー公爵だもの。知らない人に出すビジネスの手紙としては無禮すぎるわ。
一日千秋の思いで待った夜會の當日にアンヘルやその他魔界の重鎮と共に転移門を馬車ごとくぐった。アンヘル以外はほとんど、語の中での戦闘や狂化によって命を落としていた。今は誰も欠けていない。狂化寸前で調を崩していた者も浄化により回復してこの場にいる。そのまま開拓地の中にもう一つ新しく設置した、ここと王都を繋ぐ転移門を更に抜けると王都郊外に建設途中の易所に出る。今日は夜會のために魔界から魔族の王を含めた一行が通ると聞いて、道沿いには人々が興味津々といった様子でひしめいていた。
騎馬の代わりに魔獣をる騎士に歓聲が上がり、角や尾など見慣れぬ姿をしているが形揃いの魔族に誰もが好意的な視線を向けている。
「……レミリアにとっては帰省になるが。張しているのか?」
「ええ、し。また信じてもらえなかったらどうしようと思うと……」
「レミリア……」
あのが造した証拠を全て否定する用意はできているが。それでも自分の信じたいものだけしか見ようとしない愚か者がいたら本當にどうしてくれましょうか。その時は語の中のエイプリルフールイベントに出てきた、「丸一日真実しか話せなくなる呪い」の再現を検討しないとならないかしら。
あらそれもいいわね。磔にして自白させるのも楽しそうだわ、と思いかけて「エミは自分を陥れた相手にもそんな事しないわ」と思い直した。
不安げに見えるように作ったわたくしの顔を覗き込みながら、アンヘルがわたくしの膝の上の手を取る。広い馬車の中でわざわざ隣に座った彼は、向かいに座る自分の弟妹の呆れた視線に気付かないフリをしたまま「俺がついてるから」と甘くささやいた。
正裝したアンヘルの元には、語の中では主人公の瞳のである薄紅が存在していたが今は見ての通り水のクラヴァットが飾られている。わたくしの瞳と同じ。カフスなどの小はわたくしの髪と同じ濃い金でまとめてある。反対にアンヘルの髪と瞳のをに付けたわたくしを見れば、何も知らない人からは人同士としか思えないだろう。
これだけ主張の激しい事を、わたくしに伝えもせず了解を取らないままやるのだからこの男はずいぶんが重いし臆病だ。
「本當に別々に會場にるのか?」
「ええ、魔族の皆様とわたくしが最初から行を共にしているのはこの國の貴族の方々はあまり面白くないとじるはずだわ」
もちろん理由はそうではない。実際貴族としての力を失ったと思われているわたくしがこれから國を挙げての重要な取引相手となる魔族とすでに親を持っているのを歓迎されないのは事実だが、現在魔界資源の取引にすでに関わっている家の者には魔族の傍(かたわら)にわたくしが居るのは知られている。ただ、國賓対応になるアンヘルの腕をとって最初から目立つのはこの後の復讐劇を考えると良い判斷では無いからだ。
だって、わたくしがアンヘルのパートナーなのを最初から見せつけたらつまらないでしょう? あのが調子に乗った所を叩き潰すところからやりたいわ。
……あの、星の乙が畫策した斷罪劇の日から今日をどれだけ待ち遠しく思ったか。會場の中の人に混じって給仕からけ取った発泡酒をくるくると回す。天井にはシャンデリアがきらめき、高価な魔道を贅沢に用いて會場を明るく照らしていた。
わたくしは玉座を見たまま目をかさずに周りに意識を巡らせる。「公爵令嬢レミリア」に気付いた人は遠巻きにしながら何事かを囁き合っているのが見えるが、王家に近い位置の者からはわたくしがわたくしと分からないよう、ある程度離れるとわたくしを認識できないような軽い阻害のを組んだので夜會の前に騒ぎになる心配はない。
「親善のために」という名目で魔族から持ち込まれた金の発泡酒が燈りを反してキラキラと輝く。「元は人と同じの魔族の壽命が違う種族になるほど延びた事に関係があるのでは」と言われ始めている、魔界で実る數ない作のひとつであるリリンの実を発酵させて作ったお酒だ。語の知識で大丈夫だと知っていたが、わたくしや、わたくしの作った街に住む人間にある程度長期間摂取させて改めて安全をしっかりと確認してある。
発泡酒を見る貴族達の目はギラギラ輝き、乾杯の挨拶のために配られたと自分を律していなければすぐにでも飲み干してしまいそうな深さを見せる者や、リリンの実の話を知らなそうな田舎者に親切面して聲をかけて「酒のっていない飲みにかえたい方はいないかね?」とリリン酒を一杯でも多く手にれようと畫策している者までいる。全員に飲ませるため「持っている魔力に応じてその健康に寄與する」効能については話してあるため誰も手放そうとしないが。
ポーションのように直接治す力ではないが、リリンの実には摂取した本人の魔力を消費してポーションや治癒魔法の効かない病気や慢的な持病を改善する力がある。実際、魔族が瘴気に侵されたを癒すために使われており、浄化の存在しない魔界でそれでもあそこまで多くの魔族が生きながらえる事ができたのはリリンの実のおかげだった。先日、レイヴァ王宮魔道士長が病で伏せっていたのをリリンの実が治したのを知っているものは多いだろう。普通の人はあれほど大きな魔力をもたないからあそこまでの劇的な効果は期待できないのだが、夢を見るのは自由だ。
