《草魔法師クロエの二度目の人生》40 ジリギス風邪
疲労困憊で寢てばかりいたが、一週間もすれば気力力ともに元気になった。
外は雪が降り積もっているので、家の中で過ごす。
外に出られない真冬の晝間は、私とエメルはベルンに家庭教師になってもらって、あれこれ教えてもらう。
私は人生二周目で、エメルに至っては何百年という知識がストックされている。一通りの教養はについている……はず。
でも、前世は自分のことでいっぱいいっぱいで、社會勢に敏ではなかったし、ましてやローゼンバルク領を取り巻く問題など全くわからない。
今世、ローゼンバルクの問題は私の問題。何もかも貪に知っておきたい。
「南のコジ島との間の大渦は、毎年漁船が巻き込まれて、なくない被害が出ています」
「毎年被害が出るのに、なんで皆、そこに行くの?」
「最高の漁場なのです」
「だからといって、命の危険があるのに……」
「自分だけは大丈夫と過信するんでしょうね」
『ん〜! オレが思ってるのと同じ場所なら、そこは大亀の縄張りだ。昔は漁區だったんだけどな〜』
「……なんですって? エメル様、そこ詳しく!」
「エメル! 詳しく!」
前世、家庭教師からも王宮のお妃教育係からも學校の教師からも、『こんなこともわからないなんて!』とバカにされながらの勉強だった。辛かった。
學ぶとは、本來は楽しいことなんだね……トムじい。
ベルンの教え方は、トムじいの膝の上でイモの配の問題が解けたとき、頭をでてもらったときと同じ。溫かく、私の長を我がこととして喜んでくれる。
ベルンが執事としての仕事に戻ると、降雪前に収穫しておいた樹や薬草で、うちの領の働き手たちに最も必要とされているポーションを、エメルに教えながらのんびり作る。
『クロエ、どうしてもっとピッカピカの効能のやつを作らない?』
「トムじいの知識では、が甘えちゃうから、本當の病人以外には、気休めくらいでちょうどいいんだって」
『……それでも、元気になっちゃうんだな。病は気からってとこかあ』
最後に瓶ごと煮沸消毒していると、玄関のほうが騒がしい。
『客か? こんな吹雪の夕暮れに?』
何事だろう? 今日は祖父は森の魔獣討伐に出ている。帰るのは明日。
布巾で瓶を拭き上げている間も、何やらめている聲が聞こえてくる。
私はエメルと顔を見合わせて、忍足で、自室から出て、吹き抜けの玄関ホールを上から見下ろした。
…………母だった。四年ぶり?
目をみはる! 思わずを伏せる。
『どうした、クロエ?』
「……母なの……どうして?」
外部の人間がり込んだということで、エメルが明になった。
『……あいつがねえ。どうしようもないやつみたいだな。まあでも顔はクロエに似てるか。なんだか焦ってるぞ?』
私にそっと耳打ちする。
私は集中して、母と、応対するベルンの聲を聞き取ろうとする。
「ベルン! お願いよ! 私とあなたの仲でしょう?」
「エリー様、お館様はあなたがこの屋敷に出りすることをじています。お引き取りを」
カリカリした母と、落ち著いたベルン、対照的だ。
怒っていても母は相変わらず綺麗だった。きめの細かな、艶やかな栗の髪、相変わらずの容への熱のれよう。そして高級あふれる総皮のマント!
モルガンの父はプライドが高いので、家族が貧相な格好をしているなどと噂をされることを嫌いする。ゆえにケチではない。
ただ、私は家族ではなく、金をかける価値がなかったから、今世では食事もろくに與えられず、前世では王子の婚約者らしからぬ、末な服しか與えられなかった。學校の制服が私のよそいきだった。
「はるばるこの吹雪のなかやってきたのよ! さっさとクロエを出しなさいよ!」
「お引き取りを」
私目當て? 今更?