現在リリンの実の作付け範囲も広がり、今後の易品の目玉になる予定だが、このリリン酒はこの場にいる全員に必ず飲んでもらわなければならない。2杯目以降を求めるのは良いが1人1杯は摂取させないと。これはただのリリン酒ではない特別製なのですから。再度用意して飲ませる場を整えるのは骨が折れてしまうもの。
夜會は始まり、この國の王は魔族の王を歓迎する言葉を述べると次は乾杯にと移る。靜かに待ちながらも、リリン酒を口にする熱狂を抑えきれない人々は手に持ったグラスから意識を外せない。この國の王もチラチラと気にして視線をやってしまっている。
そうして形式ばった挨拶を終えた後、訪れた歓喜の時に貴族達はグラスを一気に煽った。わたくしもグラスを傾ける。ほのかな酸味に爽やかな果実の香りを持ったリリン酒は、こちらの下位貴族がたむろする會場奧のエリアでは、配られて時間が経ってしまっていたためしぬるくなっていたが、勝利につながる酒だと思うと今までのどんなものよりも味しくじた。
前方の、おそらく高い魔力を持っていた高位の貴族達を中心に歓聲が上がる。おそらくに変化があったのだろう。持病が重く魔力が高い者ほどその効果は顕著だ。
王も、王太子も、その側近達も確かにリリン酒を飲み干したのを見屆けたわたくしは玉座……アンヘル達がいる會場の前方へと靜かに移を始めた。
「の様子はどうだろうか、人の國の王よ」
「これは……長年患っていた腰痛が溶けたように消え、常にあった息苦しさが噓のようになくなった。まるで若く健康だった頃のを取り戻したような……。リリンの実を口にした時もその力は実したが、この発泡酒にしたものは更に素晴らしい」
「それは良かった」
「リリンの実は易品としても販売していただけるというお話でしたが……」
「ああ、むだけ全てというわけにはいかないが。需要が高いということは私達も把握している。ただ人の魔力量で頻繁に使いすぎると枯渇を起こすから、話したように流通させる際は何らかの方法で制限をかけた方がいい」
「それは確かに」
裾をさばくれの音もさせずにるように移するわたくしを、近付いてはじめてこちらに気付いた高位貴族達がぎょっとした顔で見た後道を開ける。アンヘルと王の聲も聞こえてきた。とは言っても風屬の魔法で増幅して拾っているので他の者の耳には屆いていないだろうが。
さらに一歩前に出ると、今は騎士くずれとなっているデイビッドと、ぱっとしない政務として働くクロードに、魔師と音楽家をどっちつかずになっているステファンがいる。その中心に囲われるように立ちアンヘルをうっとりとした目で眺めるピナが見えた。クロード達の、ピナを見る目は困と驚愕に彩られている。わたくしは「悪役令嬢レミリア」の勝利を悟って思わず口角が上がった。
「リリンの実の素晴らしさはお分かり頂けたでしょうが、今回お配りしたリリン酒は特別製、弱いが解呪の力も持っているのにはお気付きか?」
「なんと?! 呪いとは……どのような?」
「調不良と違って我が事ながら把握しづらいであろう……人のをり偽りの好意を植え付ける悪しき呪いの一種だ。今まで何故か理由もなく好意的に認識していた相手への好が消え失せているのではないかね?」
そう、この酒はリリンの実の特を活かした「の薬」の解毒薬だ。この國の中で流通していたの薬は幸い1人の魔族の手によって作られていた。リリンの実の分が魔力を消費して病を治す特を利用して、ハーブなども併せて使うことで、の薬の製作者の魔力によってもたらされた効果……つまり「の薬」で上げられた好度のみをきれいさっぱり消し去る力を持つ。
その言葉に驚愕をり付けたこの國の王は気付くことがあったのか星の乙の方を見た。橫で話を聞いていたウィリアルドも自を覗き込むように息を飲むと、すぐさまピナに視線を向ける。
「魔王陛下!」
それを何と勘違いしたのか、どこまでも自分に都合良く考えたあのは他國の王に突然走り寄った。
アンヘルの側近達が眉を顰め、剣に手を添えたクリムトがを割り込ませてピナを威圧する。
「……このは」
「は、その……我が國の言い伝えに殘る『星の乙』の力を持つでして……」
「ほう、良い『お飾り』のようだな」
大層な名は付いているが中は伴っていないと鼻で笑ったアンヘルの反応に、人間達はさっと顔を変える。嫌味にも気付かぬピナだけが稽にも、褒められたと勘違いして頰に手を當てて「いやですわ、飾りたいだなんてそんな」などと照れたように笑っていた。
ああ、楽しみだわ……今からその顔が絶と後悔に彩られて歪むのよ。
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