「ベルン! あなたと將來を誓い合ったのに、モルガンのもとに嫁いだのは悪かったと思ってるわ! でも、その私は抜きにしてちょうだい! あの子の命がかかってるの!」
思わず目を見開き、エメルと見つめ合う。なんと、母とベルンは婚約していたようだ。
「……何も持たない私よりもモルガン侯爵を取ってこの地を去ったあなたを忘れてはいませんが、今、お帰りを願っているのは単純にこの屋敷を守る執事長の立場だからです。お引き取りを」
「だから! 息子の命がかかってるのよっ! アーシェルはお父様にとっては孫! 絶対反対などされないわ!」
命がかかっている? 弟、アーシェルがどうかしたのだろうか?
「お嬢様? こんなところで何を遊んで……」
マリアの聲に、急いで口に人差し指を當てる。マリアはハッと息を呑み、私の橫にやってきて、寢そべる私にならい壁にを押しつけてしゃがみ込んだ。
「奧様……」
マリアの表が固まり、私を上からギュッと抱きしめてくれた。これ以上私を傷つけないとばかりに。
ベルンの聲が響く。
「ほう、ご令息はご病気ですか? 侯爵家には立派な醫者がおりますでしょう? 何故こんなあなたの嫌った下品な田舎に助けを求めるのかさっぱりわかりません」
「うちの醫者がサジを投げたのよっ! クロエは王宮にも薬を卸していると聞いたわ! 分けてちょうだい! アーシェルがジリギス風邪で死にそうなのよ! あの子が死んだらどうするの! 早くしてっ!」
「アーシェルぼっちゃまが……」
マリアが呟いた。
そうか……アーシェルがジリギス風邪……。母がここまで馬車でやってきたとすれば、すでに王都を出てから一週間経っている。そしてとんぼ返りしてもまた一週間かかる。
私の二つ下だから、アーシェルは八歳、それまで力が持つだろうか?
アーシェルは祖父の話ではきちんとめでたく〈火魔法〉適で、父に溺されているそうだから、私の悪口をさんざん聞かされて育っていることだろう。
それに、前世のアーシェルの仕打ちを私は忘れない。私を蟲けらのように蔑んで、私と姉弟であることが恥ずかしいと豪語し、率先して私を牢に閉じ込め死に追いやった……。
しかし、今世のアーシェルにはなんの恨みもない。最後に姿を見たのはプクプクに太っていた可い盛りの三歳児のころ。私よりももっと舌っ足らずに『おねえたま』と呼んでくれていた。そんなこと、本人はとっくに忘れているだろうけれど。
「この悪天候のなかやってくるとは、隨分とお子様思いでいらっしゃる。クロエ様を育児放棄したとは思えないですね」
ベルンの言葉にが軋む。
「っ! しょ、しょうがないでしょう! あの子が〈草魔法〉だったのだから!」
「その、あなたが見下す〈草魔法〉の製法でクロエ様が作られた薬をしがるとは、矛盾していませんか?」
「ええ! 今となってはクロエも役にたつ子どもだと認めるわよ! だから早く薬を出して! アーシェルが死んだら、私は旦那様からどんな目に合わされるかっ!」
ああ……母がこんな人間だったとは。
アーシェルが心配で心配でたまらないから、恥を忍んでここに來たのではないの?
「なるほど……保のためですか。あなたという人はわが子を……なんと恐ろしい」
ベルンが大きく息を吐き、私をチラッと見上げた。私たちがここで覗き見していること、當然気がついていたのだ。
私は小さく頷いた。
「……エリー様、これよりすぐに、伝達鳥を飛ばし、王都の我が屋敷からモルガン邸に薬を屆けさせましょう。主治醫の指示に従いご令息に飲ませるよう言付けて」
「あ、ありがとう! 大好きよ! ベルン!」
「いえ、商売ですので。薬代は300,000ゴールドとなっております。すぐにお支払いを」
「な、私からお金を取るというの!?」
母の聲が怒りで裏返る!
「當たり前です。ジリギス風邪の特効薬、どれほど原価がかかっていると思っているのですか?熊の脾臓を得るために、何人の猟師が深傷を負ったと?」
「バカ言いなさい! 親からお金をむしり取る子どもがどこにいるの! 恥を知りなさい! 親不孝な!」
「あなたはクロエ様に親らしいことなどしたことないでしょう? ホークからあなたが小さなクロエ様を張り倒したと聞いた時は信じられなかったが……あなたは隨分と変わられたようだ。クロエ様の薬は王家も金銭でお買い取りいただいてます。その資金で貧しきものに安価で売っていることを、王家も誇らしいことだと認知され、進んで言いふらしてらっしゃいますよ? エリー様がもし定価すら払われないのであれば、なんとあなたの夫君のモルガン侯爵とはしみったれた、貴族の責務も果たさない家なのかと揶揄されるでしょうね」
「お、脅しているの!?」
「全て事実でしょう? さあ、早く決斷して、お館様が戻られる前に帰ったほうがいいのでは? そのロイヤルフォックスの皮を見るに、お金に困ってる様子ではないようですねえ」
「……お金は……あちらで準備するわ……早くアーシェルに薬を屆けてちょうだいっ!」
母は人の面影がなくなるほど恐ろしい顔をして、玄関のドアを大きな音を立てて、出ていった。
私とエメルとマリアはそっと立ち上がり、階段を駆け下りベルンの両手を握った。
「ベルン……嫌な気持ちにさせてごめんなさい……ごめんなさい……」
あれが私の母なのだ。私の母が、大好きなベルンを昔も今も傷つける。自分の顔が歪んでいるのがわかる。
ベルンはゆっくりと首を振って微笑んだ。
「このお屋敷を守るよう仰せつかったものとして、當然の対応をしたまでです。それにしてもクロエ様、よろしかったのですか?」
私はコクンと頷いた。
「今のアーシェルには罪はないもの……」
その日の夕食は、私とエメルの大好きな、冬かぼちゃの甘いスープだった。
その幸せな味に、アーシェルに対して、し罪悪がよぎった。
またお休みにります。
(というか、臺風直撃で、執筆どころじゃなくなりそうです(´;Д;`) )
前回と同じく一週間ほどで再開予定です。
次回から11歳編です。今後ともよろしくお願いします( ´ ▽ ` )
じょっぱれアオモリの星 ~「何喋ってらんだがわがんねぇんだよ!」どギルドをぼんだされだ青森出身の魔導士、通訳兼相棒の新米回復術士と一緒ずてツートな無詠唱魔術で最強ば目指す~【角川S文庫より書籍化】
【2022年6月1日 本作が角川スニーカー文庫様より冬頃発売決定です!!】 「オーリン・ジョナゴールド君。悪いんだけど、今日づけでギルドを辭めてほしいの」 「わ――わのどごばまねんだすか!?」 巨大冒険者ギルド『イーストウィンド』の新米お茶汲み冒険者レジーナ・マイルズは、先輩であった中堅魔導士オーリン・ジョナゴールドがクビを言い渡される現場に遭遇する。 原因はオーリンの酷い訛り――何年経っても取れない訛り言葉では他の冒険者と意思疎通が取れず、パーティを危険に曬しかねないとのギルドマスター判斷だった。追放されることとなったオーリンは絶望し、意気消沈してイーストウィンドを出ていく。だがこの突然の追放劇の裏には、美貌のギルドマスター・マティルダの、なにか深い目論見があるようだった。 その後、ギルマス直々にオーリンへの隨行を命じられたレジーナは、クズスキルと言われていた【通訳】のスキルで、王都で唯一オーリンと意思疎通のできる人間となる。追放されたことを恨みに思い、腐って捨て鉢になるオーリンを必死になだめて勵ましているうちに、レジーナたちは同じイーストウィンドに所屬する評判の悪いS級冒険者・ヴァロンに絡まれてしまう。 小競り合いから激昂したヴァロンがレジーナを毆りつけようとした、その瞬間。 「【拒絶(マネ)】――」 オーリンの魔法が発動し、S級冒険者であるヴァロンを圧倒し始める。それは凄まじい研鑽を積んだ大魔導士でなければ扱うことの出來ない絶技・無詠唱魔法だった。何が起こっているの? この人は一體――!? 驚いているレジーナの前で、オーリンの非常識的かつ超人的な魔法が次々と炸裂し始めて――。 「アオモリの星コさなる」と心に決めて仮想世界アオモリから都會に出てきた、ズーズー弁丸出しで何言ってるかわからない田舎者青年魔導士と、クズスキル【通訳】で彼のパートナー兼通訳を務める都會系新米回復術士の、ギルドを追い出されてから始まるノレソレ痛快なみちのく冒険ファンタジー。
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